いつしかラジルの指も大胆に動くようになっていた。上下に抜き差しされて、痛みの減ったそこは次第にむず痒いような感覚を覚える。
 身を捩りたくなるようなそれに熱っぽい息吐く。
 身体の内のとある一点を指の腹で押されたとき、予想していなかった強烈な快楽に、構えていなかったセツの身体は大きく跳ね上がった。

「え、なに……や……あッ」

 擦られる度にびくびく身体が震える。それを押さえることもできず、飛び出しそうになる声も止めることができず、セツは両手で口を塞ぐ。

「ぅっ……んんっ」
「どんどん溢れてくる。そんなに気持ちいいか」

 ラジルが溢れて止まらない先走りを舌でぺろりと舐めとる。
 セツは必死に首を振った。
 気持ちいい。だが、よすぎて怖い。
 身体が勝手に反応して、一切の自制が利きそうになくなるのだ。思考が真っ白な波にのまれていきなにも考えられなくなる。

「ら、じる、もうっ……出る、から……ッ」

 限界がすぐそこまで駆け上ってくる。顔を離してほしいと再びラジルの頭に手をやり押しのけようとするが、それに抗い、ラジルはセツのものを根元まですっぽり咥えてしまった。
 絞り出すように吸い出されてしまえば、もう堪らない。
 彼の頭皮に爪を立て、指先をきゅっと丸めながら、セツは溜めていた欲をラジルの口内に放った。

「っは、はぁ、はぁ……」

 詰めて息を吐き出して浅い呼吸を繰り返す。
 顔を起こしたラジルはそんなセツを見下ろして、こくりと喉を嚥下しつつ労わるように頬を撫でた。
 その姿を横目で見ていたセツは、射精後の余韻も吹き飛び、ぎょっとして身体を起こした

「の、飲んだのか……!?」
「そりゃ、飲んだけど?」
「の……むものじゃない!」

 けろりと当然のように言われてしまって、一瞬自分が間違えているのかと思った。しかし思い直し、いくらなんでもそれはないと、はぐらかそうとするラジルを睨む。

「まあいいだろ。おれがしたかったんだから。それよりもうちょいこっち、慣らさせて」

 いつの間にかくるんと視界は回り、気がつけばセツは四つん這いになっていた。

「え……あ――」

 後ろを見せつけるような格好は情けなく、自分でも見えない場所を晒すのに不安が煽られる。なによりラジルの顔が見えない不安から、セツは戸惑いに満ちた声音を上げた。

「ら、ラジル……」
「そんな声出さないでくれよ。おれのをあんたのここに収めるためだから、ちょっと我慢していてくれ」

 そういって今度は指を二本に増やして挿入される。痛みと圧迫感にセツの身体は拒絶するよう、押し出すように強くラジルの指を締めつけた。
 セツの体液でぬるついた指先が、強張った身体を撫でていく。腹を擦られ、腰に唇が落とされ、舌が肌を辿る。太腿も、首筋も、労わるようにラジルは触れた。
 力の入った身体はゆっくりとほどけていき、体内で蠢く指の異物感をなんとか受け入れる。
 徐々に苦しさは少なくなり、身体を撫で舐める緩やかな愛撫の心地よさを感じられるようになった。その頃にはすっかり腕に力が入らなくなり、腰だけを高く上げる姿になっていて、指を増やされても感覚が麻痺してきたのかよくわからなくなっていた。
 それからさらに時間をかけ、丹念にセツの身体を解していたラジルはようやく埋め込んでいた三本の指を引き抜く。
 ずるりと出ていくその感触だけで、ふるりと背筋が震える。ついにセツが倒れ込もうとしたときラジルがそれを支え、そっと寝台に寝かされた。
 長時間ラジルの指が潜り込んでいた場所は、広げられたせいなのか無意識にひくひくと動いてしまう。それをじっと眺めていたラジルは、再びそこに指を伸ばした。

「随分、やらしいことになってんな」

 収縮するそこにラジルが指を当てると、それだけでのみ込もうとするように動いてしまう。浅い抜き差しをして戯れるラジルに、セツはついに噛みしめていた口を開いた。

「ラジル。もう――」

 身体を仰向けに直したセツは、羞恥に耐えながらもそろりと自ら足を開いた。

「もう、いいから。余裕ある振りなんてしなくていい。それよりもおれを求めてくれるほうが嬉しい」
「っ――」

 足先で未だ服の下に押し込まれたままのラジルのものを布越しに撫でる。それでも十分にわかる熱に、セツの準備が整うまでいかに彼が耐えてくれていたかがわかった。

「こっちは傷つけないようにって我慢してんのに……あんま煽らないでくれよ。歯止めが効かなくなるだろうが」

 足を抱えられ、寛げた前から飛び出したラジルの性器が解れたそこに宛がわれる。
 これまでの指とはまったく違う熱と質量を感じて、思わずセツは生唾を飲み込んだ。
 だがそれは怯えではない。いよいよひとつになれるのだという、期待だ。
 自ら腕を伸ばしてラジルの首に抱きついた。

