ようやく辿り着いた村は、見慣れた景色を一変させ、惨憺たる現状をリアリムに突きつける。
 しばらくリアリムは立ち尽くした。やがてゆっくりと我を取り戻していくと、引き寄せられるよう、ふらつく足取りで力なく進み始める。
 はじめはゆっくりとした歩みだったが、次第にそれは駆け足に変わった。

「とう、さん……かあさん、リアーナ……!」

 最愛の家族を求め、村の端にある我が家へと向かう。
 狭い集落であるからすぐに目的の場所に到着し、そしてまみえた現実にリアリムは地面に崩れ落ちた。その瞬間に、これまでリアリムの懐に隠れ続けていた小さな鼠が一匹、陽光のもとに躍り出る。いつからか記憶の中に入り込み、どんなときでも傍にいた、リアリムの人ならざる友だ。肩に登り人間の爪先程もない鼻先を首筋に寄せるも、リアリムは反応しなかった。
 現実を直視することが出来ず、リアリムはただ呆然と獣の爪痕と足跡を残す地面に手を突き見下ろす。
 鼠は灰色の艶やかな毛をやや乱しながら、それを整えることもなくリアリムの肩を下り、腕を伝って地に足をつける。その隣でこれまで片時も離れずリアリムのもといた鼠が手の傍らから顔を見上げるが、それでも赤い瞳は小さき友を見ることはない。
 家は残骸と化し、すべてが黒く塗りつぶされていた。未だ火の手も残っており、一目見ただけでリアリムを絶望に突き落とす。家は明らかに命の気配とともに燃えてしまっている。一縷の望みにかけて捜索する気力すら、打ちひしがれる若き青年に与えなかった。
 足の悪い母は店舗も兼ねたこの家で店番をしていたはずだった。万が一家をすべてのみ込んだ火の手から逃れたとしても、突如として現れたあの魔獣の群れの凶牙を避けることはできなかっただろう。そして母を愛していた父が逃げ出す術のない彼女を置いて一人逃亡するとも考えられない。まだ幼い妹も、恐怖に足を竦ませ、そして。
 もし、我が家がここに立っていれば。内に籠り魔獣の襲来から耐え切っていたかもしれないという希望もあっただろう。だが守護の砦すら破壊されてしまったら、それまでだ。
 リアリムは地面に爪を立てたまま拳を握る。途方もない悲しみが、守れなかった自身の非力さへの憤りが、最期に傍にいられなかった後悔が。力を込めるあまりに震えるそれに、今胸に抱えるすべての思いを無理矢理に押し込む。
 どうすればいいのかもわからなかった。言葉に表せぬほどの絶望を味わい、ただ打ちひしがれて。泣くことはできない。ならば泣くように叫べばいいか。それとも悲劇に追い込んだ相手に怒鳴ればいいか。仇うちに向かうべきか、それとも、後を追うべきか――。
 そこまで考えたリアリムは、きっと家族がそのことを知れば叱るだろうと想像し、ますます胸が張り裂けそうに痛んだ。
 睨んでいた己の拳から目を深く閉ざし、歯を食いしばる。わなわなと全身が震えた。
 自分でも何をしでかすかわからぬ衝動に耐えるリアリムの背後から、そうっと一頭のヘルバウルが忍び寄る。
 それに気づいた鼠は素早くリアリムの懐に潜り込んだが、打ちひしがれる青年にはわからなかった。
 集落を襲ったヘルバウルであり、仲間が帰ってこないのを不審に思い戻ってきたのだ。そして大人しくしている餌を見つけ、今まさに仕留めようと息を殺して距離を詰めていく。
 自身の心の声の叫びに耳を塞がれているリアリムはまだ気がついていない。
 足音どころか気配も立てずリアリムを確実に仕留められる場所まで辿り着くのは、ヘルバウルにとって至って簡単である。ただただ震えるばかりで動かぬ青年にいざ食らい付こうと、身をいっそう低くしたそのとき、飛び掛かろうとしたはずのヘルバウルの身体は動かなかった。
 自身の変化に気が付いた魔獣は咄嗟に唸る。その声にようやく迫っていた存在を知ったリアリムは弾かれたように振り返り、そのまま地面に尻餅をついた。

