名残惜しくも思えたが、次に進まないといけない。おれたちは一度はかたく結んだ抱擁を解き、覚悟を胸に一階へと降りた。
 そこでは以前と変わらぬ姿でカランドラさんが座りこんでいて、目を閉じていた。けれどおれたちに気づき、静かに金の瞳が開かれる。

「腹は決まったか」
「ああ。――長よ、アモル・バロークへ行くことの許可をくれ」

 しっかりとした声音で答えた岳里は、祖父にあたるはずのカランドラさんを“長”と、そう呼んだ。そこで初めて、今目の前にいるその人が竜族を束ねる、一族の長なのだと言う事実を知る。
 けれど、それに驚いてる暇なんてない。
 岳里の言葉にカランドラさんは頷き、腰を上げた。

「神域へ立ち入ること、許そう。わしもついて行くことにする、急ぎであるのだろう」

 ああ、と返事をした岳里に振り返ることなくカランドラさんは歩き出した。
 曲がりない背筋を凛と伸ばし、その年齢を感じさせない背をおれに見せる。背も高いからか、白が混じる髪といえども身に纏う厳粛な雰囲気もあり、その後ろ姿だけ見せられればまだ力強さを持つ青年にも見える気がした。
 気づけばカランドラさんに目を奪われていたおれに、向こうから声をかけられる。

