口づけを深めていくうちにいつの間にか裸に剥かれて、全身を撫でるくすぐったい愛撫にノアは身を震わせた。
日々鍛錬を重ねるヨルドのような肉体美はないし、それどころか引き籠っているので平均にも劣る貧相な身体を見せるのはさすがに恥ずかしい――なんて思わされる間もなく翻弄されて、すぐに熱も息も上がっていく。
平たい胸を揉み込まれても気持ちよくなんてないし、そこについている飾りでしかない突起を摘ままれても何も感じないと言い張るノアだったが、ヨルドはそれを口に含んで赤子のように吸いついてくる。
舌と指でこねられているうちに赤みが増していき、ぴんと芯を持ち始めた。
「……っ、も、いいだろうっ」
ちゅくちゅくと吸いつく音に堪えかねて、胸にあるヨルドの顔を引き剥がそうとするが、両手がかりでも彼の首の筋力にさえ劣り、呆気なく腕を取られて敷布に縫い付けられてしまう。
「せっかくかたくなってきたんだから、もうちょっと楽しませて。舌で転がすの、結構気持ちいいんだ。ノアは感じないんだから別にいいだろう?」
厚い舌がその感触を楽しむように舌先で押し潰していく。時々歯が当たり、甘噛みされるとじんと胸が痺れるような感覚が広まっていった。
これまでの人生で一度として主張してこなかったそこが、執拗に責められて初めて存在を意識してしまう。
気持ちいいわけではないが、くすぐったいような、むず痒いような、そんなもどかしさが嫌だ。
「――ヨルドっ」
自分の性感帯ではないと思い込んでいた場所が変えられていく。その感覚に初心者のノアは耐え切れず、ついにヨルドを睨んだ。
上目でノアの表情を見ると、本気で怯え始めていることに気がついたのだろう、名残惜しげにしながらも唇を離した。
「ごめんね。ここはまた今度、ゆっくりね」
宥めるようノアの口にキスをする。
また今度とはなんだ、ゆっくりなんてさせるか、なんて言いたいことはいくらでもあったが、ノアの言葉が詰まるような返答が来そうでぐっとこらえる。
「とっとと突っ込め」
「冗談。怪我をさせないためにもゆっくりやらせてもらうよ。ノアだって痛いのは嫌だろう」
「それは、嫌だが……」
でも、こんな風にはっきりしないのも嫌だ。
ヨルドにたくさん触れられて、全裸で肌寒いはずなのに肌はざわめき熱を帯びている。触れられるところから熱が波打つように広がっていくせいだ。
でもそのどれもが決定的なものではない。ばくばくと心臓は鳴り続けているのにゆるい愛撫のようなものが続いて、恐ろしくゆっくりと高められていく。
これなら以前うっかり抜き合ったときのほうが余程刺激的だった。あれはあれで濁流に飲み込まれたようにあっという間のことだったが、わけがわからないまま終わっていたのでまだ楽だったのに。
こうも静かにゆるやかに進められては、頭を空にして流されることもままならない。
性交とはもっと即物的であると思っていた。互いに高め合って、挿入して、出すもの出して終わりだと。
それなのにこんな、壊れものを扱うように触れてくるなんて。
こんな、とても愛おしいとでも言うような、柔らかく優しいものだなんて。
ヨルドの指先が腹をなぞり、へそのくぼみに唇が落ちる。嫌がって身を捩れば、浮き出る腰骨にも同じようにキスされて、ちゅっと軽い音を立てて吸い上げられた。
その感覚をすべてを克明に追いかけてしまう。
丹念に身体に刻まれていき、触れられて熱が生まれた場所が模様を描いたように肌に残って冷めていかない。
こんなの気持ちいいわけないのに。ただ肌を撫でられているだけ、舐められているだけなのに。
横になった身体で、もじりと膝をすり合わせる。それに気づいたヨルドが、ふっと口元を緩めた。
笑うような気配を感じて、いよいよノアは手元近くにあった枕に手を伸ばし、それをヨルド投げつけた。
「おまえ、楽しんでいるだろう!」
避けることもできたろうに、ヨルドはぼふりと顔面で受け止める。
枕が手元に落ちて、驚いたのか目を瞬かせるヨルドにノアは吼えた。
「悪かったな、大した経験もないのに簡単に反応して! 人の身体で遊んで楽しいか!?」
敷布を引き寄せながら、反応を見せてしまった自分の下半身を隠した。
刺激というほどの快感を受けていないはずなのに兆しを見せた自分は、どれほど未熟に見えるだろう。
指に撫でられるだけで小さく跳ねる身体をどう思われただろう。キスをされるだけで胸が詰まって息が上がる姿はどう見られたのだろう。
