使い魔は自慢したい!

※番外編『愛の証はいくつでも』の内容とリンクしている部分がありますが、未読でもお読みいただけます。



 塔の片隅でひっそり行われる使い魔定例会議。
 そこでは様々な種の動物たちが顔を揃えて、魔術師団長の第一の使い魔である黒犬を中心に話を進めていた。
 使い魔会議とは実のところ、出不精だったり他人との接触を拒んだり、仕事に熱中しすぎたりする困った主人の代わりに、使い魔たちが代打で情報交換を行う場である。――というより元は魔術師の会議だったものが、使い魔に役目を押しつける者が続出して、結果として使い魔ばかりが参加する会議になってしまったというのが正しい。
 会議が終った後は解散するが、中には場に留まり、ちょっとした会話を楽しむことがある。
 内容は主に普段は口にできない主人の話だ。同じ立場の者になら打ち明けられる鬱憤晴らし等を行ったり、反対に目立ちたがらない自分の主の自慢話をしたりする。
 愚痴は使い魔使いが荒いだの、主の引きこもりや不摂生を嘆くだの。自慢は主に功績の話になるが、チィだけはいっぱい撫でてくれただの、新しい腹巻を作ってくれただの、繰り返される日常のことをいつも嬉しそうに語っていた。
 使い魔としては中堅に入り、もう初々しい気配が消えてもいいはずなのに、ずっと変わらず主がひたすらに好きだと言うチィの様子は皆からほっこりされることも多く、手先が器用な元人間のダイナなどはよく大きな手で小さな頭を撫でていた。
 そんなこんなで実はチィのせいでよく話題に上がるノアだったが、最近はその名の他にもう一人の名が並べられる。

「まさか、あの二人が本当にくっつくとはなぁ」
「うちの主も、ヨルドさまの執念だって言ってたよ!」
「あんまりにもノアが靡かないというか、気づかないもんだから、いつそこいらで実力行使で襲い出すか心配だったってさ」
「むっ! ヨルドさまはノアさまに無体にゃことしません! ヨルドさまはチィとおにゃじくらいノアさまを大事にしていて、チィとおにゃじくらいノアさまが好きにゃんですから!」

 ぽん、と尻尾で床を叩いたチィに、周りの使い魔たちはわかっていると笑った。

「あれだけ冷たくあしらわれても忍耐強くノアを口説いていたことをみんな知っているんだから、主の冗談だよ」
「むしろそこいらで襲い出すような人じゃ、あのノアの牙城は崩せなかっただろうからな」

 チィは知らなかったが、実はノアが入る前からいる魔術師たちは皆、ヨルドが想い人に振り向いてもらうために塔に通っていたことを知っていたらしい。
 人間との接触に興味はなくても、人間の行動の観察なら気になる彼らは、すぐにヨルドの恋心を見抜き、なんとかノアを懐柔しようとしては失敗しているのを見ていたという。
 そこに婚約腕輪の騒動だ。それを逃すような男でないと知っていたが、まさかものにしてしまうとは。
 彼らは副長が激務であるということは知っていた。ましてや王族の縁故の噂もあり、異例の若さの昇格ということもあり、なおのこと少しでも手を抜けば糾弾される立場にある。
 そんなヨルドが雑務のために魔術師の塔に来て、事ある毎に関係のないノアのもとにまで足を運んでいるのだから、目的は容易に見当がついた。
 しかしヨルドが仕事で手を抜いたという話は聞かない。それに恋にうつつを抜かして職務放棄していても居座り続けられるような場所ではないので、きちんと誰もが納得する形で仕事をこなしていた上でノアのもとまで来ていることまで理解していた。
 十年以上もろくに相手にされなかったのに、諦めずに追い続けてついには好機を得てあの頑ななノアを落としたのだ。その忍耐強い執念は使い魔たちも知るところだった。

「それで、また何かあったか?」
「あっ! この間は、ノアさまがヨルドさまに爪切りしてもらってました!」

 先日の夜の話だ。ノアは自分で切ると言い張ったが、残念ながらヨルドのにこやかな実力行使に敵わず、まるで騎士にかしずかれる姫のように丁寧に手を取られて爪を切ってもらっていた。――実際は力比べに負けて疲れ切ってぐったりしていただけなのだけれど。
 ヨルドも、「別に切らなくてもいいのに」と言いつつもノアの世話を楽しそうに焼いていた。

