わんだふるたいむ!

※ 106要素薄めギャグ寄り
※ 龍之介が言葉を一切話さない
※ ちょっとした下ネタあり



 音楽番組での収録を控え、楽屋で待機をするIDOLiSH7は、各々自由にして過ごしていた。
 そのなかでナギは、先日発売されたまじ★こなのウエハースを開けては、同封されているカードを確認後にウエハースを食べるという行為を繰り返していた。環にも協力してもらい二人がかりで食べていくが、バニラのみかつ単純な味わいなので、さすがに食べ飽きている。
 世の中には目当てのカードのみ入手して、セットになっている菓子は食べずに処分する者もいるが、それは自分の流儀に反する。そしてカードのコンプリートを目指すナギにとって、残りの二種が手に入るまで諦めるわけいはいかないので、まだしばらくはウエハース三昧だろう。
 他のメンバーも最初のうちは協力してくれていたが、すぐにギブアップされてしまったので、今の頼りはタマキだけである。

「タマキ、次にいきますよ」
「俺、王様プリン食べたい……」
「よくそれだけ甘いもん食っても王様プリンが出てくるもんだな」

 三月の呆れ声を聞きつつ、次の袋を開封しようとしたところで突然、部屋の扉が開かれた。
 台本を確認していたり、話をしていたり、スマホの画面を見ていたり、別々の方向を見ていたメンバーの視線は勢いよく開け放たれた扉へ向けられる。

「……十さん?」

 陸の呼びかけに返事はなかったが、そこにいたのは間違いなくTRIGGERの十龍之介だった。
 確か、今日は別番組ではあるが同じ局内での仕事があると聞いていたが、楽屋に顔を出すとは聞いていない。それにノックもなしの来訪など不躾であるし、みなと目を合わせても黙ったままでいることも彼らしくないとナギは疑問に思う。
 それになんだか、雰囲気がいつもと違うような。
 ナギ以外も同じように思っているのか、誰も声をかけられないまま、お互い窺うように目配せし合う。
 どうしたものか、おまえが聞いてみろよ、いやそこはリーダーが行くべきだろ、なんて言葉のない会話を交わしていると、龍之介はぐるりとIDOLiSH7の面々の顔を見回し、ナギに視線を定めた。

「……なんかリュウ兄貴、めっちゃナギっちのこと見てねえ?」
「……見てるね。ナギくんにご用なのかな」

 試しにナギの隣に座っていた環が離れても、龍之介の視線の先はぶれることがない。次にナギが環とは反対に動いてみれば、見る角度によって茶にも金にも見える瞳もそれを追った。
 間違いなくナギを凝視しているわけだが、誰もその理由に思い当らない。

「ナギっちの顔が変だとか」
「Um……ワタシに目を奪われ離せなくなるのも仕方のないことですが、男に見つめられても心踊りません。どうせならレディの瞳に捕らわれたいものですね」

 肩を竦めたナギを横目で見つつ、三月は小首を傾げる。

「十さんがナギに見惚れてるのなんかいつものことだけど、なんか様子変だよな」
「さっきから一言も喋ってませんしね……」

 一織の言う通り、突然来訪し、そしてナギを凝視したまま龍之介は扉の場所から動こうともしていない。環が手を振ってみても無反応だ。

「あー……十さん、うちのナギになんか用あります?」
「…………」

 龍之介からの返事はなく、メンバーはナギを放って円になる。

「ヤマさんが無視された……」
「お兄さん、十さんに無視されたのなんて初めてなんだけど……」
「どうしよう……もしかしてなにか怒ってるのかな」
「一言も話さないし、あり得なくはないよな……?」

 不安に顔色を曇らせる陸に、三月が頷く。

「六弥さんを見ていますし、彼がなにか怒らせるようなことをしたのではないでしょうか」
「あの温厚な十さんが怒るなんてよっぽどのことだよね。ナギくん、なにしちゃったんだろう……」
「ワタシはなにもしていませんよ? 昨日だって、お別れ普通にしました」

 のけ者にされたことで頬を膨らませながらも、聞こえてくる会話に割り込めば、メンバーの視線が、とくに大和の視線がやけに鋭く突き刺さる。

「あれ……? ナギくん、昨日は一人で秋葉原行くって言ってなかった?」
「一人でとは言っていませんよ」
「えっ! でも、誰かと会うのかって聞いたら、『イエス。素敵なガールとランデブーです』って言ったよ!?」

