もがくように苦しんでいたガルディアスだったが、ふと糸が切れたように動かなくなる。
 圧し掛かっていた身体の重みがさらに増し、周囲に支えられていなかったならばきっと直人もともに倒れていただろう。
 崩れないように踏ん張りながらも、肩口に頭を押し付けたままでいるガルディアスに懸命に呼びかけた。
 
「おい、なあおいって!」
 
 反応はない。もしかしたら気を失ってしまったのではないだろうかと思い当り、ずり落ちそうになるガルディアスの身体をどうにか引きずり上げて顔を確認する。
 予想は正しかったらしく、血の気が引き白くなったガルディアスは苦悶の表情のまま深く目を閉じていた。意識はなく、軽く揺すっても睫毛が震えることすらない。周囲からの呼びかけにも応えることはなかった。
 
「ガル!」
 
 突然倒れて苦しんだかと思ったら、そのまま昏睡状態に陥るなどただことではない。
 動揺した直人がセオリの前でしか呼んだことのない名を口にした瞬間、ガルディアスともども倒れてしまわないようにと直人の背を支えていた男が素早く反応を示した。
 
『おい貴様、陛下をなんと!』
『そんなこと言っている場合じゃないだろう! 早く陛下を安静になれる場所におつれしなくては』
 
 すぐに別から鋭い声がかかり、男は直人を睨みつけながらも舌打ちをひとつして目を逸らす。
 男たちが扉の外を示しながらガルディアスを引き剥がそうとしたので、咄嗟に離れ行く身体に再度抱きついてそれを阻止した。
 
『陛下から離れろ!』
『邪魔をするな!』
「ここにベッドがあるんだから、ひとまず休ませてやれよっ」
 
 男たちに顔を押しのけられながら、直人は必死に声を張り上げる。
 寝台にガルディアスを連れて行こうとするが、意図が伝わらないのか、それとも直人が普段使用しているものに寝かせられるかと意地になっているのか、男たちはなおも部屋から連れ出そうとした。
 
「おれのこと嫌いなのはわかるけど、状況を考えろよ! 今は早く安静にしてやるべきだ。医者に診てもらってそっから動かすなりすればいいだろ? あんたらこの人が大事なんじゃないのかよ!?」
 
 感情的になる言葉は、真っ直ぐな気持ちだけを乗せているのに目の前の男たちには届かない。同じ相手を思い助けたいと願うのに、言葉の壁は高く厚くこんな簡単な気持ちすら伝わらない。
 ガルディアスからいっこうに離れようとしない直人に殺気立った周囲の者たちが、ついに腰の剣に手をかけたその時、直人を支えていたセオリが声を張り上げた。
 
『あっ、あの! ナオトさまは陛下をにここでお休みいただきたいのだと思います。こちらはナオト様が今朝方起きた後に私が整えた状態のままですので清潔です。せめて、陛下のご容態が落ち着くまで――』
『こんな得体の知れぬ男のもとで安らぐことなどできるものか! 早く陛下の御部屋にお連れするべきだ!』
『ですが、とにかく今は陛下に安静になさっていただくべきかと……っ』
 
 セオリは説得を試みているようだが、直人に向けられた拒絶と大して変わらない叱責するような勢いで言葉を返されている。
 このまま押し問答を繰り返すよりは、彼らにガルディアスを預けてしまったほうがよいのだろう。しかし、のしかかる重みが、その身体の熱さが、荒い息遣いが、どれほどの苦しみに苛まれているかを直人に教えるのだ。
 いったいガルディアスに何が起こっているというのだろう。ガルディアスの取り巻きたちも動揺している様子から、よくあることではないはずだ。それならばなおさら早く休ませてやるべきではないのか。
 これ以上伝えようとしても意味がないかもしれないが、最後にもう一度だけ直人のベッドを使うよう促そうと口を開きかけたところで、唸るような声音が割り込んだ。
 