「っ……!」

 魔獣を遠巻きに見たことはあれども、これほど姿がはっきりわかる距離にいたことはない。一息に飛び掛かられそうなほど近くなど。
 リアリムは息を呑み身体を小さくさせた、そのときだった。

「消えろ」

 吐き出す息さえも潜ませ震わす自分とは別の声が、恐ろしい形相を見せるヘルバウルにかけられた。そこでようやくリアリムは、魔獣の背後に一人の男の姿があることに気がつく。
 一瞬村人の誰かが生き残っていたのかと思い込んだが、しかしそこにいたのは見慣れぬ青年だった。日差しに輝く黄金の髪に、澄んだ色をする瞳。すれ違った女どもの大半が振り返りそうな、整った精悍な顔立ちをしていた。手袋さえ隙間なく装着している男は、顔と首くらいしかその白い肌を見せていない。
 冒険者だろうか、薄汚れた外套を羽織っている。その下で青年は二本の剣のうちの片方に手を構えるではなく、ただ置くようにしていた。
 ヘルバウルを前に、彼は冷静そのものだ。魔獣がいるからと興奮するわけでも、リアリムのように恐怖に身を竦ませるわけでもなく、一切取り乱した様子はなかった。それどころか警戒する気配すら感じない。剣に触れているとはいっても単なる手の置き場にしているようにしか見えなかった。
 いつ襲い掛かられるのだろうと緊張するリアリムとは正反対に、男は道行く人に話しかけるような軽やかさで、しかし感情を窺わせぬややひんやりと感じさせる声音を吐いた。

「消えろ。死にたくなければ」

 ヘルバウルは唸りを一際大きくさせ、リアリムに向けていた身体をぱっと翻し、そのまま男に飛び掛かった。
 ぎらつく牙で宙に線を描く勢いで魔獣は青年に迫る。咄嗟にリアリムは強く瞼を閉じた。
 瞬時に巡る想像は紅に染まる恐ろしい光景。何かの音がしたが、それが青年の上げた悲鳴であったか、それとも牙が肌に突き刺さる音か、混乱が深まったリアリムは何もわからない。だが確かに、音から一拍ほど遅れて、濃厚な血の匂いが鼻に届いた。
 恐る恐るリアリムが瞼を持ち上げれば、そこにあったのは、想像とは少し異なる、しかし予想していた色が飛び散る景色だった。
 命を落とすのは青年、そして凄惨な現場が広がっていると、そうリアリムは思っていた。だが実際地面に首を刎ねられ横に転がっていたのはヘルバウル。そして切り離された身体から鮮血が飛び散っていた。
 飛沫は斬りつけたらしい青年に一切跳ね返っていない代わりに、リアリムの裾に小さく染みを作っている。

「ひっ」

 リアリムは引き攣った短い悲鳴を上げ、無意識に身体を後退させる。しかし尻餅をついた体制のままだったため、ずるりと一度地面に擦っただけで大して動くことはできなかった。
 青年は血が滴る抜き身の剣を持ちながら、涼しい顔をしていた。殺意をむき出しにして襲い掛かったヘルバウルを返り討ちにして殺したにも関わらず、その死体を無感情な瞳で見下ろしている。
 リアリムは一瞬恐れも忘れ、伏し目の彼に吸い込まれた。陽光に輝く髪が、瞬きを忘れた視界で煌めく。
 目の渇きから無意識に身体が瞼を動かした頃、青年はリアリムについと目を向けた。

「立て。戻る」

 彼はなにを言うのだろうか。自分はもう、“戻って”いる。帰ってきているのだ。これまで暮らし続けた己の住処に。
 顔を横に向け、そして家を見る。物心ついたときにはすでにともにあった居場所は、何度見たところで黒く崩壊したままだった。周囲に咲いていた花も今やさざめくような火炎の泉と化している。
 もうここは戻る場所ではない。その真実に、一連の出来事で遠くへ押しやられた感情が一気に蘇る。しかしそれを再び追い払ったのはやはり彼だった。

