むっつりのレイストル


以前ムーンライトノベルズの方にてご感想くださった方から頂いたアイディアが一部含まれております。


 

 灯された蝋燭の小さな明かりに照らされた二人は、寝台の上で重なりあい、互いに息を乱しながら身体を揺らす。もはやミヒトはレイストルの下ですすり泣き、過ぎる快感に首を振っていた。
 その涙を舌で掬いながらも、穿つ勢いを殺すことはない。抱えた足がぴんと張りつま先を震わしても変えるつもりはなかった。
 涙に濡れるまつ毛ごと目元を舐めれば、うわごとのように、レイ、と口にする。飛びかける意思は無意識にレイストルを求めているのだろう。
 くすりとレイストルは口元に小さく笑みを浮かべるも、それにミヒトは気づかない。ただ目の前にいる男を求め与えられる悦楽に溺れきっていた。
 普段はレイストルと呼ぶが、抱き合っているその時だけ上ずり掠れた甘い声でレイと呼ぶ。それは幼い頃の呼び名であり、成人を過ぎたまで成長した今、本来ならば懐かしくも思えただろう。しかし時が経ってしまったからこそレイストルは震える声音が呼ぶかつての名に興奮を覚えていた。なにせ略名で呼ぶ本人も自覚がないことなのだ、思考が霞むほどの快感をレイストルで得ていると教えているようなものである。男としても、恋人としても、ミヒトを満足させられていることが嬉しかった。
 想いが通じあってからというもの何度も抱いた身体だ。回を重ねていくごとに飽きるわけもなくどんどんのめり込み、そして自分に馴染むものになっていく。身体の相性はもちろんのこと、ミヒト自身がレイストルを受け入れているからだ。

「は、ぁ……っレイ、も、う……」

 すっかりとろけきった表情が似合うようになったミヒトに釣られ、重ねた両手の指を絡ませ合いながらより奥深くを強く抉った。

 

 

 

