願い

―――』※蛇足・真司編の数日前の話。

先にそちらをお読みいただいたほうがいいかもませんが、読まなくても問題ないです。

最初は過去高校時代→現在の流れ。
岳里視点



 もうすぐ朝のホームルームが始まるというのに、いつもならすでにいるはずの真司の姿がない。

 鞄の有無は教室に入った時点で確認をしているから、まだ来ていないのだろう。
 昨日は普段通り帰っていったし、体調が悪そうな様子もなかった。登校中に何か起こったのだろうか。
 ただその姿がないだけで落ち着かず、手の中にある読んでいたはずの本の内容が頭に入らない。
 落ち着けずにいると、教室の扉が開いた。そこに見えた顔にひとまず安堵する。
「おはよー……」
 ひどく疲れた様子で教室に入ってきた真司は、気だるそうなまま自席に座った。
「おはよ。珍しく遅かったじゃん。寝坊?」
「そんなとこ。おかげで今日は弁当用意できなかった」
 友人たちに囲まれながら力なく笑うが、その直後には大きなあくびをする。いかにも眠たげな姿は寝過ごしたというには納得だった。
 どうやら何かあったわけではないらしいと安堵したところで、真司は瞼を擦りながらその眠気の理由を説明する。
「実は昨日の帰りに、自転車に乗ってる子供がぶつかってきてさ」
 不穏な言葉に、完全に文字を追っていた視線は一点に留まり、思わず聞き耳を立ててしまった。そんなことをしなくても話し声は十分聞こえてくるが、意識のすべてが真司に向けられていく。
「え、大丈夫なのか?」
「ああ。向こうもそんなスピード出てなかったから。でも帰って身体を確認してみたら、結構な痣になってて……湿布は貼ったけど、夜のうちに地味に痛くて眠れなかったんだよ」
「大丈夫じゃなくないか。今も痛いわけ?」
「いや、今はわりと平気。痣はまだあるけど、腫れはないし。でも昨日あんまり寝れなかったから寝不足」
「ひどいようなら保健室で寝かせてもらえば? 事情を話せば休ませてくれんじゃねえの」
「なんらなら添い寝してやるぜ」
「それおまえがただ寝たいだけだろ」
 べっと舌を出して拒否した真司に、添い寝を申し出た友人がわざとらしく傷ついたふりをする。
 話しているうちに元気が出たのだろう、動きはいつもに比べてやや緩慢なままであるが、気力は回復したらしくいつものように友人たちとじゃれ合い始めた。
「痣になってんだろ、見せて見ろよ」
「やだよ」
「んなケチケチすんなってー」
「やめろつつくなっ」
 騒がしい声が上がり出したところで、意識を目の前に戻し読書を再開させた。
 あの様子なら本当に気にかけるほどの打撲ではないのだろう。寝不足は心配だが、かといておれの出る幕はない。
 少し前の行に遡る間にも、聞こえてくる真司とふたりの友人たちとの会話がまったく興味がないわけではない。だがふざけてはいても度を超すことはなく、真司が本気で嫌がらない節度ある範囲なので、彼らの会話はいつも気にしないようにすることにしている。
 たとえどんな身勝手な独占欲を出そうとそれを真司は知らないし、知らなくていい。遊びで済んでいる範囲なら外野でしかないおれが出ていくことはないし、なんにせよ静観するしかないからだ。
 それなのに全神経を真司に向けたままでは、互いのためによくない。それでも完全に意識を外すことは不可能だと真司と離れた時間の中で痛感しているため、ほどほどにするようにしている。
 ふと、再び文字を負う視線が止まっていることに気がついた。そして無意識に腰に伸びそうになった右手を拳に代える。
 自分がなにをしようとしていたのかはわかっている。触れようとしたのだ。本来であればそこにあるはずの、二人を結ぶはずの盟約の証に。
 しかし竜人の存在はこの世界の理から外れるためか、こちらの世界ではあるべき証は見えないでいる。だからこそ本来は生を縛られているはずのおれも真司と接触することなく暮らしていくことができるわけなのだが、自ら望んだことではないからなのか、それともどうしても会いに行かざるを得ない理由があればと願わずにいられないからか、時折ふと触れている時がある。