「セツ――」

 それに応えるようラジルはセツの額に口づけを落として、ゆっくり腰を押し進めていった。

「はっ……は、ぁ……っ」

 丹念に慣らしてもらったのに、ラジルを受け入れるそこは限界を訴えるようにひりつく痛みがあった。ぎちぎちに広がる中を進入するもののあまりの圧迫感に息が詰まる。

「しっかり息をしろ」

 そうは言われても浅い呼吸を繰り返してしまい、自分の身体が一切ままならない混乱に余計に意識は乱れていく。
 そんな状況にラジルは、二人の間でやや縮こまってしまっているセツのものを掴んだ。

「あっ……」

 上下に扱かれているうちに快楽を思い出し、次第に意識がそちらに向いていき、力なかったそれが張り詰めていく。
 宥めるような口づけが目尻に降った。

「あと少しだ」

 そう伝えるラジルの声も苦しそうで。
 つらいのは自分だけではないと知った。進入を阻むようにきゅうきゅうに締めつけてしまっているのだから、ラジルのものとて痛みを覚えていることだろう。
 潤む視界で見つけたラジルは汗を掻き、余裕のない表情をしていた。それでもなおセツを励まし、ゆっくりと自身を収めていく。
 長大なものが押し込まれる尻を、さわりと彼の下生えがくすぐった。肌に触れたそれにようやくすべてをのみ込んだことを悟る。

「セツ」

 ラジルに名を呼ばれると、ほろりと涙が零れた。けれどもセツはそれに気がつかない。

「――はは。おまえのは大きいな。でもちゃんと、おれの中に入った」

 己の涙も知らずにセツが笑うと、ラジルは泣きそうに顔を歪めた。けれども、その顔は笑っていて。
 とても幸福そうで。
 セツが顔に手を伸ばすと、自ら頬をすり寄せてきた。セツの掌の熱を感じるように目を閉じ、ラジルは言った。

「あんたが好きだ。どうしようもないくらい、愛している」

 甘く切ない響きに、セツの胸に温かい気持ちが苦しいほどに膨れ上がる。

「ラジル」 

 名を呼べば、そうっと開いた紫の瞳がセツを見た。
 また目尻から涙を落としながら、溢れる感情に声を震わせながらセツも応える。

「おれも。おれもラジルが好きだ。愛している」

 気づいてしまえばこんなにもすんなり胸の中に納まっていった想い。それなのに気がつくのが遅かった自分に呆れるが、それでも今しっかりと言葉にして伝えられる喜びに幸せを噛みしめる。
 額を重ねて二人で笑い合った。

「動くぞ」

 足を抱え直したラジルがゆっくりと腰を動かした。

「ん、くっ――」

 緩やかな抜き差しに内壁が摩擦され、腰がじわりと甘く痺れる。
 唇を噛みしめて声を殺そうとすると、それを咎めるようにラジルが唇を舌先で突いてきた。力を緩めると、ぬるりと舌が侵入する。

「ふ、ぁ……ん」

 ゆるく奥を突かれる感覚に少し慣れてきて、身体の芯に響くようなゆるい快楽に身を委ねられそうになったとき、ラジルが一気に腰を引いた。

「ぅあ、っ」

 突然の強い刺激に全身に力が入った。けれども上顎を舌先にくすぐられて、再び蕩ける。
 だがそれは、これからのほんの一時の休息に過ぎなかった。

「――ひ、ぁあっ……ッ」

 再び押し入ったラジルにあの一点を狙って抉られて、セツは悲鳴のような嬌声を上げた。
 咄嗟にセツは顔を離して逃げようとしたが、ラジルは上から押さえつけそこばかりを擦る。
 びくびくと身体が震えて、一旦は落ち着いた涙がまた溢れ出す。汗に髪を貼りつかせ強すぎる快楽に涙を散らすように首を振ったセツに、ラジルは欲望を強めて目を眇めた。
 身体に埋まるラジルのものがさらに太くなるのを感じて、セツは目を見開く。

