役場への道は人で溢れていた。その周辺が避難場所として指定されていることもあるのだろう。
 立っていたり腰を下ろしていたり、話しをしていたり、蹲っていたり、その姿は様々だ。見る限りけが人はおらず、勇者によって魔物が退治されたと役員が触れ回れば、次第にその数を減らしていった。みな本来の平穏へと戻っていくのだろう。
 勇者が通り、それに気づいた者はまるで神を崇めるように指を絡めて掌を重ね、祈るように感謝を口にする。しかし勇者はそれに見向きもしないまま、足を緩めることなく突き進み続けた。まるで人を拒絶する雰囲気の影響か、人だかりに道を阻まれることもなかった。
 途中少女が目覚め、そしてその直後運よく兄である少年に遭遇した。彼女を本物の兄のもとへと帰してやっている間さえ勇者は止まらない。別れもそこそこに、リアリムは慌てて追いかける。
 勇者は真っ直ぐに、魔物の襲来を聞いた役場の来客室へと戻ってきた。リアリムも部屋に足を踏み入れれば、先に戻っていたらしいラディアとリューデルトと再会する。

「リアム」
「どこに行っていたんですか!」

 手を上げ笑顔を見せたラディアとは対照に、リューデルトは腰を下ろしていた席から立ち上がると、そのままリアリムに憤怒の表情で詰め寄ってきた。
 整った顔立ちが怒りに染まっている姿は迫力があり、リアリムは出かかっていた笑みも引っ込ませる。

「勇者さま方を追いかけ、飛び出したそうですね。ですがラディアはあなたの姿を見てないと言いますし、避難の誘導をあなたらしき人物がしていたとも聞きました。しかもあなたらしき人を見かけた場所に向かってクェルツォルが現れたとまで! 何事もなかったことを思えば勇者さまが討伐に向かわれたのでしょうが、何かあってからでは遅いのですよ! 今回出現した魔物がどういった者であるのか、知らないとは言わせませんよ。いくらそう見ない存在といえども、その恐ろしさは寝物語として聞かされているはずです。魔物というのは人の生気を食らい、逃げる気力すら奪ってから――」
「おいおいリュドウ、その辺にしてやれよ。まずは何があったか聞かせてもらう方が先だろう」

 ラディアの正論にぐっと言葉をのむ。一度深い息を吐き気持ちを落ち着かせようとしているようだが、じとりとした言い足りなさげな目で説明を促される。
 まだ腹に据えかねているらしいリューデルトを脇目に、リアリムはしどろもどろになりながらも飛び出してからの経緯を話した。
 途中に以前のように入り口の脇で壁に寄りかかる勇者にちらりと目を向けてみるが、彼は目を閉じて腕を組み、いつもの姿で沈黙している。
 勇者が魔鳥クェルツォルを退治したところまでを口にしたところで、不在にしていた町長が顔を出した。

「ああ、みなさま、魔物のみならずクェルツォルまで退治してくださり、誠にありがとうございました。おかげさまで数名の怪我人を出すに留まり、それほど大きな被害は出ませんでした」
「いいのですよ。それよりも今回のことは人々にとって衝撃が大きかったことでしょう。わたしたちができることはここまで、あとはしっかりとあなた方で支え、持ち直してください」

 リアリムに向けていた表情を引っ込めて、リューデルトはまるで聖者のような微笑をその口元にたたえる。その柔らかな美しさに町長が思わず見惚れ呆けているところで、現実に引き戻す静かな声がかけられた。

「仲間内だけで話すのにこの部屋を借りたい。いいと言うまで誰も近づかないよう、人払いをしてくれ」

 不遜な物言いではあるが、なにせ発言したのは勇者である。そしてその肩書きだけでなく、魔物という脅威から実際町を救った恩人だ。町長は嫌な顔ひとつせず頷き、用があれば呼ぶよう伝えてから迅速に部屋から立ち去った。