『――これ以上邪魔をするというならば、然るべき対応をとるべきでしょう』
 
 腰の剣を抜きながら直人に近付いてきたのは、部屋の前で番をしていたはずのコウェロだった。
 騒動を聞きつけやってきたのだろう。もとより直人を疎んでいた男は、その感情を隠すこともなく睥睨して剣先を構える。
 狙いは間違いなく自分であることはわかっていたが、もしも鋭い刃がガルディアスに当たったらと思うと、咄嗟に直人は身体を捻ってガルディアスを守るように抱きしめた。
 
『このっ……!』
『馬鹿者っ、陛下の御身に何かあったらどうする!? 一兵士が出過ぎた真似をするなッ』
 
 ガルディアスを庇う直人の仕草に神経を逆なでされたコウェロが衝動に身をまかせようと剣を翻したところを、さすがにこのままではまずいと感じた一人が同じく剣を抜いて受け止める。
 甲高い金属音が響き、それを覆い隠すよう重なる男たちの怒号にも似た声に身を竦めた直人は、腕の中のガルディアスを反射的に強く抱きしめた。
 男たちは言い争っているのか激しく声を尖らせていく。
 ただ休ませてやりたいだけなのに、状況は悪化していく一方だ。このままではいけない。なにか、彼らを落ち着かせ、ガルディアスを寝かせてやるために促さなければ。
 どうすればよいのかまとまらない頭で必死に考えを巡らせていると、ふと静かな声音が落とされた。
 
『――これはなんの騒ぎだ?』
 
 騒ぐ男たちが、たった一人の声にぴたりと止まる。
 ガルディアスの肩に頭を押し付けるように身を縮めていた直人がそろりと顔を上げると、入り口に立つ男と目が合った。
 後ろで一つに括った灰白色の膝まで伸びる長い髪を揺らしながら歩み出した男は、左右で色の違う瞳で周囲を見回しながら、真っ直ぐ直人のもとまでやってくる。
 ガルディアスと同じくらいに背の高い男に無言で見下ろされ、怜悧な瞳からくる圧力に思わず逃げ腰になる。しかし恐らくはこの中でもっとも発言力がある男に、直人は再び願い出た。
 
「こいつ、あんたらの大切な人なんだろ? ここで休ませるのに許可をくれよ」
 
 男はわずかに目を細めて、セオリに視線を向けた。
 
『……セオリ。状況の説明を。それと、彼はなんて言っている』
『はい。突然陛下がお倒れになりました。推測ではありますが、ナオトさまはこちらで陛下にお休みいただくよう進言なさっているのかと思います。ただ、それで騎士さま方と意見が割れてしまい……』
『事情はわかった。ならここで休ませなさい。部屋の主が自ら提供してくれるのであれば厚意に甘えよう』
『ですが、この男はまだ正体がわかっておらず――』
『まずは安静にすることが先決だ。私が許可する』
 
 話がまとまったのか、灰白髪の男は直人に歩み寄る。
 手を伸ばし、ガルディアスの身体に触れた。
 
『迷惑をかけたな。陛下は私がお運びしよう。任せてくれ』
 
 表情はないが穏やかな声は、これまで敵意を向けてきた男どもとは違い直人に誠実に向き合っている。その瞳にも敵意はなく、冷静に状況を見極めていた。
 彼ならば信頼できるだろう。そう直感を抱くと、自然と腕の力が緩んでいく。
 男は直人に代わりガルディアスに肩を貸して、引きずるようにベッドに運ぶ。その間にも他方に指示を飛ばし、セオリも何か命を受けたのか部屋を飛び出した。
 ガルディアスを寝台に寝かせた男は、妨げにならないように入口に行き報告を受ける。指導者を得た周囲も冷静を取り戻し、もう誰も直人ことなど眼中ない様子で男を中心に慌ただしく動きまわり始めた。
 この部屋でただ一人やるべきことのない直人は部屋の隅に追いやられ、そこに椅子を持ち寄り座って、離れた場所からガルディアスを眺める。
 相変わらず土気色の顔色のままで、ベッドで眠る姿はまるで病人のようである。もとより不調そうだったのでやはり疲労が溜まっていたのだろうか。それとも何か病気か。
  考えたところで答えなどでるはずもない。やがては思考することも止めてただ彼を眺める。
 人々が動き回るなか、直人とガルディアスだけが時が止まったようだ。
 近寄ることはできない。彼のために動いてやることも、励ましの言葉をかけてやることさえも許されない。
 直人にできることといえばただ、ひたすらに部屋の隅で大人しくしていることだけだった。
 
