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ここから先は本編の蛇足、岳里とディザイアのとある夜の会話を書かせていただいたものです。
Desire本編は前ページにて終了、あれで作者個人の気持ちとしては完全なるハッピーエンドです。
ここからは蛇足でしかなく、読む方によってはどこか後味悪い思いをさせるのかもしれません。
なのであの誰もが本当に幸せな形で終わらせたい方は、この先を読まないことをお勧めいたします。


 

 部屋にはディザイア一人だけがいた。本来付き人として神自らが選んだユユは三番隊副隊長としての職務を全うするため、今はディザイアの了承を得てこの場から離れている。
 そこへ、部屋の扉を叩く音が響く。

「どうぞ、開いている」

 相手にディザイアが応えれば扉はすぐに開けられた。そこから現れた岳人に、神は常に口元に浮かべる笑みを深くする。
 岳人は椅子に腰かけていたディザイアの隣へとやってくると薄く口を開いた。

「明日問われる願いを、今ここで聞き入れてもらうために来た」

 一切の談話をすることもなく岳人は単刀直入に本題へと切り込んだ。それは明日の夜明けとともに行われる、選択の時について。そしてその時叶えられる、選択者、光の者、闇の者のそれぞれの願いについてだった。
 本来であればそれは三人同時に神が問いかけ願いを順に聞いてゆくのだが、岳人は今それを自分一人だけを先に済ませようということらしい。

「なるほど。ならば光の者よ、きみの“誰にも聞かせたくない願い”とはなんだ?」

 たやすく核心をついたディザイアに、しかし岳人は一切顔色を変えることなく問いに答えた。

「この世界と真司たちの済む世界、ふたつの世界を繋ぐ道を作ってほしい」
「――ほう。また随分なことを言ってのけるな」
「不可能ではないだろう、互いを行き来させられるのだから」

 岳人が何か困ったことを言い出しそうな、そんな予感はしていた。だがまさか世界同士を繋ぐことを要求するとは思っていなかったディザイアは、さすがに驚きに笑みを小さくする。
 岳人は己の要求がたいしたものでないかのように、変わらぬ表情なき顔で淡々と続けた。神はその鉄仮面に苦笑を漏らす。

「ああそうだな、時間はかかるが道は作れるだろう」
「なら」
「だが、足りぬな」

 願いは聞き届けてもらえるか、とでも続けようとした岳人の言葉を遮り、ディザイアは薄く微笑む。

「わたしが叶えてやれる願いの範疇を超えている。もしそれを叶えるとて、ならば見合うだけの何かをきみはわたしに差し出さなくてはならない」

 あくまでディザイアが選択者たちの願いを叶えると言うのは、等価交換のようなものだ。無償で聞き入れているわけではない。
 選択者たちが選択の時を迎えることにより強いられる労力を、彼らの願いをひとつ叶えるということで恩を返しているのに過ぎないのだ。
 だが岳人は初めからそれを覚悟していたように、告げられた言葉に表情は揺るがない。その目を見れば心は動揺も落胆もしていないのが見て取れた。
 だからこそ平然とした顔で、自らディザイアへひとつ提示する。

「願いを叶えてもらうにあたり足りない分は、おれが新たなる“真実へ導く者”としての役割と継ぐことでまかなってもらえないか」
「消滅が間近に迫る、悠雅の――ヴィルの代わりとなるというのか」

 愛称だからこそ、本来人の名を呼ぶことができない神でも呼べるその名を口にすれば、岳人は強く頷いた。

「ああそうだ。ヴィルハートはもう限界を迎えている。次の転生が可能かさえ難しいところだろう。どのみち遅かれ早かれ消滅する。それはつまり、導く者として選択の時を迎える者たちを導く役目も果たせなくなるということ。ヴィルハートの消滅は導く者が不在になることを示す。だがすべてを知る後任は必要なはずだ」
「その通りだ。そのことに関してはわたしも悩んでいたとも。だが、その役割はどのものよりも過酷だぞ。本来の輪廻の輪から外れ、無理に転生を繰り返しやがては二度と生まれ変われなくなるだろう。きみという魂そのものが消滅してしまうのだから」
「構わない」