「あの、おれも出て行ったほうがいいですか?」
「おまえはここにいろ」

 “仲間内”に含まれていたのか、ただ単に他に理由があるのか、勇者の表情からは留まる面子に入れられた理由は窺えなかった。
 リューデルトは長い付き合いになる勇者から何かを察したのか、先程腰かけていた場所に戻り、リアリムには町長が座っていた自分の手前の席を示す。
 リアリムが落ち着いたところで、ラディアは背もたれに寄りかかり勇者に顔を向けた。

「それで、何を話そうってんだよ」
「リアムを残したということは、少なからず彼に関わっているとみてよろしいのでしょうか」

 口を開いたどちらに応えるでもなく、勇者は静寂を纏う空色の瞳をリアリムに向けた。

「おまえ、“魔を呼ぶ者”だな」
「――魔を、呼ぶ……?」

 勇者が何のことを言っているのか、リアリムにはさっぱりわからなかった。しかしリューデルトたちは意味を理解し、息をのむ。

「――おいおい、まじかよ。そしたらあの魔物はリアムが呼んだってのか」
「クェルツォルもそうだとおっしゃるのですか……? まさか、リアムを狙って?」
「ああ。そうだろうな」

 説明は終わったと言わんばかりに勇者は目を閉じる。
 リューデルトたちは困ったように顔を見合わせた。その様子に、リアリムは戸惑いながらも声をかける。

「あの、魔を呼ぶ者って、なんなんだ?」
「……極稀に存在する、とある特異体質の者をそう呼びます。魔とはつまり魔族。そこにいるだけで魔族を呼び寄せてしまう者を、“魔を呼ぶ者”、と」

 しっかりと聞いていたはずなのに、何故かリューデルトの言葉はつらつらとリアリムの内に留まらぬままに流れていく。
 勇者はリアリムを、魔を呼ぶ者と言った。そしてそれは魔族を呼び寄せる体質であるとリューデルトは説明した。それが自分であるなど、すぐには理解できなかった。

「ですが魔獣といえどもクェルツォルほどの上位種を呼び寄せるなど。それに、まさか魔物まで……」

 クェルツォルは大型であり、個々の戦闘能力も高い種である。その代わり繁殖力は低く数はそういないが、食物連鎖の上に位置しているのは間違いなかった。また、下位、中位、上位と強さで種分けされる魔獣の中でクェルツォルは上位種にあたる。つまりあの魔鳥は強い力を持つ者であるのだ。魔物の危険度に並ぶには及ばないが、それでも十分に冒険者が手こずり、命を奪われることもそう少なくはない相手だった。

「もし、リアムが魔を呼ぶ者であるならば。この町に魔物が出現し、なおかつ高山にしか現れないはずのクェルツォルが現れたのにも合点がいきます。それに、リアムの故郷からこのワンナまでの道のりで遭遇した魔獣の多さにも」

 二日間という短い旅の中、魔獣など滅多に会わないはずの地域で、リムたちは幾度か襲われた。そして国になるほど人が多くいる場所にしか出現しないはずの魔物が町に現れ、それに続き本来は特定の場所でしか生息していないクェルツォルまで登場した。それらは、明らかな異変だった。
 もしもそれらが魔を呼ぶ者、魔族を魅入らせし者の影響で引き寄せられたのであるならば、その異変は正常のものとなる。

「だけど説明がつかねえこともあるだろうが。リアムの故郷はヘルバウルに襲われるまで平和だったんだろ。魔物さえも寄せ付ける力があんだとしたら、なんでこれまであの集落はもっていたんだ」
「そう、ですね……確かにその通りです。ではリアム、ヘルバウルの群が現れたあの日、あなたに何か特別なことが起きたりはしませんでしたか?」
「あの日――」