 ナギのモノマネをする陸に、ナギは彼らが何故そんなにも驚いているのか理解できなかった。

「……嘘はついてませんよ? 予約していたここなの抱き枕をお迎えし、彼女とデートしました。そのお供で十氏がついてきただけです」

 はあ!? と一人大きく反応する大和を押さえ込み、一織は龍之介を示す。

「ちょっと、今は十さんでしょう! とにかく六弥さん、十さんになにか話しかけてみてください。あなたからの反応を待っている可能性もあります」
「Hm……しかたないですね。やってみましょう」

 気が進まないが、ここまでIDOLiSH7が騒いでも反応のない龍之介が、ナギも気にかかりはしていた。
 彼の手前まで行き、声をかける。

「Hi、十氏。今日はどのような用件でいらしたのですか? アナタが無口なおかげでヤマトがいじけて――」 

 言葉の途中で、龍之介にがしっと両肩を掴まれた。

「ちょ……なにを――」
「わんっ」

 乱雑な扱いに抗議しようと睨んだナギに、龍之介はこれまでの無表情を一変し、笑顔で一鳴きした。そしてぎゅっと抱きしめられてくしゃくしゃに撫でくりまわされる。
 いつもであれば髪のセットが崩れるとすぐに突き放すところだが、今回ばかりはされるがままになる金糸がほどけ、撫でつけていた前髪が頬をくすぐる。
 乱れた髪に鼻先を突っ込んだ龍之介は、大きく息を吸い、満足げに頬擦りした。

「……わん?」

 IDOLiSH7全員の疑問と声が重なった瞬間だった。

 

 

 ノックの音に壮五が扉を開けると、そこには楽と天の二人がいた。
 彼らの登場に、普段であれば動揺し興奮する壮五も、この時ばかりは二人の来訪に感謝する。

「よお、逢坂。突然わりぃな」
「よかったです! 今、お二人にラビチャしようと思っていたところだったんです」
「――やっぱり、龍が来てる?」

 どうやら、彼らの用件とIDOLiSH7の悩みは合致しているようだ。頷き壮五が道を空ければ、室内の様子を見た天は額に手を当て溜息をつき、楽は肩を怒らせた。

「あっ、やっぱりここにいやがったな!」
「天にぃ!? それに八乙女さんまで!」

 それまでどうしたものかとみんなで困り顔をしていた陸だが、天の姿を見てガタリと椅子を鳴らして立ち上がる。

「邪魔するよ」
「ええ、どうぞ。むしろお待ちしておりましたよ。では早速ですが、これはどういうことなのかご説明いただけますか?」

 溜め息混じりの一織が天と楽に示したのは、部屋の半分の座敷になっている場所で、腰を下ろしたナギが、後ろからがっちり龍之介に抱きすくめられてぐったりとしている姿だった。
 龍之介に捕まってからというもの、ナギは何度も広い腕から逃げようとしたのだが、腹に回された腕の力が強くて抜け出すことができないのだ。抵抗しても純粋な腕力の差にずるずると引きずられ、座敷を上がった先の部屋の隅に連れ込まれてからそのままになっている。
 先程から何度、匂いを嗅がれ、髪を鼻先で掻き分けられたことだろうか。今も無遠慮に耳の裏を嗅がれ、ぞくりとした感覚が背筋を走り落ち着かない。おかげで腕は鳥肌が立っている。
 ――昨日の龍之介と高めた熱がまだ腹の奥で燻っている状態なので、あまり彼の熱を感じたくないのが本音だった。二人きりの時ならばまだ許してやってもいいが、今は周りにメンバーが勢ぞろいである。ずっと抱きしめられているから、すっかり彼の体温が移っているし、無意識かわざとなのか、ナギの身体の熱をいたずらに高める行動が苛立たしく思えてしまうもののどうしようもない。
 周りが二人を引き剥がそうとすれば、龍之介が誰彼かまわず睨みナギを隠すように遠ざけてしまうのだ。アイドルでさらには先輩で、しかも体格の良い相手で、今はなにかがおかしい正常でない状態に、強引な手段に出るわけにもいかず、とりあえずナギを与えておけば大人しいのでそのままにされているが、自分たちだけでは状況もわからず困り果てていたところだった。
 TRIGGERとしての仕事であるなら、メンバーである楽も天も同局に来ているはずだからと二人に助けを求めていようとしていたので、彼らのほうから姿を見せてくれたことは本当にありがたかった。