正解がわからないから、本当は怖くてたまらなかった。この反応は正常なのか、それとも過敏すぎて引かれるほどなのか。不安ばかりが重なっていくのに、それなのにヨルドは一向に激しく責めたてようとしないし、求めてこようともしない。
大事にされていることはその手つきからもわかったが、もしかしたら自分の貧相な身体に気持ちが萎えて誤魔化そうとしているだけなのかとさえ思えてしまう。
ノアに感じていたのは本当は性欲の絡まない友人としての純粋な好意だったのではないのか、と。
そんなことを考えてしまう自分が嫌で、不安から逃げ出したくて。
もう終わりだ、とベッドから出て行こうとしたノアを引きずり戻し、ヨルドは上から覆い被さった。
「どうして?」
「どうして、って……」
「楽しんではいるけど、遊んでいないよ。大好きな人の身体だ。おれに触れられて反応してくれることを喜んで何が悪い?」
すっかり萎えてしまったノアの下半身に、敷布越しに何かかたいものがごりっと押しつけられる。
まさかと思って恐る恐る下を見ると、そこには窮屈そうに布地を押し上げるヨルドのものがあった。
ヨルドはまだ服を着こんだままだし、その顔をも涼しいままにノアに愛撫を施していたのでまったく気がつかなかったが、明らかにそこだけ顔の様子と切り離されているかのように、溜めこまれている激しい欲望を訴えている。
そう言えば、ヨルドの指先がずっと熱かったことを思い出す。――もしそれが、抑えていた情欲が表されていたとするのなら。
「盛りがついた獣のようにがっつくんじゃ、ノアが怖がるかもと思って大事に進めていこうとしたんだけど……そうか。遊んでいると思われてしまったか」
「い、いや、大事にしてくれているのは伝わってきたが……」
なんとも嫌な気配がして、じわりと冷や汗が滲み出る。
「でも、勘違いさせたんだろう。一晩かけて優しく、ゆっくり気持ちごと解していくつもりだったけど。でもノアがそう思ってくれたのなら、いいよね」
「え」
「正直おれも余裕なんてなかったんだ。ノアもそこまで求めてくれているのなら、もう少し勢いつけさせてもらおうか」
本当はヨルドに余裕なんてないのに、それを搾り出してでも初心者のノアに合わせてゆっくりしてくれていたのだということは、押し当てられる彼の下半身の切実なかたさに理解した。
だからもうゆっくりでも信じて身体を委ねる――なんて言ってももう遅い。
ノアの身体を隠す敷布がさっと取り上げられる。
思わず手が追いかけようとしたが、ノアのものが温かく湿る狭い場所に入れられて、びたりと動きが止まった。
「あっ……」
足を大きく開かせたヨルドは、大きな口の中にノアの性器を咥え込んでいた。
「や……っ、うそ……っ」
唇がすぼめられて吸いつきながら上下に動かされると勝手に腰がうねり、縮こまっていたものはすぐに張り詰めていく。
突然与えられた強すぎる快感を逃そうと身を捩って逃げようとしたが、容易にヨルドに押さえ込まれてしまった。
「……や、あ……ああっ」
先端の小さな窪みを舌先が突いた。それに一際大きな声を上げると、執拗にそこを舐られていく。
「あ、ぁ……ゃ、あぁっ……!」
これまで焦らされ続けていた身体は呆気なく高められ、射精感を堪える間もなくヨルドの口に出してしまった。
呆気なく達してしまったことと他人の口に出してしまったことに心が追いつかず呆然としていると、足の付け根に置かれていたヨルドの手が下がっていく。
「はっ、はぁっ……あっ」
濡れた指先が窄まりに触れて、大袈裟なほど肩が跳ねた。
身体を起こしたヨルドが、耳元で囁く。
「楽にして」
ノアが出したものが潤滑油代わりになっているらしく、無意識に身体に力が入ってしまうが、拒絶する力をものともせずぬるぬると深くまで入り込んでいった。
違和感がすごくて、楽にするどころかどころか息が浅くなっていく。
苦しいわけではないが、指一本が与える異物感に本当にこれと比にならないヨルドのものが入るのか不安が過ぎる。
「ノア、大丈夫?」
射精した余韻も消えてわずかに顔を青くしたノアに気がつき、ヨルドが声をかけてくる。
大丈夫じゃないと言うことは簡単だ。きっとヨルドはこんな状況になってでも引いてくれると思う。
だからこそノアは浅く頷く。
口を開けば嫌がる声が咄嗟に出てしまうかもしれないから、口元を手の甲で押さえた。
「わかった」
ヨルドは短く返事をすると、前後に浅く抜き差しをする。
