ディザイアが退室し、りゅうのお披露目と神さまとおれの顔合わせ、そして千里眼についての答えを聞くと言う、そのために集まったみんなはすべてが終わり解散することになった。
 最後に王さまから、近いうちに話されるであろうエイリアスの居所についてわかり次第行動できるよう、各自身を引き締め待機するように言い渡される。
 はじめに王さま、アロゥさん、ネルと席を立ち、りゅうを一目見てから笑顔で会議室から出て行った。それに続き他の隊長も各々立ち上がり、おれたちとりゅうにそれぞれ一声かけてから退室していく。どうやらもっとちゃんと話がしたいけれど、みんな自分の仕事に追われゆっくりしている暇はないそうだ。あとで改めて祝うからと、とにかくおれと岳里によく頑張ったな、と言葉を残して一人ずつ消えていく。
 その背を見送りながら、岳里もこの後部屋までおれとりゅうを送り届けたら自分も仕事に行くそうだ。三番隊隊長としての責務を果たす必要があるらしい。ただしおれはまだしばらくゆっくりしていろと、りゅうの傍にいろと言ってくれた。
 おれが手伝いにいく七番隊も忙しそうで、その隊長であるセイミアは真っ先に部屋を出て行った。けれどその際にセイミアからもしばらくは休んでいてくれと、すぐにでも手伝いに行こうとしていたおれの考えを見抜き先に釘を刺して行ったから、おれは二人に言われた通りにせざるをえない。
 けれど実際はまだ身体が重たく、回復しきってない体力にはありがたい話だった。それに手伝いとなればりゅうは置いてかないといけないだろうし、そう思えば、大丈夫だから出る、といういつもだったら言っていた言葉はおれの奥に留まる。
 全員を見送り、最後まで残っていたおれたちも会議室を後にし、自分たちの部屋へ向かう。
 もうすぐ部屋が見えてくる、というところで、不意に岳里が足を止めた。

「こっちだ」
「……そっちはおれたちの部屋じゃないだろ? どこに行くんだよ」
「それを説明する」

 だからついて来い、という岳里の言葉に、おれは疑問を抱きながらもりゅうを手に抱えたまま、先を歩く背についていく。
 岳里が進んだ先は目前に迫っていたおれたちの部屋ではなく、その手前にある曲がり廊下を少し進んだところにある別の部屋だった。今おれたちが目にしている扉と似たようなものが列になって並び、木製のそれには数字が彫り込まれている。
 おれたちの前にある扉には<3>、その左には<2>、右には<4>とあり、全部で十三ある。扉の装飾は違うけれど、それはおれたちの部屋、つまりは全十三隊の隊長たちにそれぞれ与えられた部屋の扉と似たような造りになっていた。十三ちょうどあるっていうのも、何やら隊長たちに関係がありそうだ。
 おれの予想は当たったらしく、岳里が説明をしてくれる。

「ここは隊長どもに与えられた、物置のようなものだ。隊長は城に住み暮らすが、与えられた一室だけでは荷物はしまいきれない者もいる。そのために設けられた、もうひとつの部屋だ」

 おれたちが使っている方は主に寝室に近いものだと思えばいいと、そう岳里は言った。
 話し終えると岳里は目の前の扉を開け、先におれとりゅうに中に入るよう促す。示されるがまま中に足を踏み入れれば、その後に続いた岳里が後ろ手で扉を静かに閉める。
 中は、おれたちの部屋とはそう変わらない造りをしていた。家具もほとんど同じで、ただ窓の場所が違うから配置もその分少し変わるけれど基本的に似ている。ベッドだけは違うようで、おれたちの部屋にはふたつ並んであったけれど、ここにはひとつだけだ。大の大人が二人寝転がっても十分ゆとりあるような大きなものだった。
 物置のようなものと言われていたから何もないのを想像していたけれど、この場所はこの場所できちんとしたひとつの人の住める部屋になっている。
 岳里に振り返れば、相変わらずの無表情な顔はおれを見ていたらしく、すぐに目が合う。

「なあ、ここは?」
「りゅうの部屋だ」
「――りゅうの部屋? どういうことだ、おれたちと一緒、じゃないのか?」

 返された言葉に思わず眉を顰めて、身体ごと岳里と向き合い詰め寄る。そんなおれに対し岳里は一度目を伏せ、またその視線をおれとりゅうへ戻しそれから、感情を押し殺した声で告げた。

「今はまだともにいられるが、こいつが空を飛べるようになったら。その時からおまえはりゅうの傍にずっとはいられなくなる。一人で会うことも駄目だ」
「どう、いう……意味だ?」

