話が一段落つき、一旦は解散することになった。後々全隊長を含めエイリアスに対する会議をすることを計画し、今は気たるべき時に備え英気を養っておくようにとも王さまから言い渡される。
 その後部屋から出て行こうとしたおれたちに、ディザイアの方から声がかけられた。少し話をしたいから、どうせ行く方向は同じなのだから途中まで一緒に行こう、と。
 ディザイアとユユさんは部屋へと戻り、おれたちはまた兄ちゃんのもとへ向かう。その道のりはほとんど一緒で断る理由もなく、その申し出を快諾した。
 まだあまり体力の戻っていないらしいディザイアはユユさんに支えられながら、ゆっくりとした速度で廊下を歩く。
 苦笑しながら、すまない、と口にした。

「今わたしは、必要でとっておかなければならない力を消費してしまわないように、自ら制限を設けているのだ。術を使ってその制限に近づけば近づくほど、身体が疲労を感じるようにしてあってな。先程は少々力を使い過ぎてしまったから倒れかけてしまったよ」
「ですからあれほどしっかりと休息なさってくださいと申し上げたじゃありませんか……」

 ぼそりと呟かれたユユさんの小言なんて聞こえないといったような爽やかな笑みを浮かべながら、ディザイアは前を向いたまま改めて口を開く。

「少し、昔話をしようか。きみたちにはどうしても知っておいてもらいたいものなのだ」

 その言葉に頷けば、ディザイアは何故か口元の笑みを深めて静かに話し出した。
 それは今となっては遥か昔。獣人はいても竜人は生まれていないかった頃。ディザイアがまだ神として常に世界を見守り、存在していた頃の話。ディザイアにはとても親しい一頭の竜の友がいた。
 その友は色んなことを語り合い、時には一緒に世界を見つめ。時には酒を飲み比べもしたという。ディザイアも、その友も、お互いを深く信頼しあっていたそうだ。
 竜は途方もない長寿の持ち主だ。そのため、不死に近いディザイアの傍らに居続けることができる存在でもある。周りの生き物たちは目まぐるしい生死を繰り返す中、その竜とだけは唯一変わらない関係でいられたんだ。だからこそディザイアにとってその竜はかけがえのない相手だった。
 二人の出会いは竜が生まれたその日からずっと続いていて、もし何事もなければ今の時代までもいつまでも一緒にいられるほどだったそうだ。
 けれど事は起き、そして二人の平穏は一気に崩れ去ってしまった。
 竜が、殺されたんだ。人間たちの手によって。
 竜の血肉を食らえば不老長寿になるとか、万病を治す秘薬だとか。若返りの効果があるとか竜の力を持った肉体を得られるだとか。様々な根拠もない噂が尾ひれを引いて、人々はこぞって竜たちを狩り出したんだ。それにはたくさんの竜が犠牲になり、その中にディザイアの友も含まれていた。
 ディザイアは、失ったものを深く悲しんだ。竜の存在はあまりにも大きくて、その喪失は涙を忘れさせるほどのもので。まるで流せない涙の代わりというように世界全土で七日間雨が降り続いたそうだ。
 そしてかけがえのない存在を失ってから七日後。雨が降り止んだ日に、ディザイアはとある行動にでた。
 それは、心に生まれた影を切り捨てる、ということ。
 ディザイアは最愛の竜を失くした――人の手によって、奪われた。だからこそ生まれた悲しみはその分だけ人間に対する憎しみに、恨みに変わっていく。その心の変化をディザイアは自分の中で感じ取ったんだ。
 神であるディザイアにとって、この世界のすべてのものが愛すべき存在。たとえ過ちを犯したとしてもそれは変わらないし、憎んだところで今までと変わらずこれからもただ見守り続けるだけだ。どんなに愚かな行為を繰り返しても、どんなに自分の心が傷つけられても、決して怒りに身を任せて竜を殺した人間たちに仕返しをすることはない。
 だからこそそのためにも、人間たちに抱いてしまった憎しみは、心を蝕む悲しみは捨てる必要があったんだ。
 ディザイアは竜のことを忘れないためにほんの少しの悲しみだけを残して、自分の心に生まれた影である暗い感情を切り離し、世界の片隅にある深い裂け目にそれを捨てた。時が経てば自然に消滅していくと知っていたからこそ、二度と触れたくないからこそ、誰の手にも届かない場所にしたんだ。
 影といってももとは神の一部だったもの。神自身から生まれたもの。しかも暗い気持ち積もったものだ。もし誰かに触れればひとりでに成長しひとつの意思を宿してしまうことが考えられた。それが巡り巡って何かしらの脅威にならないよう、人はおろか動物たちさえも行けない深い亀裂を選びそこに捨てたんだ。
 でも影はいつの間にかそこから抜け出し、自我を持ち“エイリアス”の名を手に入れた。そしてディザイアが危惧して回避しようとした結末を生み出してしまったんだ。
 エイリアスとしてディザイアの前に現れたただの影だったはずの者は、すでにその時強く人間を恨んでいた。人と呼ばれる者を誰一人として存在することを許さないほどに。
 そして、それからはおれたちも知る戦いが幕を明けたんだ。神と、その神から生まれた影。人を守る者と、人を殺す者の激しい争いが。