 ほんの三日前の出来事だ。夢であったような、そうであってほしかった現実が突きつけられた日。
 朝に目覚めてからの一連の流れを思い起こしている、ふと気が付いた。

「あの日は、おれが生まれたかもしれない日、だった」
「かもしれない?」

 曖昧な言葉にラディアが片眉を上げた。
 リアリムはぼんやりと家族からの祝いの言葉を思い出す。

「おれ、捨て子だったんだよ。生後間もない頃に森で眠っていたところを拾われて、父さんと母さんに育てられた。あの日は、おれが拾われた日だった」

 あれは小雨が降りそうな不安定な天気の日だったと、両親は語っていた。
 薬草を採りに森に出たところ、木の根元で真っ黒な布に包まれ静かに眠っているリアリムを見つけたそうだ。まるでこの世に生まれたばかりというように、髪はまだ湿り、目も開いていなかったらしい。
 辺りを見回しても親らしき人物どころか人影さえ見当たらず、困った二人はリアリムを集落に連れて帰り、そしてそのまま引き取り育てることにしたのだった。
 リアリムを兄と慕うリアーナは正真正銘夫婦の娘であり、リアリムは誰とも血は繋がっていない。しかし家族であるには変わりなく、リアリムにとっても、両親にとってもそれは同じことだった。リアーナはまだ知らなかったが将来真実を話すことが訪れたとて、きっと彼女のことだ、そうだったの、の一言で済んだだろう。
 両親からまるで本物の親子のような愛を受け取り、実子と同じように育てられたリアリムは、一切の負い目を感じることなく生きていた。だからこそ育ての親を実の両親のように慕っていたし、失ったときの悲しみは言葉にも表せない。思い返しただけでも、まだ日数を重ねることさえも出来ていない真新しい傷は鮮血を噴き出すようにずきずきと胸を痛ませる。
 リアリムがすべてを失ったあの日は、彼らの家族として招き入れられてからちょうど二十年の節目にあたった。夜にはいつもより少しばかり豪華な食卓にするのだと母ははりきり、父はリアリムが欲しがっていた愛用の短剣を譲ってくれるはずだった。数日前からリアーナが贈り物にと、手作りの首飾りを用意していたのをリアリムは知っている。
 今では彼らの笑顔とともに、それらすべては今や灰となってしまった。
 失うにはあまりにも辛いものを切り離された痛みが蘇り、それを押し留めるためにリアリムは深く目を閉じる。

「そう、だったのですか……」

 初めて明かされるリアリムの出生に、リューデルトは目を伏せた。

「もしあの日がリアムの誕生日だったとするなら、それが関係なかったとは言い切れません。後天的に魔を呼ぶ者の体質を覚醒させるなど聞いたことがありませんが、もとより症例が少ないものです。リアムのような場合もあり得るやもしれません」

 あの悲劇の日に、何かが変わった、という感覚は一切なかった。年齢を重ねたとしてもそれは実感できるには時間がかかるし、特別な儀式があるわけでもない。ただ祝福され、ただいつもより少しばかり気恥ずかしい日になるだけだった。それだけだったのだ。
 そっと目を開け、自分の手を見下ろす。何年も見続けてきた掌がそこにはあるが、勇者が言うような“魔を呼ぶ者”としての存在である認識は微塵も湧き起こらなかった。
 立て続けに起きた災禍の元凶が自分であると、何故信じられるだろう。そしてそれで家族を、故郷を失ったなど。
 そんなことを、信じろと言うのか。一人取り残された自分に。

「リアムが魔を呼び寄せる者、それも魔物まで呼びだしちまうともなればこりゃあ厄介だぞ。ここに置いといたらワンナはあっという間に魔族に食い荒らされちまうだろうな」
「ライア!」

