小話

 

本編完結後。くっついた後の二人。特に中身はなく、攻が浮かれているだけ。
診断メーカーのお題「キスするとでも思ったか?」から書いたものです。


 

 旅の道中、見晴らしのよい草原とその傍らに流れる細い川を見つけたシュカ一行は、ここで休憩をとることにした。
 馬たちを放し、あとはそれぞれ自由に過ごす。
 リューデルトは薬草の採取に向かい、ラディアはそれに付き添った。恐らくは、草原に残るリアリムとシュカに気を回したのだろう。
 宿になれば二人きりだし、シュカはだいたいリアリムの傍を離れることはないので、別にそんな気を回さなくてもいいとは思う。だが友のせっかくの好意をむげにするつもりもなく、野原に寝転がったシュカは、背中を丸めて書き物に勤しむリアリムの脇腹を指先で軽く突いた。
 ぴくんと身体が揺れ、赤い顔が振り返る。

「い、今書いてる途中なんだから、ちょっと待っててくれよ」
「わかってる」

 ごろりと寝返りをうち、腰を抱え込む。リアリムは不服げな表情で睨んできたが、シュカが目を閉じると諦めて視線を前に戻した。
 花についてまとめたものを手記に記す音がさらさらと聞こえてくる。
 旅に出るにあたり、リアリムはひとつの目標を決めた。それが花図鑑の作成だ。各地に咲く花を記録し、分布を調べている。
 将来は世界一の花屋を目指すのもいいかもしれないと彼は笑った。
 ただ世界を回るだけだったシュカたちの旅もまた、リアリムのお陰で別の目的を得た。そのため旅は非常に寄り道が多くゆったりとしたものになっているが、四人はそれで満足している。
 リューデルトはリアリム触発され植物の研究をするようになった、こちらは主に薬草を調べている。森の奥にいくこともあり、護衛としてよくラディアが付き添っていた。ラディアとしては町で飲み明かすことが楽しいのだと言っていたが、下の兄弟が多い彼はなんやかんやと世話焼きで、採取研究に没頭しがちでふらふら行ってしまうリューデルトの面倒をみるのが、口には出さないが彼なりによいらしい。時々薬効調査の実験台にされているようだが、それも仕方ないなと受け入れている。
 シュカとしては、生き生きとしているリアリムを見られる、ただそれだけでいい。どんなに美しい景色を見ても、美味しいもの食べても、沢山の人々に出会っても、後世に語られるような冒険があったとしても、隣で笑うリアリムがいなければすべてに意味がないのだから。

「これでよし」

 花の絵まで描き終えたリアリムは、大事にしている手記を丁寧に鞄にしまう。

「シュカ、終わったぞ。……寝ちゃったのか?」

 優しげにかけられた声にそっと目を開ける。

「ごめん、起こしたか?」
「いや、起きてはいた」

 だが、もう少しリアリムのほうで時間がかかっていれば寝入ってしまっていたことだろう。
 普段であれば人前や野営の準備ができていない外で眠ることなどないのだが、リアリムの傍ではつい気が緩んでしまう。
 まだ少し意識がはっきりしない。このまま寝てしまってもいいかもしれないとも思ったが、目を合わせたリアリムが微笑んだのを見て気が変わった。
 抱いていた腰を放して身体を起こすと、シュカの頭についていたらしい葉をリアリムがつまむ。

「あ、花に触れたんだろう。花粉までついてるじゃないか」

 くすりと笑って金髪に紛れる黄色い花粉を払ったリアリムは、ふとシュカと目を合わせて手を止める。
 手を伸ばし、リアリムの後ろ頭に手を添え引き寄せると、リアリムはぎゅっと目を瞑った。
 一瞬で茹で上がったかのようにさあっと鮮やかに染まった真っ赤な顔に、勇者はついふき出す。

「な、なに笑って……!」

 はっとして目を開けたリアリムは、さらに首筋と耳の先まで朱色に染め上げた。

「いや……おまえがあまりに緊張した顔をするから。キスすると思ったか?」
「――っそりゃ、あんなふうに近づかれたらするって思うだろうが!」

 これまで何度か身体を重ねても、なかなか初な反応が抜けきらないリアリムだが、ときに意地悪をしてくるシュカについに開き直る気になれたのだろう。
 珍しく言葉を詰まらせるでなく、正直に返してきたリアリムにシュカは手の甲で口もとを隠しつつ、再び笑った。

「笑うなってば」
「悪い。つい、可愛くて」

 本音を出せば、思いがけない言葉だったのだろう、リアリムは今度こそ言葉を詰まらせ、俯いた。
 目の前にある黒髪にキスをし、耳朶に口もとを寄せる。

「口づけしようとしていた。だが、あのまましてたら理性が保つと思えなかった」
「……だったら、しないままでいい」
「これだけ煽っておいてか」
「あ、煽ってなんて――っ」

