ルフィシアンたちに持っていく果実の皮剥きが終わった頃に、突然身体の奥底から熱が這いあがった。
 初めは背筋がぞくりとしただけだ。次第に肌がざわつき、熱が全身に広まっていく。
 ただ立っているだけなのに身体が重たく、意識はふわふわと曖昧になっていく。無意識に息が上がり、あまりの唐突な自身の変化に、誠士郎は戸惑うことしかできない。

(風邪か……? でも、こんないきなりなんて――)

 いよいよ足の力さえも抜け落ちていくのを感じた。
 このままではまずいと近くの椅子に座ろうとしたが、間に合わず、かくんと足の力が抜けて誠士郎は転んでしまった。そのとき一緒に椅子も倒してしまい、ガタンと大きな音が立つ。
 膝を床に打ちつけたのに、痛みは大してない。それよりも身体が熱くて仕方がなかった。
 身体を起こした誠士郎は、そのとき自分の下半身をふと見てぎょっとする。
 誠士郎のものが、ズボンを押し上げるほど反応していたのだ。
 いやらしいことを考えていたとか、そんなことはまったくなかった。むしろ食い気で、ただ林檎そっくりな果実に浮かれていただけだというのに何故こんなことになってしまっているのか。
 確かに熱が集まっていることはわかっているはずなのに、にわかに信じがたくてそっと触れると、布越しにぬるりとした感覚が伝わる。
 敏感な先端と布地とが擦れたその瞬間、頭が真っ白になった。

「ぁ……」

 指先で少し触れただけ、ただそれだけで達してしまったのだ。

「なんで……っ」

 出した感覚はあったのに、それでも収まる気配がない。それどころか熱は増々集まり、腹の奥がくすぶるように疼き出す。
 自分の身体であるのにまるでいうことを聞かない。はじめての感覚に振り回され、恐ろしくなって自分の身体を抱きしめれば、その動き衣擦れした肌が痺れるような刺激と感じて、熱に浮かされる吐息が零れる。
 どんどん鋭くなっていく感覚とは反対に、混乱する思考は次第にとろけて、ただ悦楽を求め出す。

「はあ……はあ……っ」

 自分がいる場所も忘れ、誠士郎は下半身に手を伸ばした。
 身体が熱い。熱くて苦しい。早く出しきって楽になりたい。ただそれだけに頭がいっぱいになる。
 ベルトを外そうとするが、手に力が入らずうまくいかない。じたばたすると服が肌に擦れて、余計に苦しくなる。
 もどかしくて、つらくて、早く解放されたくて。焦る誠士郎は、荒々しい足音が近づいてくることに気が付かない。
 ようやくベルトが外せて、下着ごとズボンをずらすと、先走りと精液に濡れていたそれは勢いよく飛び出してぱたぱたと体液が床に飛び散る。

『セイ!』

 ようやく触れる、と思った誠士郎は、名前を呼ばれて振り返った。

「ルフィ、シアン……?」

 耳飾りや腕輪をシャラシャラ鳴らしながら誠士郎に駆け寄ったルフィシアンは、傍らに膝をついた。
 ルフィシアンの視線が一点に注がれる。それが自分の下半身に向けられているものだと気が付き、誠士郎は我に返った。

「これ、は……っ」

 緑の瞳から逃れるよう背を向け、腹につきそうなほどそそり立つそれを手で覆う。身体を蝕む熱とは違う羞恥の熱に頬を染め、身体を丸くした。

「これは、ちがくて、こんなことしたいわけじゃなくてっ! 身体が、熱くて――っ」

 通じないとわかっているのに、言い訳がましく無意味に言葉を並べる。
 そうしているあいだにも萎えろと念じるが、誠士郎のものは今にもはちきれそうに膨らんだままだ。

『――セイ、落ち着いて。大丈夫だから』

 ルフィシアンが肩に手を置く。それだけの刺激で達してしまいそうになり、慌てて身を捩って逃げ出す。
 四つん這いになりながら離れようとしたが、身体に力が入らずすぐに体勢が崩れた。

『セイ!』
「……っ、あ」

 ルフィシアンが背後から抱き留めてくれたおかげで、誠士郎は床にぶつからずに済んだ。代わりに誠士郎を抱いた腕がぴんと立った胸の突起を押しつぶし、その刺激だけで再び達してしまう。
 勢いよく放たれた白濁が、ぴしゃりと床に叩きつけられた。

「――なんだよ、これ……! からだ、おかし……っ」

 自分でも信じたくない痴態をルフィシアンに見られた衝撃に、ついに誠士郎はぽろりと涙を流した。
 二回も放ったというのに未だ熱は収まらない。気持ちはすっかり萎んでいるのに、心と身体が切り離されてしまったようだ。
 あきらかに己が正常な状態ではないと悟る。だが、どうすればよいかわからない。
 ルフィシアンの腕から逃げることすら忘れて呆然とする誠士郎の目尻を、柔らかいものが拭う。
 それがルフィシアンの唇であると誠士郎が気が付くまで、少し時間がかかった。