 リューデルトの鋭い声に名を呼ばれ、ようやく自身の失言に気が付いたラディアは口を噤んだ。しかし彼が言葉にせずとも、リアリムはもう悟っている。
 何故、故郷は襲われたのか。何故現れるはずもない魔鳥が、魔物が出たのか。
 今後リアリムのいる場所では、同じことが引き起こされるのだろう。魔獣が集い、もしかしたら魔物が再び出現するかもしれない。今回は勇者の存在に大きく救われたが、そんな偶然そう滅多にあることではないのだ。
 突然発症したとされる、魔を呼ぶ体質。平和だった集落に突如としてヘルバウルが現れ、田舎町ワンナには魔物と魔鳥が姿を見せた。そのどちらにもリアリムがいた。偶然だというには、あまりにもありえないことが起こりすぎた。無関係と言いきれないのは何より、“勇者”に断言されてしまったから。
 リアリムは目の前が真っ暗になるような錯覚に捕らわれた。
 これから先自分に待ち受けるのは、間違いなく修羅の道だ。人々に害成す魔族を寄せてしまうのであれば、必ず傷つく者が出てくる。ましてや混沌と破壊を引き寄せる魔物まで呼んでしまうなど。
 そのままにしてきてしまったみなをいつか弔おうなどと、彼らに死を誘った自分がしてもいいのだろうか。このまま人々に紛れて暮らしてもいいのか。また魔族が来るとするなら、一体何ができる。
 何もできるわけがない。続けて起きた襲撃にリアリムがしてきたことは何もない。精々逃げ惑う程度だ。それなのに、これからどうすればいい。
 全てを失い、魔を呼ぶ者などと突然告げられ、いったいどうすればいいというのだ。

「つれていく」

 誰もが残酷な現実を突きつけられたリアリムに黙する中、静かな声が沈黙を破る。
 俯き思い悩んでいた三人が発言した勇者に顔を向けた。勇者はいつの間にか、空色の瞳で真っ直ぐにリアリムを見ていた。

「――勇者さま。まさか、我らの旅にリアムをつれていくとおっしゃるのですか」
「ああ」
「おいおい、本気で言ってんのかよ」

 茶化すような苦笑をあえて浮かべたラディアに、勇者は一瞥をくれるだけだった。

「それ以外ないだろう。魔獣程度ならまだしも、もし魔物が再び現れたとするならばこの町だけで対処しきれない。たとえリュドウの結界を張ったところで、傍にいなければ効果は三日と持たないだろう」

 勇者がこれほどまでに話すのをリアリムは初めて聞いた。
 いつになく饒舌に、淀みなく勇者は言葉を並べていく。

「こいつは一カ所に留まってはいけない。そして移動していてもなおも集まってくる魔族を退ける者が傍にいなくてはならない。とするならおれたちしかいないだろう」

 魔を呼ぶ者とは、リューデルトたちの様子を見れば恐らくそれは魔獣程度を呼び寄せてしまうだけなのだろう。しかしリアリムは恐らく魔物を呼ぶことができてしまう。
 魔物は鍛錬を積んだ騎士でさえ苦戦する相手であり、ワンナ程度の町の自衛体勢では当然敵いはしないだろう。今回被害を最小限に食い止められたのは、魔と対抗する者、勇者がいたからだ。
 魔物と少数でもぶつかれるのは勇者しかいないとさえ言えよう。なにより、これほどまでに厄介な存在を抱えようとする場所など、自ら受け入れようとしている勇者しかいないのだ。誰も近い未来、破滅を齎すであろう者を傍に置きたがるはずもない。
 リューデルトとてリアリムのおかれた状況をよくわかっていた。しかしそれでも首を振る。

「だとしても、我々の旅に同行させるなど。あまりに危険すぎます。勇者さま、我らの目的を忘れたわけではないでしょう?」

 勇者とは、唯一魔の王に対抗する力を持つ者。つまりいずれは魔王と戦い、勝利を収めねばならぬ者。
 旅の果てに待つのは争いで、それは世界の命運を分かつ重要なものとなる。その物語に参加するのはあくまで勇者と魔王、そして彼らに並ぶこともできる相応の力を持つ者。間違ってもリアリムのような一般人が立てるものではないのだ。それだけ、多くの危険をはらんでいるから。相当の実力者でさえときには蹴落とされ、命を落とすからである。
 リアリムが魔を呼ぶ者だということを差し引いても同行を許可できない旅をリューデルトたちはしているのだ。そしてそれはなにもリアリムを想ってことだけではない。リアリムという戦えぬ者は足手まといにしかならず、重荷として勇者たちの行動を制限させ、ときには危機に陥れることを危惧しているのだ。
 しかし勇者はリューデルトの台詞に表情を変えることはなかった。