「――龍。とにかく一度、六弥を放してやれ」
「ううーっ……」
「……いや、みたいだね」

 楽と天が相手も言うことは聞けないらしく、龍之介は二人に唸るとナギを頭ごと抱き抱え直してしまう。

「ノー……暑苦しいです……」

 密着度が高まり、とうとうナギは弱音を吐いた。このままでは龍之介のせいでのぼせてしまいそうだ。
 ナギ、頑張れ! と三月が応援し、龍之介が反応しないところからうちわであおいでくれるが、熱源の元の男が邪魔をしてうまく届いてくれない。

「八乙女たちでもだめか」
「さっきからリュウ兄貴、犬みてーなんよ。わんって吠えるし、うーって唸るし」

 龍之介の真似をする環に、天は腕を組み顎に手を添える。

「――犬じゃない。狼だよ」
「は?」
「今の龍は狼なんだ。そう、思い込んでるんだよ」
「えっと……天にぃ、どういうこと……?」

 事の始まりは、TRIGGERが出演したバラエティ番組でのことだったらしい。
 番組の中で、有名催眠術師が登場し、出演者に催眠術をかけるというものがあった。苦手なものを食べられるようになるだとか、椅子から立てなくなるだとか、そんな定番のものをこなした後に人の精神を動物かえるというものがあり、それに指名されたのが龍之介だったのだ。
 龍之介のイメージにあった動物はなにかという事前アンケートで最も回答数の多かった狼になることが決まっており、龍之介は催眠術を受けた。
 そして術は偽りではなく見事に成功し、龍之介はまさに心が狼になったわけだが――なんと、術が解けなくなってしまったのだ。
 催眠術師がなにをやっても戻ることができず、番組は一時中断をせざるを得なくなった。
 ひとまず龍之介を落ち着けようと人の目のない楽屋へ移動している最中で、突如龍之介が走りだし、そのまま見失ってしまったのだ。
 探しているところにIDOLiSH7の楽屋が近くだという話を聞き、もしかしたらと思い訪れたら、案の定そこにいたというわけだ。

「つまり、まだ催眠術は解けていないままで、十さんは現在狼の心のままだということなんですね」
「じゃあ今、リュウ兄貴は催眠術かかってんの? すげー!」

 耳や尻尾があるわけでなく、見た目は龍之介そのものでしかないが、大和を無視したりみなに対して唸ったり、普段の彼であれば決してしない行動を目にしてきた環は、本当の催眠術の効果に瞳を輝かせた。

「まだ催眠術師いる? 俺もかけてもらう!」
「環くんはなにかなりたいものがあるの?」
「王様プリン!」
「王様プリンって動物なのか……?」

 大和の突っ込みなど聞いていない環が意気揚々と飛び出そうとするのを、壮五と三月が全力で止めに入る傍らで、陸は天に問う。

「でも、なんで十さんはナギのところにきたの?」
「狼は仲間意識が強く、愛情深い生き物だ。とくにつがいは生涯寄り添うほど仲睦まじく、強い絆があるというからだろうね」
「なるほど……十さんのナギくんへの行動は、つがいへのグルーミングと言ったところですね」
「ぐる……?」
「ようは、愛情表現ってことかな。恋人を抱きしめたり、キスしたりするようなものだよ」
「おお、なるほど」

 戻ってきた壮五が納得が言ったように頷き、戸惑う環に説明してやる。
 狼のグルーミングは体をすり寄せたり、毛づくろいをしたりする行為である。まさしく先程から龍之介が繰り返している行動だ。

「おっさんが目も耳も塞いでる……」
「二階堂は相変わらずなんだな」

 地蔵のように沈黙する大和を気の毒そうに見ながら、楽は再度龍之介に声をかけた。

「龍、戻るぞ」
「他のグループに迷惑かけないで。早く六弥ナギを解放してあげて」

 龍之介はちらっと二人を見るが、すぐにふいと鼻先を逸らした。

「こいつ……」

 楽の舌打ちに、陸と一織はひそひそ話す。

「狼って仲間意識強いんじゃないの……?」
「今の十さんには仲間と認識されていないようですね」
「じゃあ、ナギ以外は興味ないって状況なのかな」
「近付くだけで威嚇してくるくらいですからね……いくら八乙女さん方でも引き剥がすのは難しそうですね」
「りっくん、いおりん、あれ見てみ」 

