14

 

 ルフィシアンとの会話が増えたおかげか、どうしても壊すことのできなかった最後の壁がなくなったように思える。
 物理的な距離が近くなったわけではない。予期せず身体を重ねてしまった気まずさは最初こそ残っていたが、お互いにいつも共有する場所にいるようになったし、あれこれ自分の思いを伝えられるようになり、誠士郎は必要以上に気遣うことを止めた。苦手なことは苦手と言うし、その代わりルフィシアンにも遠慮されることを嫌がったことで、友として親しくなれた気がするのだ。
 誠士郎のあげた大阪府の観光パンフレットを持ち出して、そこに映る写真や、人々の様子をルフィシアンのほうから尋ねてくることがあったし、ファルドラは案外話好きだったようで、ようやく黙らなくてもいいことを喜んでいた。こっそりとルフィシアンは雷が苦手だということも教えてくれた。スィチは相変わらず子どもらしく狼っぽさを感じさせない無邪気さで構ってほしいとやってくるし、なにも誠士郎だけが親しさを感じているわけではないと思う。
 ルフィシアンからは、この世界マラン・ディナランの言葉を教わるようにもなった。
 ただ腕輪を外すだけで言葉がわからなくなるので、ルフィシアンを辞書代わりにしてノートに意味や発音を書き記す。それがいかに無駄な行為であるか知ってはいたが、まったく知らない言葉を覚え、苦労しながらも聞き取ったものの答えが合っていたとき、とても嬉しく満足感があったし、ルフィシアンも楽しそうだったのだ。
 これが刹那と知っていたからこそ、みな悔いがないように振る舞ったのかもしれない。
 誠士郎がもとの世界に帰るまであと五日となった頃だった。
 ルフィシアンはスィチを抱え、困った様子で誠士郎のもとへやって来た。

「すまない、セイ。一晩家を空ける」
「急だな」
「きみを帰すために必要な素材を、スィチがひっくり返してくれてね」
「わんっ」

 へっへっと舌を出し興奮した息遣いをするスィチは、顔がびっしょりと濡れている。ひっくり返したものを浴びたのだろうが、反省した様子はなく、遊びたそうに尻尾をぶんぶん振っている。
 被ってしまってもとくに害のないものであるようだが、素材はすべて無駄になってしまったらしく、その採取に出なければならないということだった。

「ぼくがいない間、セイには申し訳ないけれど家から出ないようにしてほしい。ご飯の用意はしておくし、ファルドラを残していくから、なにかあったらあの子を頼って。明日の昼頃に家を出て、次の日の同じくらいの時間に帰ってくるつもりだから」
「なあ、それおれも行きたい」

 誠士郎の申し出に、ルフィシアンは目を瞬かせた。

「ずっと家に引きこもってたし、折角なら最後にこの世界をもう少し見てみたいなって思ってさ」
「だめだ。近場とはいえ、きみになにかあったらいけない」

 きっぱりと拒否される。しかし、だめと言われればよけいに行きたくなるのが捻くれ者の性なのだ。

「近場ならいいじゃねえか」
「危険がまったくないわけじゃないから」
「あんたがいないあいだ、ガヴィみたいなのがまた来たら?」
「それは……」

 ルフィシアンは召喚魔法の次に、封印魔法を得意にしているのだという。客人を街に送りに行く際など、自分が家を空けるときには封印魔法を応用した魔法防御壁を張り誠士郎を守っていたというが、ガヴィなどルフィシアンの魔法のくせを知るものであれば簡単に外してしまえるらしい。
 ファルドラによればルフィシアンの友人は奇人が多いらしく、いつまたガヴィのような奇襲があるともわからないらしい。いつも来るときは突然なのだと言っていた。