 腕に収めていたミヒトが身じろぎ、レイストルは彼の前に回していた腕の力を僅かに緩めた。

「そろそろできたか」
「ん――たぶん」

 先刻の行為に疲労しているからか、ミヒトの声音はどこか夢見心地のように浮ついていた。実際身じろぐまで大人しかったのだから、もしかしたら半ば眠りについていたのかもしれない。
 体内に形を持ち始めた玉を感じたらしいミヒトは腕を持ち上げ瞼を擦る。しかし自らが僅かに身体を揺らすと、途端に全身を強張らせた。
 背中から抱えた彼の変化を肌で感じながら、理由を悟るレイストルは一人笑む。
 もう幾度身体を重ねたかはわからない。顔を合わせる度に会えなかった時間を埋めるように互いを求め合ったからだ。もはやミヒトの身体で触れたことのない場所などないかもしれない。だが別に数えておらずとも、二人が交じり合えばその数だけ生まれる玉が教えてくれていた。
 横たわり隙間なく肌を合わせていた身体を抱え直し起き上がると、腕の中のミヒトからか細い声が上がる。それに背後で笑みを噛みしめつつ、自らの声に羞恥を覚え項垂れた赤毛の頭に唇を落とす。
 以前は木製の棒で栓をして宝玉が生成されるのを待っていた。だがレイストルは例えただの蓋代わりだと知っていても自分以外がミヒトの中に収まるのを快く思えなかったのだ。そのため玉の材料となる精液を注ぎ込んだ自分自身をそのままミヒトの中に収め続けることで、今ではその役割をレイストルのものが果たしていた。
 そして現在もぴたりとはまったままである。あまりの肉壁の心地よさにそれはかたさを保ったままでいた。抜かれないでいることによりミヒトの熱も冷めやらぬようで、じっとしていればともかく、少し身動きしただけで受け入れることに慣れた身体は反応してしまうのだ。
 身体を起こされた際に中を抉られ声を上げてしまったことがよほど恥ずかしかったのか、しばらくミヒトは頭をあげぬまま熱を抑えることに躍起になっていた。それに気づいているからこそ、レイストルは執拗に耳を愛撫する。
 耳たぶを食み、形を舌でなぞり上げ、耳裏に吸い付く。
 見えるところに痕は残すな、と腕の中の存在が震える小さな抗議した。それを甘んじて受け入れ、代わりに今だけ薄らと残る甘噛みで刻む。顔を見えない、声も聞こえない。そんな状況でも繋がった場所が収縮して反応を知らせた。
 想い人の精をその身に受けた時に瞳の宝玉と呼ばれる硝子玉を生成するという特殊体質のミヒトの、体内で玉が形作るところから排出までを手伝うため、二人の営みの時間はとても長い。
 欲をぶつけ合う時間そのものよりも、生成されるまでに時間がある程度かかってしまうのだ。だがこれまで触れ合えなかった時間を補うように睦事を交わし合いじゃれつくため、さほど時間の長さを感じたことはなかった。
 腹に吐き出した精液さえ掻きだしてしまえば玉は生み出されず、激しい行為の後であってもすぐに休ませてやることもできる。受け身に回ったミヒトの体力の消耗も理解しているつもりだ。すべての始まりの一件のように瞳の宝玉が必要とされているわけでもなく、ましてやわざわざ疲労を増させてまで作りださずともよい。しかしレイストルは玉ができることを望み、ミヒトもまた自らそれを承諾し、栓の役割すら預けたままでいるのだ。
 レイストルは玉を生み出す恋人のあられもない姿を、自分だけに見せる恥らう姿を見たいと思っているのは勿論のこと、自身の変わった瞳と同じそれが出てくるという事実もやはり確認したかったのだ。自分があの身体を抱いたのだという満足感があったし、何より瞳の宝玉が生まれるということは、二人が真に愛し合っているという証明である。少なくともミヒトにレイストルを想う気持ちがなければ決して形を成さぬものだ。
 わざわざミヒトにこの内なる思いを告げたりはしていないが、薄々は感じ取っているだろう。だからこそ、己にとっては羞恥を掻きたてる行為であっても甘んじて受け入れて、レイストルの前で玉を産み落として見せるのだ。あまり自身の内側を曝け出すことをしないミヒトなりの愛情だった。
 ミヒトの体調を気遣い、もし無理をさせてしまった時には宝玉は諦め身体を休めさせるつもりではいる。今のところそれほどまでに暴走することはなく、二度目に身体を重ねた時以来寸でのところで抱きつぶさぬよう理性を保ち続けていた。だがそれも気を抜いてしまえば、一気に鎖から解放された飢えたけだものになる自覚がレイストルにはあった。
 何度抱いても慣れることも飽きることもなく、むしろまだ足りない。全身に触れ、快楽にどろどろに溶かし、あのあまい声でレイと呼んでほしい。思考さえも奪い自分しか考えられないようにして、ただひたすらに求められて。

「……何、考えているんだよ」
「おまえのことだ」

 何か言いたげだったが、結局ミヒトは口を閉ざし、代わりに前に回されたレイストルの肌に歯を立てる。戯れのようなそれに大した痛みなどなかった。
 ミヒトの変化が繋がるそこからわかるよう、レイストルの変化もまたそこから相手に伝わってしまう。つい艶めかしい恋人を妄想し硬度を増したそれに気づいたミヒトの予想通りの反応にほくそ笑む。
 自分がこれほどに欲深かったとはこれまで知りもしなかった。きっと、ミヒトと想いを通じあわせたからこそなのだろう。仮にミヒトとただの親しい友のままであったのならば、きっとレイストルは今まで通り淡白な男であったはずだ。
 女を抱いたことは幾度もある。人並みに欲はあり、ミヒトのように己の身体を誰にも明け渡さなかったわけではない。だがミヒトを抱く時のような、酩酊した時のように理性が曖昧になることなどまずなかった。身体だけが反応するのでなく、胸の内も熱くなり、相手のすべてを欲して。相手にも自分のすべてを求めてもらいたくて。そんな情熱を抱いたことは一度としてなかったのだ。
 身体を重ねている相手がミヒトだったからこそ、自分のすべてが揺さぶられ、全身で愛を告げたくなってしまうのだろう。
 自分がこれほどまでに熱い男だったとも知らなかったと内心で苦笑しながら、初めてこの身体を余すところなく味わった日より少し伸びた髪を鼻先で掻き分け、匂いを嗅ぐ。噛みつかれなくなった手で喉をくるくると撫でていると、不意にミヒトが腰を揺らした。