 本当に、岳里の言葉の意味が分からなくて。おれは手の中のしっかりとした重みを感じながら、戸惑いが強く滲む声で聞き返す。
 りゅうの傍に、ずっとはいられなくなる? 一人で会うのもいけない?
 どうして、なんで。なんでそんなことにならなくちゃいけないんだ。
 どこか急くような顔になっているのも気づかないまま、おれはもう一度、どういう意味なんだと問いかける。そんなおれから目を逸らすことなく岳里は答えを並べた。
 竜人は身体能力にとても優れた一族であり、普段その力は抑えて生活している。けれど生まれたばかりの赤子はその力の制御ができずに、周りのものを傷つけたり壊したりしてしまうことがよくあるそうだ。同じ竜人ならまだ対処できるけど、おれのような人間相手ならば相手がまだ赤子だろうとも簡単に腕の一本へし折られてしまう。
 生まれた竜人が初めて得る姿である竜の状態で自分の翼で空を飛べるようになった時。その時から一気に力が強まり、それ以前では腕を握られても多少痛みがある程度だったとして、今度は骨を折られかねないほどの怪力になるそうだ。そしてもうひとつの自分である人間の姿に変化できるようになった時、さらに力は強まるらしい。
 だから片親が人間である場合、その人間の身を守るためにも一時期我が子と距離を置く必要がある。それは子が力の加減を覚え、人間に危害を加える可能性がなくなるまで。それまで極力の触れあいは回避しなくちゃいけない。
 つまり、こうしておれの手の中にりゅうがいれるのも、限りがあるということ。
 りゅうを見るために俯いたおれを慰めるように、岳里は続けた。

「おれが傍らにいる時であれば、もしおまえに危険があったとしてそれを防ぐことができる。だからその時はりゅうと触れ合っていても問題はない。だがおれもその間は警戒をしなくてはならないし、一時の油断も許されることはなく、ずっと見てやることはできない」
「そっか……わかった。絶対に触っちゃいけないってことでも、ずっとそのままってわけでもないんだろ?」
「ああ。こいつが力の加減を覚えれば、あとは問題ない。時間はかかるが、待ってやってほしい」

 いつもの無表情だけれどどこか申し訳なさそうに、寂しそうに伝えてくれる岳里に、おれは頷いた。
 岳里も本当は、こんな話したくなかっただろう。おれが悲しむとわかっていて、それはあいつが一番嫌うことだ。自惚れじゃなく本当にそうだから、だからこそ今こんな顔になってるんだろう。岳里にしては珍しい、弱気な顔に。ほとんどいつもの表情と変わらないけれど、でも確かにそんな顔をしてる。
 でもこれはおれに深く関わることであり、見逃すわけにはいかないことで。竜人の子を育てるには避けられないんであろう道で。
 竜人でない、ただの人間であるおれにできるのはひとつだけだ。

「ああ、待つよ。待っている間会えないわけじゃないし、絶対に触っちゃいけないってわけでも、ずっとこのままなわけでもないし。――この部屋を用意したのは、そのためだったんだな」

 りゅうを誕生させるため、その儀式のために竜族の里へ飛び立つ前、岳里が王さまに言っていた言葉を思い出す。
 部屋を用意してほしいと、そこにはアロゥさんの守る結界を張っておいてほしいと、そう岳里は頼んでいた。その結界は部屋を外部の何かから守るわけでなく、内部から起こる出来事に対して部屋と城全体が壊れないように、影響を受けないようにするものだと言っていたけれど、詳しくは話されずじまいだった。後々わかるから、って。
 その時はどうして部屋がいるのか、どうしてそこにアロゥさんの結界を張る必要があるのか、何もわからなかった。でも竜人の成長に関して説明された今ならわかる。
 まだ力の加減を知らないりゅうは、部屋壊す可能性があって、さらには城自体が危なくなることもあり得るからだ。まだ赤ん坊だといっても竜人であるその力は、それほどまでに強力だということを示している。
 そして、ディザイアの言葉の意味もようやくわかった。
 “儀式を乗り越えたからこその苦しみがそこにあるが、そのための痛みでもある。それは光の者からきみへと話されることだろう”――あの言葉は、今岳里から話されたことを示しているんだろう。
 儀式が無事終われば、子どもはこの世に生まれてくる。でも、しばらく経てばそう気軽に触ることは許されなくなってしまう。しかも気を抜いたら大怪我も十分にあり得るような状況だ。精神的にも肉体的にも辛くなるからこそ、儀式に風の刃が必要だったのかもしれない。
 自分の子どもから与えらえるかもしれない痛みにさえ、安易には触れちゃいけないという苦痛でさえ、受け入れなくちゃならない。それがりゅうの、竜人の親になるということ。
 触りたくてもいつでもとはいかないし、自分の子相手に警戒しなくちゃならないのも寂しいけれど。しかたないことだ。それに岳里が見ててくれているうちは抱き上げたっていいみたいだしずっとのことじゃない。それがせめてもの救いだった。