「それに、だめだって言われても追いかけることはできるんだぜ」

 これ以上押しても渋るようであれば、大人しく引き下がろうと思っていたが、ルフィシアンは小さく溜息をついた。

「まったく、きみは。いいよ。その代わりに絶対に傍を離れないと約束してね」
「マジでいいの? やった!」

 苦笑して承知したルフィシアンの様子から、実際に誠士郎が行ってもそれほど支障はないもので、単にルフィシアンが心配していただけのことだとわかり、素直に喜ぶ。

「前にも言ったけど、この世界には魔獣がいるんだ。とはいえ今回の道には凶暴な種はいないけれど、言うことはきちんと守ってね。セイになにかあったら、ぼくは後悔するどころの話じゃない。ついてくるなら、ついてくる責任をまっとうすることだ」

 誠士郎に抱えた想いを吐露したあの日から、ルフィシアンは開き直って堂々と気持ちを露わにするようになった。好きだ、と直接言ってくることはないものの、ふとしたときに言葉の端々で誠士郎を想って止まないのだと訴えてくる。
 そんなとき誠士郎は狼狽えるしかできない。
 だがルフィシアンもそれに気づき、それ以上想いを重ねる言葉を口にはしない。

「――約束だよ?」
「わ、わかったよ!」

 好きであることを押しつけはしない、と宣言したとおり、今も誠士郎の戸惑いに気がつき、ふっと笑って解放してくれた。

「よし。なら服を買いに行こうか。セイの背丈に合わせたものを用意しないとね」
「え、いいのか?」
「たくさん歩くのに、今のままじゃ動きづらいだろう?」

 誠士郎は自分の身体を見る。ルフィシアンから借りたぶかぶかの服を着ていて、手足の裾を捲らならなければならない状態だ。
 確かに、行けないことはないが、歩きにくくはある。

「……実を言うとね、本当はもっと早くに買ってあげなくちゃとは思っていたんだ」
「別に帰っちまうんだから、家で過ごす分にはこれで十分だったよ」

 体格の差が顕著に出てしまっているので男として妬ましく、まったく抵抗がなかったわけではないが、今となってはゆったりとしたのが慣れてしまっている。
 もし服を買うにしても、金を出すのはルフィシアンだ。一か月ほどしかいないのに、そのあとは使用しなくなるものに余計な出費は不要であると考えても、その通りだと誠士郎だって思う。誠士郎とルフィシアンの立場が違えば、ぴちぴちの服があまりに可哀想になって買ってやると思うが、多少不格好でも着るものはあるのだ。
 一人納得する誠士郎に、ルフィシアンは気恥ずかしそうに目を逸らした。

「そうじゃなくて……その、ぼくの服を着る誠士郎がなんだか可愛くて」

 へへ、と照れくさそうに告白をしたルフィシアンに、誠士郎はそっちかあ、と内心で唸った。
 確かに誠士郎自身、己の姿を見て、これが自分のシャツを着た彼女だったら、と想像したことがあった。それがルフィシアンとっては、想い人が自分のシャツを着ているという光景で、いわゆる眼福であったというわけだ。
 男から恋愛対象として見られたことのない誠士郎は、自分を可愛いと本気で言っている男がいることを思い知らされる。

「……あんたって、案外むっつりだよな」
「ご、ごめん。いやだった?」

 未だにそんな目で見られているという実感がわかないが、今の姿でさえ喜ばれていると思えば、慣れた格好が妙に気恥ずかしい。そのことを気取られるのは悔しいので、平然を装う。

「――別にいいぜ。許したのはおれだし。隠してんのだってつらいだろ」

 女性的な要素は一切ない自分を可愛いということには到底納得はできないが、相手に気持ちを知られている上で想いを見せないようにしなければいけないのは気を遣うことであるというのは理解できる。
 誠士郎からしても、気遣われることに気づけば申し訳なかったり、どう思われたりしているのかわからず落ち着かなかったりする。気持ちは受け取れないと言った上で許しているので、こうして言ってもらえれば恥ずかしさはあるのもの、ルフィシアンもいっそ曝け出したほうが気を楽にできるのならそれでいいと思うのだ。
 すました振りをしつつも赤くなっている頬は、きっとルフィシアンには見えているだろう。