「――実はな、その時にわたしは千里眼を用いて見たのだ。やつの、エイリアスの過去を。何故それほどまでに人を恨むようになってしまったのかを」

 ディザイアにとって、悲しい過去を話しているというのに。決してその口元の笑みを消さないままにいつものように飄々とした様子で言葉を続ける。

「見えたのは一頭の竜だった。その竜と影は、わたしと死んだあいつのように仲がよくてな。特に影の方は依存し、平穏に暮らしていた」

 そしてただの影だったエイリアスを亀裂から出してしまったのも、自我が芽生えるきっかけになったのもその竜が関係していたそうだ。
 でもディザイアはそこまでは詳しく話さないまま先に進める。
 笑った顔のまま、けれどどこか冷えた声音でかつて起きたことを言い放った。

「だがな、それをまたしても人間が壊してしまった。竜が殺されたのだよ」

 依存していた存在の竜は死に、影はまた一人になった。けれど今度はその心に、自らが抱いた深い深い悲しみと、強い人間への憎しみを持って。
 もとはディザイアが、かけがえのない存在である竜を殺され抱いた暗い感情を切り捨てた存在が影だ。
 自分と仲のよかった竜が人の手によって失われたことでその時の感情を思い起こしては膨れ上がり、さらには自身の分の悲しみを積み重ねたのだろう。だからこそ人間という存在すべてを許せないほどの憎しみを抱いてしまった――。そう、ディザイアは言った。

「エイリアスの過去を見て、わたしは千里眼を使うことをその直後から自らに禁じた。切り捨てたはずの感情が再び芽生え、この身を苛むであろうと思ったからだ。だからもう未来も、過去さえも見ないと決めたのだ。どうせ過去には干渉できない。どうせ未来はわからない。ならば、今手の届く今だけでいいだろう、と」

 何も言えずに俯いたおれを一瞥し、苦笑してからまたディザイアは薄く口を開いた。

「きみたちだけでも知っていて欲しい。善悪など存在しないものだということ。今人々にとってエイリアスは悪であろう。しかし彼にとってはきみたちこそが悪なのだ。だがわたしはどちらが悪いとは言わないし、言えない。何故ならエイリアスの痛みもわかるし、人間たちの事情も知るからだ」

 そうして話してくれたのが、人間たちが竜を殺した理由だった。
 ある者は命の長さが違う竜と愛し合い、ともにいたいがため同じだけの長寿を願った。
 ある者は死の病に侵された自分の子を救うため、万能薬を探した。
 ある者は老いを理由に追い出された家族のもとへ帰るため、若さを求めた。
 ある者は弱いが故に虐げられた己を変えるため、強い肉体を欲した。
 人間たちの私欲によって竜は殺されたけれど、その私欲にも人それぞれの理由がある。だからといって勿論奪われていい命なんてない。だけど、人々が望んだものも否定はしない。
 善はその考える者にとって都合のいい方で、悪というのはその考える者によって都合の悪い方で。視点が変わればそれも切り替わるようなひどく曖昧だ。そんな、突き詰めても霞みがかるただの幻で、あってないようなものだとディザイアは言った。

「相手にするのは悪ではない。エイリアスという名を持つひとつの心だ。きみたちにはきみたちの信念があるように、彼もまた彼の信念がある。それがあるから対立は生まれるのだ。そこに他人や自らがつけた善悪などというくだらない概念を持ち込まないでくれ。相手にもそこに至った過程があることを忘れないでくれ」