「こっちだ、盟約者どの」
「は、はい」

 きっとおれだけがぼうっとしていることに気づいているんだろう、名指しされ慌てて、ゆっくりとけれど確かに先に進む背を追いかけていく。
 入口なんであろう、垂らした赤い布を押し上げカランドラさんに続き外に出れば、顔を合わせた太陽にじわりと身体が温められる。振り返ることなく突き進む背中についていきながら、おれは見慣れない景色に視線をあちらこちらに向け、竜族の里というものを目に焼きつけていった。岳里が生まれ、育った場所。そんな大切な場所に、今おれはいるんだ。
 おれたちが出てきたカランドラさんの家の周りには、それよりは一回り二回り小さいけれど同じように家がぽつりぽつりと存在していた。どれも土を固めて作られているようで、地面とくっついているかのように壁と地とに堺はなく、屋根に当たる部分も丸く形が整えられている。みんな入口らしい穴には様々な色の布を垂らし、窓に当たる部分にも同じく入り口と合わせた色の布がかけられている。
 家の周りを縁取るように茶色の地面が露出しているけれど、少し離れれば草が茂り、時を経た立派な木も多く立ち並ぶ。そんな中に、ちらほらと人の姿があった。
 簡素な飾り気の少ない服を着て、おれたちをじっと見つめる。うかがえるのは三十代ほどから、白髪交じりの初老ほどの人が多い。総じて老人屈強な肉体をしているのが遠目でもわかった。髪の色はこの世界の特徴である様々なものだったけれどどこか落ち着いた色合いが並び、みんな、金の瞳であるのは共通している。見える人たちみんなどこか似た雰囲気、どこか似た容姿な気がした。もしかしたら、竜族の特性なのかもしれない。
 壮年の多い竜人の中に、一人だけ、若い男がいた。二十代半ばくらいのその人も周りと同じくおれたちを見ている。
 みんなの視線はまず長であるカランドラさんをみて、そしてここの一員であった岳里を見て、その盟約者であるおれへと向けられ、最後におれたちが進む先へとゆく。そんな、竜族の人たちの視線を辿るようにおれも目を見上げ、ひとり静かに息を飲む。
 アモル・バロークはすぐにわかった。里の中心にある、大樹。それしか聞いていなかったけれど、それだけでも十分、その存在を存分に主張してたから。
 おれたちが向かう先に、一本の巨大樹が見えた。それが、アモル・バロークだろう。その周りにも木が見えたけれど、巨大樹は高さだけでもそれらの四倍はあり、その分どしりと幹も太い。けれど何より目を引いたのが、真っ白な葉とそして幹だった。ただの目の錯覚なのかはわからないけれど、ほのかに葉が発光してるように見える。その白の中に、ぽつりぽつりと赤い点のようなものが混じっていた。
 まだアモル・バロークは遠く、巨大樹との間を隔てる木々を避けながらも黙々と先に進んでいく。足を動かし続けているといつしか、恐らくアモル・バロークのものである白い根がところどころ地面から顔を出していた。
 歩いている途中岳里が教えてくれたけれど、今おれたちがいる場所、竜族の里がある場所というのは、カルデラ、なんだそうだ。そもそもカルデラがなんなのかわからなかったおれに、まずそれから岳里は説明してくれる。
 カルデラとは火山活動によってできた、火山地域に存在する窪地のことらしい。一口にカルデラといっても種類があるらしく、この場所は火山の頂上であり、かつて多量のマグマが一気に噴出し、その影響で生じることになった空洞が陥没してできた、陥没カルデラ、だそうだ。アモル・バロークはそのカルデラの中心にそびえ、山全体に根を張っていると、岳里は言う。
 あまりよくはわからなかったけれど、アモル・バロークがどれほど大きいのか、ということだけはわかった気がする。山全体に根を張る、なんて想像すらできない。でもあれだけ巨大なのだから、できなくても十分納得はした。
 さらに歩き、巨大樹が間近に迫ったところでようやく木々を抜け、根本が見える。けれどその手前はアモル・バロークを囲うように丸く堀のようになっていて、そこには水が溜まっていた。カランドラさんの後に続きその傍らまでやってくれば、思ったよりも底は浅いということがわかる。そして、水がとても澄んでいることにも。
 透明にきらきら輝く水面を見ていると、カランドラさんがそのままそこへ足を突っ込んだ。足先で水を掻き分けながら進んでいき、それに岳里もちらりとこっちに振り返りながらも続く。おれも水に足を入れ、濡れながらも二人についていった。水は踝が浸かるくらいで特に歩きにくいとも感じないまま、また地面に上がる。
 ようやく白い幹に手を伸ばせば触れる、というところにまできて、カランドラさんは足を止めた。そして、ゆっくりと巨大樹を見上げる。おれも同じように足を止めて上を見れば、白い枝が空を覆うように伸び、同じく白い葉を豊かに生やしていた。遠くからちらちらと見えていた鮮やかな赤はどうやらこの木の花だったらしく、目を凝らしてどうにかその姿を捕えることができる。
 花は、椿によく似たものだった。あまり植物に詳しくないおれの知るなかでは多分それが一番近い。一重咲きで、どれを見てもあまり花弁は開いてないから、たぶんそういう花なんだろう。
 岳里が言ってたように花の成長はそれぞれで、蕾のものもあれば開きかけたものもあるし、枯れかけのものも。けれど、どんなに目を凝らしても、宝種と呼ばれるものらしいものは見当たらない。

「わしが採ってこよう。そこで待っておれ」

 これまでずっと沈黙していたカランドラさんは不意に口を開くと、突然その背中がめきめきと音を鳴らす。驚いて目を向ければ、丁度そこから竜のものである翼が、大きく身体から伸び出たところだった。いつでも翼を出せるようにか、背中はもともと大きく露出していたようで、ただそこに布が垂れているだけの構造だったらしい。生えた翼で服が破けることはなく。
 カランドラさんの鱗は、孫である岳里の紺色のものとは違い、髪の色と同じ渋みある赤だった。
 完全に翼が生えそろうと、そのまま一切おれたちの方へ振り返ることもなく空を飛び、広く枝を伸ばしたアモル・バロークの周りを旋回しながら上の方へ向かう。すぐに葉に隠れてしまったカランドラさんは、そう時間を置くことなく帰ってきた。
 音もなく元の場所に降り立ち、翼をしまう。そしてそのまま無言でおれに歩み寄ると、何かを握った右手を差し出してくる。受け取るために両手を差し出せば、カランドラさんは拳の中にあるものを手放し、それはころりとおれの掌の上に転がった。

