Are you happy?

※ ナギ『誕生日日和』のラビチャ、三部までのネタバレあり
※ 四部でナギにえらいことがあったと想定した捏造あり


 

 龍之介の家でくつろぐナギは、ソファに背を預け、IDOLiSH7の二階堂大和の主演映画に関する記事が載っている雑誌に目を通していた。
 大和が次に演じることになったのは、若き千葉志津雄が主演の、世界でも有名な時代劇のリメイクである。千葉は引退していたものの、彼自身は健康そのもので、今現在では若手の指導に尽力しているという話は一般人も知るところである。そのため芸能界復帰を希望する声も未だ根強く上がる稀代の名俳優である彼が演じた役柄を、二階堂大和が継ぐことになる意気込みや、演技のときに心がけていること、最近のソロ活動についてなどがイタビューされていた。
 遠方ロケが続き、ナギ自身も先日までモデル業の関係で海外に飛んでいて、大和とはなかなか顔を合せられない日々が続いていた。しかし、先日撮ったという写真を見る限りでは精神的にも落ち着いていそうだ。ラビチャでお土産はワインで、なんて送ってきていたくらいだし、三月からも大和には内緒の報告がきていたのでさして心配はしていなかったが、顔を見るのと話で聴くのとはやはりナギの心持ちが変わってくるものだ。
 すれ違いの日々を続けていた大和とは明日に会える予定であった。ついに今夜クランクアップを向かえ、明日はメンバーでのお疲れさま会を行うのだ。しかも、七人が全員集まることになっている。
 最近はそれぞれソロの活動が多く、各々顔は合わせていたものの、一同が揃うのは久方ぶりだ。近いうちにライブの計画を立てる話も出ていることもあり、今日のナギはすごぶる機嫌がよかった。
 自分たちのデビュー曲を鼻歌で歌いながら、同誌にあるMEZZO”の特集記事までページをめくっていると、ふと背後から音が重なった。
 つい楽しくて、鼻歌から歌声に変えれば、彼も同じように声を交わらせる。互いにリズムを取り合い、打ち合わせもしていないのにそれぞれ掛け声を分担して奏でていく。
 一曲だけでは物足りなくて、今度はTRIGGERの歌を、次はRe:valeの歌を、ふたつの声音を重ねあわせていく。
 ナギが振る手が指揮となり、本来のリズムよりもゆっくりしたり、少しセクシーに歌ってみたり、それぞれが割り振られている歌詞をお互いが担当してみたり。二人だけのステージだからこそ自由に声を躍らせた。
 やがて、楽しいひと時が終わりを迎える。

「ナギくん」

 満足したナギが指揮棒代わりの手を下ろすと、これまでナギと二重奏していた声が名を呼んだ。
 振り返れば、ナギと同じように満ち足りた表情をする龍之介が歩み寄ってくる。

「素晴らしいひと時でしたね。惜しむらくは、ダンスができなかったことです」
「下の階に響いたら迷惑になるからね。でも今度はどこか借りて、ダンスもやってみないか? 集まれそうなメンバーにも声をかけて、運動がてらに」
「OH、それはナイスアイディアですね。最近、運動部に行けず体がなまっていると三月が嘆いていました。みんなと体を動かしたいとも。ぜひお誘いしてみましょう」

 温かく、程よい湿気がある今なら陸も楽しめる参加ができるだろうとナギがメンバーのことを語り口元を綻ばせていると、ソファの背もたれに手をかけた龍之介が、ナギの肩越しにキスをした。
 話していた中途半端な口の形の触れるだけの軽い口づけに、なにがしたいんだと怪訝に思う内心を隠さず胡乱げな眼差しを向けるが、龍之介は微笑んだまま再び唇を重ねる。

「りゅ……ん……」

 口元で笑みを形づくりながら繰り返される浅い口づけはまるで、突き合うだけで笑っている子供のような無邪気さで、劣情などまるで感じることがない。それが妙にくすぐったくて、あまりに純粋で、するならもっとちゃんとしろと憤る自分がやらしく思えてしまう。
 悪戯のような、遊びのようなキスに耐えきれなくなったナギは、龍之介を掌で押し返した。

「もうっ、さっきからなんですか!」

 顔を突っぱねられても、まだ龍之介の表情は緩んだままである。だがさすがに続ける気にはならなかったようで、押された頬をさすりながら体を起こした。

「幸せだなあって思ったんだ」
「なんです、急に」
「俺の家にナギくんがいることもそうだし、ここでリラックスしてくれていることも、嬉しそうにIDOLiSH7のみんなのことを話すことも、一緒に歌ってくれたことも。ダンスをしようって言ったら、喜んで賛成してくれたことも、全部いいな、あったかいなって。そしたら、俺はすごい幸せ者だって思えたんだ」

 エロエロビーストの面影はどこへやら。天がここにいれば引っぱたいて気合いを入れ直しそうなほどに、とろりとしたはちみつのような甘い眼差しに、ナギはなにをいまさら、と息をつく。

「当然です。アナタの傍にこのワタシがいるのですよ。不幸であるはずがありません」
「これまで、結構心配させられてきたような気がするけど……?」

 出会ってから絶え間なくあった騒動を互いに思い返し、一度は沈黙が訪れる。


「それは――お互いさまでしょう。ワタシだってアナタには振り回されてきましたよ」
「契約解除の一件とか、確かにそうかもしれないけど……ナギくんには敵わないと思うな」

 ナギの祖国が絡むあの出来事を言外にほのめかされてしまえば、流石にナギ自身もあまり強くは言えなくなってしまう。
 こほん、とひとつ咳払いをして、あっさりしているようで案外根に持つ男に言い聞かせる。

「ならば、これまでのことはワタシを得るための試練であったのだと思いなさい。そうやすやすと手に入るものではないのですから」
「……そうだね。本当に大変だったし、たくさんの人を巻き込んでもきたけど……今いる自分を思えば、全部が無駄ではなかったと思うよ。ナギくんが俺の傍にいてくれるし」

 もう一度はごめんだけど、と笑った龍之介は、ふと口を噤み、ナギを見た。

「――ナギくんは、今幸せ?」

 いつのときだったか、同じ質問を彼からされたことがある。
 じっとナギを見つめる龍之介の瞳を覗き込めば、そこに映る自分を見つける。以前は画面越しに答えた言葉を、今度は龍之介と、そして今そこにいるナギ自身に伝える。

「ええ。この世の誰よりも幸福であることでしょう。ワタシがここにいることが証明しています」

 龍之介の首に片腕を引っ掻け自分のほうに引き寄せる。今度はナギから龍之介に口付けた。
 キスの後、閉じる唇をちろりと舌先で舐めれば、生唾を飲み込んだ龍之介がソファを跨いでナギの上に乗りかかる。
 ソファに押し倒されたナギは、伸ばした指先でそっと龍之介の唇を撫でた。

「イタズラでは物足りませんでした。だから、リュウノスケ……もっとワタシを求めて。ワタシもアナタが欲しい。もっとキスして。たくさんハグして。――アナタの熱を分けてください」

 暑いのは未だに苦手だが、龍之介の内にあるその熱であればともに身を焦がすことも厭わない。それどころか、自らねだるほど、今ではすっかりくせになってしまった。
 無垢な純真は、獣のような瞳に灯った熱情に掻き消される。鮮やかな変化にナギは微笑み、ここにある幸福を抱きしめた。


 おしまい

 2018.6.24

 

優しい君へ top お泊りした日の朝