 ――エイリアスは、大切な人を殺された。それも二度もだ。
 一度目は神として。二度目は、エイリアスとして。顔は違うかもしれないけれど同じ人間たちに、奪われてしまったんだ。
 どれほど、竜が大切な存在だったかわからない。けれどディザイアが言った通りどちらの竜もかげがえない相手だったんだろう。
 ならおれは、それを知ってしまったから、もうエイリアスを責めることなんてもうできない。たとえ兄ちゃんにひどいことをしても、セイミアを傷つけても、多くの人を殺しても。それでもあいつを間違っているとは、言えない。
 でもかといって竜を殺してしまった人間たちも悪いとは言い切れなかった。おれだって色々な願いを思い描いたことがある。父さんたちの死に納得できなくて、二人がもし生き返ったら、なんて何度も考えた。
 もし父さんたちが本当に生き返る方法があったら。それが誰かを犠牲にすることだったとしても、おれは選んでしまっていたかもしれない。その誰かを犠牲にして大切な人を取り戻す方法を。
 竜を傷つけた人たちもきっと色々な思いがあったんだろう。色々な事情があったんだろう。だからこそどっちが悪いなんて、そんなものない。ディザイアが言った通りこの戦いは善悪がぶつかりあうものなんかじゃなくて、それぞれの信念が対立しあうものなんだ。
 大切なものを奪われてすべての人間を恨むエイリアス。すべての人間を守るためにやつを倒す術を探すおれたち。エイリアスに退けない理由があるように、おれたちにも同じように退けない理由がある。
 だからこそ、どちらも曲げられないものだからこそ、戦わなくちゃいけないんだ。

「きみたちは痛みをよく知る者だ。そして相手の立場になって物事を考えられる者でもある。だからこそ、エイリアスが抱えた闇もわかってくれるだろう。共感せずともその痛みを理解してくれるだけでいい。だが知ったからと言ってエイリアスとの対立を躊躇いはするな。同情したとて、隙は見せるな。やつは容赦なくその優しさにも似た甘さを突いてくるだろう」
「――ああ、わかった。わかったよ、ディザイア」

 そう返したのは、警告されたものについてだけじゃない。ディザイアが話してくれたエイリアスのことすべてにおれは頷いた。
 きっと声に出してそれを伝えなくてもディザイアは悟ってくれたんだろう。おれの方を向いて浮かぶ笑みを柔らかいものに変え、そうか、と言った。

「ならば、エイリアスのことを知ってくれたおまえたちにひとつの選択を投げかけよう」
「選択……?」

 思わず聞き返せば、ディザイアは微笑みながら頷き足を止めた。
 それに合わせておれも岳里も、ユユさんも同じように止まったところで再び口を開かせる。
 そして宣言通りあげられた選択肢に、一瞬思考が停止した。

「このまま世界に留まりエイリアスとの決着を見守るか。それとも影のこともこの世界のことも忘れ、闇の者とともに己の世界に戻るか。どちらかを選べ、選択者よ」

 己の世界。もとの世界。このまま、今、戻れるっていうのか。
 言葉も忘れたままのおれが浮かべた表情で、心に巡る思いを悟ったディザイアはさらに続ける。

「もとよりきみたちは選択の時を迎えるにあたり、役割を与えられた者たち。いうなればエイリアスとのことに巻き込まれただけで本来それとはなんの関わりあいもないはずだった。ならばこそ最後まできみたちがこの世界に付き合う道理はない。帰りたいと望むのであれば、その前に多少の条件はあれどもそれを満たしてくれればすぐにでも帰してやろう」

 その言葉に息を飲んだのはユユさんだった。けれど告げられた当のおれは驚きのあまり声が出ない。
 帰れる。もとの世界に、帰れる。兄ちゃんと一緒に。でも。

「――がく、りは……? 岳里は、どうなるんだ?」

 思わず振り返れば、相変わらずの無表情でおれを見ていた岳里と目が合った。
 ディザイアは闇の者と、兄ちゃんと一緒にとしか言わなかった。それにもともと選択者の獣人が担う光の者という役割人はの選択の時が終わればこの世界に留まっては何かしら貢献している。だったら当代の光降らす者である岳里も、そうなるんだろうか。
 耐え切れず拳を握れば、岳里は腕を持ち上げおれの頬に触れた。擦るようにそこを撫でながら静かに口を開く。