 ディザイアの言葉に岳人は伝言でも頼まれたかのようにあっさりと頷いて見せた。それに内心拍子抜けになりながらも、さらに言葉を続ける。

「――いいのか? きみが導く者としてこの世界に生まれ変わったとて、しかしきみの他に過去を知る者はわたしの他いなくなるだろう。この先どれほど死に、再び生まれるかもわからない。だが少なくともきみが愛する選択者も、わが子さえも次の生からは傍にはいなくなる。それでもか」
「ああ」
「悠雅がこれまでその孤独に耐えられたのは、支えがあったからこそ。遥斗の魂とともにあれるという、その魂を見守り、時には救い出せるというささやかな癒しがあったからこそだ。そのために彼は与えられた役目を背負い、何度も転生を繰り返してきた。だが、きみにそれはないぞ」

 さらに念を押すように言葉を重ねるディザイアに、岳人は静かに言い放つ。

「――おまえが、おれをどんな男と思ってるかは知らないが。単純だぞ」

 笑みを絶えず浮かべたまま、けれど不思議そうに首を傾げたディザイア。それを見ていた岳人は目を落とし、己の手を取り出しその甲を見る。
 彼が見つめる左手には、この男の子、竜人の子であるりゅうが生まれる時に発した試練の風が肌を裂いて作った傷痕がある。それは同じりゅうの親である、岳人の番である真司の右手にも同じように刻まれているもの。
 それを、表情を変えないながらもどこかその目で愛おしげに見つめながら、そっと口を開いた。

「今の真司が幸せであればいい。そんな、幸せを感じる真司とともにあれるのであればおれはすべてが報われる。だがそれにはこの世界の存在は、りゅうの存在は不可欠なもの」

 だから、岳人はディザイアへ、世界を繋ぐ道を求めるのだ。己が持つ、真の願いを叶えるために。

「だからおまえに望むのは、この世界とあちらの世界を繋げることだ。足りない対価も差し出す」
「――今の幸せの為だけに、今後どれほど続くかわからぬ孤独に耐えうるというのか」
「真司とりゅうと。ともにあれた記憶さえあればおれは生きられる」

 たとえその願いの先に誰にも知られぬ孤独を歩む道が待っていようとも。
 きっと、真司が岳人のこの願いの真意を知ればひどく悲しむだろう。この男の自己犠牲を誰より厭うのは彼なのだから。
 それを知っておきながら、故に岳人は一人先に願いを告げに来たのだ。この真意を知られぬよう、一人抱えた覚悟を教えぬよう。
 すべては、今の真司のために。己の未来すべて捨て去ってでもただ彼のためだけに。

「ならばわかった。きみの願い、確かに聞き届けた」

 ディザイアは目の前の男の決意に力強く頷く。それにようやく、岳人は小さく表情を崩した。

「すまない。だが、感謝する。――次の選択の時からはもうおれを使え。どうせもうヴィルハートは使い物にならないだろう」
「“解放”していい、というのだな。その役割から」
「――用件はこれで終わりだ。あいつらが待っているから、おれはもう行く」

 ディザイアの言葉に答えぬまま、岳人は離れそして扉へ開け、ろくな挨拶もしないまま部屋から立ち去った。
 光の者として、本来はこの世界の者として。岳人は選択の時を終えても今宵交わした約束も覚えたまま向こうの世界にゆくのだろう。
 しかしそんな彼とは違い、もともと向こうの世界の住人である選択者と闇の者はすべての記憶を神の手によって封じられることとなる。
 そのため、盟約者と最後の夜を過ごすつもりでいるのだろう。
 あまりにも一途すぎる、愚かしくも愛おしく思える竜人に。
 ディザイアは彼が消えた扉をしばらく見つめ、常に絶やさぬ微笑みを優しげに浮かべ続けた。

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 2013/12/31