 それはきっと、真司との繋がりを強く求めている時だ。
 心血の盟約の証は二人の間で共有されるもの。一方の証に傷がつけば、もう一方にも同じ傷が刻まれる。それは二人の絆を可視化するだけでなく、一種の連絡手段ともなり、相手の危機を知らせる役割を担うこともある。
 しかし証が見えずにいるおれの腰は、昨日の帰りにぶつけたという真司の痛みを感じることはなかった。見えなくなった証は、痛みや傷を共有する力さえも失われているからだ。
 だから真司の身に迫った危険など知るよしもなく、眠れぬ痛みも分かち合うこともできず、自分ではない他人への報告で初めて事故を知った。
 ――もし、真司の身になにかあったら。
 あちらの世界と違って、こちらではすぐに察知をすることができない。主が求めれば即座に盟約の相手を呼び出すことができるがこの世界ではそれもできないし、何より真司は盟約の存在も、自分のことを伴侶と慕う者のことさえ知らないのだ。たとえ真司の身になにか起きても離れていればおれはどうすることもできない。それどころか、気づくことさえもできないのだろう。
 この世界ではあちらの理がほとんど通じない。おれと過ごした記憶を真司から奪った魔導具の効果も本来永続的なものであるが、この世界においてはいつまで続くか、何がきっかけで術が解けてしまうかわからない。
 これまで何度も友として真司の傍に行くことを考えたことがある。伴侶は無理でも、せめて近くにいければと。だがもしおれと接することがきっかけとなり、術が弱まり記憶が蘇ってしまうことが恐ろしかった。そうすれば真司はおれとの過去を思い出す。そしてその日に愛猫が亡くなり、深い悲しみに襲われたことも蘇り、そして連鎖して両親のことも思い浮かんでしまうのだろう。
 そんなことになってしまえばどれほどの痛みが真司を襲うかわからない。それはおれの望むべき事態ともっともかけ離れたものになってしまう。
 それにやはり、近づけば近づいただけ真司への想いは強くなるのはわかりきっている。今のこの距離でさえ溢れ出しそうであるのに、抑えきれる自信などなかった。
 だから傍にいたいと幾度も願いながらも、こうして関わりの薄い同級生の一人としてただ見守るだけが精いっぱいだ。これまでも、いつもただ遠くで、何をするでもなく見つめ続けるだけだった。
 それなのに――触れ合ったことなど、幼い頃しかなかったのに。
 それでもなお、ともに手をとり遊びあったあの一時の記憶は色あせずこの胸にある。
 深く関わることを自らに禁じ近づくまいと決意しても、それでも盟約を交わしたあの日から絶えず真司を求めてしまう。どんなに自らの内に封じ込めようとも無駄で、偶然目が合うだけでも心が歓喜に打ち震えるのだ。
 真司を想うたびに、またあの目を向けてもらいたいと思ってしまう。
 また声をかけてもらいたいと、また触れてほしいと願ってしまう。
 遠くからではない、誰かに向けられたものではない、おれだけに見せるあの笑みを浮かべてほしいと、再びその声で〝がくと〟と呼んでほしいと。
 もし再び真司と交わることになるとするなら、あちらの世界でとなるだろう。しかしそれは真司の苦難の日々を意味することになる。
 それは役割を与えられる苦悩だけではない。かつての、悲しみ。その痛み。きっと、忘れたままというわけにはいかないだろう。
 そうしたらおれのことを思い出すことが、あるのかもしれない。
 そんな想像をするたび、けれどもおれを思い出して深い悲しみに胸を痛めて涙する真司の姿しか思いつかなかった。
 おれに笑いかけてくれることなく、あの日の公園で一人声を殺して泣いていたように、膝を抱えて小さくなるような、そんなひどく寂しい孤独な姿ばかりで。
