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こちらは前ページの本編蛇足のさらに蛇足になります。後々になりこのお話ができました。
Desire完結後の未来、とある日の神と真司の会話になります。
ある意味これで完全にDesireは終了なのかな、と思いながら書かせていただきました。
これも確実な幸せとまではいきませんが、そこそこに納得できる終わりとなった気がします。


 

「なあディザイア。おまえにひとつ、お願いがあるんだ」

 そう静かに、初めて出会った時よりも穏やかな顔つきをする真司は口を開いた。

「おれに“役割”を与えてほしい」

 ほう、と息を漏らせば、神の言いたいことを長い付き合いから察した彼は苦笑しながら頷く。

「そう、選択の時に関わる役割だよ。言っとくけどな、おまえと岳人の秘密事なんてとっくの昔に知ってんだからな。あいつの馬鹿な願いなんてお見通しだよ」

 その言葉に神は常に浮かべ続ける笑顔を一瞬だけかたくする。しかし幸いなことにそれを真司に気づかれることはなかった。
 神は彼があの事実を知るにあたり関係しているであろう、彼の兄の名をぽつりと呟く。思いのほか小さな声であったが、真司は予想していたのであろう反応を確かに耳で拾った。

「ああそうだ、兄ちゃんから聞いた。兄ちゃんが黙ってるとでも思ったか? そんなわけないだろ、あの人だって竜人のつがいを持つんだから。……って言っても散々悩んだみたいでさ。岳人からも釘を刺されてたみたいだし、教えてもらえるまで十四年もかかった。それからおれが答えを出せるまで十一年。随分悩んだよ」

 合わせて二十五年。そうか、あれからそれほど時が経っていたか。
 神であるディザイアが老いることはなく、時の流れというものにとんと疎い。自身が変化しないからだ。しかし、それでも周りは変わってゆく。
 目の前の真司が二十五年もの時を重ね、顔に小さな皺を作るようになったように。他にも多くの者が相応に変化し、状況も変わっていった。それを傍から見つめていたが、しかし改めて過ぎた時間を突きつけられるのはまた違う。
 この身は変化せずとも、経験を重ねより一層温かみを増した真司の眼差しを前に、神は改めて時の流れを感じていた。しかし、変わったのは目に見えるものばかりではないのだ。
 知らずに十四年。知って十一年。不老の神には短い瞬きの時といえども、人間の彼には随分と長い時だったろう。

「それでさ、悩んだ結果おれなりに出した答えが、役割をもらうってことなんだよ。あいつはヴィルの跡を継ぐ真実へ導く者になるんだろ? でもさ、それが柱として一本だけじゃあまりに頼りなくないか?」

 変わった例えに素直に首を傾げれば、真司は待ってましたと言わんばかりににやりと笑う。

「選択の時を支える役割が、だよ。選択者、闇の者光の者は主役。その周りの脇役には見守る者、語り継ぐ者、導く者といるだろう? でもさ、導く者以外の脇役はいわば静観者だ。直接的に選択の時に関わりそれを支えるのはたったひとつの役割しかいない。一人で動き回るには選択の時は易しいものじゃないし、その中には主役たちの心の補助も任されてるんだろう? 少なくともあの岳人にできるものじゃないと思うんだよ、おれは」

 だからさ、と真司は悲観など一切していない明るい声音で、自らの力で選んだ未来を切り開く。

「だからおれは“支える者”になろうと思う。選択者たちとそして何度も選択の時に関わることになる、導く者の心を支える者に。おれは説明とか苦手だから、選択の時自体に関する大きい部分にはうまく入りこめないと思う。でもその周りの、導く者の手の届きにくい場所を見てできることは何かしらあると思うんだ。それでこそ不安になった選択者たちに話しかけたり、悩むことがあれば相談に乗ったり手を貸したり。そういう点についても元選択者であるおれなら経験したことを話してやれるとも思うし」