「……セイは本当に格好いいね。こうして話せるようにならなければわからないことだった」

 初めての褒め言葉は、けれど不思議と嬉しくない。

「それじゃあ、早速買いに行こうか。今お金を持ってくるからちょっと待っていて。あ、スィチ持っていて」
「ああ、はい」

 スィチを受け取った瞬間、釣りたての生きのいい魚のように腕の中で跳ねる。嫌がっているわけではなく、誠士郎に抱っこされて大興奮しているのだ。
 嬉しそうに二階の自室に向かったルフィシアンを見送ったあと、スィチの背中に顔を埋める。

「――結構、ひどいやつだと思うけどな」

 ぽそりと呟く言葉は、ふわふわの毛並みに埋もれていく。
 好きでいていいと言いながら、それを受け入れられないときっぱりと拒否をした。だからといって離れられるわけでもなく、これまで以上に親しくしている。
 中途半端に距離を詰めているが、それでも誠士郎はもうすぐここからいなくなってしまうのだ。誠士郎自身もそれが恋慕でなくても情はわくし、親しくなるほどに別れがつらくなる。ルフィシアンとてそれは同じことだ。むしろ、誠士郎を運命と信じた彼のほうが苦しむのではないか。
 本当は、適度な距離を保つべきだった。けれどルフィシアンがあと少しの付き合いだとしても、自分の想いを受け止めてもらえないとしても、すべてを理解した上で誠士郎を好いて傍で嬉しそうに笑うから、だから誠士郎も彼の強さを口実に甘えてしまう。
 格好いい、だなんて。可愛いと言われるくらいに誠士郎に似合わぬ言葉ではないか。

(お人好しだよな……ほんと、なんでおれなんかを好きになれたんだ)

 運命というのは、それほどに強いものであるのだろうか。誠士郎にとってもルフィシアンは運命の相手であるのだろうが、いまいちぴんとは来ない。
 だがルフィシアンは誠士郎に運命を感じた。自分が帰った後、運命の相手を手放したルフィシアンはどうするのだろう。
 誠士郎のように捻くれていないし、包容力もあり、おまけに顔もよく、いかにも善人である男だ。仕事も順調であるし、こんな優良株が狙われないわけがない。
 いつか、ルフィシアンの優しさは、あの嬉しそうな顔は、きっと誰か別の人に向く。間違いなくそれは誠士郎ではなくなっているはずだ。

(――おれには関係ないことだろうが)

 受け入れる気はないくせに、いなくなるくせに、ルフィシアンの隣がずっと空いたままでいてほしいとでもいうのかと、自分の身勝手さに嫌気がさす。
 誠士郎が眉を寄せていると、身を捩ったスィチがぺろりと顔を舐めた。

「……おれも着替えるか」
「わふっ!」

 被毛から頭を起こせば、顔のあちこちにスィチの毛がついていた。
 それを指先で摘まみ取りながら二階に上がる。
 さすがに今の姿のまま街に出る気にはなれなかったので、学生服に着替ることにした。
 自室に向かおうとすると、ふとルフィシアンの部屋の扉がわずかに空いていることに気がつく。
 話し声が聞こえるので、ファルドラもいるのだろう。
 スィチがファルドラのもとへ行きたがったので、下ろしてやろうとしたところで、二人の会話が耳に入る。

『なんだよ、セイの服を買いに行くならおれの貸してやればいいじゃないか。まだ取ってあったろ。背丈もそんな変わんないと思うし十分だろ。もう使う予定もないからあいつに合わせて直しちまってもいいしよ』
「そ、それは……」
『まさか、他の男の服着せるのが嫌だってか?』

 声からわかるほど、わかりやすくからかうファルドラに、そんなわけねえだろ、と心のなかで突っ込みをいれる。
 しかし、ルフィシアンは黙ったままいっこうに否定することはなかった。