「早くしろ」

 急かす言葉とは裏腹に、焦りなどない平淡な声音。覇気がないはずなのによく通るそれに、リアリムの身体は己の意思と無関係に動き出そうとした。だが、反応しようとしてようやく気が付つく。

「たて、ない。腰が、抜けて……」

 リアリムは弱り切って、顔を伏せた。だらしなく舌を伸ばして血を吐くヘルバウルの口元が端に見えて、慌てて視線を逸らす。鼻につく匂いはどうすることもできず、ますます肩に何かが重くのしかかったように思えた。

「立て」

 青年は同じ言葉を繰り返した。抜き身の剣を手にしたまま、それに血を滴らせたまま、心を砕かれかけた震えるリアリムを見下ろしたまま。
 立てぬ理由は伝えた。何も今見せられた生死のやり取りだけが原因でないことは、よもや周囲の状況を見ればわかるだろう。それでも立ち上がれと。そして戻れと。この場から去れと。
 頭の中が真っ白になった。慈悲なく急かす言葉か、ヘルバウルの殺気にあてられたのか、血に染まる剣か、今も火の手燻る家屋か。
 寒い。身体がひどく冷えてゆく。思考が凍りつき、ようやく表情を見せた青年が、苛立たしげに舌打ちをしても呪縛は解けなかった。
 身の内から溢れる多くに停止してしまったリアリムを、青年は纏っていた鉄仮面を捨て歯がゆげに、だが決して引っ張り起こそうともせず見下ろす。
 いよいよ待つ彼が二度目の苛立ちを露わにしようとした頃、森から新たな人物が飛び込んできた。

「ああ、やはりこちらに……」

 息切れているものの安堵に染まる声に、ようやくリアリムは我を取戻しそこへ目を向ける。
 彼もまた、見知った村人などではなかった。へたり込むリアリムを見て微笑むのだから敵ではないのだろうことに、肩の力を抜く。
 すっぽり足先まで伸びた長衣と手にした杖で、その男が魔術師であろうことを悟る。肩幅はあるが服の上からでもわかるように身体は薄い。余程急いて森を来たのか色の髪は乱れているが、整えれば絹のように美しい流れとなるのであろう。彼もまた整った面をしているが、青年とは違った中性的な美しさがそこにはあった。小さな笑みを浮かべたその顔はどこか浮世離れしているような清廉さを纏っている。

「ありがとうございます。彼を守ってくださったのですね」

 魔術師は青年に声をかけたが、青年は役目を終えたとでも言いたげにあっさり二人に背を向け、森に向かい歩き出した。
 遠ざかる姿を見つめていると、いつの間にか傍らに魔術師が膝をついていた。リアリムと目線を合わせる。

