◇独白~ケイ~◇

以前菜月さまにいただいた『sweet』にて登場しました、菜月さまのオリジナルキャラクター、ケイさんの過去のお話です。(※Desireのメンバーは出ていません)

残酷描写もございますので、苦手な方はご注意ください。


 

◇独白~ケイ~◇

人が沢山走ってる。叫び声や悲鳴も所々で上がっている。
阿鼻叫喚、とでも言うのだろうか。年齢問わず逃げるのに必死な人々。
まさに混乱の最中。
誰も居ない筈のその家から弱い気配がした。
みんな自分が逃げるのに必死で壊れかけたその家に寄ろうとする者など誰も居ない。
……逃げなければ。
まだ自分は本格的に剣を学んだ訳じゃない。
自分が行った所で助けられる保証もない。
それに明日は大切な試験だ。
今逃げ切って、本格的に剣を学んでからの方が沢山の人を助けられる。
…だけど。後悔するかも知れない。
今行かなかったら、無くしてしまうモノがあるかも知れない。
躊躇ったのは一瞬。

「ケイッ待て、無理だっ」
「死にたいのか!?」

共に走っていた仲間が突然進路を変えたオレに手を伸ばしたがそれをかわして走る。
家の扉を開けても姿が見えない。
何処だ、何処にいる?
酷い騒音とも取れる中、感じる気配だけを頼りに歩く。
すると扉を開けた所で倒れている人が居た。
倒れてきた家具に肩から先を挟まれ、そこから血が流れている。
見知らぬその人は、弱々しい眼で辛うじて此方を見た。
オレを認めた次の瞬間怒鳴る。

「何をしているっ!早く行かんか、死にたいのかっ」

弱々しい気配に不似合いな強い声。
意識ははっきりしてる。それなら。
オレは弾かれたように彼に近寄る。しゃがみ込むと足に乗っている家具の位置を確認し立てかけてあった杖を使いそれをずらす。
余程頑丈な杖なのか、罅すら入らなかった。
幸いな事に少しずらしただけで彼の腕はあっさり抜けた。
オレは着ていたシャツを口で裂き、取り敢えずの止血を試みた。
けれど傷が深いのか、直ぐに血が染みてくる。
そうこうしている内に魔物の気配は濃厚になってきた。

「こんの馬鹿者がっ」
「直ぐに警備隊が来るさっ」

何せ此処は城下町。少し外れた位置にあるとはいえ、コレだけの騒ぎだ。
誰も来ないなんて事は無いだろう。
彼と共に急いで家を出た瞬間だった。
一段と濃厚になった魔物の気配に肌が粟立った。オレは怪我を負っている老人を先に走らせ、後ろを伺う。
それは思ったより近い位置にいた。
そしてその鋭い爪のようなモノを逃げ惑う人達に向けている。
その先には転んだのか、倒れて動けない子供。
考える時間なんて無かった。咄嗟に身体が動いていた。
子供を突き飛ばした直後にそれはきた。

「…ぅあッー…っ!」

熱い、熱い何かが背を引き裂いた。
足が、止まる。
もう駄目なのだろうか。オレは此処までなんだろうか。
熱さの次に襲ったのは激しい痛み。身体中がバラバラになりそうな程のそれ。
膝をつき振り返ろうとした。
けれど。大量の出血は意識を保たせてはくれなかった。

 

 

…後から聞いた話。
オレを襲う魔物は駆けつけてきた警備隊が倒したらしい。幸いにも死人は出ず怪我人のみで済んだのだと。
意識を取り戻した時には既に何日か経ち、入隊試験は終わっていた。
そして。
背中を裂かれたオレは一生歩けない、と診断された。
傷付けられた場所が悪かったのだと、町医者は言った。
歩けない。それは、剣の道を絶たれたということ。
そんなオレの元に頻繁に届いたのは可愛らしい草花。
あの時傍に居た幼い子が届けてくれたものだという。
そんな子を恨める筈もない。
剣が無理となっても生きていく為には何か身に付けなければならない。
歩けないのだとしても、足は動かさなければ衰えていく。
毎日少しずつ、無理だとは承知でも足を動かした。そうして何年かする頃には何とか歩けるようになっていった。
そして。あの時知り合った老人の口添えで、オレは調理人見習いになることが出来た。
後ろを向いても意味はない。恐らくあの時、彼の気配を無視して逃げ切ってもきっと後悔はしていた。
それならば現状を受け入れ生きていくだけだ。
オレは剣を捨て、自分を変える為言葉を変えた。
自分が変われば周りも変わる。
かつての仲間が入隊する中、私は店主の推薦で城へ勤める事となり、そして。
……月光の下で剣を振る彼を、見た。
懸命に強くなろうとしている人を。
告げてはいけない、と何故かそう感じて行動した。その想いは結果として叶うことなく散った。
私は今も厨房で働く。有り難い事に見習いを卒業し、調理人として給金を貰っている。
様々なことが変わる中、私も少しは変われたのだろうか。
楽しげに並んで歩む真司と岳里を見て、私は厨房へ戻るべく足を進めた。

