出版記念の小話。
物語完結後のくっついている二人ですが、イチャイチャしているだけでネタバレはありません。
二人の雰囲気が伝わればと思います。
日も暮れかけてきたので、仕事を切り上げ宿屋でとった部屋に戻る。
扉をそろりと開けるが、予想していた騒音はなく、室内を覗き込んでみるとふたつ並んだ寝台の片方にこんもり山ができていた。
山の中身はルクスであり、帰ってくるソウにそっぽ向くよう背中を向けている。いつもであれば、おかえり! と他の宿泊客の迷惑になるほどの声量で出迎えて隙あらば抱きついてこようとするのだが、さすがに今日はしないようだ。
今朝、些細な喧嘩をした。といってもソウは相手にせず、ルクスが一方的に臍を曲げてしまっただけのことだ。
なんでも夢で、ソウがルクスではない別の人物に笑顔で愛をささやく場面を見てしまったのだという。
本来のソウを知れば、とくに笑顔という時点でそれが夢である、むしろ別の意味での悪夢に近しいものであると思えるはずだが、このルクスはどうやら真に受けてしまったらしい。
いくらルクスといえども、それが夢であることは理解していた。しかしこれまで一度たりともソウからはっきりと好きだ、と言われたことがないせいで、ふと不安と寂しさを感じてしまったという。
たまにでいいから好きだと言ってくれ、とせがまれた。しかしソウはろくに取り合うこともせず町に出る支度を整えているうちに、もうソウなんか知るかー! と一人騒ぎながら先に外に行ってしまったのだった。
ソウもソウとて仕事があるし、どうせ仲良くなった子供たちにでも慰められていることだろうからと追いかけず、結局放ったまま今に至る。
先に帰ってきたルクスは、ふて寝を決め込んだらしい。すー、すー、と寝息を言っている。
ソウは荷を下ろし、頭に巻いている布を解きながら小さく息をつく。
しばらく呼吸に上下する山を眺めた後、そこへ足を向けた。
寝台に横になるルクスの顔が見える位置にまで移動して、上半身を傾ける。
髪が顔にかかっていても、目を瞑っていてもわかる精悍な横顔に顔を寄せ、ささやいた。
「あんたのこと、嫌いじゃないですよ」
金髪が流れる頬に構わず、軽く唇を押し当ててすぐに身体を起こす。
そんなソウを追いかけるよう、寝ていたはずのルクスがぱっと目を開いて飛び起きた。
「そこは唇だろう!」
「やっぱり起きていましたね」
「あっ……」
しまった、と顔に書いてソウを見上げてルクスはかたまる。
まさかあんな猿芝居で騙されるとでも思ったのだろうか。むしろあれが何故通用すると思ったのか疑問を抱かざるを得ない。寝ているはずなのに、すーすーと寝息を口で言う馬鹿がどこにいる。
実際そんな呆れるほどの馬鹿をした男にわざと目の前で溜め息をつく。
今朝のこともあり、狸寝入りがばれたこともあり、ルクスは気まずげに顔を逸らした。だが先程のソウなりの償いを受け取ったからか、不機嫌な雰囲気はすっかり消えていた。
「とりあえず、今日はもう疲れたんで寝ます。まだ早いですけれど、あんたはどうします?」
「ソウが寝るなら、おれも寝ようかな」
ソウが身体を屈めると、その意図を察したルクスが毛布を持ち上げ場所を空けた。隙間に潜り込むようルクスの懐に入ったソウは、背中を向けて丸くなる。
身体の上にルクスの腕が乗り、少しだけ空いていた間を埋めるよう引き寄せられる。元々温まっていた布団のなかだが、背中に触れる熱源にじんわりと体温が馴染んでいく。
一日中人にもまれて、隙を見せぬようにと警戒しているうちに無意識にかたくなっていた身体も心も解れていく。
静かに深く息をはき、ようやく身体の力を抜く。それを感じ取ったらしいルクスが、ソウの髪に鼻を潜り込ませてより密着するよう抱き寄せた。
ソウの匂いを嗅いでいた呼吸が、やがて静かな寝息に変わる。
――どうやら悪い夢を見てしまったらしいから、今日くらいはいい夢を見せてやろうか。
起こさぬようにと注意をしながら身体の向きを変えたソウは、今度こそ本当に寝入ったルクスの耳元で、きっと幸福な夢を見られるであろう魔法の言葉を口にした。
おしまい
最終的にはこんな恋人になる二人。
ここに至るまでの本編を読んでくださると嬉しいです。
2016/09/25