 前回の選択者としての、最大の脅威を前にした者としての記憶がある真司は、一度言葉を途切れさせて目を伏せた。

「――ただ、名前がついてなかっただけで。おれが迎えた選択の時にも支える者はいたと思うんだ。遥斗とコガネだよ。遥斗は初代選択者として悩むおれに色々教えてくれたし、残してくれていた本も心強かった。コガネはコガネで影ながら魂が消耗しきったヴィルの支えになっていた。だから、支える者っていうのが思いついたんだ。それに、さ」

 歯切れ悪く再び途切れた言葉。しかし、今度は顔を上げ、真っ直ぐに神と目を合わせる。
 覚悟が決まっている顔だった。何千年という長い時の中で神は多くの人々の、多くの感情を見てきた。その中でも強固な意志のようなものを感じさせる、決意の表情を真司はしていた。
 どこか物悲しそうに、けれども逃れられぬ定めから目を逸らさぬように。その口は語る。

「おれもう知ってるんだ。竜人が近い将来消え去ること」

 今度は神が目を伏せる番だった。とはいっても常に瞳を閉ざしているため、真司にその行動は伝わらなかっただろう。だが確かに、彼は自分を一心に見つめる男から目を逸らした。

「竜は長寿だけれど、それは竜の肉体を持つからこそ保たれるものだ。半分竜の半分人間の竜人に強すぎる竜の力は反対に身体の負担になる。――だから、竜人はみんな短命なんだろ」

 知っていたのか、とあくまでいつもの笑顔交じりの声を出す。しかしそれが精いっぱいだった。
 さすがに声に出せば神の心中を覗き見てしまったのか、真司は困ったように小さく笑う。

「おれも兄ちゃんも、十五さんや岳人、他の竜人のみんなからは何も聞かされはしなかった。でもこの二十五年間、若くして死んでいった竜人たちを見てみれば嫌でも気づかされるさ。それに、亡くなった数に対して生まれた子の数が少なすぎる。五人にも満たないなんて、いくらなんでも黙られてたってわかるさ」

 悟史が話しかけた内容であれば十五の心は嘘をつかず教えてしまうだろう。何故なら口が語らずとも心が包み隠さず話してしまうからだ。しかし、悟史も尋ねることができなかったのだろう。
 竜人が短命であると頷かれれば、最愛のつがいも、己の子も、竜人である彼らは総じてその対象となっているのだから。認めたくはないはずだ。それは真司とて同じはず。だが、彼はもうその事実を受け入れたのだ。
 岳人の秘密を知るまで十四年。それに答えを出すまで十一年。それと同じだけ、竜人の秘密を受け入れるに時間はかかったのだろう。そして、目を逸らしても変わらぬ事実を兄弟ともども受け入れる覚悟をしたのだ。

「――竜人は役割を担う一族。歴史と選択の時を語り継ぐ者だろ。竜人たちが消えればその役割を持った者もいなくなる。それなら継ぐ者という役割は必然的に記憶を継承できる導く者に回されるはずだ。その点でも、歴史を継ぐのは一人よりも二人の方がいいと思う」

 ここに来て再び役割について話が交わる。

「導く者はあくまで、正しい方向へ導くだけでいい。それが一番大切なことだと思う。だからそれ以外をおれはやりたい。他の役割を持った人に手を貸したい。遥斗の本のように。あれに書かれた以外の、その後に続いた話も。選択の時だけじゃなくこの世界のことも、エイリアスのことも。真実へ導かれるものを、おれはその傍らで語りながら支えたいんだ」

 ここで声は途切れた。沈黙する神に、返される言葉を真司は待つ。
 彼を閉ざした金色の目で見返して、ディザイアはかつて二度口にしたことのある言葉を告げた。
 足りぬ、と。
 それはヴィルハートの前世である悠雅と岳人が導く者になるきっかけとなったものだ。その時の二人には、選択の時に携わった者へのお礼もあったため役割を担うということ足りない分を補わさせ願いを叶えてやった。しかし今回真司は個人として神に願いを、もとい取引をしかけている。
 願いを叶えてほしくければ、それに見合う何かを差し出さなければならない。今の状況では足りないもなにも初めから提示されたものがない状況だ。だがあえて神は“足りぬ”という言葉を選んだ。
 静かに告げられたそれに真司は顔色を変えなかった。もしかしたら悟史を通じ代償の件も知っていたのかもしれない。だからなのか。
 彼は、笑った。