「お怪我はありませんか?」
「怪我は、ない、です。ただ、腰が抜けて」

 もつれそうになる舌をどうにか動かす。
 返答を受け取った魔術師はしゃがんだ体制のままリアリムに背を向けた。

「わたしの背に乗ってください。おぶりますので」

 傍らにヘルバウルが転がっている状況で、断るわけにもいかない。仲間がこの近くにいる可能性は極めて高いのだ。
 申し訳なく思いながら、ようやく現状を受け入れつつあるリアリムは彼の厚意を受け取ることにした。もとより他に選択肢はなかった。
 自分と同じくらいの背でありながら、触れれば改めて確認される痩躯に身を預ける。
 魔術師とはもとより知識を糧に力を奮う者。膂力に頼ることもなく、肉体を鍛えるよりも感性を磨くことの方が重要となってくる。魔術師である彼は、リアリムより頼りない身体をしていても仕方のないことだった。
 自らより重たい荷物を背に、魔術師はどうにか立ち上がる。だがそれだけでふらふらとしていた。そもそも森を駆け抜けここまで来たのだ。そして休む間もなくリアリムを持ち上げ、体力が続くわけもなかった。
 一歩一歩重たげに進みながらも、それでも魔術師は足を止めることはなかった。玉のような汗を滲ませ、長衣にしっとり汗を吸わせながらも、見ず知らずのリアリムのため青年が先にいった道を辿る。
 やがて落ち着きを取り戻したリアリムは自らの足で歩きだし、疲労にふらつく魔術師を支えながら“戻るべき場所”に訪れた。
 そこはリアリムが目を覚ました西の森の中だ。道すがら聞いた魔術師の説明によれば、ここには彼が張った小規模の結界が敷かれているという。
 薬草とすり鉢が投げ出された状況の隣で、二人の男が腰を下ろしリアリムたちを出迎えた。
 ひとりはあの無愛想な青年。先程の血の脂を吸った剣の輝きを取り戻している最中だった。
 もうひとりはやはり知らない男だった。

「よかった、見つかったんだな」

 朗らかに笑った彼もまた、魔術師たちの仲間の独りなのだろう。剣士らしき風貌の男は、他の二人に比べれば凡な顔立ちだが、彼もまた武人らしい男くささを持っている。この中では一番表情豊かそうに笑っていた。
 胡坐を掻いた剣士と青年の間には仕留められた猪が横たわっている。早々に剣を整えた金髪の青年は、リアリムたちに一瞥をくれることもなく、足をまとめられた猪を片腕で掴み立ち上がった。
 肥えた猪は、いくら成人した男といえども片腕で支えられるほど軽くはないはず。しかし青年は顔色ひとつ変えないまま、木の根が出張る足場の悪さもものともせず、片方だけに偏る重みに身体の芯をとられることもなく、誰の視線も届かぬ太い木の裏に向かう。恐らく猪をこれからさばくのだろう。
 横目で青年が消えるのを見守っていた魔術師は、何やら口先で呟き、胸の前ですうっと指で一直線を引く。それを不思議に思って見ていたリアリムの視線に気がつき、説明する。

「今、あちらに小規模な結界を張りました。折角話をするというのに血の匂いがしたのでは困りますから」

 潔癖それだけで魔術を使うとは、いささか彼は潔癖なのかもしれない。もしくは魔術は術者にとって、リアリムが思っている以上に容易に使用するものなのだろうか。
 魔術師という存在は知っていても、実物に会うのは初めてである。そもそも魔術師とは数が少なく、大抵はどこかの国に勤め、王宮の奥深くにいる。本来であれば一介の村人が言葉を交わす機会とてそう訪れるものではないのだ。
 魔術師は剣士の前に腰を下ろし、どうすべきかと立ち尽くしていたリアリムを手招き、青年の席をひとつ空けて円を描くよう座らせた。
 散らかっていた道具をしまう手を一旦止めて、思い出したように魔術師はリアリムに顔を向けた。

「まずは挨拶でしたね。わたしはリューデルトと申します。リュドウとお呼びください。見ての通り魔術師をしております」

 リューデルトはちらりと視線を隣に向ける。それを受け取った剣士は浅く頷く。リアリムは今度彼を見た。

「おれはラディア。ライアでいい。剣士だ」

 脇に置いていた剣を手に取り、ラディアはリアリムにちらつかせた。
 二人に名乗られ、次は己の番だと、リアリムは未だ覚めない戸惑いの中で小さく頭を下げた。

「リアリムです。薬草屋を営んで、おりました。先程はその、助けていただきありありがとうございます。それに、かっとなって飛び出してしまって……」

 目覚めたとき、この場所にいたことは覚えていた。そのとき傍らには誰かがいて、その人の顔までは覚えていないが、きっとこの三人の誰かではあったのだろう。
 説明はされてはいないものの、リアリムは自分がどういう状況下に置かれているのか察していた。
 魔獣に出会い、追いかけられているうちに森に入り込み、そして気づいたときにはこの場所に寝かされていた。つまり彼らに助けられ、保護されていたのだ。そこから勝手に飛び出し再び窮地に身を投げ出してしまったところを、あの金髪の剣士に救われた。
 いくら集落のことがあったとはいえ、リアリムは二度も彼らに迷惑をかけてしまっている。