「あー……あれのせいか。すごいって噂になってたもんなぁ」
「あれを堂々と晒すヨルドさまの度胸もすごいよな」
「というかあれは、いいだろうって見せびらかしているのもあったんじゃないかって話だよ」
「さりげなさを装ってガッツリ牽制してくるのほんとすごい……」

 使い魔たちが顔を寄せ合ってぼそぼそと呟く言葉の意味はよくわからなかったものの、とりあえず「すごい」とヨルドが褒められていると思ったチィは機嫌よく胸を張る。

「その後だって、『これでぎゅっとしてくれるね?』ってヨルドさま、ノアさまの指先にちゅうしたんです! ノアさまのお顔真っ赤ににゃって可愛かったんですよ!」
「あのノアが……まあ、免疫ないものな……」
「そりゃヨルドさまも構い倒したくて仕方なくなるわ」

 使い魔たちは感慨深げに頷き合う。
 年嵩の魔術師たちは、まるで意地を張るように意図的に人を嫌っていたノアに気づいていた。けれども自分たちではどうすることもできなかったし、それで救われることもあると知っているのでただ時が流れるままに見守ってきた。
 ただ、そこにヨルドの存在があったことにも気がついていた。ノアが把握するより前に、ヨルドの視線の先に事情を察して、それもまた流れるままにと様子を見ていたのだ。
 ノアが変化を選ぶならそれでよし。不変を望むのであれば、またそれも致し方なし。だからヨルドが何をやろうとしてもそのままにしてきたが、もし仮にノアを傷つけるようものなら、同じ職場の仲間として対処する準備はあった。
 十八の頃から塔にやって来て、瞳を輝かせ魔導具の研究に打ち込むノアを見てきた。顔を合せてもろくに挨拶もしないような間柄であっても、年が離れていても互いに認め合っていたし、魔術師同士なりの歪な絆くらいは存在している。
 結局のところ収まるところに収まり、ノアもまんざらでもなさそうなので、使い魔たちは主である魔術師とともにまた時の流れを見つめるだけだ。
 ――が、研究馬鹿な魔術師と違って使い魔たちは他人に興味がある。

「チィの前でも堂々とイチャコラしてるのか?」
「チィはいいって言ってるんですけど、ノアさまが恥ずかしがってしまって……」
「爪切りって言ったって、毛づくろいの一種みたいなもんなのにな」
「ちゃんと言ってくれればチィだってお部屋出るのに。人間ってにゃんぎにゃものですね」
「まあノアじゃ、今からやることやるから席を外してくれとかって言えないよな……」
「なあなあ、他にヨルドさまはどんな世話を焼いているんだ?」
「他にはですね、寝起きのノアさまの顔を拭いたり、着替えを手伝ったりもしてます。起き抜けのノアさまはほやほやしてるので、いつもよりすにゃおにヨルドさまの言う事を聞くんです。あっ、チィのお腹にも着せてくれますよ! その後は朝ご飯ではチィに少し温かくしたミルクをくれて――」

 滅多にない身内の中でも派手に人を嫌っていた男の色恋沙汰、しかもその相手が国の花形騎士団の副長ヨルドで、さらには長い片想いを実らせたとあっては面白くないわけがない。
 ノアに聞いたところで絶対教えてくれないことであっても、その使い魔であるチィは嬉しくてたまらないと言ったように教えてくれるので、こうしていい情報源とされている。
 使い魔たちに言いふらす気はなくはまったくなく、ただあのノアの恋人に対する態度と偏屈魔術師をいなすヨルドの手腕への興味、そしてチィへの微笑ましさで聞くだけだが、まあいい暇つぶしにされているというわけだ。
 そうとも知らずに楽しげに語るチィの隣でダイナは、そこまで話したことがバレたら後が怖いのでは……? もし、この会話をチィがうっかりノアに話してしまったら? などと想像しておろおろするも、主たちの仲睦まじい様子に頷いてもらえる悦に浸るチィが気づくことはなく。
 そして、ダイナが危惧した通りの事態がその夜に起きることになる。
 