「願いを叶えてもらうために、おれの力をあげるよ」

 力? と思わず聞き返せば、真司は表情を崩さぬままに頷く。

「そう。おれの持つ、魔力と治癒力の合わさった混合の力だ。これなら結構役立つと思うんだよ。だから代償にこの力を渡す。とりあえず半分出して、あとの半分はおれが死んだ後でどうだ?」

 恐らく真司は、代償に何を差し出すかも考え抜いたうえで神のもとを訪れたのだろう。彼の自然な笑みを見つめながらそう悟る。
 確かに真司の有する混合の力は、かつてエイリアスが求めたように神にとっても魅力あるものだ。それならば彼の願いに見合うだろう。
 なんてことはない。あとはただ頷き、了承すればいい。だが神は、神としてではなくディザイアとして、変わらぬ笑みを湛えながら気づけば口にしていた。
 何故そうまでするのか、と。
 真司は僅かに目を開き、驚いたような顔をする。しかしすぐに顔に笑みを戻すと、今さらだなあと小さく笑い声まで上げた。

「約束したんだよ。おれが求める限り、あいつは傍を離れはしないって。それは反対におれが求め続ける限り離れることは許さないってことだ。それに、望み続けてくれてとも言われたから。そう約束したから、それなら果たさないとだろ?」

 穏やかな表情になりながら彼は続ける。

「それにさ。それに、おれ自身に誓ったんだ。もう忘れないって。岳人に泣かれないためにも。だからたとえ生まれ変わっても忘れてやるもんかってな」

 世界ディザイアからもといた世界に戻った時、真司は一時的に神によってこの世界の記憶共々封じられたことがある。それはすぐに自身の力で解き放たれていたが、その時初めて岳人が涙を見せたのだ、と以前真司から聞いていた。
 笑ってそう教えてくれていたが、心の底では彼に涙を流させてしまったことを悔やんでいたのかもしれない。ずっと、それにどう償えばいいのか探していたのではないだろうか。

「――何が今のおれのためだ。だったら来世ごと幸せにしてみろってんだよ。もうあいつ一人に大変なもの背負わせてたまるか。……おれだってそこそこ頼りになれるようになったと思うし、きっと一人じゃ辛いだけでも、二人ならなんだかんだ楽しくやれるとも思うんだ。それにこの人生であいつからもらったものの恩返しを、今すぐじゃなくって来世で少しずつしてくってのも悪くないだろ?」

 彼の顔に浮かべられたのは、初めて出会った頃のような笑顔で。
 ディザイアは口元の弧を深めながら大きく頷いた。
 それは了承の意。願いを聞いたということ。

「ありがとう、ディザイア。約束な。あとこれは岳人には秘密だから。大切なことをおれに秘密にしていた罰、来世で思いっきり叱ってやるんだからそれまでは黙っててくれよ」

 言葉に出されずとも真意を汲み取った真司は、そう言いながらそれまで腰を下していた椅子から立ち上がる
 その姿を見守りながら、ああわかったと快く引き受けた。仕返しの時にはぜひとも立ち会わせてもらおうと密かな楽しみを胸に抱く。

「ありがと。それじゃあそろそろ行くな。明日は早起きしないと」
「ああそうか、もう間もなくだったな」
「明日だよ。ちゃんと忘れず来てくれよ?」
「無論だとも、産声を聞き届けるとともにすぐにでも祝福に向かおう――それにしても明日か。きみの孫が生まれるほどに時は流れていたのだな」

 真司はただ、その過ぎたものを感じさせぬ笑みを浮かべ、愛する家族のもとへ帰っていった。
 扉が静かに閉められるのを見送った神は、常に口元にたたえる笑みを浮かべたままに、一人だけの部屋の中ぽつりと呟く。

「真実を支える者、か」

 

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 2014/01/30