「おれはおまえから離れるつもりはない」

 はっきりと告げられた言葉に今度はディザイアに目を向けた。するとくすくすとした笑みを浮かべる顔が待っていて。

「安心しろ。光の者に触れなかったのは、単に彼が選択者について行くということをわかっていたからだ。別にこの世界に留まる義務などないし、行きたいのであればどこへでも自由に向かうといい。どうせ送る時も一人増えたところでそう負担はないしな」

 ディザイアの今の笑みに何だか気恥ずかしさを感じながらも、気づかれないようそっと胸を撫で下ろす。するとそれに合わせるように岳里の手が離れていった。
 咄嗟に手を目で追っていると、そのうちに岳里はディザイアへ問いかける。

「向こうの世界に戻るための条件とはなんだ」

 それは、さっきディザイアが口にしたものだ。帰りたいと望むのであれば、条件を満たしさえすればすぐにでも帰してやると、そう言っていた。
 さっきは帰れる、という驚きと岳里がどうなるか不安に思ってそっちばかりを気にしてしまったけれど、一体その条件ってなんだろう。
 思わずディザイアの方へ目を向ければ、静かにその口が開いた。

「立ち止まってしまったな。すまない。また歩きながら話そう」

 でも出てきたのは答えじゃなくて、言い終わると同時にディザイアはおれたちから身体ごと逸らすと前を向いて歩き出した。それに数歩遅れておれたちもついていく。
 前を歩く細身の背中とユユさんの兵士らしいがっしりとした背中を見つめていると、そろりとした声が聞こえた。

「わたしでなくエイリアスがきみたちをこの世界を呼ぶために、役割を持つ者にしたとて。与えられたその役割は全うしてもらわなくてはならない。つまりは、きみたちがいるということはこの世界はその時でなかったにしろ“選択の時”を迎えたことになる。だからこそ選択者には選択をしてもらいたいのだ」
「選択、を……」

 これまで五度にわたってこの世界には選択の時というものが行われてきた。異世界からきた人間である選択者が光か闇を選択し、その出した答えで世界が変わる――。
 闇が選ばれれば、選択者と同じ世界からやってきた闇齎らす者が世界の一部を無へと帰し。光が選ばれれば、選択者と心血の契約を交わす、世界ディザイアの住人である光降らす者が現状を守護する。
 そのどちらかをおれは選ばなくちゃいけない。
 本当なら、おれ自身の心は光を選びたいと思う。みんなを悲しませたくなんて、苦しませたくなんてないから。でも世界の一部が無になるという選択を選ばざるをえない状況があるのも知っていた。
 初代選択者である遥斗はこの世界に闇を選んだ。遥斗自身も選びたくないけれど、それでも仕方なくそれに決めた。何故ならその時、世界に疫病が広まっていたからだ。
 二度目に闇が選ばれた時は世界大戦が起きて、それを悲しんだ選択者が被害を最小限に食い止めるために。
 三度目の時は、魔物の存在があまりにも強大な脅威になってしまったから、それを一掃するために。
 そんなそれぞれの状況を考えると、きっと光が選ばれた選択の時にも何かしらの答えを迷うような災いが降りかかっていたんだと思う。――そして今も、六度目の選択の時を迎えたこの世界も危機に瀕している。
 禍の者、エイリアスの存在だ。
 もし、おれが闇を選んだら。やつごと、エイリアスごと無にしてしまうことができるんだろうか。でもそうしたら、どれだけの巻き添えとなる犠牲が出るか――

「考え、させてくれ。すぐには決められない」

 悩んだ挙句におれが出したのは、そんな答えだった。どちらにせよ選択しなくちゃいけないことにはかわりない。違いがあるとすれば、エイリアスと決着をつける前か後かぐらいで。でもそれさえも決められない。
 最後までみんなと戦うか、それとも選択の時を選択者として迎えるか。
 どうすればいいか、わからない。

「答えが出るまで待とう。しかし時間はあまり残されていない。悠長にはしていられないこと、忘れないでくれ」

 わかったと一言返すのが精いっぱいだった。
 ディザイアは優しい声音で、今は背を向けられた見えない笑みをそれに滲ませながら言った。

「――代々選択者に話してきた、この世界ディザイアのことについて教えよう。このことを知るのはわたしやわたしの一部であった影、かつての選択者たちくらいしか知らない。この世界のことをよく知ってもらいたくて、わたしの我がままで歴代の選択者に聞いてもらっていることでもある。また長い話となるが、辛抱して聞いてくれ」