「あ、あっ」
「悪い、我慢できそうにない」

 さらにしっかりと足を抱え上げられ、奥にまで熱塊が押し込まれる。突上げられる度にその衝撃が腹に重たく響く。抜けきらない痛みもあって苦しい。
 でも、とても胸が満たされていく。
 互いに汗ばむ肌が重なり合っても不愉快さはなく、むしろ同じく熱くなる体温が嬉しかった。どこが肌の境かわからず、まるでひとつに溶け合ったようだ。
 ラジルの顎から雫が垂れると、肌に落ちたそれに口づけられたような喜びが込み上げる。噛みしめたその口から声が漏れる度、この身体で感じてくれているのだと実感できた。
 真っ直ぐにセツを見つめる紫の瞳は欲望に滾り、無垢であったセツへの征服欲をちらつかせている。けれどもラジルが本来持つ、包むような優しさも、セツへの愛も見えるのが嬉しかった。
 ラジルの首に回す腕に力を込めて、背をわずかに浮かせて触れ合うだけの口づけを交わす。
 すぐに敷布に落ちたセツを追いかけ、今度はラジルのほうが荒々しく唇を重ねた。
 よりひとつになるよう深く穿たれ、呼吸をする度に出る喘ぎ声はラジルに食われていく。

「あっ、ああっ……――」
「セツ――」

 目の前が眩むようにちかちかして、思考がなにもかも真っ白に染まる。
 無意識のうちにラジルの鍛えられた背に爪を立て、全身をきゅうっと丸めてセツは吐精した。

「く……っ」

 その締めつけに、一拍遅れてラジルもセツの最奥に欲望を注ぎ込んだ。

 目を覚まして隣を見ると、すうすうと寝息を立てるラジルがいた。外はまだ暗く窓からはほのかに光る月が浮かんでいる。セツが気を失ってからどうやら然程時間は経っていないようだ。
 情交の後であるから互いに服は纏っておらず、セツを抱きしめていた彼の肌が心地よい体温で包んでくれていたおかげでまったく寒くはなかった。ただ、身体はひどく疲れていて重たいが、今はそのつらさもひとつの幸せだと幸福を噛みしめる。
 ラジルの腕の中から少し身体を伸ばして、目を閉じている彼の顔を覗き込む。

「――ありがとう、ラジル。おまえがいてくれたからおれは変われた。まだ足りないけれど、きっとこれからももっと人として成長する。おまえのためにも、おれのためにも。長く一緒に居られるように。だから、これからもよろしく」

 愛おしい男の頬を撫で、セツは小さく微笑んだ。だが、それだけでは溢れる想いをどうも抑えきれない。
 眠っているとばかり思っていたラジルが実は起きているとセツが知るのは、愛している、と彼に囁き口づけた直後のことだった。


 
 ――――― 


 仕事場にいたセツだが、宰相に呼ばれて後をついていく。
 辿り着いた先は王の執務室であった。
 出入り口を警備する者たちがなにやら涙ぐんでいるので、なにがあったのだろうと思っていると、宰相に中を覗くように言われた。
 指示された通りにこっそりと扉の隙間から室内を窺うと、そこではアズウェル王が、自分よりも少し背の高い一人の男に抱きしめられて泣き笑いをしているところだった。
 いつも穏やかにセツに語りかける王のそんな姿を見るのは初めてで、ましてや泣いているところなど見たことがない。けれどもとても幸せそうで、セツに背を向ける男の背に回された王の手は、彼を手放さぬようにと強くしがみついていて。そんな王の肩を、男はあやすように優しげに叩いていて。
 王は想い人である青年と想いを通じ合わせることができたのだと、彼らの姿を見て悟った。
 セツは青年の顔も姿も知らなかったが、間違いなく彼がそうであるのだろう。それは王の表情が、彼を欲するその全身がすべてを物語っていた。
 密かな王の恋心を応援していた者の一人として、その恋が実ったことが喜ばしく、そしてうまくいけたことに安堵した。
 それと同時に、思ったのだ。
 セツが想いに応えたのならば、ラジルは笑ってくれるだろうか、と。それともあんな風に泣くだろうか。
 恋人となった二人は、かたい抱擁をわずかに解いてお互いの顔を見る。そして互いに唇を寄せ合ったところで、宰相がセツの肩を引いて、音を立てぬよう静かに扉を閉めた。
 これ以上はいけないよ、と目を細めて笑う宰相の表情は優しげだった。
 宰相はラジルたちに自身の惚れ薬にまつわる企みを王に暴露されたとき、勝手をしたことを謝罪しに訪れた二人を笑って許した。
 きみたちは言ってしまう気がした、と言ったのだ。そのときの憑きものがとれたような彼の表情に、動けぬ己に代わって誰かにアズウェルの背を押して欲しかったのではないか、と思ったのを、セツはその表情を見て思い出していた。
 宰相は穏やかな表情のまま、諭すようセツに告げた。