『ちなみに今の話、セイに聞かれてるからな』
「えっ!?」

 どうやらファルドラには気づかれていたらしい。下ろしたスィチが扉の隙間から入って行ったのに続き、誠士郎も顔を出す。
 弾けるように振り返ったルフィシアンの頬はわずかに赤くなっていた。

「せ、セイ! 誤解だ!」
「誤解じゃねえじゃん。ちがうって言わなかった」

 声には出さず、むっつり、と口をぱくぱく動かして、セイは自室に逃げ込んだ。

 

 

 

 予定通り街で服を購入した誠士郎は、翌日に自分の身体に合った新しい衣服を身に纏った後、ルフィシアンの手で外套をつけてもらった。まるでマントのようだと腕を動かしてひらひら遊んでいると、生暖かい目をルフィシアンから向けられたのですぐに止める。

「セイ、こっち向いて」
「ん?」

 振り返ると、ルフィシアンが半透明な緑色をした軟膏を付けた指先を準備している。

「虫よけの薬だよ。つけるから、少し動かないでいてね」
「いいけど、どこにつけんだよ」
「えっと、ここと――」

 顔に寄せられた指先から、爽やかなハーブの香りがする。
 この世界の虫も、この香りを好まないようだとぼんやり考えていると、ふいに耳の裏がひやりとして肩が跳ねた。

「ぅっ」

 思わず飛び出した声を慌てて塞ぐが、ルフィシアンにもしっかり聞こえていたようだ、
 誠士郎を凝視したままかたまってしまっているルフィシアンから虫よけの薬瓶を奪い取る。

「じ、自分でつける! あとどこに塗ればいいんだよ」
「あ……えっと、両耳の裏と、喉元、手首に少しずつで……あとは効果が薄れてきたらまたつけるよ」

 指示された場所に素早くさっと塗り、ルフィシアンに瓶を押し付けるように返した。
 必要な荷物はすべてルフィシアンの魔法が生成した異空間にしまうため、非常に身軽なまま出られるようだ。
 みんなで出かけると教えてから大はしゃぎしているスィチをどうにか捕まえ、身体に引き綱を苦しくないように巻きつけ、手綱はファルドラがくわえる。散歩程度ならいいが、今回は森を歩くのでふらふらして迷子になられても困るかららしい。
 ルフィシアンはいつもの夜空に星が瞬いているような仕事着を身に纏い、最終確認を終えて、ついにちょっとした旅が始まる。
 この世界にきてからというもの、外に出るといえば水汲みやスィチを遊ばせてやるために庭に出るくらいで、ほとんど家の中にいた。しかし時折ストレッチや筋トレをして身体を慣らしていたこともあり、道も緩やかで、何時間も歩くと言われてもそれほど苦にはならなそうで安心する。やや強引についてきてしまったのに、足手まといになっては迷惑をかけるだけになってしまう。
 これから採りに行くのは、月美花という夜だけに花を咲かせるという植物の葉に溜まる朝露だという。夜の移動は危険が伴うため、月美花の生息地で一夜を明かし朝露を採取するのだそうだ。
 道中、ついでだからと目につく薬草等を集めるルフィシアンの手伝いを誠士郎もすることにした。植物のことはまったくわからなかったが、スィチとコンビを組んだおかげで十分な成果をあげることができた。発見するのはスィチで、それを集めるのが誠士郎の役割りだ。ルフィシアンも驚くほど働けたことに、非常に満足した。
 初めての道ながら、スィチと騒ぎながら進んでいたおかげか、目的地には思いの外早くついた気がする。日が暮れる前に野営の準備をして、夕飯を済ませる。
 その後は皆で並んで星を眺めた。誠士郎の世界とは違う、この世界の星座を教えてもらった。他にもルフィシアンの奇人が多い友人のことだとか、今いる灰の大陸の他の大地の話だとか、ガヴィとそのつがいの竜のことだとか、たくさんの話をした。
 木の骨組みで立てられた蜜爪熊の皮の天幕の中はそれほど広くはなく、一般的な体格の誠士郎を真ん中に、成人男性並みの大きさのファルドラと、そして長躯で体格もよいルフィシアンが身を寄せ合う。スィチはファルドラの腹の上で、毛に埋まるようにしていた。
 窮屈であるが、身が震える寒さの外気に負けない温かさがあった。
 目を閉じればすぐに睡魔に襲われた。いくら身体を慣らしていたとは言え、長時間の移動は久々であったのでさすがに疲れていたのだ。とくに下半身が重くて、眠るのだと決めてから指先すら動かすのが億劫になる。
 ――すうっと眠りについてしばらく、ふと隣が動いた気配がして、誠士郎は夢うつつながら目を覚ました。
 しかし、瞼はくっついたかのように重たく、目は開けられない。
 ルフィシアンが寝返りでも打ったのだろうか。