少し感覚に慣れてくると指が増えて、縁にちりっとした痛みが走った。
ノアの顔を窺いながらヨルドが指を進めるものだから、なるべく表情には出さないようにしていたつもりだが、つい眉が寄る。
気づいたヨルドはそれでも手を止めず、首を伸ばして耳たぶを唇で食んだ。
口に咥えて軽く歯を立て、耳の輪郭を舌で辿っていく。
耳殻の凹凸を舌先でなぞり、熱っぽい吐息を鼓膜に吹きかけた。
そのたびにびくびくとノアの身体は震えて、腰の奥が甘い痺れが広がっていく。
首を竦めてもヨルドは追いかけてきて、ノアはなすすべもなくただ口元に強く手の甲を押しつけるしかできなかった。
「前に触ったときも思ったけど――ノアはどこも敏感だね」
ただ肌を撫でるだけもそうだったように、耳を舐られるだけで再びノアの性器は首をもたげていく。
未だ指が出入りする違和感はあるが、耳のくすぐったいような、じれったいような快感を拾ううちに少しそれも減った気がした。
「わ、悪かったなっ」
「とんでもない。嬉しい誤算だ」
ぶっきらぼうに答えると、吐息を含んだ甘い声音が耳から入って身体全体に広まっていく。
ぞくぞくと背筋を駆け上がる痺れに身を震わせると、身体の深くに潜り込んだ指が内壁を擦りながらずりずりと引き抜かれていった。
「あ……っ」
その途中で押し上げられた場所に声が出た。
声の色が変わったことに気づいたヨルドはそこを擦りながら、再びノアの耳を口に含んだ。
「……ぁ、あ……は、ぁ……」
決定的な刺激にはならないが、じりじりと染み込んでいく快楽に腰が揺れていく。
身体が少しずつ綻んでいき、再び指が奥へとのみ込まれていった。
何度も抜き差しされて奥まで入り込んでいたと思ていた指は実は途中までで、先程よりもさらに深くへ潜り込む指先にそれを知る。
「あ、あ……っ」
口を押えることも忘れて、ノアは敷布を握って身をくねらせた。
「ノア」
耳元で名前を呼ばれるだけで腰が砕けそうになる。
勃ち上がったものを手で上下に揺すられるともう堪らなくて、ノアはヨルドの首に腕を絡めて、自分の顔に引き寄せた。
舌を伸ばして、キスを強請ると、ヨルドは食らいつくよう口を重ね合せた。
「んっ……ふ、ぅ……」
絡まり合う舌の激しさに懸命についていこうとしたが、すぐに追いつけなくなって一方的に蹂躙されていく。
呼吸すら奪われる激しさは息苦しいはずなのに、もっと欲しい。もっとキスをして、抱き寄せて、早くひとつになってしまいたいと願う。
性急な口づけとは裏腹に、ヨルドは忍耐強く、丹念にノアの身体を開いていった。
指が増えてまた強い違和感を思い出しても、前を扱く手が慰め、口元が甘やかされてすぐにどうでもよくなっていく。
「あ、あ……っ、あぁ……っ」
つま先が敷布を掻き、腕を伸ばした広い背中に爪を立てる。
もう少しで達すると思ったそのとき、不意にヨルドの手が止まった。
「ん、っ……」
高まった射精感が解放されないまま突然放られた快感では追い上げられることもなく、出せない苦しさを抱えたノアがヨルドを睨んだ。
「なんで……っ」
「あとでつらくなる。もう少し我慢して」
宥めるようにノアの額にキスをした男の顎から、ぽたりと汗が落ちる。
よくよくヨルドを見てみると、ひどく汗を掻いていた。寸前でせき止められたノアより余程つらそうに眉を寄せながら、ぬるりと指を引き抜いていく。
それにすら息を詰めたノアにふっと小さく笑みを見せると、身体を起き上がらせて上に着ていたものをすべて脱ぎ去った。
惜しげもなく引き締まった裸体を晒し、前も寛げていく。そこから取り出されたヨルドの性器に、ノアはごくりと生唾を飲み込んだ。
ずっしりとするそれに、恐怖はある。あんなもの入るか小さくしろと言ってしまいたい。だが慄いている自分の中に、興奮と期待があるのも確かだった。
足が開かされ、窄まりに先端が宛がわれる。
「あ――」
ゆっくりと押し込まれていくヨルドのものは、散々指で慣らされたとしてもまだ狭いそこを隙間なく埋めていった。
痛みはあったが、それよりも染み込んでいくような幸福感に身も心も満たされていく。
じわじわと中に侵入してくるものは指でも届かない場所まで割り開いていく。それでもまだ進み続ける腰にどこまで入り込むのかさすがに不安になった時、ヨルドの動きが止まる。
目を閉じ、はあ、と深く息を吐いた男に、ノアは手を伸ばした。
頬に添えられた掌に気がつき瞼を上げたヨルドは、目を細めてノアの手に擦り寄る。
「全部入った」