 
 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 
 
 
 ガルディアスが再び部屋を訪れたのは、彼が倒れてからわずか三日後のことだった。
 あれだけ周囲が騒いでも目覚めないほどであったのに、これまでと同じように手土産を持参して気軽に挨拶をするように直人に声をかける。いつもと違うところがあるとすれば、普段は数人ほど引き連れていた護衛らしき男どもが、今日は先日あの場を収めた灰白髪の男が一人だけだということくらいだろう。
 いつもであればガルディアスが訪れようが声をかけられようが知らん振りしていた直人だが、流石に今回ばかりは顔を向けてしまう。
 あの後は医者が来てガルディアスを診察をし、すぐに彼を部屋から運び出していた。それからどうなったか部外者の直人に報告があるわけもなく、セオリに尋ねようにもそのための言葉も、答えを聞く力もない直人はただガルディアスが再びこの部屋を訪れることを待つしかなかった。
 これまで部屋に現れていたのは単なるガルディアスの気まぐれだろう。だからもう彼はここに来ないかもしれない――そんなことも考えていたので、ガルディアスの顔を見てひとまずは大事なかったことに安堵する。
 しかし顔色は変わらず土気色で生気がない。目の下の隈さえも濃いままで、倒れたときからなんら変わった様子はなかった。それよりも直人に歩み寄る姿でさえ緩慢に見えて、増々疲労を溜めているような気がしてならない。
 ガルディアスは傍に控えるセオリに土産を手渡しつつ、直人を覗き込んだ。直人のほうからガルディアスをまじまじと見ることは稀であるので何事かと面白がっているようだ。自分でもらしくない行動をとってしまっている自覚はあったが、それよりもガルディアスを心配する気持ちが勝った。
 
「この間、倒れてたけど……ガル、もう大丈夫なのか?」
 
 どうせ通じないとわかっていながらも直人は問いかける。口に出しながらもまったく大丈夫そうには見えていないが、他の気遣いが思いつかなかったのだ。
 
『な、ナオトさまっ』
 
 ガルディアスがなんらかなの反応が返ってくるよりも早く、上擦ったセオリの声が耳に飛び込んだ。
 狼狽えてるセオリに自分が何かしてしまったかと驚いた直人だったが、それとは別の理由でガルディアスが不思議そうに目を瞬かせる。
 
『……ガル、とはわたしのことか?』
『も、申し訳ございません! 訂正しているのですが、どうにも覚えていただけず……』
 
 頭を下げるセオリに、確実に自分が何かをやらかしてしまったのだと直人は悟り、自身の言動を振り返り気がつく。
 ガルディアスという名の彼を、ガルと呼んでしまったからだ。先日もうっかりその名で呼んでしまってガルディアスの取り巻きたちに睨まれたばかりである。恐らくは上の立場であろう彼の身分からしても気軽に呼んでいい相手ではないと理解しつつも、呼びづらいのとセオリの前でだけならという甘えを続けてしまって、ついくせになってしまっていたのだ。
 能面のように動じる様子を一度も見せなかったガルディアスの背後の男も、ガル呼びに反応して切れ長の目をわずかに開いている。
 ガルディアスはたっぷりと考える様子を見せたかと思うと、不意に背を丸め、そして次には空を仰ぐように大きく口を開けた。
 
『ふ、ふはは!』
 
 高らかに響く笑い声に直人とセオリは驚き、示し合わせたように揃ってびくりと肩を跳ねさせる。
 
『ガル、か。このわたしをそのように呼ぶのはおまえくらいなものだ。叔父上にも聞かせてやりたいな。なあ、ロウェル』
『ええ。なかなか勇気あるお方のようで。感心いたしました』
 