「旅のなかでそいつの力を封じる術を探していく。すぐに魔王のもとへ行くというわけでもないし、これを放置するわけにもいかない」

 勇者が言葉を重ねたところで、やはりリューデルトは納得しかねていた。
 お互い譲らぬ様子を見せるなか、これまで口を閉ざし続けていたラディアがついに自分の意見を告げる。

「ま、それしかねえか。確かにおれたちくらいしか寄ってくる魔族ども相手にしきれねえだろうよ」
「ライア……」
「おれたちの旅に同行することでどんな危険がリアムにあんのはわかってるよ。だけどよ、このまんまじゃこいつはどこにいっても爪弾き者だ。言いたかねえがそれが現実なんだ。それならせめて、リアムにとって居心地がそう悪くない場所にいられる方がいいんじゃねえかって思うぜ。すくなくともおれたちなら魔族どもから守ってやれるし、なにより、どんな厄介者だろうが受け入れてやれる」

 真っ暗な中にいたリアリムに、まるで一筋の光が差しこむよう、ラディアの言葉は真っ直ぐに心に届いた。
 言葉を濁すことなくきっぱりとリアリムの立場を口にして、なおかつ誰もが受け入れ難い存在であるにも関わらず迎え入れようとしてくれている。それに偽りがあるようには見えなかった。
 暗がりから陽のもとに出るのを恐れるように、リアリムはそろりとラディアを見る。彼はまるで手を差し伸べるようにかりと笑った。
 リアリムがきゅっと唇を引き結んだのを見ていたリューデルトは、ついに諦観の息を深く吐いた。

「わかりました。勇者さまもそうおっしゃっていますし、責任をもって我々が保護することにしましょう。いいですか、リアム。こればかりはあなたの意思は尊重できません。わたしどもとともに来てください」

 そんな言い方はないだろうと言いたげにラディアは片眉を上げる。しかしリューデルトはラディアの反応など気にする様子もなく、ふわりと微笑んだ。

「一緒に探しましょう、その力を封じる方法を。今すぐには無理でもいつかあなたを本来いるべき場所に返して差し上げます」

 断るという選択肢は初めから用意されていない。リアリムの“本来の居場所”は多くの人が属しているところで、勇者たちがいるのはほんの一握りの者しかいない場所で。彼らとでは住む世界が違うのだ。それでもリアリムはその特殊な世界に交わらざるを得ない。
 一緒に旅をしたところで戦えなければ、出来ることもそうない。精々薬草集めをする程度だがそれとて魔術師リューデルトの存在があればそれほど必要なものでもない。加わったところでやはりリアリムは邪魔な荷物にしかならないのだ。勇者たちもそれをわかっている。そしてリアリムの身に降りかかる危険も、自らが背負う重荷も理解していた。しかしそれでも“魔を呼ぶ者”は引き取らざるを得ないのだ。
 ただの旅人ではない、重要な仕事を任されている勇者たちの障害になってしまったのに違いない。できることならいっそのこと放っておいてほしいが、そうもいかない。リアリムの存在はもはや野放しにしてはおけないのだ。どうしようもないことだとはいえ申し訳なかった。
 しかし、必要に駆られたこととはいえ、勇者たちはリアリムを受け入れたのだ。ともにいてくれていいと言ってくれた。そんな彼らの優しさが傷だらけの心にひどくしみる。

「迷惑かける、けど……よろしくお願いします」

 こんなにも胸が苦しいのは、絶望からか、一縷の希望からなのか。自分が今悲しんでいるのか、それとも喜んでいるのかわからなかった。
 多くのものを失った途方もない喪失感。それがともなう寂寥。しかし突きつけられた真実に、強い自責の念。置き場のなくなった苦しみ。自己の存在意義の是非を問い、答えは出なくて。唯一手に入れられたかりそめの居場所に、生きていてもいいのだと許された小さな安堵。
 あまりに溢れた多くの感情は交じり合い、リアリムの中に混沌を生み出す。
 もう、なにもかもがどうでもよかった。

 

back main next