扉が叩かれる。
 ミヒトが寝かせていた身体を起こすと、頭まで被っていた毛布がずり落ちて腰ほどで止まった。
 するりと中から抜け出し扉へ向かい、取っ手を握る。
 音が立たぬようそうっと押し開ければ、銀の髪を肩で結んだ、見知った男の姿がそこにあった。
 難しい顔をする彼に苦笑し、ミヒトは声をかけぬまま道を空け中に入るよう促す。彼は三歩ほど進んだ部屋の途中で足を止めてしまった。
 告げられた言葉を守り、誰もが寝静まった夜に訪れたレイストルの背を見つめながら、後ろ手で扉を閉める。
 今度はミヒトが脇を通り過ぎ、先程まで自分が寝転がっていた寝台へと腰を下した。低くなった視線から、俯き美しい瞳を隠してしまっている男を見上げる。窓から差し込む僅かな月光に、彼の銀髪は夜空の星より控えめに、しかし思わず触れたくなるほど美しく輝いていた。
 以前会った時より結わえることができるほどに髪が伸びているが、男前な面に似合っているとミヒトは思った。誰かに提案され伸ばしたのだろうか。――そんなところに女の影を探る自分に内心で苦笑した。
 王国の騎士であり、品行方正で礼儀正しくおまけに正義感にあつい、生真面目な将来有望の男ともなれば女性の熱視線は数多に送られていることだろう。そんな中から一人の女性をすでに見つけていたとしてもなんら不思議はない。
 昔からレイストルとはそういった恋愛の話はしてこなかった。そのため付き合いが長いといってもミヒトは彼の好みなど知らないし、好きな人がいたことがあるかさえさえわからない。ただ彼女がいたことはないことだけは知っていた。
 こんな色男が捕まったのなら、まず女の方が黙ってはいられないだろう。そういう意味で鼻が高くなった女の噂が入ってきたことはなく、ゆえにこの男に恋人がいたことがないという情報だけは耳にしていたのだ。しかしそれも町にいた頃の話だ。現在彼が住む王国は町から然程遠くはないが、しかし恋人の有無の噂が聞けるほど近くもない。
 今レイストルに恋人がいる可能性は十分にある。しかし恋人がいるか、と聞くつもりはない。それはお互い黙していた方がいい事柄だと理解しているからだ。何せ今から、二人は身体を重ねざるを得ないのだから。仕方のない行為とはいえ、どちらであっても気まずくなるだけだ。
 長い沈黙の中、言葉を待ち続けていたミヒトはそんなことを思いながらレイストルを見つめ続けていた。今回のことを始めるには、まずレイストルが動き出すのを待ってやらなくてはならない。
 ミヒトのささやかな優しさに彼が口を開いたのは、部屋に入ってから大分時間が経ってからのことだった。

「――すまない。面倒をかけさせる」
「いいさ。それより瞳の宝玉さえあれば魔女は許してくれるんだろう?」

 吐き出すように出された言葉にゆるく首を振れば、ようやく空色と、それと琥珀の混じる不思議な瞳と目が合った。

「ああ。彼女はおれの瞳の代わりとなるものを用意しろと言っていた。何も他人の瞳である必要はないだろう。それに瞳の宝玉であれば許してくれると思う」

 あれほど美しいものならきっと彼女も気に入ってくれるだろうから、とレイストルは続けた。
 瞳の宝玉は売られてこそいないが、生み出された歴代のそれらは店で展示されている。レイストルはよく熱心に眺めては、その玉らを高く評価してくれていたのを思い出す。だからこそ魔女に凄まれた時にもその存在を思い出してくれたのだろう。
 店番をしながら玉を眺める彼の姿をよく眺めていたな、と懐かしい記憶を呼び覚ましながら、許してくれるといいな、と応えた。