 
 ―――――

 
 チィはヨルドの膝の上で伸び切っていた。
 くるくると頭を撫でる指先に喉を鳴らし、前足をだらしなく投げ打つ。
 今宵もヨルドの部屋に泊まる予定だが、ノアは仕事の報告で後から来ることになっている。
 それまでヨルドを独り占めしていると、勢いよく部屋の扉が開いた。
 足音でノアだとわかっていたチィは、顔を上げて「おかえりにゃさい!」といつものように言おうとしたが、その前にノアがくわりと口を開いた。

「チィ! おまえ、会議の際に私とヨルドの話をしていたのかっ!?」
「えっ、だめでしたか……?」
「だめに決まっているだろう! あることないこと吹聴するな!」

 ないことを話したことはないが、でもノアに怒られていることは間違いない。
 あまりの剣幕にチィは、伸び切っていた前足を縮こまらせてぺたんと耳を下げた。

「ご、ごめんにゃさい……」

 今にも泣き出しそうに萎縮したチィを背を撫でながら、ヨルドは立ち上がり肩を怒らせているノアの傍まで歩み寄る。

「ノア、落ち着いて。どんな話をしたと聞いたんだ?」
「落ち着いてなどいられるものか! おまえが勝手にした爪切りの話だの、私が世話を焼かれているだの……っ」

 短い言葉にノアの怒りの理由を察したヨルドは逡巡した後、顔を伏せるチィに優しく声をかけた。

「どうしてチィはおれたちの話をしたんだ?」

 怒りっぽいノアだが、本気でチィを叱ることはそうない。そんなノアの怒気にあてられて縮こまっていたチィだが、ヨルドに撫でられているうちに少しだけ顔を上げた。

「だ、だって……チィ、嬉しかったんです」
「……嬉しい?」

 思いがけない言葉にやや溜飲を下げたノアが繰り返した。

「だって、一度はもうだめにゃのかにゃって思ったお二人が、今はにゃかよしに戻れたんですよ……? チィはそれがすごく嬉しいです。ノアさまとヨルドさまの足の間にぎゅっと挟まって、二人ににゃでてもらえるのが大好きで、みんにゃにも自慢したかっただけにゃんです。ノアさまたちが仲いいのも、みんにゃいいねって、笑ってくれるから……」

 きっと人の姿であれば泣き出していたであろうチィの言葉に、過去不安にさせてしまった自覚のある二人は言葉を詰まらせた。
 朝まで仲良くしていたはずの二人が、いきなり仲違いをしたのだ。その後すぐにヨルドは国を出なければならず忙しくしていたし、ノアは大好きなはずの仕事にも身が入らない様子で、チィがどれだけ心配をしたことか。
 今となっては誤解も解けて、以前よりもより深い仲良しとなれたことを、チィは心の底から喜んでいた。
 仲間からよかったねと祝ってもらえることが本当に嬉しかったのだ。

「で、でも、ごめんにゃさい。ノアさま、そんにゃに怒るくらい、いやだにゃんておもわにゃくって……チィはノアさまの使い魔にゃのに、ノアさまにいやにゃ思いをさせました。使い魔失格です……」

 ノアに向ける顔もないと、チィはヨルドの腕の中で揃えた前足に額を押しつける。
 その背を、またもヨルドがそっと撫でた。

「チィがおれたちのことを自慢したいくらい喜んでくれて、誇らしく思ってくれたことは嬉しい。でもなかにはおれたちだけの秘密にしておきたいこともあるし、全部筒抜けになってしまうのも恥ずかしいな。ノアもそうだろう?」
「そ、そう、だな。おまえだけならまだしも、誰も彼もに知られるのは、気まずい……」

 ヨルドに促された頃には、ノアの怒りはすっかり萎んでしまっていた。
 勢いのまま怒鳴ってしまったが、その理由はまさか恥ずかしいからだったとは、ヨルドのように正直に言えるはずもない。
 情けないとか、さすがにそれはやりすぎではと思わせられるヨルドの行動を諌められなかった自分にも問題はあるが、あくまでそれはノアとヨルド、そしてチィしかいない場所だったからまだ諦めもついただけで、それを吹聴されるとわかっていれば許さなかったことだ。
 いくら話をしたのが噂を広めることはない相手だったとしても、個人的なことまでべらべらしゃべる軽い口はしっかり結ばせるべきだと思ったが、予想以上に猛省する様子を見れば、ましてやどうして話してしまうのかを聞いてしまえば怒りを保ち続けることはできなかった。
 しかし、素直に怒りすぎたと言うこともできないし、実際に吹聴されるのは困る。
 そこでいつもノアを丸めこむようにチィを宥めようとするヨルドに任せることにして、言葉を探しながら答えた。

