終章

 

 勇者と魔王の勝敗の行方は、勇者に軍配が上がった。
 勇者は西の大陸に降り注いだ癒しの花弁を降らせたとされ、人々に勇者の花であるシロサイカにかけて、再花の英雄と讃えられた。そのとき世界全土で人間たちは七日間にわたる宴を開いたという。
 その後勇者は魔王城に封印されていたとされる種子を解放し、種を植えて育てた。
 それは見る間に成長をし、やがて一国を覆い隠せるほどの大樹となった。勇者は樹にリア・ナ・リドムと名付ける。今は失われた古代の言葉で、心の花という意味があるのだそうだ。それが後に世界樹リア・ナ・リドムと呼ばれることになるとは、このとき誰も予想していなかった。
 やがて大樹の木の又から現れたという神子が、勇者のもとで長年にわたり続いてきた人間と魔族との戦いを収束させ、共存の道を見出したとされている。
 彼はその後大樹のもとで国を起こし、それが後に世界の中心とも呼ばれる中立国家エンディラと呼ばれるまでに発展することになる。その国では魔人も人間も、宗教も人種も関係なくお互いを認めあい、折り合いをつけて生活をしていた。
 世界樹の誕生も、神子による世界の安寧も今より、一千年以上過去の話である。現在では伝承もあやふやなところが多く、どこまでが真の話であるか知る者はいない。
 しかし新世界への扉を開いたとされる再花の英雄である勇者は、今でも子供たちの寝物語として語られるほど身近な物語である。
 世界でも有名な国に、三人の男が足を踏み入れた。
 人々は自然と過ぎていく彼らを目で追っていく。
 装いから、彼らが旅人であると判断できる。旅人は世界樹を目当てに多くの観光客も訪れるこの国でさして珍しいものではない。しかしそれでも注目を集めるのが、三人がそれぞれ種類の違う整った顔立ちだからだろう。 
 特に金髪の男は、顔立ちだけでなく人々を魅了するなにかがあるように思えた。そのため女たちだけでなく、男も、老いも若きも不思議と目を惹きつけられてしまう。
 男たちは様々な露店が並ぶ大通りに目もくれることなくひとつの店に足を運んだ。

「いらっしゃい」

 客に気がつき、店の奥から一人の青年が顔を出す。この花屋の店員であった。
 青年は男たちがすぐに旅人であると気がついた。いつもであれば用件を聞きだし、目当ての花を見つくろうのだが、今回ばかりは周囲の者と同じように男たちの顔に目を奪われる。
 しかし、青年は彼らに魅了されたわけではない。ただなんとなく、目が離せなくなったのである。
 とくに真ん中に立つ、金髪の男。彼の空色の瞳に吸い込まれるよう見入ってしまう。男も同じように、真っ直ぐに自分を見つめ返していた。

「おい、ちょっといいか?」

 金髪の男の左隣に立っていた男に声をかけられ、リアリムははっとそちらに顔を向けた。大柄な男に穏やかな笑みを向けられ、ようやく自分が動きを止めてしまっていたことに気がつく。
 なんだか自分が変だな、と困惑しながら接客に集中しようと気を引き締めた。

「す、すみません。ぼうっとしてしまいました。その、なにかお探しですか?」
「花を探しております」

 今度は右側の男が口を開く。一瞬女と見紛うほどの美貌に再び呆けてしまいそうになった。金髪の男ばかり見ていたようで、彼に気がつかなかった。

「わかりました。どんな花でしょう?」
「え? ええっとですね……」

 当然の切り返しだというのに、彼は困ったように微笑んだ。
 探している、というが名前がわからないのだろうか。
 特徴などを尋ねようとしたところで、不意に真ん中の男が一歩前に出た。思わず男の顔に目を向けてしまうが、また先程のようになってしまうのではないかと思って寸で彼の顔の脇に視線を逸らす。
 ふと片方は男の空色の瞳と同じであるのに、もう片方は緋色に輝いている。それが自分の瞳と同じであるなあと青年はぼんやり考えてしまう。
 また思考と飛ばしかけた青年に、男は表情のないまま問いかけた。