「それが宝種だ」
「これ、が」

 岳里の言葉に、おれはまじまじと両手で支えるそれを見つめる。
 岳里が宝種と呼んだもの、それは、卵形をした種だった。一番身近にある鶏卵よりは一回り小さいものだけれど、形や色、感触までもそっくりだ。
 種と言われても、本物の卵を手にしているようで、おれはどうしようもできずずっと両手の中でそれを眺めてしまう。

「これが、宝種……」
「――帰るぞ」
「え、もう?」

 おれの呟きを聞き届けた岳里は、いつもの調子で短くおれに伝えてきた。でもこの瞬間に帰ると言われると思ってなかったおれは、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。岳里はそれを想定していたのか、そんなおれから顔を逸らして、こっちを見つめるカランドラさんと向き合った。

「ひとつ、尋ねたい」
「なんだ」
「赤き導きの本――あれが、城にあった。だが、本来はおれたち一族の管理下におかれているはずのあれが何故、あの場所にあったんだ」

 岳里が口にした名に、思わずおれは口を噤む。
 選択者という役割を持っていた、世界に初めて選択を下した人物が書いたもの。レードゥの前世であり、ハートという名で呼ばれていた遥斗が後に続く人のために作った本が、赤き導きの本。未だ詳しく岳里にその本については聞けていなかったけれど、どうやらあれは本来城にあるべきものじゃなくて、竜族が保管していたものらしいと初めて知る。
 その本の名を岳里から聞いたカランドラさんは、僅かに顔を曇らせた。

「いつの間にか盗まれていた。行方を捜していたが、よもやそんな場所にあったとは」
「いや、今はもう城にない。気づけば消えていた」
「そうか」

 そこで、二人の話は途切れる。淡々としたもので、必要最低限の会話。けれどしっかり重なった視線は、口にした言葉以上に何かを語り合っているように思えて、おれはそれの邪魔にならないよう、大人しく待つ。
 そう間もなくしてカランドラさんから目を逸らした岳里は、そのままおれの方へやってきた。

「行くぞ」

 おれの答えも聞かず腕を取られた。慌てて片手に宝種を、潰さないよう気をつけながら握り直す。岳里はそのまま来た道を戻るように水に足を突っ込み、ざぶざぶとそこを進む。挨拶もなく背を向けたおれたちに、カランドラさんは声をかけてくれた。

「また来い。待っている」
「――はい!」

 またこの竜族の里へ訪れる時。それは、子が生まれてくる時だ。
 おれと岳里の、二人の子がこの世界に。
 最後の最後で小さな笑みを浮かべてくれたカランドラさんに返事をし、手の中にある宝種を握る手をほんの少しだけ強め、おれは前を歩く岳里の背に目を戻した。
 進み、しばらくして水上がったところで、岳里は竜の姿になろうとおれの手を離す。
 ぴしりと鱗が頬に手の甲に、身体に生え、髪が静かに伸び紺色に染まり、瞳が輝き。けれどその途中、おれはずっと気になっていたことを口にした。

「なあ、岳里。最後に、その。おまえのご両親に挨拶、したいんだけれど」

 竜の姿になりつつあるからか、それともただそうしたいだけなのか、岳里は一度おれに目を向けるも、口を開かない。そのまま竜の姿となり、身を低くして、目で乗れと言ってきた。
 それに従って、おれは岳里の背中によじ登る。しっかりと片手で毛を握り、もう片方の手で宝種を割らないように握ったところで、おれたちを見守るカランドラさんと目が合った。小さく頭を下げれば、それとともに岳里が翼を動かし浮上する。風を感じて、慌てて岳里の身体にへばりつくように身を屈めて、体制を整えた。
 しばらくして、とん、という軽い振動がして、風が止む。顔を上げてみると地面が近くて、着地したことを知った。降りやすいよう身を屈めてくれた岳里から転げるように飛び降りれば、そこは湖のほとりだった。とても広くて、さっき見たアモル・バロークの伸びた枝すべてが収まりきりそうな程に思える。
 一度手にした宝種に目を向け、ひびが入ってないことを確認して安堵した。岳里が飛んでいるとき、咄嗟に握りつぶしてしまいそうになったからだ。
 ふう、と一息ついたところでようやく、おれは傍らにそびえる巨大な山の存在に気がつく。その山は雲よりもずっと高くて、山頂が見えない。きっとあの隠れた場所に、竜族の里が存在するんだろう。
 岳里に確認もとってないのに、おれは確信に近いものを感じていた。ぼうっとそれを眺めているうちに、岳里は人体に戻ったようだ。傍らに来て、湖に目を向けたまま口を開く。