 触れたい。おれを見て欲しい――そんな浅ましい願いはいつでも腹の底でこちらを見据えている。全力ですべてのものから守り、小さな痛みすらも与えたくはない。どこかに閉じ込め、ひたすら安全な場所で平穏に暮らして欲しい。そんな身勝手な想いをすぐにでも叶えさせてやろうと理性を揺さぶってくる。
 真司を想い求めること、それが苦しくないといえば嘘になる。叶わない願いを諦めず追いかけるよりも、叶えてはならない願いを抑えつけるのはひどく疲弊する。
 それでもあの日、湖に映った泣き顔に手を伸ばしたことを悔いたことはない。ともに過ごした間の真司の記憶を封じたこともだ。再びあの場面に戻れたとしても、何度でも同じ選択をするだろう。
 聖人でないおれの願いは身勝手で、浅ましく、情けなく、息苦しくなるほど果てなく多い。だがそのすべての願いが叶えられなくても、たとえそれで自分が泣きを見ることなっても、ただ一つの願いが叶うのならいいと思える。
 真司が笑っていられるのならそれでいい。それが、おれのすべてだ。
 雑音のような欲まみれのくだらない願いの中で、胸の内で幾度となく繰り返してきた願い。
 その願いの前では、おれの望みなどささやかなもの。そのために二度と真司と交われないとしても、たとえ地獄の業火に焼かれることになっても、永遠に続く孤独を味わおうとも、それさえ叶うのならきっとすべてが報われる。
 二人を繋ぐものはおれの中にあるだけだが、ここにあるものだけで十分だ。
 何も知らず、友人たちと戯れる。その中で時折腰が鈍く痛むのか、眠いのか、いつもより元気がない真司の姿。
 もしおれが傍にいられたら守れただろうか。もしかしたら、真司の笑顔が向けられる先は違うものだったろうか。もしかしたら、こんなにも苦しく想うことはなかっただろうか――
 いくつものもしもを考えながら、そのすべてを否定し今の二人の関係がすべてなのだと受け入れる。
 きっとこの先も、愚かしくも繰り返されていくのだろう。
 真司とつがいになったあの日、こんな日々になるとは思わなかった。
 あの時はまだ、幼くとも自分のすべてでつがいを守り、彼が涙する理由を取り除くと意気込んでいて。その見返りはただ、彼に名を呼んでもらい笑いかけてくれるだけで十分だった。
 でも、おれは選択したのだ。そして今がある。
 真司の笑顔の先がおれでなくてもいい。ただ、幸せで在れるのならと、痛みに泣かずにいられるのならそれでいい。
 だからこそおれは願う。
 何も知らない愛しいつがい。どうかこのまま何も知らぬまま、平穏無事に過ごしていけますように。


 開いていたパソコンの電源を落とし、椅子にもたれてかかって深く息を吐いた。
 仕事が立て込みここ数日間は書斎に籠りきりだったが、ようやく終わりの目途がついた。まだ書き上げたばかりで推敲を終えていないので油断ならないが、安心してひと眠りするくらいのゆとりはできた。
 椅子から立ち上がり、その足で寝室へと向かう。
 部屋の中は夜の暗闇に染まり静まり返っていた。竜人は夜目が利くので、明かりはつけないままベッドに近づく。
 そこには、先に入っていた真司が健やかな眠りについている。今日も遅くまでかかると伝えてあるので、いつも通り日付が変わる前には寝たのだろう。部屋の扉を開けても目覚める気配はない。
 いつも空けてくれている場所には入らず、ベッドの手前の床に膝をつき、目を閉じる真司の姿を眺めた。
 どれほどそうしていただろうか。ふと、薄く真司の瞼が開いた。
「ん……がくと……?」
 寝起きではっきりしないのか、目を凝らしながらおれを呼ぶ声は舌足らずな幼子のような響きとなる。
 起きる気配はなかったはずだと思ったが、いつのまにか時間が経っていたらしい。まだ暗かったはずの外に薄らと光が混じり出したのか、カーテンの隙間から漏れる明かりが柔らかく色づき始めていた。
「すまいない、起こしたな」
