物語完結後のお話


 

 仕事の都合で外出していたキヴィルナズが帰宅した際、その手には二つの飴玉があった。
出迎えたシャオたちは帰ってくるなり見せられたそれに、ぱあっと瞳を輝かす。

「あめ!」
「あ、飴……っ」

 二人の反応に満足した表情を浮かべたキヴィルナズは、紙に包まったそれをそれぞれに手渡す。お互い涎を垂らさんとする勢いでじっと飴玉を見つめていれば、様子を眺めていたリューナが苦笑交じりで食べてもいいと許可を出す。
 二人はすぐに包み紙から白く丸い飴玉を取り出し頬張った。途端に破顔するシャオたちを見てキヴィルナズたちも堪らず笑みを浮かべる。
 しばらくころころと口の中でそれを転がし、甘い味を堪能していると、キヴィルナズが着替えのために寝室へと向かった。手伝おうとシャオもその後を追いかけた。
 キヴィルナズの脱いだ服を仕舞い、荷物の片づけを手伝っているうちに、それらが終わる頃には口の中にあった飴玉は溶けてしまう。
 少し残念そうにしていれば、ふと視線を感じて顔を上げる。すると赤い瞳がじっとシャオを見つめていることに気が付いた。

「食べ終わっちゃった。飴を食べると、自分の口の中も甘くなったみたい。不思議だね」

 そういえば初めて飴を食べた時も、唾液さえ甘くなったと感じたことを思い出す。それも伝え笑っていれば、ふと疑問が浮かぶ。

「飴、キィの分は、ないの?」

 尋ねれば首が振られた。シャオとミミルの分だけでキヴィルナズの分はなかったのかと顔を曇らす。
 明らかに申し訳なさから落ち込んでしまったシャオに苦笑しながらも、キヴィルナズはだらりと下がった片手をとり、ある、とそこに指先で文字を書いた。
 なかったのに、ある。矛盾するそれにわけがわからずシャオは素直に首を傾げる。

「もう、食べたの?」

 もしかしたら帰り道にでも先に食べていたのだろうか。そう思ったが、またも首は振られる。それにますます頭を捻ってしまう。
 ならばいったいどういうことなのだろうと今度は反対に首を傾げ考えていると、不意にキヴィルナズの手が伸びてきた。
 顎に手を添えられ、顔が持ち上げられる。どうしたのだろうと視線の先にきた赤い瞳を見つめると、そこがゆっくりと近づいてきた。
 驚いているうちに、静かに唇が重なる。

「――っ、ん?」

 一度触れるとすぐ離れたが、顎に添えられた指が動き口を開かせる。そこからキヴィルナズの舌が口内に入り込んできた。
 奥に縮こまっていたシャオの舌に絡み、吸われる。

「ふ……ん、んっ――ぷは」

 これまで何度も唇を重ねあわせてきたが、いつまで経ってもシャオが慣れることはなかった。今もろくに呼吸もできず、キヴィルナズが顔を離したことでようやくまともに酸素を吸う。しかし一息ついたと思えば再び口が合わさり、入り込んでくる舌先は我がもの顔でシャオの中を堪能していていく。
 ようやく解放された頃にはもうすっかり息は上がってしまっていた。
 荒く息を吐く濡れたシャオの唇を親指で拭ってやりながら、キヴィルナズは小さく口元を動かす。
 キヴィルナズとは違い読唇術など心得ていないシャオであったが、彼がどんな言葉を告げたのか気づいてしまい、先程の行為もあって顔は真っ赤になる。
 何か言い返してやろうにも言葉は浮かばず、ただわなわなと動くばかりの口を結ぶと、熱くなった頬を隠すように目の前の男に抱きつきその胸元に顔を埋めた。
 きっと、シャオの口の中が飴の甘さを残していたように。今キヴィルナズの口もまた、ほんのりとその味が移っていることだろう。
 ――甘いな。
 頭の中で繰り返された、とろけるようなその台詞。
 ようやくキヴィルナズの分の飴がどこにあるのか悟ったシャオは、しばらく顔を上げることができなかった。


 おしまい

 

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2014/05/13