 そう告げてから、ディザイアは静かに語り出す。
 この、おれたちが今いる“世界ディザイア”について。

「この世界は、言うなれば人々の願いが集い生まれたのだ」

 そう切り出し、ディザイアは一切後ろを歩くおれたちには振り向かないまま話を続けていった。
 ディザイアは、人々が死ぬ間際に抱いた、ああすればよかっただとかこうしていればよかった、なんていう強い願いたちの中から生まれた世界なんだそうだ。そして神ディザイア自身も、人々の心残りのような願いが集まり生まれた存在。そんな神が創り出した世界だからこそ、願いが生んだ世界ということになる。
 この世界は叶えたい願いを抱えたまま死んでいった人たちが、新たな生を授かり暮らしていくための場所。前世で叶えられなかったものを叶えるための機会が与えられた場がここなんだ。
 つまり世界ディザイアは、強い願いを抱えたまま死んでしまった人たちの転生場、ということになる。
 そしておれのもといた世界――地球と、世界ディザイアはだからこそ密接に関わっているらしい。というのも、その願いを抱えたまま死んでいった人たちというのがもといたおれの世界の人たちなんだそうだ。
 世界はおれが知らないだけで、数多存在するらしい。おれがもといた世界。そして世界ディザイアと、獣人たちが呼びだされるのを待ち眠る世界プレイ。それ以外にもっとたくさんあるそうだ。
 でもたとえ存在していても本来であれば、世界同士繋がりがあったとしても大抵他の世界は知らされていない。知るとしても極一部の、まさに神ディザイアのような人たちだけだ。そんな中珍しいのが獣人界プレイだ。
 プレイから獣人が召喚される形でやってくるというのもあって、その存在はこの世界ディザイアでは誰しも知っている。でもそれは、プレイも神ディザイアが創り出した世界であり、世界ディザイアと似た意味を持つ場所だからこそ一方的ではあるけれど世界を渡れて、存在も知られているらしい。
 世界ディザイアが願いを抱えた人間のための世界だとすると、獣人界プレイは願いを抱えた動物たちの世界。それも、人になりたいと強く願った動物の。
 その願いの結果、プレイで生まれ変わった者には前世と同じ種の獣の姿と、そして願った通り人間の姿が与えられているというわけだ。ただ動物とだけだと括りが広すぎて魂を収容しきれないから種類を限定しているらしい。獣人には獣が多く、鳥や魚なんかは数が少なく、爬虫類なんかは存在しない理由がそこにあるそうだ。
 そしてその動物たちもまた、地球で生きて死んでいった者たちらしい。
 だからこの二つの世界は地球と深く関わりがあるんだ。そしてだからこそ、この世界ディザイアでは特に影響がよく出ている。
 たとえば食文化だったら、おれもよく知る和食だとか洋食だとか食べ慣れたものばかりだった。もちろんこの世界独自の方面に伸びた部分をあるけれど根本的なところは一緒で、多少材料やら調味料やらを集めるのに手間がかかるだけで、おれだって違和感なくみんなに料理を振る舞えるだろう。
 他にも果物は違うけれど動物は同じだったり、植物もほとんど地球と変わらなかったりしている。
 そこまでは、実際目にしてきたから似ているというのは知っていた。けれどこの時になって初めてディザイアから教えてもらったこの世界の言語についてはまったく知らなかった。
 この世界には五つの大陸ある。その大陸ごとに言語は違うそうなんだ。正確にはさらに大陸内でも言葉が違うところもあるけれど、大まかにわければそうなるらしい。
 幸いなことにルカ国は日本語にとてもよく似た言語だったようだ。厳密には違うから文字だとか違うけど、だから外見は外国人のように彫りが深い人ばかりのこの場所でもおれの言葉がすんなり通じたというわけだ。でももし他の大陸にいたのなら言葉が通じなくて苦労しただろう。
 おれは、この世界に来るまで世界ディザイアという場所が存在することさえは知らなかった。けれどこうしてここにいるというのは、元から二つの世界が繋がっていたからであり、だからこそ選択者と闇の者は地球から呼びだされるそうだ。
 世界ディザイアは地球に暮らしていた人々の願いから生まれた存在らしく、まさに色々な願いが反映されて創り出されていた。
 たとえば魔術や治癒術なんか、まさにそうだろう。この世界といえども誰しもが使える簡単な力じゃないけれど、おれたちにとってはまったく使えないまさに夢物語の力。
 誰しも一度は思ったことがはずだ。もし魔法が使えたら、あの人の傷をすぐに癒してあげられたら、と。
 もっと悔いない人生を歩んでいれば。あの時、ああ答えを出していれば。残してしまう家族に幸せになってもらいたい。もう一度あの人に会いたい。まだまだやり残したことがたくさんあるから、もっと時間がほしい。死にたくない。生きたい。
 平和な人生を、刺激ある日々を、自由な暮らしを、実りある生涯を――願いは人それぞれ違う。そんな様々な願いが積み重なりこの世界ができて、さらなる願いで形を変えていった。
 男女の出生率には差が出て、魔物という脅威が生み出され。盟約は契約へと変わり。
 そうして今のこの世界となったんだ。