 ロウェルと呼びかけられた男は、薄く笑いながら頷く。ガルディアスがこうして供につれている者に呼びかけるのは珍しい。声を出して笑うのも、気兼ねない相手ばかりだからだろうか。
 
『誠に申し訳ございません! ナオトさまも努力なさっているのですが、発音が難しいようでして……!』
『ああ、よい。気にするな。このまま呼ばせて構わない。それにおまえがよくやってくれていることは知っているさ。苦労をかけるが、これからもこれの面倒を頼んだぞ』
 
 勢いよく頭を下げるセオリに機嫌の良さそうな調子でガルディアスは言葉をかける。
 青くなっていたセオリの顔にさっと赤みがさした。まるで憧憬の念を抱いたかのように瞳を輝かせて大きく頷く。
 どうやら丸く収まったようであるが、会話に入れない直人はただそれぞれの顔色を窺うだけしかできないので、セオリをフォローすることも、ともに笑うことさえできない。
 傍にいるはずの三人を、一人だけ遠くにいるようにぼんやり眺めていると、ふとガルディアスが振り返った。
 
『どうした、大人しいようだが』
『先程まではいつも通りのご様子でしたが……』
 
 真っ直ぐと見据えてくる緑の目から逃れるように、頬杖をついて窓の外に視線を流す。
 全快ではないにしろあれだけ大笑いできるのだから問題はないだろう。体調の確認もとれたのだからもう彼を見ている必要もない。
 
『――随分しおらしくなってしまったものだな。わたしが倒れたことで、そんなにも驚かせてしまったか?』
 
 いつもであれば自身の発言に大笑いされた時点でガルディアスに食ってかかっていただろう。何を笑っているだとか、馬鹿にしているのかとか。ガルディアスのすることにはなんでも反発したい気持ちになるはずだった。しかし今は倒れた出来事が頭をちらつき、そんな気力も湧いてこない。
 まだ本調子でなさそうだし、こちらも気分ではないから大人しくしていようと直人は思うのに、それを阻むようにガルディアスが自ら視界の中に入り込んできた。また別方向へ顔を背けるも、ガルディアスは追いかけて再び直人の目線の先に立つ。
 さすがに鬱陶しく思えて睨みつけるが、ガルディアスは意に介する様子もない。
 
「先日は世話になったな。部屋を借りた礼をしたい。おまえは何を望むか?」
 
 それまで面白がるよう軽薄に笑っていたガルディアスは、ふと瞳を陰らせる。
 
「――なんてな。答えを聞くどころか、感謝も伝わらないか」
 
 ふう、と小さくつかれた溜め息を直人は見逃さなかった。
 
(やっぱり、まだ身体がつらいんじゃ……)
 
 大笑いして明るそうに振る舞ってはいたが、本当はまだ寝ていなければならない状態なのではないか。相変わらず顔色が冴えないのもそれが理由なのではないのだろうか。
 
「また花をやるではわたしの気が済まないしな。飾ってくれているとはいえおまえが本当に欲しているのかもわからないし」
 
 ガルディアスがふと顔をそらしたその先には、窓から差し込む光をたっぷり浴びる寝台があった。
 本当は窓辺に生けてある花を見ているだけなのだが、発言の意味すら理解できない直人は早合点して勢いよく席を立つ。突然動き出した直人は周囲の視線を一挙に引き寄せたことも気づかず、ガルディアスのもとに歩み寄り、無防備に下がった腕を掴んだ。
 普段であれば不躾に触れようものなら周囲から非難轟々と言ったところだが、今日はロウェルという名の物静かな男と直人に同情的なセオリしかいない。それをいいことに、掴んだ腕を軽く引き寝台を指差した。
 