 反論するために顔を上げたリアリムに唇を重ねる。
 すぐに離れれば、照れ隠しにリアリムが睨んだ。

「シュカはいつも余裕そうだな。ひとりで騒いでいるおれが馬鹿みたいなくらいに」

 少しからかい過ぎたようだ。リアリムはつんとそっぽを向いてしまう。
 それなりに長くともに旅しているはずだが、反応が返ってくるだけでも未だに嬉しくてついからかったり、構いすぎてしまったりする。とくに、こうして素直に気持ちを出してくれているときは気を付けないと、今にも口元がほころんでしまいそうだ。
 怒る姿ですら愛おしいと思うのだから自分でも始末が悪いと理解はしていた。不愉快な思いをさせたいわけではないのでリアリムを怒らせないようにと反省しているはずなのに、これまで何度も繰り返してしまっている。
 リアリムが本気で憤りを覚えているわけではないとはわかっているが、いつ我慢の限界を迎えるかもわからない。そうなればきっとシュカの傍にはいてくれないし、いることさえも許してもらえなくなってしまうかもしれない。
 あり得ない未来ではない。最後は自分で自分の首を絞めてしまうと、そうわかっているはずなのに、ともに旅をすることができていて、そのうえ想いが通じ合った幸福に未だ浮かれ落ち着かないのだ。
 過去の、あのときを生きていた自分が今の己の姿を見たら、なんと思うだろう。
 きっと内心では苦虫を噛んだような気持ちになりつつ、なにも言わず、ただすこしだけ眉を寄せるだけだろうか。こんなものは自分でないと否定するだろうか。自分も人らしい心があるのだと安堵するだろうか。
 それとも、なにも言わずただ羨むだろうか――

「余裕などあったときはない。いつも考える。どうすればおまえがおれのほうを向くか。どうすれば笑うか。どうすればおまえが幸福を感じるのか。いつも、いつでも考えている」

 シュカは後ろに倒れ込み、頭の後ろで両腕を組んだ。

「とは言え、少しからかいすぎた。悪かった」

 もうこれでおしまいだと、両腕を封じたシュカにリアリムの上半身が覆いかぶさった。
 そうっと唇を重ね、シュカの瞳を覗き込む。
 ごめん、という謝罪は互いに求めていない。だからこそ言葉の代わりに甘えてきた恋人のおかげで、赤い瞳に映る己の姿は随分だらしなく緩んだ表情をしていた。
 リアリムの黒髪に手を差し込み、親指で耳の裏を撫でると、重なる身体の重みが増した。淡い愛撫の心地よさに眼差しもとろんとゆるみ、目元が赤らむ。

「……シュカ」
「もう少しだけ」
「――ん」

 そろそろ切るかとぼやいていたリアリムの髪が落ちてきて、肌をくすぐる。
 互いの吐息を奪い合いながら、もっと近くにきてほしいと願ったシュカは、リアリムのすべてを感じられるように、彼の腰を引き寄せる。
 シュカの上で四つん這いの状態になったリアリムはすぐにでも逃げたそうだ。しかしシュカが名前を呼ぶと、花が蜜を垂らすようにとろけるように微笑んだ。
 普段はどこにでもいるような普通な男の、蕾の花が開くような鮮やかな変化は、何度見たって抗えないほど強く惹かれる。
 リューデルトとラディアが割り込むまではもう少し蜜を味わっていようと、シュカは柔らかく笑む彼にキスをした。


 おしまい



見守るふたり

「いやー、こまっちまうなあ」
「すっかりわたしたちが戻ってくることを忘れておりますね」
「いや、シュカのこったからあいつはわかってんだろ」
「その上で止める気はないと」
「リアリムのほうが珍しく甘えてんもんな――っと、あんま見てると後でシュカがうるせえな」
「まったく、困ったものですね……そろそろ出ませんと今日中に町にはつきませんよ」
「お、おれを見るなよ……やだよ今回のやつ、あんな甘ったるい雰囲気だぜ。あれ確実に後でシュカに蹴られるじゃねえか」
「どうせなら宿でゆっくりとでもお伝えすればよろしいのでは」
「おまえが言えって」
「知ってましたか? 実は食料がほぼほぼ尽きておりまして、このまま野宿でも構いませんが、夜は薬草スープです。しかもここら一帯にあるのはえぐみ強めです」
「わかったよ! 行けばいいんだろ、行けば! 骨は拾えよ!」
「ええ、お任せください」

 

 おしまい


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