「レイストル」
「どうした」

 耳元でささやけば、蝋燭の小さな明かりしかない暗がりの中でも肩まで肩染まっていくのが見えた。それが何より愛おしく思え、そこに吸い付き痕を残す。

「あの、抜いて、くれないか。そろそろ、出てくる」
「――ああ、そうだな」

 触れることに夢中ですっかり宝玉の存在を忘れているレイストルに、ついに焦れたミヒトは声に出す。返事に安堵したのか、僅かにレイストルのものを締める力が緩んだ。
 あまり感情を表に出すことのないミヒトだが、やはり身体は素直であるらしい。ようやく抜かれるだろうことに息をついてさえいる。
 ――あまり、面白くない。
 喉から手を離し、頭から鼻を退ける。腰に手をかけてもミヒトの身体はこわばりを見せない。放してもらえると信じきっているのだろう。
 ミヒトの予想通りにはせず、抜くどころか軽くつき上げれば、レイストルのものは一気に締め付けられた。

「ぁ……っ」

 突然のことに無防備に弛緩していた身体は瞬時に強張り、ミヒトは声を噛み殺す。
 レイストルが掴んだ腰を揺さぶれば、ついにミヒトは振り返った。
 闇より深い黒の瞳。行為の名残に目元はまだ湿り赤みがかっている。きっと強い眼差しがレイストルを睨んだ。

「もう抜けよ」

 不機嫌、というよりも戸惑いが大半を占める声音だ。それを隠すように重たい響きにしているだけにすぎない。
 長い付き合いでそれを悟るレイストルは空色と中に琥珀が混じる瞳を細めた。

「そろそろ、なんだろう。ならばもう少しくらいいいだろう」
「っ、いいわけ、あるか……!」

 腰を浮かせて逃げようとするも、そもそもそこはレイストルの手が置かれている。容易に引き戻し、知り尽くしたミヒトの喜ぶ場所を突いてやる。
 燻っていた身体はすぐに燃え上がり、触れる場所すべてを熱くさせた。擦ってやる度に吐息に掠れる声が零れだし、それに煽られそうになるのをどうにか堪え、緩く浅い突き上げを繰り返す。

「ば、っか、抜け、よ……! 出る、からっ」
「それは宝玉か? それとも精液か?」
「っ」

 立ち上がったミヒトのものを握れば、腕の中の身体が大きく跳ねた。先端をぐりぐりと指の腹で押してやれば溢れ出した先走りに滑り出す。
 すっかりその気になりつつあるミヒトの身体に、レイストルもまた再びのめり込もうとした時、不意に中を押し上げた際自身の先端にかたいものが触れたことに気が付いた。

「っは、ぁ……抜け、って」

 自分の中でぶつかり合ったものを体感したミヒトは再三に渡り訴える。しかしそれに耳を貸さず、すでに根元まで埋まっていたそれでさらに奥をつついてその先に存在するものを確かめてみれば、いい加減苛立ち始めたミヒトがレイストルの腕をつねった。

「出るって、言っただろう。おまえのが入ったまんまじゃ出せない。わかったらとっとと抜いてくれ」
「――ああ」

 渋々出した返事に、捻りあげられていた肌がようやく解放される。さすがに容赦なくつねられれば、日頃騎士であるために身体を鍛えているレイストルとて痛みに顔を歪めたが、ミヒトはどこか満足げな表情を見せていた。
 男にしては細い腰を掴み上に持ち上げ、心地いいミヒトの中から自身を抜いていく。あれほど自分から出ていくよう言っておきながらも、まるでレイストルのものが出ていくのが名残惜しいよう中は逃さぬよう捕えようとうごめいている。
 抜かれる感覚も、今ではレイストルのものを覚えさせられた身体は感じてしまうようだ。歯を食いしばり声を殺すミヒトを、やはりレイストルは背後から見つめる。
 先のくびれがあと少しで出てしまうというところまで引き抜いたところで、支えていた身体に触れる手を持ち替え、一気にそれを押し戻した。

「っあ――!?」

 思いがけない衝撃にミヒトは瞠目する。
 レイストルのものの後についてくるように僅かに下がっていたらしい瞳の宝玉を中に押し込めると、奥の方でかちりと音が鳴る。
 硝子同士がぶつかったようなそれに、腰を振りながらレイストルは頬を緩ます。

「ああ、そう言えば今日はもう二度、中に出したな」

 それはつまり、今ミヒトの中には二つの宝玉ができているということだ。
 最奥まで突くたびに隣合わさっているらしい宝玉たちがぶつかっては小さな音を立てる。多少レイストルの先端もつるりとした面に擦れ、快楽を得ていた。

