ひとつの居場所

※ 鳥と猫どっちやねんって突っ込みはいけませんよ……いけません……。



 やってきた恋人は、出迎えた玄関先で顔を合わせるなりこう言った。

「いいですか、リュウノスケ。今日のワタシはプリティなキャットです。存分に可愛がって」
「えっと……それは、どういう?」

 龍之介は理解しきれず聞き返すが、ナギは答えずに靴を脱いで家に上がる。その途中で着ていた上着も靴下も脱ぎ散らかして、廊下に放り、リビングのソファに横になる。
 服を拾いながら追いかけた龍之介は、背もたれ越しにナギを見下ろした。

「ナギくん、なにかあった?」
「……Meow」

 ちらりと目線だけを寄越したナギは、小さく一鳴きして丸くなってしまう。どうやら本当に〝猫〟になってしまったようだ。
 龍之介はナギの服をまとめてから、横になるナギの頭上に空いたスペースに腰を下ろす。するとわずかに顔を起こしたナギが寝転がった体勢のままにじり寄り、龍之介の腹側に鼻先を向ける形で頭を足に乗せた。
 太腿の重みを感じながら、閉じられる瞼を縁取る長い金色のまつ毛を見つめる。
 普段のナギであれば服を脱ぎ散らかすような行儀の悪いことはしないし、ましてやこんな風に龍之介相手に甘えてくることなど滅多にない。
 腿の重みに感動するよりも、不機嫌そうに尻尾を揺らすその様子が気にかかる。
 頭を撫でようとしたら、気配で気づいたのか、目も開けられていないのにぱしりと叩き落とされた。
 どうやら龍之介からのおさわりは許されてはいないようだ。それでも離れていくことのないナギに、そっと声をかける。

「ナギくん。なにかあった?」
「――……」

 予想はしていたが、返事はない。猫だからなにも言えないし、なにも言いたくないのだろう。
 腿に散る金糸のような毛先をすこし指先で撫でれば、今度は手を払い除けられることはなかった。もう一度手を伸ばしてみれば彼の頭に触れる。
 髪を梳くよう撫でつければ、腿にある重みがわずかに増した気がした。より龍之介に身を預けたナギの表情は、ようやく一息つけたかのように緩み始める。
 しばらく猫を可愛がるように繰り返し頭を撫でてから、龍之介は言った。

「言いたくなければそれでいいんだ。――でも、ごめん。ナギくんが俺のところに来てくれたことが、すこしだけ嬉しいよ」

 正直な龍之介の言葉に、ナギは寝転がったまま横目で龍之介を見た。
 どういう意味だ、と答えを求めていることがわかったので、龍之介は手を止めて応える。

「きみが仲間に見せたくはない姿があって、それが俺のところでならいいと思ってもらえるなら、とても光栄に思う。ナギくんが自由に羽ばたいているための止まり木になれているのなら嬉しいよ」

 いつもなら否定の言葉のひとつでも、皮肉でも返ってくるところかもしれないが、ナギはじっと龍之介を見つめたあと、そっぽを向くように目を閉じた。
 龍之介が余計な言葉を言っても頭に置いたままでいた手は振り払われなかったので、また先ほどのように髪に指を差し込み、柔らかい髪を、形のよい頭部を撫でる。
 ナギの心が落ち着ける場所は、なにもここだけではない。
 それはメンバーであったり、大好きな趣味に囲まれることであったり、その時々にあった場所が彼にはあって、そのうちのひとつに自分がいるだけに過ぎないのだ。だがそれは実は気難しい面もある彼が心を許してくれているということで、信頼できる男だと認めてもらえているということが誇らしく、そして嬉しいかった。
 疲れた心を休めて、そしてまたいつもの自由で、好きなものを全身全霊で愛せるそんなナギに戻れるように。
 猫の真似をしなければ素直に甘えてもこない愛らしい恋人を、望まれる通りに存分に可愛がった。

 

 

 

 いつの間にか龍之介の足に頭を預けたまま眠ってしまっていたらしい。
 ナギが眠ってしまって動くに動けなかったのだろう。龍之介も座ったまま、ソファに背中を預けて眠ってた。
 髪をなでつけたままで止まった龍之介の手を取り頭を起こしても、彼が目覚める気配はない。
 しばし龍之介の寝顔を見つめたナギは、持っていた彼の指先にキスをする。この指先が何度も頭を撫でてくれたことを覚えていたからだ。
 次に、長い間枕代わりになってくれていた腿にも唇を落とす。寝かせていた身体を起こし、無防備な首筋にも同じように押し当てる。
 その時にでも、髪が肌をくすぐったのだろうか。

「……ん……? あれ、ナギ、くん……」

 まだ寝ぼけているのか、目元がとろんとしている。いつもよりも掠れた声に名を呼ばれたナギは、すりすりと鼻先をすり合わせた。それに龍之介が小さく笑うものだから、ナギもつられて頬を緩ませる。
 ――もう少しだけ、甘やかされたい。
 ささくれ立っていた心はいつの間にかすっかり癒されていたが、まだ足りないと思ってしまう。
 ナギは目を細めて、ミャオ、と鳴いて、龍之介の唇をぺろんと舐めた。

 おしまい

おまけ

「あ、足が……しびれて……ああっ! つ、つつくかないでくれ!」
「……~♪」

 2018.7.12

 

暑い日 top 君に会いたい