「なあ、どのぐらい経つと飛べるようになるんだ?」
「早ければ二十日頃、遅くても三十日ほどには。力加減を覚えるのは、年単位でかかるうえ、個人差が大きいから断言はできない」
「そっか……なら今のうちにいっぱい触っておくか。世話もしてやんないと」

 年単位かかるってことは、この子が一番可愛い時をただ眺めるだけになるということだ。
 手の中で眠りについてるりゅうへ目を向ける。こんな小さな身体でも竜であり、竜人の力を秘めているんだ。だからこそただの人間のおれじゃあ気軽に触れることが許されない。おれが怪我をする分にはまだいいけど、そうさせてしまったとりゅうは苦しむかもしれない。だから、りゅうが力の加減を覚えるまでおれも我慢しないと。
 でもやっぱり、こうして安心して抱けるのはもうあと少ししかないのは、やっぱり辛かった。

「――すまない。おれもできるだけ、おまえたちとともにいられるよう、時間を作るよう王にかけあってみる」

 いやとは言わせないと、岳里は傍らから手を伸ばして、指先で小さなりゅうの頭を撫でる。
 気持ちいいのか、りゅうは目覚めないままうっとりとしたように顔を緩めていた。

「くるる、くるるる」

 ふと、りゅうの喉がくるくると鳴りだした。不思議に思って顔を覗き込んでみれば岳里がそのことについて教えてくれる。

「これは親に甘えている声だ。安心しきっている証拠でもある」

 おまえの手の中は安全だとわかっているんだろうと、岳里は微笑む。おれも一緒になって口元をついつい緩めながら、健やかに眠るりゅうを見つめた。
 岳里が隣にいて、手の中にはこの子がいて。言いようのない幸福感に胸が膨らむ。けれどその分、圧迫される苦い思いがあった。

「――この子がそこまで成長するまでに、エイリアスとは決着ついてるかな」

 ぽつりと呟けば、岳里は静かに瞬いた。

「わからない。だが神が目覚めた以上、少なからず進展はあるはずだ」

 思い出すのは、身体を奪われた兄ちゃんのこと。今もエイリアスの支配下にある兄ちゃんはきっと、弟のおれでさえ見たことのない残酷な顔でこの時も笑わされているかもしれない。
 十五さんもきっとまだエイリアスのもとにいるんだろう。どうやら十五さんは兄ちゃんと盟約を交わしているらしいから、それなら二人が離れることはないはずだ。たとえ兄ちゃんの中身が違かったとしても、十五さんはきっと兄ちゃんのために、自分の意思でエイリアスのもとに留まってるだろうから。
 それだけ交わした盟約というのが大切なものであると、おれは岳里から身を持って教えてもらった。岳里がずっとおれを見守ってきたように、十五さんもまた兄ちゃんを見守ってるんだろう。
 一刻も早く兄ちゃんと十五さんをエイリアスのもとから取り返さないといけない。でも今は待つしかないんだ。
 歯がゆい思いからつい唇を噛めば、それを咎めるように岳里が頬を撫でてきた。
 顔を上げれば、相変わらずの無表情と目が合う。けれどその目は確かにおれを心配していて。
 そんな顔をさせたくはないとすぐに力を緩めて、笑いかける。

「兄ちゃん、きっと驚くだろうな。おれにもう子どもがいるなんて」
「でもきっとあいつのことだ、可愛がってくれるだろう」
「ああ、なんたって兄ちゃんだからな」

 早くいつもの、少し気の抜けたあの笑顔が見たい。ちょっと天然で、頑張り屋で、すごく不器用で、人が良くて。あまりおれに弱さを見せてはくれなかった馬鹿な兄ちゃんに、会いたい。早く会いたい。
 手の中で眠るりゅうにそっともう片方の手を被せ包み込めば、岳里は静かにおれを抱き寄せた。

 

 

 