「両親は、おれが生まれた時に二人とも死んだ」
「――そ、っか。ごめんな」

 静かに告げられた言葉に、おれは目を伏せる。その事実を知らなかったとは言え、悪いことを聞いてしまった。
 岳里はおれの考えを悟ったのか、構わない、と首を振る。

「亡骸はこの湖の中にある。死した竜族は皆、この湖の底に沈んでいる」

 おれは改めて、目の前に広がる広大な湖に目を向ける。水は澄んでいるけれどとても深いのか、底は全く見えない。そんな深い場所にたくさんの竜人たちが眠っている。岳里の、両親も一緒に。
 その場にしゃがんで手を合わせ、目を閉じた。
 心の中で岳里のご両親に挨拶をし、盟約者であることを名乗り出る。そして、これから生まれてくる岳里との子を報告して。次に来るときは孫の顔を見せます、と誓って。それから目を開けた。
 立ち上がると、背中に岳里が寄りかかってくる。振り返れば、岳里は水面を眺めていた。

「この場所は、おれをおまえと繋いでくれた場所でもある」
「ここが?」
「ああ。この水面が向こうの世界と繋がり、おまえのもとへ行く道が生まれたんだ」

 岳里の視線を辿るようにおれもまた湖へ目を向ける。ここを、幼い岳里はおれのために毎日のように通っていたのか。
 これまで、たくさんの命を包んできた水面は日差しを反射し、輝く。
 その光を見つめながら、おれは宝種をそっと両手で包み込んだ。

 

 

 

 城に帰ったおれたちは、すぐに王さまのもとへ向かい、宝種を実際取り出して事の成り行きを説明した。
 竜人の子の産声が神さまを目覚めさせる鍵になると。だからそのこともあって、おれたちは自分たちの子どもを産むことを決めたと。
 そう話せば、ネルは普段の飄々とした笑みをひっこめ、おれに問う。

「不安はねえのかよう」
「――正直、あるさ。おれたちだってまだ、人を育てられるほど成長できてない。ちゃんと生まれてきた子を育ててやれるのか、わかんないから。でももう決めたんだ」

 神さまを起こす、ということは勿論だけど、それだけじゃない。その子を早くこの腕で、岳里と一緒に抱きしめたいとそう思えたから。岳里の笑顔が浮かんだから。
 だから、決意したんだ。
 そこまでは言葉にしなかったけれど、ネルはじっと見つめたおれの目から悟ってくれたのか。しばらく沈黙していたけれど、ふといつものようににかっと笑う。

「ばっかだなあ、不安ならみんなで育てりゃいいんだよう」
「みんな、で?」

 ぽんと軽く出たその言葉に、おれは思わず目を瞬かせる。
 それに、王さまが笑んだ。

「そうだぞ、真司。何も君たち二人だけの世界ではない。わたしたちとて子どものことには詳しくないが、それでも手助けできるよう力を貸そう」
「みんなで生まれてきたガキ育てて、みんなで可愛がってやりゃあいんだあよ! そりゃおれたちもそんなこたぁしたことねえから、わかんないことだらけだけどよう。でも一緒に苦労してこうぜえ」

 明るい顔をしながらおれに抱きついてきたネルは、な、と言いながら嬉しそうにおれを見上げる。

「そうだあろ、真司ィ」
「……ああ」

 そうだ、おれたちは二人だけじゃない。ネルや王さま、それに他のみんながいる。これまでおれたちを見守ってきてくれたみんなが、ついている。
 子どもを産んで育てる、っていうのは、どれほど大変なことなのか。それは正直、よくわからない。ただ大変なんだろうっていうのと、どういうものなのかよくわからないことから生まれる不安と。ずっと、そんな黒い影は心の端っこにうじうじと存在していた。決意したけれど、でも全部消えるはずがなかった。
 でも今ようやく、本当に吹っ切れた気がした。
 おれは一人じゃないし、おれと岳里は二人っきりじゃない。これまでのようにたくさんの人に支えられて、助けてもらって、そうしてこの世界で過ごしてきた。
 それは、今ここで終わるような、そんな安易なつながりじゃない。