「それにしたって、なんでレーアトルのやつは魔女の花園になんて入り込んで、ましてや花を摘んじまったんだ? 街中にだって花はあるだろうに」
「好きな子がいるらしい。その子に花を贈るつもりで、それで特別美しいものを夢中で探し花園に迷い込んでしまった。そしてそこにあった花を場所も確認せぬまま手折ってしまったというわけだ」

 少しだけ気まずげなレイストルの顔が緩んだ。弟のことを持ち出したのは成功だったのだろう。
 話を聞いたミヒトはまだまだ純で真っ直ぐなレーアトルを思い出す。

「好きな子、ねえ。かわいいもんだ。だけど他人のものに手を出していい理由にはならないな。まあ、おまえのことだからちゃんと叱ったんだろうけれど」
「無論だ。二度と今回のようなことはするなと言っておいた。――すまない、おれたち兄弟のことに巻き込んでしまって」

 弟の尻拭いのせいで自らの瞳が失われかけているというのに、レイストルは決して彼を責める言葉は口にしなかった。馬鹿な弟だ、の一言ぐらい言っても許されるだろうに。だがそういうところもまた、この男らしさを表している。

「だからいいんだって。レーアトルのやつがちゃんと反省しているならそれで。誰にだって一度や二度の間違いはあるんだ。それよりほら、ここに来たのは謝罪のためじゃないだろう?」

 また首を振り、渋い顔に戻ってしまったレイストルへ隣を示す。途端に男の顔が強張った。あからさまなそれに思わず苦い笑みがこみ上げる。

「そう緊張するなって。とりあえずほら、さっさと横になっちまえよ」

 ミヒトは立ち上がり、寝台の上で乱れていた毛布を足元へと引きずり場所を空ける。一人用のそれは男二人が並んで寝るには狭いだろうが、重なってしまえば何も問題はない。
 促しても動かない男を尻目に、ミヒトは上の服をまず脱ぎ、それを床へと落とした。下衣にも手をかけながらレイストルへ声をかける。

「ほら、突っ立ったまんまじゃ瞳の宝玉はできねえよ。作り方は知っているだろう。ならやることはわかっているはずだ。それとも言わせるつもりか」

 銀のまつ毛が僅かに伏せられる。
 レイストルは何も言わないまま寝台へと向かった。そこに腰を下したところまで見守り、ミヒトはすべての服を脱ぎ捨てた。
 潔く一糸まとわぬ姿になったミヒトに、レイストルは恐れたように息を飲む。その姿を対照的な真っ黒な瞳に収めながら、腰かけたままの彼に足もちゃんと寝台へ乗せるように促した。
 目を逸らし、ミヒトが普段から使っている寝台の上へ胡坐を掻いたレイストルの前に、自分も身体を乗り上げ正面に座った。
 気を楽にする普段着ではあるがそれでも一切の乱れのない男と、全裸の男が月明かりの下で向かい合う姿は、もし傍から見ている人がいればどれほど滑稽に映るだろうか。
 難しい、何を考えているかははかり辛い表情のレイストルに、この先に案じるものは何もないと伝えるためにいつもと変わらぬ笑みを浮かべてやる。

「女ぐらいは抱いたことがあるだろう? 大丈夫、目をつぶっていれば男も女もそう変わらないだろうし、全部おれがやってやるから」

 だからおまえはただ寝っころがってりゃいい。そう続けようとしたが、不意にレイストルの瞳の色が変わったことに言葉を止める。代わりに今度は彼が口を開いた。

「おまえは、男とは経験があるのか」
「――まあな。だからおまえもそんな罪悪感とか覚えなくていいんだよ。友人同士でちょっと気持ちいいことやるだけ、そのついでに宝玉ができるだけで。今夜が終わればまたもと通りの関係だ。な、何もそんなに思いつめる話じゃないだろう?」