「いいのですよ。それよりも、わたしたちの方こそあなたに謝らねばなりません。せめてもう少し早く到着していれば、きっと――」
「よせリュドウ。おれたちは間に合わなかったんだ。そんな話をするんじゃねえ」

 リュドウの脳裏に浮かんでいるであろう光景を同じく思い浮かべたリアリムは俯く。それに気づいたリューデルトは、小さな声で謝罪した。
 恐らく、旅人であろうリューデルトたちが集落に到着した頃には、何もかもが手遅れだったのだろう。人々は姿を消し、残ったのはリアリムもまみえたあの崩壊の後のみ。助かったのは、生き残ったのはリアリムの他にいなかった。いたのであれば今この安全な結界の中に一緒にいたはずだ。
 語られずともリアリムは気を失う寸前の記憶、目覚めた後に見た惨状、そしてリューデルトとラディアの表情で大方察した。だからこそ、自らの発言に悔いるリューデルトに首を振る。

「いいんです。ヘルバウルの群れは、あっという間に集落をのみこみました。それが、運命、だったんです。それよりもわざわざこちらまで出向いてくださり、本当にありがとうございました」

 返すべき言葉を吐きながら、これまで生きてきた思い出が、多くの人々の笑顔が、塗りつぶされていくのにただ拳を握る。
 声が震えそうになるのを押し留め、抱える必要などない罪悪感に苛まれるリューデルトの優しさに感謝した。しかし隠しきれぬ絶望と喪失感に襲われるリアリムの様子を見せてしまえば、言葉にしたところでそれが薄まることはないのだろう。わかっていても、今のリアリムにはどうすることもできなかった。

「――生き残ってたのは、あんただけだ」
「……そう、ですか」

 しばしの沈黙を置き、ラディア重たげに口を開いた。
 改めて突きつけられた事実に、リアリムは真下を向き、なるべく表情が隠れるようにして唇を噛んだ。握りしめた拳が、両親から美しいと褒められた緋色の瞳の中で震えている。強く握るあまりに掌には爪が食い込んでいたが、現実の痛みなど心に負った傷に比べれば感じないも同然だった。
 あのとき、リアリムはいつも通り森に薬草を摘みに出かけるために道を歩いていたところ、突然現れたヘルバウルたちに襲われ、逃げているうちに気づけば意識を手放していた。そのためだろう。幸運なことに悲鳴も、逃げ惑う声も、骨を砕く音も、破壊される音も、何も聞かずに済んだ。いや、もしかしたら耳にしていたかもしれない。だがその記憶はないのだ。そして不幸なことに自分一人だけが助かってしまった。
 ほんの数刻前まで集落は平和そのものだった。人口は少なく小さな規模の暮らしだったが穏やかで、諍いも少なく、笑顔が多かった。獣はまだしも魔族からの被害などこれまでになく、命の危機を感じたことなどそれほどなかったのだ。だからこそ油断していたし、奇襲にみなただ驚きと恐怖に支配され、ろくな抵抗もままならなかった。集落の周囲にヘルバウルの群れが来ていたことさえも誰も知らなかったのだ。
 どんなに平和を懐かしんだところで、起きてしまった悲劇に苦しんだところで、過去が戻ってくることはない。リアリムがもうあの黒に塗りつぶされた家に帰れられないのと同じだ。
 もしかしたらあの崩れた家屋に、もしかしたら魔獣の胃袋に。姿を見つけることのできなかった家族を思い出したリアリムは泣きたげに目を細める。
 ふと胸元に動きを感じて、リアリムははっと顔を起こした。
 どうしたものかと向けられた二人の視線を受けながら、リアリムは自らの服に手を差し入れ、その中から大切な友人を取り出した。

 

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