「んー、なんとなく目が覚めただけだよ。それより、そんなところで何してんだよ」
 ほら、と両手を広げるように真司は片腕で毛布を持ち上げる。
 素直に従い隣に身を滑り込ませると、まだ眠たい真司は目を瞬かせながら問いかけた。
「なに、してたんだ? 真っ暗いなかで」
「……おまえを見ていた」
「またか」
 真司は苦笑する。時折おれが同じことを繰り返しているから、いつものやつだと思ったのだろう。
 タイミングは同じではない。仕事が立て込んでいるときもあれば、一息ついたときもあるし、なんでもない日の夜でも、ふとしたとき先に眠っている真司の顔に見入ってしまうことがある。
 今回は執筆している作品の舞台が高校で、主役は教師だが登場人物には生徒が多く、高校生だった頃の自分を振り返ったせいだろう。あの頃は真司のことを遠くから見守るばかりで、友人として遊ぶことはもちろん、寝顔を見ることさえ考えられなかった。その当時の記憶が蘇り、気がつけば真司を見ていた。
 そのすべてで真司が目覚めるわけではないのだが、初めて起きたときはそれは驚いていた。竜人と違って夜目が利くわけではなく、暗がりで視界が定かでないなかで、ぼんやりとした人影が自分を見つめているものだから恐ろしかったらしい。
 だが繰り返しているうちに慣れたらしく、今では寝起きでもすぐにおれだと判断できるようになったようで驚くこともなくなっていた。
「またなにか弱ってんのか。まあ、弱ってるおまえはいつものふてぶてしさとは違って、しおらしくてちょっと可愛いけど」
「……いつでもおれはしおらしいと思うが」
「自分で言うか? というか、どこをどうとればしおらしいと思えるのか……でもまあ、普段もいじらしくはあるかもな」
 何が楽しいのかはわからないが、まだ寝ぼけ気味の真司は愉快そうに笑った。それに釣られて口の端をわずかに上げると、ふとそれを見た真司が顔を覗き込んでくる。
「なあ。岳里はまだ、おれが笑っていられることが願いなのか?」
「ああ」
 久しぶりに苗字で呼ばれた。本人も気づいていないし、無意識のものだろう。
 今ではほとんど岳人と呼ばれるが、ディザイアで過ごしたあの頃を思い出すときに当時の呼び方に戻ることがあった。
「そんなんでいいのか?」
「おれにとっては大事なことだ。それに難しいことでもあるから」
 実際にディザイアに渡った頃、真司を泣かせてばかりいた。何度雨を降らさせてしまったことか。
 困難な事態に直面していたとはいえ、守ると誓ったはずの自分の不甲斐なさが悔しくて、そして悲しく厳しい現実に直面する真司の傍にいるのに何もしてやれないことがつらかった。
 たとえ竜人としての力があったとしても、力だけでは守ることはできない。あの世界の人々がいて、悟史や、子供たちがいて。みなに支えられてようやく今の幸せがある。おれひとりの力では叶えられない願いだと知っているからこそ、真司が笑っているただそれだけのことがとても難しくて、そして尊いことなのだと思えるし、だからこそ今でも願いは変わらない。
 おれが真司の寝顔を見てしまうのと同じように、真司も時々この質問をおれにしてくる。
 その度に答えることは同じで、いつも真司は、そっかと呟き、それ以上の言葉が浮かばないのか口を閉ざすばかりだった。
 しかし今日は違って、おれから目を逸らすこともない。
「難しいことなのかな。すごい簡単だと思うけど? これまで一緒にいて、岳里はそう思えない?」
「……簡単なんて、思ったことはない」
 いつだってどうすれば真司が笑ってくれるのか考えている。どうすれば幸福を感じてくれるのか。
 でも明るい真司の笑顔はいつも自分ではない誰かから引き出される。今でも試行錯誤の日々であるのに、簡単などと思えるはずもない。
 さすがに長年の苦労を軽んじられてしまうのは、真司であっても――真司だからこそ、少々面白くない。おれの願いを知っているし、常にそれが念頭にあるとも誰より知っているのは他ならない真司だからだ。
