永遠は誓わない

※ 『十誕』のその後
※ 106の日お祝い作品


 

 それぞれ白いタキシードを身にまとった二人は、互いの姿を見つめ合った。

「ナギくん、今日はいっそう格好いいよ。……すごく、素敵だ」

 龍之介は、襟を正しているナギをうっとりと見つめる。
 甘く蕩けるような眼差しに満足したナギは、ふふんと誇らしく笑った。

「当然です。ワタシはいつだってパーフェクト。それが今日のために準備をしてきたのですから、今のワタシに敵う者などおりません。まあ、ワタシほどではないですが、アナタも十分いい男ですよ」
「あはは、ありがとう。見劣りしないように胸を張っとくよ」
「イエス。それで良いのです」

 素直に言葉を受け取り微笑んだ龍之介の胸元にふと目がいく。彼のイメージカラーに染まるポケットチーフの形がやや崩れていたので、ナギは失礼と一言断り二歩分距離を詰める。
 手早く直してやったナギはすぐに離れてしまおうとしたが、真白の中にある海色のそれを眺めて、胸元にぽんと手を置いた。

「リュウノスケ」
「どうしたの、ナギくん」
「もう、アナタが意地でも守ろうとしていた十九の子供はここにおりません。それでもアナタはまだ、ワタシを守らなくてはならないと思うのですか?」

 彼の正しい心に触れ、すとんとなにかが自分の胸に落ちたあの日を思い出す。頼りになるかと思えばどこか抜けていて、けれども驚くほど強情であまりにも真っ直ぐな彼の眼差しは、これまでにも時々ふとナギの中に思い起こされていたものだ。

「子供たちを守らなくちゃならないっていう気持ちと、ナギくんを守りたいと思う今の気持ちは同じものじゃないよ」

 顔を上げて、と龍之介に言われて素直に応じる。
 出会った当初からしばらくは、ろくに目も合わせることのなかった相手だというのに。一時は決して許すことはできないという怒りを覚えたというのに。
 別グループながらに、TRIGGERである彼のことはとても近くで見つめてきた。彼らなりの苦悩や困難があり、それでも気高き精神は失われることなく深い海の底であろうとも輝き続け、再び陽の目を浴びたあの瞬間の笑顔は誰しもの目線を奪う魅力があったことを知った。

「あの頃から時間が経ったからね。ナギくんだって変ったところもあると思う」

 年齢や積み重なった経験による意識の変化はもちろんのこと、髪は撮影のために今は少し伸びているし、反対に短くしたこともある。環境もアイドリッシュセブンになってから大きく荒波にもまれるような変動があったが、最近ではようやく安定しはじめた。
 だが最もたる変化はやはり、今こうして龍之介とともにいることだろうか。
 向かい合い、見つめ合い、けれどもいがみ合うわけではない。とても静かに傍に居られる。

「でも、この瞳だけは変わらないよ」

 龍之介を想うナギの気持ちも、変化したもの。けれども龍之介は、まるであの頃と変わらぬように、いつだって愛おしいものを見るようにナギの顔を覗き込んでは微笑むのだ。

「好きなものを好きだと言える無邪気さ、でも底に残っている聡明で冷静な理性を。きみの芯の強さを、優しさを。きみのその美しさを、いつだって俺に見せてくれる」

 ナギの頬に龍之介の手が添えられる。親指が目元を優しく撫でた。それがくすぐったくて、あまりに彼が嬉しそうに笑うのがなんだか眩しくて、ナギは目を閉じた。

「この先ナギくんがどんな風に変わっていこうとも。俺の幸福が今のこの一瞬だけのものだとしても。それでも俺は誓うよ。みんなに、ナギくんに、俺自身に。君を愛していると」

 ナギは一度長いまつ毛を震わせて、ゆっくりと目を開けた。そこには変わらず龍之介がいて、光を弾く白を完璧に着こなしている。それは彼の容姿だけが成しているものではない。彼が持つ自信や誇りが満ち溢れているからこそ、とてもよく似合っているのだ。

「――こんな日でさえ、ワタシもですと返せぬワタシに嫌気はささないのですか?」
「言っただろう。俺は、ナギくんを愛しているんだって」
「……アナタのそのゴージョーは、時が経っても変わらないもののようですね」

 迷いない言葉に、ナギは口元をゆるめて龍之介からぱっと離れた。

「ナギくん」
「ワタシたちは仲間ではありません。ですが善きライバルです。それなら変わることがないと誓うことができるのに、そこが最も二人にとって安全な場所であるのに、それでもワタシたちは今ここにいる――ワタシがこの道を選んだからです」

 龍之介の胸に置いていた手を、ナギは自分の胸に置く。

「永遠は誓いません。ですが、この一瞬だけだとしても、今だけは確かにこの心はアナタと同じであると言えるでしょう」

 今度は龍之介から距離を詰める。
 ナギの白い左手に日に焼けた浅黒い指先が絡まる。彼の右手は頬に添えられて、そっと顔が寄せられた。
 あと少しで唇が触れ合うというところで、二人の間にすいと挟んだナギの手が龍之介の唇を押さえる。

「誓いのキスはこの後ですよ」

 しぶしぶ龍之介は寄せた顔を上げた。明らかにやや不満げな表情に吹き出しそうになるのを堪えながら、ナギは部屋からの出口を示す。

「折角せっかくみなさんが用意してくださった宴ですよ。それに、ワタシだけでなく彼らにも誓うのでしょう?」
「……そうだね。それまで我慢しなくちゃ」

 その先になにがあるか思い出した龍之介の顔からは、するりと不満が消えていく。その代わり、いつものふやけた笑顔が浮かび上がる。

「まったく、ナギくんにはいつまで経っても敵いそうもないね」
「ワタシに敵うと思っていたのですか?」
「――いいや、いつだって君には完敗だ」
「よろしい。それでは、まいりましょうか」
「お手をどうぞ」

 差し出された手をとり、微笑みあった二人は、みなが待つ先へと続く扉を押し開いた。


 おしまい

 2018.10.6

 

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