 りゅうの存在はひとまず、おれたちの子というわけでなく竜族から預かったと周囲には説明した。まだ竜人と盟約者である人間の間には子がなせることも、それは同性同士であっても可能ということを公にすることはできない、という王さまたちの判断だ。
 それに今は国周辺の魔物の目撃情報も多く、その存在自体、力を増しているという油断ならない状態だ。そんな中で混乱を招く情報を広めるわけにはいかない。今は集中すべきものだけを見ていてほしい、ということらしい。
 りゅうがおれたちの子であるということは秘密だけれど、けど竜人の子ということは別に隠す必要はない。だからおれたちは別に人目を気にすることなくりゅうと一緒にいられる。たとえ親子の関係だと言えなくてもそれだけで十分だ。
 子どもが生まれたからといって、おれたちの生活が激変することはなかった。岳里は前のように三番隊の隊長として働く傍らヴィルに剣の指南を受けているし、おれはおれで日中は七番隊の手伝いに走ってる。むしろ大差ないだろう。
 というのも、りゅうが生まれたばかりの赤ん坊だというのにほとんど手がかからなかったからだ。人間の赤ん坊ならまだ首も座っていないのにりゅうは首が座ってるどころか、まだ覚束ないけれど一人で歩けてしまう。時折翼を動かしては、今から飛ぶ練習までしている有様だ。さすがにまだ浮き上がりさえしないけれど、それも時間の問題で、一か月もしないうちに自由に空を飛んでしまうという。
 お腹がすいたらぴぃぴぃと鳴いて指に吸い付いてきたりするけど、でもおれが忙しそうにしていればそれを察しているように周りが落ち着くまで待っててくれて。下の方も初めからある程度は自分の意思で我慢ができるらしく、したくなったらおれに鳴いて伝えてくれるというのがほとんどだった。そのおかげでおむつを履かせる必要がない。何度か寝ている間に漏らすことはあったけど、それでも十分楽をさせてもらってる。それに身体が小さいからか出すものも量が少なくて、掃除はそう大変じゃないし。
 そのおかげもあって、おれは手伝い先の医務室にもりゅうを連れて行っていた。
 自らある程度意思を訴えられるりゅうはずっと目を離さず見てなくちゃいけないわけじゃなく、肩なんかに乗せても自分から均衡をしっかりと保ち落ちることもない。勿論おれも気をつかって体勢に気をつけたりしてるけど、しっかりとおれの身体を足場にするその小さな足は同じく小さな爪を立ててしがみついてくる。だから手伝いの最中たとえ走り回ろうが、頭や肩にいるりゅうは難なくおれに乗ったままだ。
 もう自分の意思である程度は動けるけれど、でもりゅうはおれから離れることはなかった。少し時間に余裕ができて遊ばせてやろうと思ってどこかに下してやっても、おれの身体によじ登ろうとしてくるくらいだ。
 医務室へつれていくことはそもそも岳里の方からそうしてもいいと言ってくれて、セイミアや七番隊のみんなにも了承を得ることができたからその言葉に甘えたわけだけれど。
 もともと愛嬌もあって人懐こいからか、今ではりゅうは医務室の中の人気者になっている。みんなが可愛がってくれるし、りゅうに元気をもらえている患者さんも多いと、セイミアが笑顔で教えてくれた。
 実際忙殺されているのに近い状況の、忙しない医務室の中はどんなに七番隊のみんなが明るく振る舞おうとも雰囲気が和らぐことはなかった。どうしてもおれたちには連日の激務に疲れが出るし、何より医務室に用があるのは身体的な問題を抱えた人たちだ。体調がよくなかったたり、怪我をしていたり。どうしても部屋の中は暗くなりがちだった。
 けれどそれが今では、時々出てくるりゅうのぴぃぴぃという鳴き声が響く度に少しだけ空気が変わるんだ。それまでどんよりとした顔をしていた人が、痛みに呻いていた人が、小さくだけれど温かく笑って。りゅうに腹が減ったのかとか、こっちにこないかとか、声をかけてくれる。それに対しりゅうはおれから離れることはないけれどまるで応えるようにまた明るく鳴いて、その声がみんなに広まっていく。
 おれの目からみても確かに、医務室は全体的に明るくなったと感じられた。それにはきっとおれたちの子が影響を及ぼしているのだと考えると、少し誇らしく思える。
 生まれたばかりのりゅうがそうなるとわかっててみんなに元気をわけているとは思わないけれど、でも早速おれは親ばかを発揮しているのか。時々、りゅうはもしかしてわかってやってるんじゃないかと、そう感じることがある。何せあの岳里の血も継いでるわけだし。
