シュロンに絵皿を与えた日から、彼のもとを訪れる時には気まぐれに戦利品を持っていくようになった。
どれもリスクを負いながらも手に入れたものだ。ただ見せびらかすだけであの欠けた絵皿のように差し出すことはしなかったが、シュロンもそれで十分だったらしい。欲しがることは一度もなく、いつも目に焼き付けるように長く眺めるだけだった。
その姿に何度も声をかけようとした。けれども言葉にはならず、いつも飲み込むばかりで何も告げられなかった。
今日もシュロンのところで休息をとった後、王都に戻り馴染の店に足を向けているところで、ノノの行く先を阻むように人の男が現れた。
「よぉ、ノノ。今日のお散歩はもう終わりか?」
壁に寄りかかりながらにやにやと意地の悪そうな笑みを浮かべているこの男は、以前からよくノノにちょっかいをかけてきている同業者のゲントだ。
同じ盗人ではあるが、狩場は違う。ノノは裕福層が狙いで、男は民家に忍び込む。獲物の取り合いになることはまずないし、関わること自体そうないはずだが、相手はいつも小馬鹿にしたような嘲笑を浮かべて絡んでくる。
彼と何かあった記憶はないが、あからさまな態度を好ましいと思えるはずもない。
「てめえに関係ねえだろ。どけよ」
愛想を振りまく気にはなれず、道を塞ぐ男を苛立たしく思いながら睨みつけた。
「そんなおっかねえ顔するなって。お綺麗な顔が台無しだぜ?」
心にもない軽口を叩きながら指先が無遠慮に頬に伸びてこようとしてくるのが見えて、咄嗟に後ずさってゲントと距離を開ける。
空を切った指先をさも残念そうに自分の顎に持っていくと、口元を歪めるように笑った。
「なあ、あんな場所に何があんだよ? とっくの昔に調べつくされて、もう誰も見向きもしないようなおんぼろ神殿なんかにさ」
人目をはばかるようにしながら朽ちた神殿に荷物を運ぶ司教――ノノも情報屋から仕入れた情報だ。当然他にもそれを知るやつはいるだろうし、実際ノノがシュロンのもとで過ごしている時も侵入者が来たことが何度かあった。
ノノが散歩をしていると揶揄したこの男も、その目的を知っていて声をかけているのだろう。
「なあ、手こずってんだろ。オレにも手伝わせろよ。分け前は半分までとは言わないからさ。結構器用だから役に立つはずだぜ?」
だから手を組もうじゃないか、と高みから見下ろすような態度のまま出された提案に、どうして応じてもらえると思えるのだろうか。
一般人相手の泥棒であるゲントは、盗めそうなタイミングがあればいつだって狙いにいく。突発的な盗みも多く、確かに器用にこなしているだろう。対してノノは入念な下調べと綿密な計画のもとに盗みを行う。たとえ協力したとしても、手順を決めて動くノノを臨機応変に対応できないだけの頭でっかちの技量不足だと見下しているこの男が、あれこれ勝手な行動を取るのは目に見えていた。
相手を壊滅させるような盗みはしない。不必要な暴力もしない。身の安全を優先し、深入りはしない。それはノノが盗むにあたって自分に定めているルールだ。
相手を追い詰めただけ自分の身に返ってくる。それが自らを滅ぼす結果となりかねない。だから多少悔しい思いをしてもまだ諦められるくらいの被害になるよう調整をしていた。
しかしゲントは違う。相手の貧富の程度に限らずあるだけ奪い、目撃されたら容赦なく命まで奪う。盗みに入った先で居合わせた女を犯して殺したこともあると聞いた。
盗みをしているのはノノも同じで、傍から見れば男とそう変わらない。それでも、たとえどんな大きな儲け話が上がって、誰かと手を組まなければならないとしても、この男の手だけは絶対にとらない。そうなるくらいなら諦めたほうがよっぽどマシだ。
「あそこにはなんもねえよ」
「そう冷たくするなよ。そう何度も通ってるってことはそれだけ諦めるには惜しいってことだろ。協力したほうがおまえのためにもなるはずだぜ。金は欲しいだろ?」
「だからてめえの勘違いだ。確かに俺はあそこに行ってるけど、別荘にでもしようかと思ってるだけだよ。確かになんかねえかと探ってはいるけど、今の所なんも見つかってねえ」
下手に足を運んでいることを否定するより、認めたうえで一番それらしい嘘を吐けばいい。もっとも、一眠りしに行っているだけだから別荘にしようとしているというのもあながち間違いではないのだが、どうせ本当のことを言っても信じないだろう。
だがたとえゲントが信じたとしても、ノノはそのことを言うつもりはない。単純に必要以上に口を利きたくなかったし、あの不思議な地下の大木を、なによりシュロンの存在を口外したくなかった。
「こんなごみごみしている王都より、よっぽど静かだしな」
「ふうん」
どこまで男が情報を得ているかはわからないが、何も教えるつもりはない。
含んだ笑みを浮かべたゲントに、決して信じているわけではないということだけはわかった。
けれどもこれ以上付き合うつもりはない。
もういいだろ、と言ってゲントを避けて進んだノノは、そのまま足早に男のもとを去る。
「……おい、ノノ! おまえだって所詮はオレと同じなんだから、そう嫌ってくれるなよ。いつでも声をかけてくれよなあ!」
仲間だろお、とひとりで声を上げて笑う男に、そんなんじゃないと言ってやりたかった。
だが言い返して何になる。思わず踏みとどまりそうになった足を無理矢理動かし、角を曲がってしばらく進めばやがて背中に張り付いていた男の気配も薄れていく。
笑い声も聞こえなくなり、ようやく静かになった周囲に安堵する。けれども苛立ちは消えずにいた。
ノノが自分を嫌っていることをゲントはわかっているはずだ。それでも手伝いだと話を持ちかけてきたのは、ノノがどれほどお金を欲しがっているか知っているからだ。
そのためには自分と手を組むことも厭わないと考えたのだろう。
――確かに、金は欲しい。
普通に働いているだけでは足りないから盗みもする。だが命の危機に直面するような切羽詰まった理由ではないので、状況を選ばず盗みをするほどではないことまでは知らないのだろう。
ただ自分の夢を叶えるために金が欲しかった。
それはきっとあの男も同じだ。ノノのように夢があるのか、働くのが嫌なのか、理由はどうであれ金が欲しいから盗みをする。
だからノノもあの男も大して変わらない。彼のほうがより残虐なだけで、ただそれだけなのだ。
―――――