「ここは様々な願いが生んだ世界。叶わなかった願いを叶える機会を与えられた、新たなる人生の歩み場。だから我が友、今は亡き心優しき竜は名付けてくれたのだ。わたしと、この世界に。竜たちの言葉で願いを意味する“ディザイア”という名を」

 言い終えると同時にディザイアは足を止めると、くるりとおれたちに振り返った。
 顔は相変わらず消えることのない笑みがそっと浮かんでいて、ひどくそれが優しげで。

「選択者よ。わたしはきみにこの世界を知ってもらいたいからこそ話をさせてもらった。別に知らぬままでもよいことではあるが、どうか、願いが持つ力というものを忘れないでくれ」

 穏やかな声音のまま、ディザイアはさらに言葉を続ける。

「強い願いには果てない可能性がある。それは良い方にも、悪い方にも転がるだろう。人の心を突き動かす原動力にさえなってしまうし、時には神を生み出してしまうほどの力を、予想もつかない奇跡を引き寄せることもある。それを忘れないでくれ」

 正直な話、ディザイアが話してくれたこの世界の成り立ちについてはよくわからなかった。というより少なくとも驚かされた事実の整理も頭の中でついていないから、すぐに理解するのは無理だ。
 でもディザイアが教えてくれたことを通じて言いたかったことだけは、しっかりとこの心の奥まで届いてきた。だからこそ静かに閉じたその目を見つめて、力強く頷く。
 見えないはずの目でおれの答えを知ったディザイアは、少しだけ頬に浮かべた笑みを深めた。

「影のことも含め、長い話に付き合ってくれてすまなかったな。だが感謝する、選択者よ、光の者よ」
「いや、こっちこそ大切なことを話してくれてありがとう。でも……そんな話を聞かされたからこそ、なおさらいつもとの世界に帰るかもすぐには答え出せない。エイリアスの行動もわからないし、悪いけどもう少しだけ待っててくれな」
「焦って選択を間違えてはならない。確かにのんびりしている時間はないが、だが決して無理に答えを出すことだけはせぬよう気をつけろ。光の者も選択者を支えてやるといい」

 まあ言われなくてもそうするだろうが、と楽しげに笑ったディザイアに、岳里は声を出すこともなくただ一瞥するだけだった。
 それに気にする様子もなく改めてディザイアは口を開く。

「ではここまでだな。わたしはしばし眠らせてもらうが、呼ばれれば起きるから用があれば遠慮するなよ」

 その言葉にようやく、おれたちとディザイアたちとの進む道が分かれる場所に来たことに気づいた。
 ちらりとふたつの分かたれた廊下を見てから、おれはおれたちが進む方の道へ身体を向け、ディザイアに笑いかける。

「途中で寝ちゃだめだぞ」
「気を付けよう。まあ、いざとなればユユが助けてくれるだろう」
「……できれば、そうならないようしてくださるとありがたいです」

 小さく呟くような声にディザイアは小さく声を漏らし笑って、自分たちの進む方へ身体を向けておれたちに片手をあげた。

「ではさらばだ。闇の者と彼の竜人によろしく」
「ああ、気を付けてな!」

 おれも手を振り、互いに背を向けて別の道を歩き始めた。

 

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