Desire 学パロの話


 空いた窓から、グラウンドで部活動に励む生徒たちの声と夏日の生ぬるい風が届けられる。
 そのせいではない苛立ちを感じながらレードゥは目の前の席に座る男を睨むが、彼が笑顔を崩すことはなかった。

「というわけで、先生は来られないそうなのでわしが指導しよう!」
「どういうわけだよ! なんておまえなんだ!」
「それはレードゥとてよくわかっているだろう?」

 思わず言葉を詰まらせたレードゥを、ヴィルハートはにやにやとした締まりのない顔で見る。だからこそ認めたくはないが、認めざるをえないからこそ今彼は教師の代わりにレードゥの前にいるのだ。

「……そりゃおまえが、学年一位だからな」
「レードゥに褒められると照れくさいのう」
「ただの事実であって褒めてねえから!」

 案の定予測していた反応で、幸福げに顔を緩ませ身をくねらせるヴィルハートに言葉を叩きつけ、レードゥは机に置いていたプリントの脇に教科書と筆記用具を取り出した。

「とっととやって終わらせちまうぞ。おれに付き合ってるってことは、おまえも部活出られないんだろ?」
「わしはレードゥと二人きりになれる場所であればどこでもよいぞ」
「そういうわけにはいかないだろ」

 今日レードゥに補習を言い渡した教師は、不幸なことに二人の所属する剣道部の顧問でもあった。その地位を利用してまで剣道部のエースを休ませ教師の真似事をさせるのだから、自分は余程大事な用事が出来てしまったのだろうとレードゥは内心で皮肉る。
 とはいえ、もとを辿ればクラスでたったひとり補習を受けることになった自分が悪いのだが。
 しかし抜き打ちとはいえ小テストで赤点をとったくらいで、補習までしなくてはいいのでは、とも思う。
 そんなことを考えながら教科書を開いていたレードゥを見ていたヴィルハートは、くすりと笑った。

「他の教科では平均であるというのに、何故数学は苦手なのだろうな」
「ほっとけ」
「昔から数字には弱かったよな。小さい頃も駄菓子を買うのに、計算を間違えて用意していた金では菓子が買えずにべそを掻いていたな。あのときのレードゥは可哀想ではあったが本当に可愛くてだな、何度思い出しても悶絶できるぞ!」
「間違えたのは確かだけれど、ベソなんて掻いてない!」

 レードゥは唸るが、当時を思い出すヴィルハートの耳に入っているのかはわからなかった。
 結局その後は足りない分をヴィルハートが出してくれて、菓子は二人で半分に分け合って食べたのだった。
 本当は初めから半分にするつもりであったから問題はないが、臨時で手に入った小遣いが嬉しくて、ヴィルハートに驕ってやろうと思っていたので気持ちは萎んでしまった。
 あまりにもヴィルハートがことあるごとに言うものだから、風化せずにそのときの苦い記憶まで覚えてしまっている。だが断じて泣きべそは掻いていないはずだ。
 いつまでも思い出に浸りだらしない顔をするヴィルハートは放っておこうと、準備を終えたレードゥは真面目にノートに向かった。するとそれまで気配すら騒々しかったヴィルハートは大人しくなる。
 グラウンドからの声と遠くで鳴く蝉の声だけとなった教室内で、レードゥは苦戦しながらも問題を解いていく。
 初めの二問は教科書を見てどうにかなったが、続く三問目で躓いてしまった。
 しばらくひとりで考えてみたものの答えは出ず、仕方なく教師代わりの男に尋ねた。

「なあ、ここどうすればいいんだ?」

 シャーペンの先でその場所をつつけば、身を乗り出したヴィルハートが紙面を覗き込む。

「ああ、そこはだな、この公式を使って――」

 言葉だけでなく教科書も示して、丁寧にヴィルハートは数式の解き方を教えてくれた。

「――そうか、わかった!」

 ヴィルハートの言葉に耳を傾け、ふっと頭に浮かんだ答えにレードゥはシャーペンを滑らせる。
 答えを書き切り、確認をして、レードゥはぱっと顔を上げる

「できたぞ! 答え、これで――っ」

 合っているか、と続く言葉は喉の奥で詰まってしまう。
 顔を上げた先には、想定していなかったほどに近いヴィルハートの顔があった。あと少し顔を前に出せば鼻先が触れあいそうだ。
 ヴィルハートもレードゥが顔を上げるとは思っていなかったのだろう。瞠目していたが、二度瞬くとすぐに目尻を和らげた。

「レードゥ」

 これまでとは違う甘い囁きの呼び声に、レードゥはまだ動けない。
 ヴィルハートの手がペンを握る手に重ねられても、そっと顔が近づいてきても、顎を引くことすらできなくて。
 あと数ミリで唇が触れあう、そのとき。

「レードゥ、また数学で赤点とったんだっ……て……」

 がらりと扉を開けて教室に足を踏み入れたのは、二人の友人であるりゅうだった。
 聡い彼は近すぎる二人の距離に瞬時にすべてを察して、さっと踏み入れた足を戻した。

「そ、その……失礼しましたっ」

 かたんとしまった扉の音でようやく謎の呪縛から解放されたレードゥは、慌ててヴィルハートの顔を押しのける。

「ちょ、待てりゅう! 誤解だ!」
「誤解ではないぞ! まったく、邪魔しおってからに。あやつはいつもタイミングがなっとらん」
「うるせえヴィルは黙ってろ!」
「けっ、喧嘩は静かにね! それに学校だってことも忘れちゃ駄目だから! あの、じゃあおれはもう行くから、後はごゆっくりどうぞっ」

 扉の外から言い切ったりゅうは、走り去っていったのか気配が遠ざかっていく。

「だから誤解なんだってー!」
「わしは愛しておるぞ、レードゥ!」

 レードゥの悲痛な叫び声は、ヴィルハートのとんちんかんな愛の言葉に掻き消された。
 しかしそれはいつものことで、部活動をする生徒たちは気にもとめなかった。

 おしまい

 

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大した補足でもありませんが、りゅうは足音を消して走れる謎スペック持ちです。

お題ありがとうございました!

2016/08/05