「れ、れいすと、っ」

 焦ったミヒトの声を聞きながら首筋に顔を埋める。吸い付きつけた痕を一度舌で舐めてから頭を持ち上げ、胡坐を掻いた上に抱えていた身体を前に押し倒す。後ろから背中を覆い、腕を立たせることができず寝台に肩を押しつけるミヒトの背に唇を落とす。そして、本格的な律動を再開した。
 すでに二度もレイストルの精液を受け、さらに長い間銜え込んでいだミヒトの中は柔らかく、程よく絡みついてくる。

「奥……っほう、ぎょく、が……! ぬけって、ばッ」

 首を振り言葉で拒否するものの、後ろではレイストルを自らいざない飲み込んでいることに気づかないのか。引き抜こうとする度に出ていくなと食らいつき、奥を突いて玉たちを鳴らしてやれば喜びに身体を震わし歓喜して。
 レイストルのものに押し上げられ、薄らとではあるが膨らんだ腹を撫でてやる。

「いくつまで腹に入るのか、試してみるか?」

 その言葉が何のことを示しているのか、二人が奏でる水音に掻き消されがちの小さなかちかちとした音が、詳細を語らずともミヒトに説明していた。
 うつ伏せになっていた身体を強引に反転させ、仰向けにして足を開かせ腰を持ち上げる。今宵既に悦楽に溶かされていた身体はすぐに記憶を取り戻し、ミヒトの表情は崩れ始めていた。
 声を堪えるために敷妙でも噛んでいたのだろうか。背にするそれまで顔を置いた場所には一点に皺が集まり、中心は濡れていた。そして同じく口の端から垂れた涎を灯された炎でちらちらを光らせている。
 ミヒトの黒の瞳に溶ける瞳孔の焦点がおぼろげになり始めていた。ならばもう少しで、あの声で、あの名を呼んでくれることだろう。
 無理をさせてしまうお詫びにもならないが、唇を重ねて舌をねじ込む。少し遅れてミヒトもそれに応え、それまで敷妙を握りしめていた腕をレイストルの首に回した。
 互いの呼吸すら奪い合うよう、深く、身も心も交じり合わせる。
 ずっと、ミヒトだけが欲しかった。
 ずっとこの腕に収めたいと思っていた。
 きっかけはどうであれ、今はその願いは叶い、ミヒトはレイストルのもとにいる。実はこれが初恋だったと言うのはさすがにまだ気恥ずかしさがある。伝えるには時間がかかるだろう。だがいつか言いたい。
 いったいどこに惹かれたのか。いつ自覚したか、どんな苦しい想いに苛まれたか。どんな劣情を抱いているのか。どれほど、愛おしいのか。
 今もミヒトの胸に転がる、紺の紐に結わえられた小粒の瞳の宝玉。自分の右目の同じく空色の中に琥珀揺らめくそれは、ミヒトが生み出したものだからこそかけがえのない至宝に思えるのだ。たとえ美しさを持たぬ、傍目から見ればがらくた同然のものだったとして、そう感じたことだろう。

「っレイ、レイ――」 
「ミヒト」

 滅多に甘えない恋人が、唯一手放しで自分を求めてくれる瞬間。
 合図の呼び声にレイストルは微笑み、ミヒトの目尻に浮かぶ涙を舌で掬いとった。

 

 


 洗い磨いた玉を、今回できた五つを大振りの瓶の中へそっと落とした。すでにそこにはいくつも同じ瞳の宝玉が入っており、先住者たちが受け止めかちりと音を奏でる。
 二人が身体を重ねる度に生まれ出る宝玉を保管することにどうやらミヒトは恥ずかしさからか賛同的ではなく、悪趣味だ、と唇をとがらせている。だがそんなものはレイストルの知ったことではない。二人の愛の結晶とも言えるそれをなぜ放り出しておけるというのか。
 それに、この瓶がいっぱいになった頃に伝えたいことがあるのだ。積み重ねてきた想いに、日々に後押しされねば、なかなか口には出せないことが。
 将来、戦場にて戦神がごとしと恐れられる猛将ともなる男が最愛の恋人に、ともに暮らそうと告げる日は、それほど遠くない――。

 おしまい

 

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2014/10/11