「――ありがとう」

 宝種を右手で持ちながら、おれはぎゅっと、この身体を大きく包んでくれる小さなネルの身体を抱きしめ返した。

 

 

 

 おれたちが子どもを作る、という噂はどうやらネルが拡散したようで、瞬く間におれたちを取り巻く事情を知る人たちに伝わっていった。
 わざわざ部屋に戻ってきたおれたちに会いに、忙しいはずの隊長たちが訪れて。みんなして頑張れだの、元気な子を産めだの。そんな一言を言うために来て、そして仕事に戻っていく。
 なんだが気恥ずかしい気持ちは大きかったけれど、でもそれ以上にみんなに支えてもらっていることを改めて実感できて、幸せだった。
 何より来訪者の中で驚いたのが、ミズキに引きずられ部屋にやってきたアヴィルだ。気まずげにおれと向かい合ったアヴィルはただ、応援している、とぶっきらぼうに一言残し、ミズキを残したまま去ってしまう。意外な相手からの言葉に驚くおれに、ミズキは前に言ったでしょう、あの子は素直じゃないって、と笑った。
 本当に素直じゃないんだと、改めておれは自分の中にあったアヴィルという人間像の形をひっそり変える。もともと根は悪いやつじゃないはずだ、と思っていたから、さっきの言葉がきっと本心からくるものなんだろうということはあっさり胸に落ち着いたんだ。
 そんな、本当にみんなから声援を受ける中、最後に顔を出したヴィルの言葉におれは固まるはめになる。

「ついにおぬしらも契りを交わすことになるのか。いやいやめでたい、存分に今宵励めよ」
「ち、ぎり……?」

 咄嗟に引きつる顔に、おれが言葉の意味を知らないと思ったのか、一緒にきたレードゥがにやつきながら教えてくれる。

「子作りすんだろ? なら、やるもんやるだろ。今日がおまえらの初夜ってわけだ」

 契り、よりはもう少し直接的な言葉が出てきて、おれは思わず吹き出した。そんな姿を見て、顔を見合す二人。けれどおれは、それを気にする余裕すらなく顔を俯かせ、一人真っ赤になる。
 そうだ、子作り、っていうことはつまり、そういうことだ。勝手に生まれてくるもんじゃなくて、そういうことをして初めて誕生への一段階を進むわけで。
 おれたちの間に子どもができる、っていう事実が衝撃的過ぎて、すっかり失念していた。
 ――ってことは、その、おれ、岳里と。
 声にならない叫びをあげ悶絶するおれに代わり、それまで沈黙を続け大人しくしていた岳里がレードゥとヴィルに言葉をかけ退室させる。けれどそれすら気づかないまま色々なことを想像し、頭を沸かせたおれは、その場にしゃがみこんだ。
 岳里は扉が閉められ、完全に部屋には二人だけになったところで振り返り、しゃがみこむおれに合わせ膝を折った。

「真司」

 すぐには顔を上げられないおれに、もう一度岳里は名前を呼ぶ。
 ようやく真っ赤な顔をしながらそろりと顔を上げれば、岳里は説明したいと、ベッドの上に導かれた。
 手を引かれるままその上に乗り、胡坐を掻けば岳里も同じように向き合う形に座る。
 けれどすぐには話しださない岳里に焦れ、おれは羞恥に震える声をそろりと吐き出す。

「その……やっぱり、する、のか……?」

 竜人と盟約者の子作りには、宝種が使われるという。なら、恐らく普通に行為に及ぶだけじゃなんの命も生まれてこないだろう。
 だからきっと、何かしら特別な方法が用いられるはずだ。もしかしたらそれは、岳里と――身体を、重ねなくてもいいかもしれない。
 心の底ではどこかそれを期待しながら問えば、あっさりと岳里は首を振った。