 環が指差す先にいるナギを見て、陸と一織は憐れむようなまなざしを向けてきた。それもそうだろう。いまだにナギは解放されていない。
 服をぎゅっと握り込まれるものだから、皺だらけになってしまっている。衣装ではなくナギの私服なのでまだいいが、折角アイロンがけしてあるシャツがくしゃくしゃの状態で寮まで帰らなければいけない。これでは帰路の途中などで出会う美しい女性の視線がそちらに奪われてしまうではないか。そんなことで霞む美貌ではないのだが、まるで伸ばさず干してしまったような皺でだらしなく見えるのはナギ自身が許せない。
 それに、龍之介の匂いもすっかり染みついてしまっている。これではきっと動くたびに彼を感じてしまい、ガールズハントに支障をきたすことだろう。

「ナギっちの顔が無になってんの。ウケる」
「ウケなくていいです。それよりもこの状況をどうにかしなくては。早くしないと出番が来てしまいます」

 龍之介が楽屋を訪れてからそれなりに時間が過ぎてしまっている。もう間もなくスタイリストが入り準備をすることになるだろう。
 この状況を部外者に見られてしまうのは双方のグループにとって都合が悪い。説明できることとは言っても、いらぬ誤解を与えてしまうのも避けたかった。

「よし、仕方ない。こうなったら力づくでいくしかないな」
「これ以上、IDOLiSH7に迷惑をかけるわけにもいかないしね。せめて顔は傷つけないようにしよう」
「むしろ俺たちのほうがやばそうだけどな……」

 楽と天が最終手段に出ようとにじり寄ろうとしたところで、ナギの背後で龍之介が動いた。

「っ……」

 突然、耳に吐息がかかり、ナギはびくりと肩を震わせる。
 顔だけでも逃げようと首を傾けるが、追いかけてきた龍之介は、それを咎めるようにナギの白い耳たぶを甘く噛んだ。

「っ、あ……」

 熱い息が耳に吹き込んでくる。耳を手で隠したくても腕ごと拘束されているので無防備に晒すしかなく、ぞわぞわと背筋をかけるあまいしびれが昨日の逢瀬で行われた秘密の情交を鮮やかに蘇らせようとする。
 みながいるなかで声を零すわけにいかないと噛み締めるも、耳裏にキスされ、鼓膜に直接響くリップ音についにナギは涙目になった。

「ッこのケダモノ、もうイヤです! ヘルプミー!」

 逃げようと本気で暴れるナギを龍之介が押さえつけているとき、はっと環が気がついた。
 誰もがどう手を出すべきだとおろおろするなかで、環は隣にいた壮五の裾をちょいちょい引っ張る。

「なあなあそーちゃん」
「な、なんだい環くん。今は早くナギくんを助けないと――」
「あのさ。リュウ兄貴、勃ってね?」
「……え? あっ……お、おおき……!?」

 かあっと壮五の顔が赤くなると同時に、龍之介の変化に周りも気がつく。

「おい待てこれ……龍のやつ発情してねえか!?」
「まじかよ!? ナギのやつ本当にやばいんじゃ……!」
「ちょ、ま! やめろ龍! さすがにそれはまずいだろ!」

 楽屋内が騒然となる中、天は素早く陸の背後に回って視界を塞いだ。

「えっ、なに天にぃ!? なにも見えないんだけど!」
「リクは見なくてもいいものだよ」
「ちょっと! 未成年もいるなかでなに考えてるんですか!」
「お、落ち着け、一織……今の十さんは狼だから仕方ねえんだよ……たぶん……」
「生理現象ってやつ? リュウ兄貴はナギっちに興奮してんの?」
「え? 十さんがナギに興奮してるの……? ……えっ、生理現象!?」
「四葉さん! あなたは黙っててください!」
「なんでオレに隠すの!? オレは一織たちより年上なんだからな! せ、生理現象くらい……」
「陸」

