満ちたる目覚め

 
同衾済み
ネタバレはありません
 
 

 

 素肌に絡まる赤髪がくすぐったくて、つい直人は笑う。
 その微かな動きに、背中を覆うように抱きついていたガルディアスが小さく声を漏らした。
 起こしてしまったかと思ったが、どうやらまだ夢の中らしいガルディアスは、直人の項に擦りつくように顔を寄せると再び健やかな寝息を立て始めた。この様子であれば、こちらから起こさない限りはまだ眠っていることだろう。
 西のほうで起きた天災の処理に追われ、それがようやくひと段落ついたのが昨夜だった。それまでは連日にわたり災害の対応しており、直人よりも遅くに眠り、そして陽が昇る前に起きて仕事に向かっていたガルディアスは疲れも限界にきていたのだ。しかし久方ぶりにゆっくり眠れると言うのに、寂しくさせたなだとか言って直人を求めたガルディアスが眠りについたのは、真上に昇った月が大分傾いてからのことだった。
 無理を重ねたガルディアスはさすがに体力も残っていなかったのだろう。いつもであれば執拗な愛撫もあっさり気味に、直人を一度だけ抱いたら落ちるように眠りについたのだった。
 直人も身を整えてからすぐに眠ってしまったので、いつもであれば寝る前に邪魔にならないようにと緩く結ぶガルディアスの髪をのそのままにしてしまい、重なりあう二人に長髪が絡まりついているのだ。
 ぐっすりと眠っている様子から髪がどこかに引っ張られていることはないとわかるが、下手に動いて踏んでしまったりしてはガルディアスの睡眠の妨げとなってしまう。誰かが起こしにくるまではそっとしてやろうと決めた直人は動かないようにじっとするが、すっかり目が覚めてしまって手持無沙汰になってしまう。
 ガルディアスとともに二度寝をする気にもなれなかったので、背後に寄り添う彼を起こさないように気をつけながらも、一房摘まんでくるくる回したり撫でたりして髪を愛でる。燃えるような赤髪は毛の先まで美しく染め上げられていて、直人の指先さえも鮮やかに彩る。窓掛の隙間から差し込む朝日に翳しても艶やかな色は変わらずに力強い。

(ああ……やっぱりきれいだなぁ……)

 この世界にやってきて、初めて見たのは印象的な赤。ガルディアスを追い詰める厄介なものでもあり、しかしながらその存在で彼を守りもする直人にとって大切なもの。
 きっと、ガルディアスがどんなに遠くに行ってしまっても、どんな場所に隠れてしまっても、これを目印に見つけ出せることだろう。二人を繋ぐものでもあると思えば、なおのこと愛おしいと思える。
 静かな寝息。同じ体温に馴染んだ身体。肌をくすぐる美しい赤髪。
 愛しい人と迎えられる、穏やかな朝。
 たったそれだけの、当たり前にある目覚めの瞬間。きっとこれから先も何度も迎えるであろうこの場面が、たまらなく直人の胸を満たしていく。彼への想いを強めていく。
 ずっとこうしていたいと思うのに、それと同じくらいに早くガルディアスの声を聞きたいと思う。顔を見て、他愛のない会話をしたい。
 ――でも今は、やっぱり休ませてやるべきだ。
 指先に摘まんだ赤い毛先に唇を当てながら、これからのことを考える。それだけで幸福に浸かり微笑む直人はまだ気づかない。
 いつからか、ガルディアスが起きていたことに。そしてこれから本当の幸せを身を持って与えられることに。
 
2020.6.6