「おまえを抱く」
「だっ」

 何にも包まれない言葉に、おれはさらに顔を赤くするはめになった。
 不意に手が伸びてきて、思わず目をかたく瞑って身体に力を入れてしまう。けれどどうやら岳里の目的はおれでなく、おれが手にしたままでいた宝種らしく。手に握られていたそれを取ると、おれの目の前に宝種を掲げた。

「これを母体となるおまえの体内に入れ、まず四日かけて宝種を身体に馴染ませる。その次に六日目から三日間、毎日必ず一度はおれの子種をおまえの腹に出す」

 言葉を濁すことなく、躊躇いも恥じらいもなく淡々と言葉を続ける岳里に、それを聞かされるおれはいちいち気になる単語に反応をしてしまう。母体、だの、子種、だの。
 でも、大切な話だ。どう宝種を用いて、子どもを本来何もそういう器官がないはずのおれの身体に宿らせるか。どう、命が生まれるのか。
 だから、変な汗を流しながらも、ひとつひとつの言葉に顔を赤くしながらも、それでも岳里の邪魔にならないよう口を閉ざし、話しを聞く。
 それから続いた説明によれば、岳里と三日間交わった後、身体に受けた岳里のものでついに宝種はその卵のような形の中に命を生み出すそう。それからしばらくは身体を作るらしく、おれはその間安静にし、お腹の子の準備が終わるのを待てばいいらしい。
 それで残り四日になった時点でまた、その――三日間岳里と交わり、身体に岳里の精子を出してもらう必要があるそうだ。それで三日間最後の日に、宝種からおれたちの子どもが中にいる“卵”となったそれを産卵、して。最後の三十日目にして、竜族の里にあるアモル・バロークへ赴き、儀式を行ってようやく子どもが誕生する、というわけだ。

「……本当に、そんな短い間で子どもができるのか? 人間では十月十日だっていうのに」
「心配はいらない。神の力を大きく受けるアモル・バロークの生む宝種を用いることで、子は無事生まれてくる」
「そっか」

 その話を聞いて、一安心する。
 それから一度は宝種に目を向け、岳里へ視線を移し。そして顔を下げて、俯く。

「その……今日、やるのか」

 何を、とまで言わずとも十分おれの反応からでも悟った岳里は、顔を見れないおれに声で答える。

「ああ。今夜だ。と言ってもさっき説明した通り、まだおまえを抱けない。まず宝種を身体に入れるところからだ」
「かっ身体って、どこからだ?」

 まだ、とついたその言葉に動揺してかつっかえながら尋ねれば、当たり前のように答えられる。

「尻だ」
「……そう、だよな」

 薄々はそうじゃないかと思っていたけれど、岳里は本当に一切の羞恥というもんがないんだろうか。いくら男同士とは言え、なんていうか、実際やることやるって決まったわけだし。
 でも今更岳里に躊躇いというものを教えても仕方ないと、おれは息をひとつついてようやく心を落ち着ける。
 顔を上げて、目を合わせた。

「岳里はこれから、仕事に行くんだよな?」
「ああ。夕刻までには戻ってくる」

 竜族の里を出たのはまだ朝といえる時間帯だったから、おれたちは昼ごろには城に着いていた。報告やら何やらで慌ただしくしていたが、実は岳里は三番隊隊長としての仕事が待っていたんだ。
 帰ってきて落ち着く暇もなかったけれど、仕事なんだから仕方ない。
 わかった、待ってるとおれが頷けば、岳里はふと思い出したように口を開いた。

「アロゥから話があるそうだ。おれが仕事をしている間、聞いてくるといい」
「アロゥさんが? わかった。岳里はすぐ行くのか」

 こくりと頷いた岳里は、早速、と言うようにベッドから降りる。
 扉へ向かう背を見送っていれば、不意に岳里は振り返る。

「早く仕事を終わらせたい。夜が待ち遠しい」

 言葉を失うおれを残し、静かに部屋の扉はしめられた。

 

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