お土産

本編完結後



 玄関が開く音がする。
 手にしていた下衣をいつもより少し雑に畳んだシャオは、残りの洗濯物はそのままに足はやに玄関に向かった。
 玄関先で羽織っていた外套を脱いでいた人物を見つけ、シャオはぱあっと笑顔になる。

「キィ!」

 思わず名を呼ぶが、その名の持ち主は脱いだ外套を傍らの外套かけに引っかけているところで、シャオにはまだ気がつかない。
 そばまで駆け寄ったシャオは、キヴィルナズがようやく室内に向かおうと身体の向きを変えたところで目が合い、改めて微笑みかけた。

「おかえりなさい、キィ」

 口元をわずかに緩めたキヴィルナズは、シャオの頬をひとなですると、次に前髪を掻き分け、露になった小さな額に指先を滑らせてゆく。

「た、だ、い、まーー……うん。へへ……」

 当たり前の幸せに未だに手放しで喜んでくれる様子はとてもいとおしく、キヴィルナズはつい空いたままの額に唇を落とした。
 突然のことに一瞬かたまったシャオだが、理解はしているのでじわじわ頬が赤くなる。
 いつになっても慣れないうぶな反応に、キヴィルナズがふきだすように笑うのを見て、シャオは頬を膨らました。

「ひ、ひどい、またからかったでしょう。キィのいじわる」

 むくれたシャオがそっぽを向くと、ぽんぽんとなだめるように頭を撫でられる。
 それでもシャオがあちらのほうを向いたままで、本当に機嫌を損ねてしまったのかと慌てたキヴィルナズが顔を覗き込むと、目が合ったシャオが笑っている。

「おかえし、だよ。驚いた?」

 いたずらが成功した子どものように少し得意気に笑うシャオに安堵しつつ頷いたキヴィルナズは、力が抜けたようにシャオに抱きついた。
 それを受け止めながら、ごめんね、と悪びれることなくシャオは言う。

「リューナにね、どうすればキィにいじわるできるか、聞いてみたの。そうしたら、さっきみたいにしてみなさいね、って。さすがリューナだね」

 シャオに悪知恵をしこんだ小さな相棒からは、恐らく後で直接、あまりシャオをからかうんじゃないと注意がくることだろう。彼女とてキヴィルナズの気持ちがわかるはずだが、断然シャオの味方なのである。
 居間にいく途中で、ミミルとリューナは今日の夕飯に必要なパンをもらいに外出中であることをキヴィルナズに伝えた。
 机の上に残ったままの洗濯物を端に避け、キヴィルナズの荷物を置かせる。
 四日ほど前から呪術師としての仕事で一人外に出ていたキヴィルナズは、そのついでに家のものや薬草や、様々なものも補充すると言っていた通り、持っていった空の鞄が二つともぱんぱんに詰まっている。それを一緒に整理していると、突然目の前にふわふわとした白いものが現れた。

「わっ。どうしたのこれ?  お土産?」

 キヴィルナズは浅くうなずく。木を削って作られた長い棒に刺さっているそれを恐る恐る受けとる。
 ふわふわはシャオの顔ほどもある。これまでいったいどこにしまっていたというのだろうか。
 キヴィルナズのお土産はほとんど食べ物、それも主にお菓子だ。今回もらったまるで浮雲を刈り取ったようなこれも、見えないが菓子であるのだろうか。
 あえて何も告げず様子を見守るキヴィルナズにちらりと目線を向けてから、シャオは恐る恐るふわふわの匂いを嗅いで、あっ、と声をあげる。

「あまいにおいがする……っ」

 正体に勘づいたシャオが瞳を輝かせると、キヴィルナズはおもはゆげに笑うよう、目を細める。

「これ、食べていいの?」

 顔をあげたシャオの目線を受け、キヴィルナズはうなずく。そしてどこからともなくさらに二つ、ふわふわを取り出して見せる。ミミルとリューナの分も用意してあるという意味だ。
 だから、それはシャオ一人で食べてもよいのだと、穏やかな瞳に促される。
 シャオはおずおずと口を開いて、雲のような綿菓子にかじりついた。

「すごい……おさとうの味! こ、これまるまるひとつ、ひとりで食べていいの……!?」

 キヴィルナズが試食をしたときは、たったひとくちでも胸焼けを起こすかと思うほど、凶暴なまでに甘ったるいだけのただの砂糖の塊でしかなかったのだが、シャオにとってはむしろそれが感動的であるようだ。それもそうだろう、貴重な砂糖をふんだんに使った綿菓子など、とんでもない高級品だ。特殊な流通で手にいれたものであり、実際お土産としてはかなりの贅沢品なのだが、実は相当に稼いでいるキヴィルナズにしてみれば大した出費にはならない。
 それに、愛しい家族の笑顔には変えられないものだ。
 もの珍しさは理解していても本当の価値まては知らないシャオははぐはぐと頬張っていく。その幸福げな姿を見ているだけでキヴィルナズの胸は一杯になる。
 ふと、見られていることを思い出したシャオは、半分ほど食べ終えてから顔をあげた。

「へへ……あとはリューナたちが戻ってからにするね」

 全部食べちゃうところだったとわずかに頬を染めはにかむシャオを噛み締めるよう、キヴィルナズはぎゅっと目をつむる。

「キィ?」

 思わず浸っていると、袖が引かれる。目を開けると、どうしたの、と形作る口元に目が行き、無意識に吸い込まれていた。
 体温に溶けた綿菓子でべたべたになっていた口元が、伸びてきたキヴィルナズの舌先にぺろりと舐められる。

「きっ……キィ、っ! な、なんでそんなとこ……っ」
 のけぞり逃げようとするシャオの顎をとり、さらにぺろぺろと肌をなぞる。
 試食をしたときは甘ったるくてしかたなかった。それは今も変わらないはずなのに、ただただあまいのに、不思議と舌が痺れとろけるような熱が高まっていく。
 逃げるシャオを追い詰めるよう、キヴィルナズが一歩距離を詰めようとしたそのときだ。

「たっだいまー!」
「ただいま」

 玄関から声が響いた。
 びくりとシャオの身体がかたくなる。

「キィ戻ってきてんのー!? 今回のおみやげなにっ!?」

 ドタドタと響く荒々しい足音は間違いなくミミルだ。そしてあきれながらその後についてくるリューナの姿が容易に想像がつく。
 二人の姿が見える前、最後にシャオの唇をちろりと舌で辿ったキヴィルナズは、何食わぬ顔で帰ってきたミミルたちを出迎えた。
 帰ってきたキヴィルナズに喜ぶミミルに隠れるよう、ぽつりと呟く。

「やっぱり、キィはいじわる……」

 小さな小さなシャオの声に、どうやらまた別の仕返しを考えてやるしかないようだと、リューナは笑いながらため息をついた。

 

 おしまい

 

戻る main 

 

2018.2.9