「疲れてるなら休んだほうがいいよ。そこ使っていいから。えっと……”ガヲサァ”」
 
 この国で”寝台”を意味する言葉を慎重に発言する。
 昨日セオリに教えてもらって、どうにか発音できるようになったばかりだ。本当なら休憩したほうがいい、という言葉を覚えたかったがさすがに文章は難しかったので単語のみであるが、先日の件もあるので意図は伝わることを期待する。
 もしまた、ガルディアスがこの部屋を訪れたとして。具合が悪そうな様子を見せるのであれば休むよう言えたらと思ったのだ。ガルディアスが倒れる前に、彼が不調なことには気がついていた。しかしかける言葉はなく、直人も意地を張っていたので見逃していた。そうしている間にガルディアスは倒れてしまった。
 あの時、声をかけられていたら。もしかしたら昏睡状態になるような事態は免れたかもしれない。気にかけてやるだけでも気持ちを軽くしてやれたかもしれない。そんな、何もしなかった後悔がずっと頭の片隅からは離れずにいた。
 直人の心配などいらないものかもしれないが、余計なお世話と思われるかもしれないが。相手が誰であろうと目の前で苦しむ姿なんて見たくない。実際は何も変わらないとしても、自分ができることがあるのならできうる限りのことをしたい。自分が後悔しないためだけの自己満足でしかないがそれでもいい。
 もしガルディアスに通じずとも、昨日練習に付き合ってくれたセオリなら意図を汲んでくれるはず。そう信じて、ぽかんと呆けるガルディアスには早々に見切りをつけて今度はセオリに同じ単語を繰り返す。
 
『その……寝具とおっしゃっております。昨日直人さまに聞かれてお教えしましたので、発音通りの意味で間違いございません』
『聞き間違いかと思ったが、やはり合っていたか。初めて聞くこの国の言葉がそれになるとはな……――まさか、こんな人前で誘っているわけではあるまいな?』
 
 セオリから直人の思いは伝わっただろうか? 期待を込めて振り返ると、ガルディアスは力を抜くようにゆるりと笑い、目を眇めるように細めた。
 
『意味は……理解していないようだな。おまえが何を求めているのかわからん。からかいが通じないのも面白くない』
 
 笑ってはいるが、どこか悔しそうな、心残りでもありそうな複雑な表情を浮かべたガルディアスはこつんと指先で机を叩く。
 
『早く言葉を覚えろ。励めよ』
 
 そう言い残すと、セオリにも一声かけてからガルディアスはロウェルを伴い部屋を後にした。
 相変わらず彼の言葉も、その行動の意図も表情の意味さえもわからない。ただひとつ分かったのは、きっと直人の気持ちはちっとも伝わっていないということだけだった。
 残された直人は、もう一度だけ心の中でこの国で″寝台”を意味する言葉を呟く。たくさん練習もしたし、セオリからも問題ないと笑顔をもらっていたから、本当は少しだけ発音には自信があった。だが、単語ひとつ言えるようになったところで思いは伝わらないのが現実だ。
 ここに来てからというもの、何も変わらず、何も進むことができていない。相変わらず閉じ込められたままで、セオリに世話をされながら窓の外を眺めるばかりだ。現状を打破するきっかけもないままで、いったいいつまでこうしていればいいのだろうか。
 机に肘をつき、溜息をつきながら窓のほうへと視線を向けると、窓枠で切り取られた爽やかな青空の手前にある花が目についた。
 色とりどりのそれはこの部屋に押し込められたばかりにはなかったものだ。ガルディアスが様子見に来るたびに一本ずつ増えていったものである。
 そういえば、先程ガルディアスが残した言葉は、直人に花を渡した後にいつも呟いていた言葉と同じであった気がする。
 
(確か、ヤムコオゥ……違う、ヤァムロホォか……? ああくそ、もうわかんねえ)
 
 復唱するだけでもままならない。合っているのか、答え合わせもできない。内心では無駄だと決め付けながらも、それでも彼の言葉がふわりと浮いてくる。
 これまで彼が直人にかけていた言葉たち。それは、どんな意味を持っていたのだろう。
 変わったものは何もないと思ったが、自分のためじゃなく相手の言葉を知りたいと思えるようになったのは確かな変化なのかもしれない。
 

 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 
 

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