 平然と己の口から出た嘘に内心で大いに安堵した。
 ミヒトは、男相手どころか女とさえ肌を合わせたことがない、誰の味も知らぬ身だった。しかし正直にそれを言えば、初めての相手になることを知ってしまえば、この正義感の強い男が責任を感じないわけがない。だから嘘をついた。
 自分は男との経験があってそういう行為に羞恥を感じない。むしろ快楽を得られるからと自ら男に跨るような者なのだと、そう思い込んでもらった方がお互い気が楽だ。
 ミヒトさえ黙り、隠されたものを悟られず今夜を乗り越えられれば。真実は知られずに済む。それでいい。それがいい。
 これでようやくレイストルも腹を決められるかと思ったが、彼の表情が緩まることはなかった。
 レイストルが男もいけるのかは知らないが、少なからず友に抱かれることになるミヒトに申し訳なく思っていることは確かだ。
 やはり生真面目な男だと思いながら彼に手を伸ばす。そして銀髪を緩く結わえている紺色の布を解いた。
 はらりと肩に散った銀を一瞥してから、男の目に幅があるそれを宛て、頭の後ろで結んでやった。

「ミヒト」
「これならいいだろう。終わったら外してやるよ」

 空と琥珀の色をした瞳が見えなくなったのをいいことに、一度唇を噛み、それから目の前の男の下衣へと手を伸ばす。
 服を緩めだせばレイストルは狼狽えた。阻もうとする手を払いのけ、前だけをくつろげてやる。そこから初めて見る彼のものを取り出し、まだ力を蓄えてはいないそれを指先で撫でるように擦ってやった。

「っ、ミヒト! そんなことをしなくても」
「――名前呼ぶのも禁止な。今おまえはミヒトを相手にしているんじゃない。誰か他の、好きなやつでも思い浮かべてくれよ」

 見えない世界の中でミヒトの肩を押し退こうとする手から逃れるのは簡単だった。
 伸びてきた手を掻い潜り、目の前にきた立派なレイストルのものの先端に軽く口付けた。
 面白いようにびくりと身体を震わせた彼を見上げて、ゆっくりそこを口に含み飲み込む。

「ミヒト……っ」

 禁止といったのに、それでもなおレイストルはミヒトの名を口にした。
 咎めるためにも痛みがないよう、注意をしながら歯を立ててやればさすがに黙り込む。ようやく大人しくなったレイストルに内心で溜息をつきながら、浅く銜え込んだそれをゆるりと舌先で愛撫した。
 他人と肌を合わせたこともないミヒトは当然、他人のそれに触れたこともない。だが同じ男だからと自慰で己が弱いと感じたところを思い出してまずはそこを責めてやる。
 ここに来る前にしっかりと身体を洗ってきたのだろう。あまりそれの匂いはせず、味も特にはない。
 なるべく涎を溜め、それを垂らして。水気が足りないところは一度先端から口を離して舌で舐め上げ潤わせる。時折ただ唇を触れるだけの口づけをした。
 形を辿るよう指先で撫で、先端のくぼみに少し強く指を押し当てればふるりとレイストルは身体を震わす。次第に首をもたげ始めたそれに安堵すると同時に喜びが込み上げた。
 両手と口を使い刺激し続けてやれば、すっかりレイストルのものは立ち上がり、先端からは苦い味が染みだしはじめていた。竿をちゅうちゅうと軽く吸うのを止め、再び浅く咥えこむ。