『セイ、いま楽にしてあげるから』
「――っや、ぁ」

 誠士郎を支えるのとは別の手が下半身に伸びてくる。それに気が付いた誠士郎は、がむしゃらに暴れてルフィシアンを突き飛ばした。
 再び這いつくばるよう逃げ出そうとするが、すぐに掴まり、胡坐を掻いたルフィシアンの上に背中を向けるかたちで座らされてしまう。抜け出そうとするが、がっちりと押さえつけられ動くことができない。
 抵抗する間にも疼く身体は止まらず、ルフィシアンに掴まれた場所に熱が集まっていく。

『セイ、大丈夫。大丈夫だから。一度抜くだけだ。ぼくに身を委ねて』
「っひ」

 耳元でささやかれ、ぞくぞくとした感覚が背筋を駆け抜ける。

『すぐに済むから、お願いだから大人しくしていて。怪我をしたら大変だ』
「やだ、やめろ……っ放せよ! 放せ!」

 動けば動くほど自分が逆に追い詰められるとわかっていても、素直に身を任せることなどできるわけがない。
 しかし誠士郎がどんなに抵抗しても、ルフィシアンは触れてこようとする。いつもは誠士郎に近づいても、嫌そうなそぶりを見せればすぐに一歩引くような男であるのに、こんなにも強引に出るのは初めてだ。
 もしかしたら、誠士郎の身体の異常についてなにか知っているのかもしれない。だから助けるために、親切心で触れようとしてきているのだとしたら。
 それならばなおさら今はルフィシアンから離れたい。よい人である彼に、これ以上もう迷惑をかけたくないのだ。
 だが、身体は熱を高めていくばかり。密着する身体からはルフィシアンの香りがして、気を抜けば縋りつきたくなる。
 今の自分がなにを必要としているか。わかっているが、それは決して手を伸ばしてはいけない存在だ。
 理性と暴走する本能に掻き乱される誠士郎は、本格的に泣き出してしまった。

「はなして、くれよ……もうやだよ、あんたを困らせたくない……っ」

 面倒を繰り返し呆れられるのが嫌だとか、家を追い出されるのが怖いとか、そんなんじゃない。それにルフィシアンはきっとそんなことをしないだろう。
 ただ毎朝へたくそな日本語で挨拶をしてくれるルフィシアンがいなくなることが、何故か今、とても恐ろしく思えるのだ。
 きっと自分は、自分が思っている以上に寛容に接してくれるルフィシアンに甘え、この世界での依りどころにしていたのだろう。
 残りは半月ほどの付き合いだけだというのに、ルフィシアンから笑顔がなくなることが嫌だった。

『セイ……』

 嗚咽まで上げて拒絶する誠士郎の左腕をルフィシアンはそっと掬い上げた。

『……本当は、こんな状況で使いたくはないけれど――それはぼくのわがままだね。それに、きみをまた泣かしてしまうなんて、ガヴィだけを責めることはできない』

 ルフィシアンは右腕につけている三連の金の腕輪のひとつを外すと、それを誠士郎の左腕に通す。
 この状況でなにを意味する行為かと鼻を啜りながら誠士郎が疑問に思うと、次に我が耳を疑うことが起きた。

「――セイ。ぼくの言葉がわかるね?」
「え」

 はっとして振り返った誠士郎の涙で濡れた頬にルフィシアンは口づけた。

「……ルフィシアン……? なんで、こと、ば……」

 これまでまったくわからなかったルフィシアンの言葉が、今はっきりと聞き取ることができた。それもルフィシアンの国のものではなく、誠士郎の扱う日本語だったのだ。
 単語を繋げるだけという単純なものではなく、淀みなく流暢に発言していた。誠士郎の名前さえまともに呼べず、何度も言っている〝いただきます〟だって、いつもルフィシアンが日本語を話そうとすると片言になっていたのに。 

「どう、して――」

 突然通じるようになった言葉に驚き、戸惑いにじっと見つめる誠士郎に、ルフィシアンは懺悔するような苦々しげな表情をする。それが何故だかひどく切なくて思えて、胸がぎゅうと痛くなった。

「ごめん。このことはちゃんと後で説明するから、今は熱を治めよう」
「あ……さわんなって!」

 止めていた抵抗の隙をつき、ルフィシアンはそそり立つ誠士郎のものを掴んだ。
 大きな手にやわやわ揉まれて、誠士郎は激しく首を振る。

「ほんとに、やめ……っ」
「どうして? セイのここ、苦しそうだよ。こっちも泣いている」

 だらだらと先走りが流れ、すでに双球をも越えて下にあるルフィシアンの服に染みをつくるほど濡れている。それを誠士郎が拒絶に流した涙になぞらえられて、ついに耐え切れなくなってルフィシアンの腕に爪を立てた。
 それでも拘束の力は緩まない。それどころか抵抗を咎めるよう、握られるものの先端を親指でぐりっと押されて、それだけでも欲を放ちそうになり誠士郎はぎゅうっと身体を丸めて耐えた。