「セツ、きみはもう答えを持っているだろう? ならば早く伝えてやるといい。いつまでも彼の優しさに甘えてはいけない。彼はただ耐えているだけなのだから」

 さあもう戻っていいよ、と宰相に背を押され、セツはその場を後にした。
 苦難を乗り越えて恋人になった二人を見たとき、セツは安堵の他に羨ましくも思った。
 最近ラジルとセツはそれぞれ仕事が多忙で、すれ違う日々が続いている。もう半月近く顔すら合わせることができていない。
 時折、セツの仕事部屋にラジルからの手紙が差し込まれていることがあった。他人に頼み届けてもらっているらしい。
 元気にしているかだとか、ちゃんと飯は食べているか、休憩はとっているか、など相変わらずの確認ばかりではあるが、セツのことを心配してくれているのだとわかる文面だ。そして最後には、早く会いたい、顔を見たいと希望する一文と、けれどもまだ仕事が片づかないと嘆く文章が添えられているのだ。
 セツは一度として返事を書いてはいないが、読み終えた後はいつも、同じ気持ちだ、と心の中でぽつりと返していた。だが会えないのは仕方がないと、寂しく思う気持ちを抑え込んでいた。
 けれども、王たちの姿を見て欲求が溢れ出してしまった。自分もあんな風に彼に触れたいと思ってしまったのだ。
 そうしてセツは気がついた。そして思った。
 早く伝えたい――と。
 宰相の言う通りすでに答えはセツの心にあったのだ。それにセツ自身が気づけていなかっただけで、きっと始めのほうから胸の片隅に、小さくだが存在していたのだろう。
 ここまで大きく膨れ上がりようやく、その想いがなんという名の存在であるか知るあたり、いかに自分が鈍感であるかを思い知る。
 だがもう間違いようがない。想いが通じ合った瞬間の王たちを見て、まだ決まっていないはずの答えをラジルに伝えて彼がどう喜んでくれるか、と考えていた。あんな風に強く抱きしめてもらいたいと、抱きしめたいと思った。早く顔が見たいと、寂しいと彼の書いた文字を何度も指先で辿った。
 幸いなことに、セツの仕事に区切りがつき、ラジルのほうの仕事も三日後に落ち着く予定だ。さらに幸運なことに二人の休日が重なったので、その日の前夜からラジルはセツの家を訪れる約束になっている。
 早く伝えてしまいたい。けれど今は伝えられない。だからそのときにこそ必ず言おう。
 好きだ、と。
 この想いを、しっかりと口にしよう。
 すべてを諦め、自分だけの世界に閉じ籠っていたセツに光を与えてくれた人。
 孤独であったセツを甘やかしてくれて、けれどもはっきりと物言い、間違えているところは間違えているのだと指摘してくれた。正しく変わるきっかけを与えてくれた。
 子供のような匙の持ち方を笑わず、汚い家を馬鹿にせず、醜い痩せた身体を憐れみ、途方もないセツの惨状を変われると、励ましてくれた。
 それにどれほど心を救われたか、救済者である彼はどこまで理解しているだろう。
 周囲はセツに怯えていたが、きっとなによりもセツが周りを恐れていた。縋りついたところで拒絶されるのを知っていたから、接しようとすれば自分が傷つくことを知っていたから。これまでの迫害の経験から、すっかり臆病になってしまっていたのだ。
 心に分厚く広がっていた曇天の下で、セツは一人ぼっちで背中を丸めて小さくなっていた。そこに自ら雲を掻き分け顔を出した太陽は、最初はとても眩しかった。暗がりの安寧を望んでいたセツは心の変化に怯えて、陽光を拒絶するよういつものように目深くフードを被った。でも慣れてしまえばその温かさが身体に沁みて、気がつけば自ら顔を上げていた。
 あのときからいつもセツの胸には太陽がある。ふとした瞬間また雲が垂れこもうとするが、変われる、と言ってくれたあのときのラジルを思い出せば、セツに向けてくれるあの笑顔を思い出せばまた頑張れた。
 そんな暖かく強い光を与えてくれたラジルに、セツはまだなにひとつ返せてはいない。
 だからこそまず言葉を渡したい。それと一緒に自分の想いも。まずはそこから少しずつ始めよう。
 そうだ、いつかセツが食事を作ってみよう。ラジルに内緒で練習をして驚かせよう。
 彼専用の滋養強壮薬を作るのもいい。それは得意分野であるから、激務である彼の励みになればいい。
 もっと素直に気持ちを言うようにもしよう。会えない間寂しかった、と本音を伝えたらどんな反応をするだろう。
 近い将来の二人を考えているうちに、セツは自然と口元を綻ばせていた。

 おしまい

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2016.10.2