 自分ではむっとした顔をしたつもりだが、周りからは変わらないと言われる表情を、それでも長く連れ添っているつがいはしっかりと読みとったようだ。
 いつもであればこういうとき軽い調子でごめんと謝り受け流されてしまうのだが、今日はここもまた違った。
「ならきっと、おれが叶えようとしていることを聞いたら、吃驚するだろな」
 真司はもったいぶったように不敵に笑う。
「なんだ」
「おまえを泣かすこと」
 様々な内容を予測していたが、真司の口から出た予想外の言葉に一度ゆっくり瞬く。
 脳内でその意味をかみ砕き、結論として理解不能と出て、機嫌が悪いわけではないが思わず眉が寄る。
「……なんだ、それは」
「詳細は秘密。でも、おれを笑わせるよりもおまえを泣かせるほうがうんと難しいと思わないか?」
「……そうか?」
 確かにあまり涙が出るということはないが、願いを言われるほどのことではないのではないか。
「そうだよ。こんだけ一緒にいるのに、おれはおまえが泣いたのなんて一度しか見たことないんだぞ」
 いつのことだろうか。その疑問が顔に出ていたのか、真司は呆れた表情となる。
「ほんと、おまえって自分のことには無頓着と言うか……。まあ、おれが覚えているからいいけどさ。でももうちょっと岳人は欲張りになってもいいと思うけどな」
「真司」
「ん?」
「もう一度、呼んでくれ」
「……岳人?」
 ただ一言、真司の口からその名で呼ばれるだけで満たされていく。
「もう一度」
「なんだよ、今日は随分甘えただな。……岳人、もう寝よう。疲れたんだろ」
 微笑ながら腕を広げた真司はおれの頭を抱きしめ、ゆるりと背中を撫でていく。息子たちがまだ幼い頃によくやっていたことで、完全にあやされていると理解しつつも、抗うことなどできるはずもなく、こちらも腰に腕をまわしながら目を閉じた。 
 真司がこの腕の中にいて、そしておれも真司の胸の中にいる。
 おれをがくとと呼んでくれる。そして優しく笑いかけてくれて、抱きしめてくれる。
 二人も子どもに恵まれ、そして近いうちには孫も生まれる。
 真司をただ見守るしかできなかったあの頃のおれからすれば、今のおれはきっと予想もできなかった奇跡の中だ。
 今でも時折、夢を見ているんじゃないかと思うことがある。あまり都合が良すぎて、穏やかで、満ち足りた日々に。だからこそきっと、この現実が決して約束されたものではなかったのだとふとした時に過去が思い知らせてくるのだろう。
 おれの願いは叶え続けなければならないものであるから。綻びが生まれれば今のこの願い続けていた日々が一瞬に崩れさることもあるからと。
「おやすみ、岳人」
 頭にそっと口づけられる。優しく背を撫でてくれる手が心地よく、次第に意識は眠りの中に落ちていく。
 微睡む思考の中で、自嘲する。
 もっと欲張りになっていいと言うが、そう思うのは真司だけだ。
 他の者は真司への執着の強さを知っている。それに対するおれの欲深さも、知らないのは真司だけだろう。
 でもそれでいい。
 結局のところ、願いとはエゴだ。誰かのためを想ったものであっても、それは自分が望んでいるだけのこと。当人がどう思おうが、こちらの希望を押しつけているだけにすぎない。
 時に誰かの願いが誰かの重荷になるとしても、そんなものは望まないと言われてしまっても、それでも願わずにはいられない。
 たとえそのための犠牲が出たとしても、それがおれ自身になろうとも。だが真司がそれを望まないこともわかっている。
 それでも願う。
 心優しい愛しいつがいが、どうか最期の時まで笑みが絶えぬ日々を送れるように。
 そして願わくば――その隣に、一秒でも長く傍にいられるようにと。

 おしまい

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