「……っ」


 レイストルが息を飲む音を聞くと、不意に伸びてきた彼の手がミヒトのやや癖のある赤毛に絡んだ。頭を抱えるように触れられるも、しかし引き剥がそうとはしない。むしろ撫でるように動いた。
 男の目が隠されていることをいいことに、口に含んだままにレイストルを見上げる。口をかたく結んではいるが鼻息が少し荒くなっていた。
 浅く咥えたそれを、徐々に奥へと飲み込むよう導いていく。ずるずると口内を擦りながらすぐに喉の奥にまで彼のものは届いた。しかし当人の容姿のように男らしく大きなそれは根元まで口内に収めることなど到底できない。無理に奥まで飲もうとしても身体が反射的に吐き気を感じてしまい諦めざるをえなかった。
 思わず出そうになった苦しげな声をどうにか飲み込み、僅かに顔を浮かして自分にゆとりを作る。収まらなかった場所は手を使い、入るだけの場所を舌でそれを包むよう触れながら吸い上げた。
 頭に回された手の力が僅かに強まる。もう一度吸い上げながら先端の方まで退き、今度はそこを吸ったり口から出し入れしたりして快楽を与えていく。息苦しさから粗くなりそうな呼吸を殺して息をひそめれば、酸素が足らないからか頭がくらくらとした。だがそれでもレイストルへのものへと愛撫を止めることはない。
 彼のものが擦れる口内が気持ちいい。苦いはずの味を、もっととねだるように舌先は先端のくぼみを撫でた。
 口を離し、今度は玉に吸い付く。竿を手でしごきながら涎を垂らしそこを舐め、裏筋を辿りながら舌でもう一度先端を含んだ時、レイストルが上擦った声をあげた。

「は、なせ……っ」

 とろりと溢れた先走りの味を感じながら、言葉を無視して再びできるだけ奥まで銜え込む。そして強く吸い上げると、喉の奥に彼の精が放たれた。

「っ、ふ……」

 レイストルのもとから口を離してどうにか飲み込もうとするが、途中で咳き込んでしまい、飲みきれなかった精液が口の端から零れる。
 その様子は見えずとも、盛大に咳き込むミヒトに慌てたレイストルは壁に預けていた身体を起こし、己の目を覆うものをとろうとした。それに気づきミヒトは軽く咳をしながらも彼の肩を押して壁際に戻す。

「ミヒ――」

 抗議するように名を呼ぼうとした口にそっと人差し指を押し付けた。
 指先には飲み込みきれなかった白濁がついていて、それがレイストルの唇につく。黙らせるのには、これ以上言葉はいらないという意志表示には十分だろう。
 顎に垂れた精液を腕で、口の端に残ったものは舌なめずりをして拭う。最後にもう一度咳をしてから寝台脇の台へと手を伸ばした。
 二番目の引き出しを開け、そこから手の平ほどの丸い木の容器を取り出す。蓋を開けて中身の白い軟膏を二本の指でたっぷりと掬い上げた。それをそのまま、何にも覆われていない自身の後ろの穴の表面へと塗り広げる。もう一度軟膏をとり、今度はゆっくりとそこへ指を押し入れた。