「名はなんという」
「え?」
「おまえの、名は」
「おれ、は……その、リアリム、と申します。世界樹からあやかりました」

 エンディラでは世界樹から名を取るものも少なくはない。この国で生まれたこの青年も、そのうちの一人だった。

「そうか。リアリム、か」

 男に名を呼ばれた瞬間、ざわりと心が震えた。嫌悪などではない。言いしれぬ高揚のような、喜びのような、溢れ出すような幸福のような。そんな心地よくもどこかむず痒い、そんな気持ちになる。
 リアリムはそっとざわめく胸を押さえて、男に尋ねる。

「その、よろしければあなたの名前もお聞かせいただけませんか?」

 これまでの無表情を一変させて、男はふわりと、花が開いたかのように小さく微笑む。

「おれの名は――」

 

 ――これより先は、とある旅人と花屋の物語。


 おしまい

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【花舞えきみに】をお読みくださり、本当にありがとうございました。

長くあたためていたこともあり、思い入れも深い作品でした。
その分途中でぽきっと折れたこともありますが、こうして完結させることができて一安心です。

主人公であるリアリムは度重なる不幸に襲われることにはなりましたが、終わりへの道のりのすべてが悲しいことばかりであったわけではないということをわかっていただけるといいなと思います。

かといって、決してハッピーエンドであったとは言い切れないので、お好みが別れる作品かと思われます。
これまでは色々あって大団円、という作品ばかり書いていたのですが、こちらはそういうわけでもなく、いわゆるメリーバッドエンドというやつになります。

書きはじめる前は、この作品のみで終了する予定でした。
メリバのまま、来世で幸せでいいんじゃないかなあと。
ですが書き終えてから、このままでいいのだろうかと思うようにもなりました。

魔王の勇者は必ず片方が殺されなければならない宿命であったのか。
そもそも神とはなんであるのか。
勇者とリアリムの別れは本当にあれでよかったのか。
そして、終章にあった神子の物語。勇者が再花の英雄と呼ばれるまでの真実まで、真相を書き切るべきではないのか、と。

そうしてはじめて、この物語は本当の意味で完結するのではないだろうかと思います。

そこでようやく、リアリムと勇者は来世への道が開けますし、本当の意味での笑顔の別れができるはずなのです。

やっぱり長編になるということでかなり悩むのですが、書きたい気持ちは強いです。
主人公は神子。物語はリアリムと勇者の戦いが収束してから40~60年後。
ちなみに神子のお相手は人外!
やはり書きたいです……。


話は変わりまして、裏切り者のラディアですが、実は露骨すぎる伏線……というか、あやしい奴アピールしていたのはお気づきになられたでしょうか。
愛称であるライア。つまり、liar(嘘つき)だったり。
裏切りの為に、端々に嘘をついていることから、その名にしました。適当につけたわけじゃ……ない、です……。

彼はリアリムの財布を盗んで勇者に見つかるよう落としていたり、嘘の情報を流していただけでなく、他にもリアリムにリアーナを見つけるよう仕組んだり、リアリムが魔王となる直前あたりにリューデルトが飲んだものに軽い睡眠薬を混ぜたり、実はちょこちょこ動いておりました。

ラディアとリューデルトですが、本編中にはありませんでしたが、彼らもまた惹かれあっている二人ではありました。
この二人の受攻は決まっていませんが、リューデルトは生涯ラディアを許すことはありません。それは彼なりの愛情でもありました。


恋愛色は低めであって、リアリムも勇者も、互いに惹かれあっていることに気がつかぬままに別れを迎えることになります。
個人的にはこのくらいのほのかな恋愛が好きなのですが、物足りなく思われた方の方が多いと思います。
らぶらぶな二人も書いてはみたいのですが、終章の二人でないと叶わないわけで、でも彼らはリアリムたちであってそうでないので難しいですね……。


そうそう、勇者の父ですが、すでにお気づきのかたもいらっしゃると思いますが、ちょいちょい本編に出てきております。
彼の行動の意味も、いつかお伝えできたらなあと考えていたり……決して名乗り出ることはありませんが、
彼は自分の命を懸け、他者を犠牲にしてでも息子を救おうとしておりました。
そして偽魔王も、歪んでしまっていますが、家族への愛が深い人物でもありました。


リアリムが魔王に関連する者であるということはなんとなくわかっていた方が大多数ではあると思うのですが、それでも楽しんで読んでいただけたのであれば幸いです。


さて、長くなりましたが、ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
他にもなにか細かな裏設定を伝え忘れているような気もしますが、この辺にしておきます。
暗い話ではありましたが、最後までお付き合いいただき深く感謝いたします。ありがとうございました。