あり得ないほど深いところまで自分の身体に収まったヨルドのものを、空いたもう片方の腹の上から撫でると、中でぴくりと反応するのがわかった。
「――優しくしたいから、あまり煽らないで」
煽ったつもりはまったくないが、拗ねたようにするヨルドの顔がなんだか可愛らしく見えてしまう。
ここで笑ったら報復があまりに恐ろしいのでぐっと頬を引き締めるが、ついでに身体にも力が入ってしまったらしく目の前のヨルドの顔が苦しげに歪んだ。
「煽らないでって、言っただろう」
「はあ? さっきから、別に煽ってなんて……」
「ここ、きゅうっておれに絡みついてくるんだけど。もう少し大人しくしていてくれ」
腹に置かれたノアの手の甲をとんと軽くついて、ヨルドは珍しく憮然とした様子で言った。
先程の優しくしたいという台詞を思うなら、凶悪なヨルドのものが馴染むまで待つつもりでいるのだろう。そこにノアがうっかり彼を可愛いと思ってしまって無意識に身体が反応してしまったものだから、強靭な忍耐力も揺すぶられているらしい。
それにはついにノアも片頬を上げ、ヨルドの背に腕を回した。
引き寄せた首元に頭をすり寄せながら、拙く腰を揺らす。
「っ、ノア!」
我慢の限界点にいるヨルドが声を荒げてノアを引き離す。
餌を目の前にぎらつく獣のような彼の視線の先で、ノアは不敵に微笑んだ。
「煽ってなんかない。――待ちきれないんだ。察しろ馬鹿者」
ここまで来てもなお減らない口は色気も可愛げもないはずなのに、はっとしたようにヨルドは目を見開らく。
背中を浮かせてヨルドに口づけると、すぐに足が掬われて寝台に押しつけられた。
「ひ、ぁあ……っ」
突然の激しい抽送に喉の奥から悲鳴が上がる。
それが痛がってのものでないとわかると、ヨルドは荒々しく唇を重ねて嬌声ごと舌を掻き混ぜていく。
「ぁ、ん……んんっ、んっ……!」
はちきれそうなほど充溢したものが手加減なく行き交い、弱いところを擦り上げていく。
奥を突き上げられるたびに殺しきれない声が零れ落ち、腰が砕けそうになるほどの強烈な快感が背筋を突き抜けていく。
「あ、あっ、ひ、っ……」
「はっ、ノア……っ」
ヨルドに名を呼ばれた瞬間、ぼろりと涙が零れた。
昂る体が勝手に流したものだが、それに気づいてしまうと次々に溢れていく。
流れた涙を舌で掬い上げながらもヨルドは腰を打ちつけ、ノアは涙を散らしながら身をくねらせた。
「や、あっあっ……さ、さわって、まえ……っ」
隘路を容赦なく穿たれ強烈な快楽を覚えながらも、決定的な何かが足りず、それを求めてノアはすすり泣く。
激しい抽送に揺れるノアの屹立が掴まれ、上下に揉み込まれる。いつもなら痛みを覚えている強さも今は待ち望んだ愉悦を生み、すぐのノアの身体は登りつめていく。
「あ、あ……っ!」
ふわっと身体が浮きかけたそのとき、弾けようとしたそれの根元が締めつけられて、ノアの意識は引き戻された。
あれほど激しく打ちつけられていた腰が、急に動きをゆるやかに落としていく。
再び寸前で止められたノアの身体が震えても、緩く前後に腰を揺らすだけ。それ以上激しく動く気配のないヨルドに、ノアは足を持ち上げてその腰にかかとを落とした。
「う、動けっ」
もどかしい。あと少しで達せられそうなのにまた寸前で止められて、痛いくらい張り詰めているのにどうしようもできない。
蹴ったところで大して力は入らなかったが、訴えるには十分だ。
唯一この熱を解放できる男はそれでも、自分だって限界でつらそうにしながらも動き出す気配はなかった。
「いきたい?」
もはや虚勢も張れずに必死に頷くと、ヨルドは艶然と微笑みかけてきた。
「なら、おれと付き合って」
「……はっ?」
「おれと付き合ってくれたら、いっぱい擦ってあげる」
そういえば、あれだけ言い合ってもまだ恋人になるという話にはなっていなかった。
だからと言ってなんでこんな限界なタイミングで言ってくるのか、信じられず絶句するノアだったが、ゆるゆると腰を動かされてすぐに思考がままならなくなる。
「や、あっ……な、何、言って……っ」
「お願いだ、ノア。おれをきみの恋人にして……」
「わ、わかった、なる、なるから……ぁあっ!」
言い終るやいなや、ノアの戒めが解かれる。
腰を掴まれ数回深くまで穿たれ、一挙に押し寄せた愉悦に目の前が白く弾けた。
「あ、ぁ……っ」
腰の奥でじわりと熱が広まっていくのを感じながら、ノアの意識は白い光のなかにのみ込まれてしまった。