「やめろって、ば、ぁっ……!」
「どうして? このままじゃつらいだろう」
「だって、めいわく、かけられなっ――ぁ、っ」
「……そっか。そう感じていたんだね。――大丈夫。これは、ぼくのせいでもあるから。迷惑なんかじゃないから。セイはなにも悪くはないんだよ」

 泣きわめく子供をあやすように誠士郎を慰める。
 もしルフィシアンと話せるとしたら、きっと彼は穏やかで紳士的な口調であるだろうと予想していた。そして予想は案外当たっていたようだと、優しいルフィシアンにとても似合っているとこんなときに思った。
 しかしその手つきは、落ちつかせようとする言葉とは反対に、確実に誠士郎を追い詰めていく。

「はぁ、っう、ぁ」
「大丈夫だから、安心して身を委ねて。気持ちいいことだけだから」
「や、や、でるっ……んく、ぅっ」

 筒状にした手に上下に強く扱かれる。
 最後まで拒んだが押し寄せる波には抗えず、誠士郎は足の先をぎゅうっと丸めて、ルフィシアンの手の中に三度目の精を放った。

「セイ、落ち着いた?」

 荒く息をつく誠士郎の髪は、汗でしっとり湿っている。しかしルフィシアンは汚いと思う素振りすら見せず、ちゅっとつむじにキスをした。
 ルフィシアンが鳴らす音を拾った耳が、びりびり震える。

「セイ?」

 返事をせずにいると、肩口から下を覗き込まれた。
 見られてしまえば誤魔化しは通用しない。

「ま、だ……まだ、腹の奥が熱くて、苦しい……」

 正直に答えて、ぎゅうっとルフィシアンの袖口を握る。
 他人の手の中にある自身はこれまでの勢いがほんのわずかに削がれただけで、未だ興奮は冷めていなかった。

「おれの身体はどうしちまったんだよ……っ」

 いったいいつになったら落ち着くというのかわからないまま身体の火照りは続き、ずっとこのままなのかと終わりの見えない昂ぶりに恐怖する。

「ごめん、ガヴィの魔法が原因なんだ。お土産にもらったリィリィの実があるだろう? あれにガヴィが魔法をかけていたみたいで――彼の魔法っていうのは、つまりは、今のセイみたいさせてしまうことだ」

 思い出したのは林檎そっくりな果実。誠士郎はそれを一口大に切りながら、ぱくぱくと摘まんでいた。腹に収めた分は、つまみ食いの範疇を越えていたことだけは覚えていた。
 ガヴィの魔法はぼやかされたものの、身を持って体験している誠士郎は絶句する。
 いかにも自由そうな男だとは思っていたが、まさかそんな魔法を見ず知らずの誠士郎にかけてくるとは思ってもみなかった。
 ようやく原因がわかり、ふつふつと怒りがわく。

「なっ、なんだよそれ、早くといてくれよ!」
「ごめん、魔法をかけた当のガヴィに逃げられてしまったんだ。彼の魔法は複雑で、解くにしても時間がかかりすぎてしまう。それまでセイが苦しい思いをするのは、ぼくが耐えられない。……ちゃんと治めるにはぼくが手を貸すことが条件なんだ。セイはいやかもしれないけれど、もう少し手伝わせて。お願い」

 その言葉が本心でしかないというように、切なげにお願いをされてしまえば、強く拒否することができない。それにルフィシアンの協力なしでしか収められない状態であるというのなら、答えはひとつしかないではないか。 
 はやくこの熱から解放されたい。その一心で、葛藤を残しつつも誠士郎は小さく頷いた。

「――ここだと冷えてしまうから、ぼくの部屋に行こうか」

 誠士郎を抱えた状態で座った体勢から立ち上がったルフィシアンは、ふらつくこともなくそのまま二階へと歩き出す。

「じ、自分で行けるからっ」

 全身に力が入らない状況なのだから無理だと自分自身が心の中で叫ぶ。だが、同じ男として軽々と扱われるのはあまりに情けない。
 這ってでも自力で行きたいのに、ルフィシアンは承知してくれなかった。

「ぼくがしたいんだ。わがままだけど許してほしい」

 むしろわがままなのは誠士郎であるのに、ルフィシアンが許しを請う。

「――おひとよしだな」

 ぼそりとした呟きだったが、これだけ密着しているので聞こえたのだろう、ルフィシアンはただ微笑む。それが誠士郎をいかに未熟であるかを突きつけていることになっているか、気がついているのだろうか。
 返事を告げることはできなかった。その代わりに、誠士郎は大人しくルフィシアンの広い胸に頭を預けた。

 

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