END

頂きもの



今回は先に補足的な内容をお書きしますね。

まず先に、少しDesireの医療体制について。
Desireの、国の中にはそれぞれ町医者がいます。町人たちはそこを利用しています。ただし治癒術を扱えない方がほとんどになります。普通の、皆様の身近にいらっしゃるお医者さんを想像していただければ大丈夫だと思います。もし治癒術をつかえたとしても、掠り傷を治せる程度ですので、あまり役には立ちません。

治癒術は天性の才がなくては扱えないものなので、実力者は大抵城に引き抜かれてしまいます。強制に近い形です。
なので一般は治癒術に触れる機会はそうないのですが、ルカ国では七日に一度、医務室が一般に開放される日があります。その時には城に勤める治癒術師の術をうけることも可能です。

――という実は、な設定がありました。
そういった開放日のことを菜月さまに話させていただくと、なんと阿吽のために(実際は違う)設定を加えてくださったのです! 所謂裏事情ですので、今回いただいた独白の中には入ってません。

・裏で起きていたこと
怪我を負い、意識を失ってるケイさんを連れ(町医者にての手当て済み)老人が医務室非解放日にも関わらず毎日城を訪れ直談判。
→隊長クラスのネルかジィグンのような人物が偶然気付き城内へ。
→治癒を施して貰うも怪我が深く位置が悪い(又は怪我を負ってから日数が経ちすぎ、傷跡に毒等)。結果、辛うじて歩ける可能性が見える程度に留まる。
町医者に歩けないと言われながら歩けるようになったのは治癒術を受けたお陰。因みにこの間、ケイさん自身の意識は無い状況(昏睡に近い)で今も知らされてない。
※多少手を加えましたが(名前に敬称つけたり改行等)、菜月さまに送っていただいた内容をなるべくそのままに掲載しています。

 

お城側の裏事情
門番を務める一兵士の一存では決して城の門を開くことはできず、老人ははじめまさに門前払い同然。
ただし必ず上への報告は欠かさないため、城内警護を任されている四番隊部隊長アロゥに話がいき、そこからジィグンに連絡が。
ジィグンは今度、ネルに話を持っていき、老人のいう患者(ケイさん)について、いきさつを知る(ネルの十二番隊は諜報にも活躍するため、情報収集はお手の物)
ケイさんの行いを知った王さまは、本来は不平等にならないようにと決して既定の日以外は城の医務室を開放しないが、特別にケイさんを受け入れる。
ただしそれを周りに知られるとまずいため、誰かが偶然見つけ招き入れたふりを。そして不平のもとになるので、ケイさんには治癒術を受けたことを知らせてはならないと老人に通達。

といった感じです。
ですが治癒術を受けた受けないにしろ、ケイさんの努力により彼は歩けるようになりました。こんな言い方をしてはあれなのですが、あの場面で腐らなかったケイさんだからこそ、と言ってもいいのでしょうね。
騎士を目指していて、それが実現へと迫っていたその時に、もう剣を手にすることすらできなくなると、まさに絶望してもおかしくない状況とおもいます。ましてや、歩けないなどと言われてしまえば。現実を受け入れなられないほどの痛みだと思います。
ですがケイさんはそこで打ちひしがれ足を止めるのではなく、自分の力で前を向き、進んでいきました。決して悲嘆しなかったわけではないのでしょうが、苦しんだ上で生きるために変わることを選んだ。強い人だと思います。
『それならば現状を受け入れ生きていくだけだ。』という一文がありましたが、重みを感じました。またそこに、ケイさんの強さが詰まっているのかな、と……

以後おじいさんについて。
おじいさんは、他国出身の有能な魔術師か召喚師(まだ決まっていないそうです)。
有能だが人の元で働くのが嫌なタイプ。性格的に、「偉い奴は好かん」などこにでも居そうな頑固な方。過去にきっと何かあった。おじいさんを魔術師、または召還師と知らないだろう国、ルカ国に移り住み、ひっそりと生活。
かつて居た国では、宮廷お抱えの話も来たけれどその際、大切な人を失い(治癒術を使って貰えず)王族・権力者嫌いへと。
ルカ国にてパートナーと出会うも権力者嫌いは変わらない。

過去に何があったのか非常に気になるところではありますが、とりあえずパートナーさんもいるとのことで、幸せに暮らしているといいなと思います

菜月さん、本当にありがとうございました!