「セイ」

 囁くように名前を呼ばれ、ルフィシアンが起きていたことを知った。
 意識はあるが身体の気だるさが優先され、誠士郎が黙ったままでいると、つん、と軽く頬が突かれる。

「眠っているんだよね……?」

 なにか用があって声をかけてきているのなら起きようと思ったが、誠士郎は寝たふりを続けることにした。
 寝ているか確認をするということは、ルフィシアンにとって誠士郎が寝ているほうが都合がいいということなのだろう。
 なにかイタズラでもしようというのだろうか。それならばいいところで起きてやろうと狸寝入りをする誠士郎には気がつかぬまま、寝ているものだと決めたルフィシアンは目にかかるくらいに伸びている黒い前髪をそっと払った。
 額に、柔らかな感触がした。それがルフィシアンの唇であったと知ったのは、詰めたような熱い吐息が肌に触れたからだ。
 隣に寝転がったルフィシアンは、誠士郎の頭に手を添え、そっと顔を寄せる。

「――ああ、帰したくないなぁ……」

 口先で溶けるように消えていった小さな声。諦めたくても諦め切れぬルフィシアンの苦しさが、痛いくらいに誠士郎の心に突き刺さる。

(それでもおれは帰っちまうんだよ)

 誠士郎の前では堪えていた言葉。それでも、本当はずっと伝えたかったのだろうか。だから意識がない相手に言ったのか。
 寝たふりなどしなければよかった。だって、こんなルフィシアンの言葉を聞きたくはなかった。
 やがて、寝息が耳に入る。すっかり目を覚ましてしまった誠士郎は、しばらく寝入ることができなかった。

 

 


 あれからうとうととするものの、気がかりがあり寝付けずにいた誠士郎は、薄らと闇が明るくなり始めた頃に諦めて身体を起こした。
 ルフィシアンたちはまだ眠っている。彼らを起こしてしまわぬように、そろそろと寝床から抜け出した。
 明るくなりつつあるといってもまだ夜の時間帯で、シャツ一枚では身震いするほど寒い。外套を羽織り、用足しに天幕から離れた。
 すぐに戻ろうとしたとき、ふいに茂みの奥で憶えのある鳴き声がした。

「――スィチ?」

 もしかしたら誠士郎が起きたのに合わせ、ついてきてしまったのかもしれない。
 茂みを掻き分けて姿を探すが、聞いたはずの声の主はそこにはいなかった。

「おかしいな、確かに聞こえた、はず――」

 誠士郎の言葉は途切れる。頬にひやりと硬質なものが押し当てられたからだ。

「あなたは、結びの魔法使いの運命のお相手だね?」

 背後から尋ねたのは、聞いたことのない女の声だ。そして、ルフィシアンのふたつ名である結びの魔法使いを、そして運命の相手と口にした。
 質問はしているが、確定しているような口ぶりである。

「……そうだって、言ったらどうなんだよ」

 押し当てられるナイフからどう逃れようか考えながら、誠士郎は吐き捨てるように答える。

「もちろん、ご同行願おうか」

 くすくすと笑うようなひそやかな声の主は、その場から誠士郎ごと姿を消した。

 

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