「――ぅ」

 思わず出た声を慌てて飲み込む。それでも指を進めればまた声が出そうになり、ミヒトは一度レイストルに背を向けると、足元の方に寄せておいた毛布に身体を倒し噛みついた。
 肩を敷妙に押し付けながら腰は高く上げ、自らそこを弄る。そのすぐ傍らにはレイストルがいてまるで見せつけているような体勢になってしまっているが、彼の目隠しがとられることはないと知った上での痴態だった。
 もう一度軟膏を足してやれば指は三本そこへと刺さる。ぐちぐちと小さな音を立てながら、レイストルのものが受け入れられるように解れていった。
 生きがいであった仕事を五日も放置してミヒトが今宵のために行っていた準備は、何も誰も受け入れたことのない自分の穴を解すことだった。
男と寝た経験がある設定なのだ。それなのにレイストルのものが入らない、では嘘が容易にばれてしまう。だがこれほどまでに緩ければまさか初めてとは思わないだろう。
 彼が部屋を訪れる少し前まで続けていたのだ。いわゆる処女とはいえ立派なあれを受け入れるだけの準備はもう十分に整っていた。たとえもし怪しまれたとしても、久しぶりだからなど言えば誤魔化せる範囲だ。
 そう時間をかけることなく、しかし傷ができぬようしっかりと解されたそこから指を抜く。噛んでいた毛布を離してやればそれと唾液で糸が繋がった。
 のろりと身体を起こし振り返る。紺色の布で目を覆った男は前を寛げたまま、ミヒトが目を逸らす前と同じ姿で待っていた。唯一違うところがあるとすれば一度吐き出させたはずのそこが再び立ち上がっているということだけだ。
 勢いを取り戻したそれをまじまじと見てそっと息を吐く。これからする行為に少しでも期待していなければこうはならないだろう。
 こみ上げる思いに堪らず指先で先端のくぼみに軽く触れてやれば、ぴくりとレイストルが反応した。頭を落として触れるだけの口づけをそこにしてやる。
 身体を起こし、レイストルの肩に左手を置き身体を上に跨った。
 深く息を吐き、右手でかたく張りつめたそれに手を沿える。天に向くレイストルのものに自分の穴を宛がった。
 ゆっくりと腰を下していく。思わず息を詰めてしまい、一度止まってそろりと熱い息を吐いた。
 時間をかけてじわりじわりと自身の中に猛ったものを収めていく。先程咥えた形が中に入ってくるのを感じれば、腹に飲み込んだ彼の精液が熱くなった気がした。
 初めのうちは指一本入れるだけで吐き気と途方もない違和感、痛みに襲われた。それに耐え抜きここまで解した自分を褒めてやりたい。そう思いながら、受け流すことのできない圧迫感ごと受け入れながらようやく根元まで、身体の奥深くまで飲み込んだ。
 生理的に零れた涙を一滴レイストルの身体に落としてしまう。だがきっと涙だとは気づくまい。汗だと思うことだろう。
 目元を拭いしばらくそのままでいた。思いの外レイストルのものが奥深くまで来てしまい、苦しいのだ。いくら五日間慣らし続けたとはいえ指以外のものは入れたことなどない。所詮は初心者であり、身体自体まだ行為に慣れているわけもなかった。
 熱く重たい息をそろりと吐き出す。身体一杯に詰まっているようで息苦しい。できればまだじっとしていたいと思った。しかしいつまでもそうするわけにはいかないと、ミヒトはようやく動き出す覚悟を決める。
 勝手がわからないまでもゆるりと腰を振ってみた。ぐちりと下が音を鳴らす。
 自分の身体が動けば繋がった場所から音が鳴り、中に感じる熱くかたいものに内壁が擦られる。本当に、レイストルと繋がっているのだ。
 拙い腰使いであったがレイストルは息を乱していた。ああこれでいいのかと、ミヒトはどうすべきかと戸惑いながら、身体の奥で燻る熱に翻弄されそうになりながらも今度は上下に身体を揺する。

「っ、は……」

 銜え込んだもので内壁が押され、引かれ。その度にぞくぞくと背筋に感じたことのないしびれが駆け上がる。全身の力が抜けそうになり、開き跨った太腿が震えた。無意識にこぼれそうになる声を噛みしめ、意図的に後ろに力を込めてレイストルのものを締めつけてもみた。
 ぞわぞわとした何かに身体が震え、汗がにじみ出る。今度こそ本当の汗が跨った男の身体にぽたりと垂れた。
 口にレイストルのものを咥えていた時には興奮していた自身のものであったが、挿入する時に萎えてしまっていた。しかしそれも動いているうちに次第に首をもたげる。だが中で体感しているものほどかたくはならなかった。
 少しだけ気持ちがいい。しっかり慣らしたおかげが多少縁に痛みは感じるがそれだけで、中を擦られる、抜かれる感覚にはつい熱い息が零れた。しかしそれだけだ。自分のものを手で慰めている時の方が余程気持ち良く感じられる。だが拙い動きを止めず、レイストルの快感だけを追う。
 下から突き上げてもらえれば。少しはまた違ったものがあるのかもしれない。だがミヒトは頼むことはなく自分一人で男の上で腰を振る。手が伸ばされそうになった時はそれを払いのけもした。
 やがてレイストルは殺した声で低く唸り、ミヒトの中に二度目の欲を放った。