「チィだって、自分の失敗とか、決まりが悪いと思ったことを、きみの可愛らしさを伝えるためだとしてもみんなに話されるのは嫌だろう?」
「……失敗するチィは可愛くないです」
「多分、ノアもそう思っているんじゃないかな。チィはこんなノアも素敵だと思っても、ノア自身はそんな自分を認められないかもしれない。そうだろう、ノア」
「ま、まあ、な」

 ヨルドの言葉に、はっとしてチィは顔を上げた。
 チィはヨルドに甘やかされて戸惑うノアも可愛いと思っていたが、そういうところは恥ずかしがり屋な主がそれを周囲に言われたいわけがない。
 二人の仲の良さがどんどん深まっていくことについ舞い上がって浮かれてしまっていたが、すっかり失念してしまっていた。
 やっぱり主にとって恥と思うことを広めてしまった自分はだめな使い魔だとへにょんと下がる耳を、ヨルドの指先がそうっと撫でていく。

「でもチィがみんなに自慢したい気持ち、わかるよ。おれだってこんなに愛らしい恋人がいるんだ、羨ましいだろう、って見せつけてやりたいくらいだから」
「おまえ、どさくさに紛れて何を……」
「でもやっぱり、秘密にしたほうがいいこともある。ノアがいやだと思うならなおさらね。だからチィが話したいと思ったことは、まず相談してみるのはどうだろう? それでノアがいいよって言えば、みんなにたくさん教えてあげるんだ。ノアも、それでどう?」
「……まあ、少しくらいなら」

 本当は嫌だと言ってしまいたいところだが、チィの想いを汲むなら今回の着地点はそこだろう。
 すべてをだめだと言えばこれまで散々言ってしまったノアたちの話を振り返りチィはなおさら落ち込んでしまうだろうし、純粋に祝福してくれている気持ちも拒絶してしまうことになる。かと言ってチィの判断に任せればとんでもない話が広りかねない。
 ヨルドの手を頭に置きながら、そろりとチィは顔を上げる。

「じゃあ、どんにゃことにゃら、はにゃしていいんですか……?」

 今後の基準となりかねない線引きにどう答えたものかと悩んでいるノアの手をヨルドが取る。
 そのまま口元に引き寄せられた短く爪を整えられた指先に、ちゅっと軽い音を立てて口づけられた。

「いつも通り、二人はとても仲良しですってことなら言ってもいいんじゃないかな?」
「それにゃらいいですか!?」
「~~~~っ!」

 ようやく輝きを取り戻した青い瞳とほくそ笑みに細められた蒼い瞳に見つめられるも、答えることができずにノアは声なき悲鳴を上げた。

 おしまい


・おまけ

魔術師たちとその使い魔たちが、ヨルドがノアの尻を追いかけていたことを実は知っていたことをチィから報告を受けたノア。
 
「……爺たちは知っていただとっ?」
「ヨルドさま、時々街のお菓子を配っていたそうです!」
「買収までされているじゃないか!」
「ノアは彼らにとって孫みたいなものだから、まずは口説く許可をと思ってね」
「年齢の差だけの話じゃないか。そんな情があるわけないだろう」
「はは、ノアは本当に自分のことには鈍感だな」
「誰が鈍感だ!?」
「でも、おれがずっと追いかけていたこと、最後まで気づいてくれなかったじゃないか」
「それは……っ! おまえのやり方が悪かっただけの話で、あんなもの誰だって気づくものかっ」
「わりとわかりやすくちょっかいかけていたつもりなんだけどな」
「ノアさま、ノアさま」
「なんだっ」
「今のみんなにはにゃしてもいいですか? 自分の能力評価はばっちりにゃのに、好意には鈍感にゃノアさまは可愛いってこと!」
「な、何をどう聞いたらそんな解釈になるんだ!? ヨルドに毒されるんじゃない!」
「仕方ないよ。おれもチィも、ノアが大好きだから。ね?」
「ねー、です!」


 おしまい

 2021.9.29

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