心に秘めた、

この作品は、ツイッターのフリーワンライ企画(#深夜の真剣文字書き60分一本勝負)に参加させていただきできた作品です。
お題は『花弁にキス』を選ばせていただきました。
企画趣旨を守るため、誤字脱字等の誤った表記以外は一切訂正いたしません。
いつもに増して拙いとは思いますが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。


 

 先生に呼ばれていると、あいつは放課後になると同時に職員室に向かってしまった。今日は家に帰って勉強を教わる約束をしていたため、帰りを一人教室で待つ。その頃には人もまだまだらに残りところどころで声がしていたが、今では誰もが帰ってしまい、静かだ。
 開いた傍らの窓から、グラウンドの方で精を出す運動部たちの掛け声が飛び込んでくる。けれどどこか遠い。
 がたり、と音がして不意に意識が戻ってきた。机の上で組んで枕代わりにしていた腕から顔を上げ、黒板の上の時計を見てみると、覚えていた時間よりも三十分ほど進んでいた。
 どうやら眠ってしまっていたらしい。くありと欠伸をし、同じ体勢でいたせいでかたまる関節を上へと思いきり伸ばす。小気味いい骨の爆ぜる音を鳴らしながら教室を見回してみると、すぐ隣の席にこちらへ身体を向け座るあいつがいて驚いた。
 身体を伸ばした体勢のまま瞠目しかたまると、くすりと笑われる。

「気づかなかったのかよ」
「いや、いるとは思わなかったから……つーか戻ってきたんなら起こせよ」
「ついさっき来たばっかだよ。今起こそうと思ってたところだ」

 そう言えばさっき物音がして起きたんだっけ。それは、あいつが椅子を動かした音なのかもしれない。
 自分の席じゃないくせに、持ち主がこの場にいないことをいいことに堂々と我がもの顔でそこを占領し、肘を立てている。
 やけにのんびりと構える姿に、戻ってきたんなら行くぞ、と声をかけようとしたところで先にあいつが口を開いた。

「なあ、それちょっと貸して」
「ん?」
「机の上」

 特に荷物を出していた記憶はなく、いったい何のことだろうと内心で首を傾げながら手元へ目を落とす。すると、置いてある自分の腕の傍らにいつの間にかなかったはずの花が一輪、ちょこんとそこへ置かれていた。
 思わず手に取り、目線まで上げてそれをしげしげと眺める。

「なんで花が……?」

 この花に見覚えがあった。学校の花壇にもあったはずだし、何より有名で知名度も高い方の花だったはず。けれどあいにくと名前までは思い出せなかった。
 少し細いと思える白い花弁が一重に咲いたそれ。確か、少女漫画なんかでよく花占いにと花弁を一枚ずつ引きちぎられるのに使われるやつだったか。
 いかんせん花には詳しくないし興味もないから確信はないが、その哀れな花だったと思う。
 でもなんでこの花がおれの机の上になんてあんだろう。
 まさか窓から風に乗って入ってきたわけもないだろう。そこまで強風は吹いてないし、何より茎がしっかりと刃物で切られているのが断面でわかる。誰かが、何かしらの事情でおれの机にわざわざ置いてったと思うのが妥当だろう。
 起きているうちはなかったから、多分眠っている間に誰かがこの花を置いてったんだろう。でも、いったい誰が。
 ますます疑問を感じて内心で捻る首の角度を増していると、不意に隣から伸びてきた手に花が奪われる。思わず目で追うと、いつの間にか席から立ち上がっていたあいつがそれまでおれが持っていた花を手にしていた。
 じっと見つめた後、花に顔を寄せ、目を細めてその香りを嗅ぐ。

「こんな小さいのに、しっかり香りはあんだな」

 そんな風に言って、小さく笑った。その姿を眺めているとふとおれの視線に気づいたやつが振り向く。
 白い花を手にした手を伸ばしてきたと思ったら、そのままおれの耳にそれを差していった。

「結構似合うじゃん」
「男が花なんて似合うわけないだろ」

 さっき、花の匂いを嗅いでいた時のように目を細めあいつは笑う。けれど自分の今の姿を想像して笑えるようなおれじゃない。
 冗談にのってやるつもりはないとすぐに頭についたそれをとろうとそこへ手を伸ばせば、一度は離れたあいつの手がまたそこへ向かう。
 なんだ、とってくれんのか。そう思っていたら、不意にあいつの顔が寄せられた。
 近づいてくる、女子に密かに人気のある整った顔。見慣れているはずなのに、こんなに間近になることなんて滅多になくって。
 驚きにかたまるも、あいつは止まることなく顔を寄せ続ける。このままじゃぶつかる、と思ってもゆっくりと顔は大きくなっていく。
 何してんだよ、と押しのけることもできない。

「――っ」

 もうだめだ、と堪らず目を閉じた。

「っ……?」

 唇もきゅっと引き結んだが、想像していた感触も衝撃も何もなく。強張った肩の力をそろそろと抜いて、恐る恐る目を開ける。
 目の前に、あいつの顔はなかった。見えるのは短めに刈られた真っ黒な髪で、あいつの顔はおれの右耳の方へと寄せられている。おれの目では追いきれない場所で、何かをしている。
 すぐに顔は離れていった。そして改めてまみえたあいつを見て、ようやく何をしていたのか悟る。
 花弁へとキスをしていたんだ。上唇に微かについた黄色い花粉がそれを教える。
 ついてしまっているものに気づいているのか、腕で口もとを拭った。

「先、下行ってんな。おまえも早く目覚まさせて来いよ」
「……もう、起きてる」
「どうだかな」

 隣の机に置いたままになっていた鞄を手にとりそれを肩にかけると、あいつは先に教室から出て行った。これから向かう先は同じ下駄箱だというのに、だ。
 寝ぼけてなんかいない。もう、しっかりと目を覚ましている。それなのにおれの身体はなかなか動きださなかった。
 ようやく持ち上がった手は、けれど机の脇にひっかけた鞄をとることはなく。そのまま自分の右耳へと飾られた花へと向かう。
 白いそれを抜き、胸の前に持ってきて。
 誰もいない教室で一人、花弁にそっとキスをした。

 おしまい


マーガレット:花言葉『心に秘めた愛』

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