 騒ぎが大きくなるなか、天が優しく陸に声をかける。

「な、なに、天にぃ」
「ねえ、覚えてる? 昔よく抱っこしていたぬいぐるみがあったでしょう。頭に葉のついた。あれね、実は犬だったんだって知ってた?」
「え、そうだったの!? オレてっきりたぬきかと思ってたー! 頭に葉っぱ乗ってたし、勘違いしちゃった。天にぃはいつから気づいてたの?」
「最初からだよ。あのぬいぐるみはくれた人の手作りだったんだ。本人から聞いたんだよ。本当はもっと早く教えてあげようと思ったんだけれど、陸ってばすっかりたぬきだって思い込んでいたから」
「あれくれたのって誰だったっけ?」
「ほら、お店でよく踊っていた――」
「りっくん、よく目隠しされたまま話しできんな」

 七瀬陸の双子の元兄の肩書きを使ってそれとなく陸の意識を逸らしていく天の手腕を目撃していた環はぽつりと呟く。

「環! おまえも手伝えって!」

 三月がナギに近付こうとするが、番犬がごとく龍之介が威嚇してくるので近づくに近づけない。

「いやこれ、手ぇ出したらぶっ殺すぞ、みたいな顔してんだけど……」
「十さんが本気で暴れられたら敵わないよね……」

 大和はすでに諦めて、腕組みしてナギたちを眺めていた。
 誰も助けに入れない、それどころか下手に手を出せば逆に手負いにされかねないとことを悟ったナギは、抵抗を止めて、低く告げる。

「Look」

 ぴたりと龍之介の動きは止まり、じっとナギの顔を見つめた。
 彼の視線と意識がしっかりと自分に向けられたので、ナギは次の指示を出す。

「Out」

 放せというナギからの指示に龍之介は渋る様子を見せたが、もう一度声音を低くし告げれば、悲しげにしながらナギを手放した。

「Good boy!」

 ナギはさっと龍之介の手がぎりぎり届かない場所まで離れてようやく一息ついた。そわそわとする龍之介が再び近づこうとしたので、stay、と一言命じれば大人しくその場に待機する。
 周囲から、おお、と感嘆の声が上がるなか、楽は複雑げに龍之介を見つめた。

「おいあれ、完全に犬扱いじゃ……」
「離れたんならなんだっていいよ。はやく龍を回収して戻ろう。こっちもいつまでもこのままじゃまずいでしょ」
「そうだな。他の出演者も待たせちまってるし、六弥に頼んでどうにか俺たちについてくるように指示を――って」
「OK! ではご褒美にここなのウエハース差し上げましょう」
「あっ、こらナギ! 自分がもう食いたくねえからって、十さんに押し付けんな!」

 三月が止めるよりもはやく、さっと龍之介の口に余っていたウエハースを押し込み、自分は新しいものを開封する。
 まずはなにより先に付属されているカードを確認して、ナギは出てきたものを天に掲げて歓喜した。

「アメイジング! ここなのUR出ました!」

 これまで出ずに苦労していたカードを入手したナギは、瞳を輝かせてその場で跳びはねる。
 カードを保護するための袋にキスをすれば、バニラウエハースの甘い移り香がした。

「リュウノスケ、次々いきましょう! 次はシークレット狙いますよ!」

 みなの前では下の名前で呼ばないように気をつけていたのに、興奮からうっかり二人だけの時の癖を出してしまう。それで再びスイッチが入ってしまったことに、まだナギは気づかない。
 すでに購入しているものなので結果は変わらないはずだが、運のいい龍之介が関わっていればもしかしたらなにか奇跡が起きるかもしれない。そんな期待にをしつつ、すっかりここなに心奪われていたナギが振り返った瞬間、いつの間にか距離を詰めていた龍之介が飛び掛かった。
 さっきまで萎れていた見えない獣耳はどこへかいって、かわりに股間の膨らみが復活している。瞳を獣のようにぎらつかせ、ナギを押し倒した勢いのまま下を脱がせようとした。

「わーっ!」

 

 それから龍之介が正気に戻ったのは、ナギから股間に蹴りを一発食らった後だった。

 

 後日、楽屋の隅でここなブランケットに包まり威嚇するナギと、土下座し詫びようとする龍之介、それを必死で止める他のアイナナメンバーの姿があったとか。

 おしまい

 2018.6.23

 

サプライズは当日に top 幸福の瞬間  R18