「っ――」

 身体の奥に広がる精液。未知の感覚に息を飲んで動きを止める。
 すべてがそこに吐き出されても少しの間ミヒトは動くことができずにいた。

「ミヒト?」

 名を呼ばれ、俯かせていた顔をようやく持ち上げる。レイストルは約束を守って目を覆ったままだ。だから彼は、何も見てはいない。
 応えないまま奥深くまで、根元まで銜え込んだものを、身体を起こしゆっくり抜き出す。栓代わりが完全に引き抜かれてしまえば中に放たれた精液が穴から垂れ落ちそうになった。
 白濁が零れないよう尻に力を入れ、開けたままにしていた寝台脇の引き出しの棚から指の先端から第二関節あたり程の長さがある木製の短い棒を取り出す。それを先程までレイストルが入り込んでいたそこに押し込み、今度こそちゃんとした栓をした。
 あとは瞳の宝玉が体内で生成されるまで中身を零さなければ、それですべてが終わる。
 震える足をどうにか踏ん張らせてレイストルの上から退いた。彼の足元で丸められた毛布を広げ肩にかけ、前で重ねるようにして身体を隠す。
 一度深く深呼吸をし、“終わり”を待ち続けるレイストルの瞳を覆っていた布をそろりと掴み、引っ張った。
 簡単に外れる結び方にしていたそれはするりと解け、ようやく空と琥珀の色をした瞳と再びまみえる。しかし、彼が表情を作る前にミヒトは毛布に包まった背を向けた。

「瞳の宝玉が、無事できたら届けさせる。それまで待っていてくれ」
「ミヒト――」
「頑張ったんだからあとで王国の店にでも売られている、おまえのお眼鏡に適った硝子細工でもくれよ。礼は金なんかよりもその方が嬉しい」

 それだけを告げてミヒトは口を閉ざした。背後でもう一度名を呼ばれるが反応をせずにいると、やがてレイストルは寝台から降りる。
 微動もせず毛布の重ね目を握るミヒトに一度振り返り、レイストルは沈黙を守ったまま部屋から出て行った。
 音もなく静かに扉が閉められてからしばらく経った頃、ミヒトは真っ黒な瞳を閉ざす。深く深く、肺にあるすべての空気を吐き出すよう息をつき、それからゆっくりと瞼を持ち上げた。
 のろのろと後ろへ振り返れば少しだけ乱れた敷妙の上に、まるで彼がいた名残というように紺色の布が一本落とされている。手を伸ばしそれを拾い上げれば嫌でもあの銀髪を思い出した。
 手にしたそれを握り締めて寝台の上に倒れ込む。
 友との行為の果てに残ったのは、瞳の宝玉の材料と、紺の布と、そして火照りの収まらないミヒトの身体だった。
 中途半端に高められ燻った身体を、けれど慰めてやる気にはなれない。猫のように丸くなりしばらくすれば中心の熱も次第に収まっていったが、中に入り込んだ男の精液だけが落ち着かずにいた。
 精を飲み込んだ腹と、受けた尻が熱い。後ろは多少の痛みもあるのだろうがよくわからなかった。瞳の宝玉を生成する過程で出る熱なのだろうか。
 玉の作り方に具体的な指南書などない。人の口でのみ伝えられており、それも男の精を受け入れる、とのことだけだ。どれほどの時間でできるのかさえミヒトは知らなかった。
 どれだけ待てばいいかわからぬまま、寝台の上でただ丸くなりその時を待つ。思い出すのはつい先程初めて経験した行為のことばかりだった。
 熱い猛り。漏れる息。苦しげに寄せられた眉に、薄らと汗を掻いた肌。揺れる銀の髪。
 熱を持ったままの腹を擦り、握ったままでいた紺色にそっと唇を落とした。

 

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