 なんにせよいい方に転がっているから、大抵の人がりゅうを快く受け入れてくれたんだ。でも中には勿論否定的な人もいた。
 そもそも竜人は謎が多く、唯一公に現れている大人の竜人は岳里だけだ。その岳里は愛想のかけらもない、けれど化け物並みの強さを発揮し、唐突に現れ三番隊隊長の座についた、異端児扱いされている。全部の事情を話すわけにいかず理解をうまく得られないせいもあって、未だに岳里は信用ならない、という意見もあるくらいだ。だからこそまだ赤ん坊であるりゅうを、けれど竜人ということで危険視する声も影ではささやかれている。
 でもそれは仕方のないことだ。全員が全員受け入れてくれというのは無理な話だ。だからおれたちを囲う人たちがりゅうの存在を認めてくれるなら、りゅうの安全が確保されてるならそれでいい。それだけで十分おれたちは恵まれている。
 ただ少しだけ心配に思うことがあるとすれば。それはりゅう自身にあった。
 下も世話のかからないしある程度の意思疎通がすでにできてしまうりゅう。ご飯だってもう離乳食のような柔らかく消化のいいものを食べられるし、本当なら食べやすいよう細かくし、刺激の強すぎるものを避けさえすればおれたちとなんら変わらないものもいけるそうだ。
 しかもその食べる量がすでに大の大人一人前、おれよりたくさん食べている。さすがに一度に入らないから日に何度も分けているけれど、基本的にはどこにそんな入るんだってくらい与えれば与えるだけ食べて腹をぱんぱんにさせている。
 そんなにたくさん食べても大丈夫だったか不安だったけれど、あれが竜人にとっては当然のことらしい。むしろ岳里は少食なんじゃないかと心配していて、さすがにその言葉には面を食らった。けれど、多少親としてのひいき目があるとしても、あの岳里を見ていればまあ納得はできたもんだ。
 食事についても栄養面と量さえ気遣ってやればいいから特に苦労はないし、一人で動けるからといってあちこちふらふら遊びにいってしまうこともない。夜泣きさえなく毎晩ぐっすりで。
 こんなに手間がかからないことが、おれにとっては不安だった。おれ自身は赤ん坊の面倒をみたことがないからある程度の知識しかないけれど、これが人間の赤ん坊だったらこんなに楽にはいくわけがないということは十分わかる。だからこそ、そのことが胸の中で心配という姿になってしまう。
 ある意味贅沢なこの悩みを相談したのは岳里だった。勿論おれと同じりゅうの親であるからというのはあるけれど、なにより竜族の意見が聞きたかったんだ。
 岳里によれば、どうやら竜人は大体みんなこんな感じらしい。岳里自身は自分より若い人を見たことがないから実際竜族の赤ん坊を見たことがあるわけじゃないそうだけど、でも話には聞いたことがあるそうだ。
 確かにりゅうは竜人の赤ん坊とはいえ、さらに手のかからない方にはいるらしい。けれど許容範囲内には入っているから心配はするなと、そう言われた。岳里がそう言うなら間違いはないんだろう。でも。
 大変だろうと覚悟していたけれど、それを見事に裏切りまったく手のかからないりゅう。それはありがたがるべきなんだろうけど、だからこそおれはなんだか落ち着けない。
 赤ん坊はわがままであるべきだと思う。いや、普通はそうなんだろう。お腹がすいたり、排泄したものが気持ち悪かったり、ただ単に気分が優れなかったり、些細なことでも火がついたように泣いて、ぐずって困らせて。笑いたければ周りなんか気にせず楽しそうに笑顔を見せて。本来なら、周りを振り回すそんな自由な存在であるべきなんだ。
 りゅうが手をかからないのは、ただ単にりゅう自身がおれたちを気遣ってるから。普通の人間の赤ん坊は成長して覚えるそれを、りゅうのやつは生まれたばかりのくせに悟ったように、もう分別をつけようとしている。
 もっとわがままになってくれていいんだ。おれたちが忙しそうでも、振り回してくれて構わない。そう思うのにりゅうは周りを見ては、その状況に応じて大人しくしている。
 きっと、おれのこの心配事を話したところでりゅうは、そういう時ばかり赤ん坊に戻るんだろう。何にも知らないよ、とでも言うように。それに今の行動も考えてしている、というより、りゅう本来の気質みたいなのを感じていたし、実際まだ生まれて間もないわけだからおれの言葉を理解できるわけもない。
 だからこそおれは親として、ちゃんと見逃すことなくりゅうを見てやるべきなんだろう。
 りゅうから教えてくれないなら、それならおれから気づいてやればいい。些細な仕草や、泣き声の違い、色々な素振りに、視線が語るものに。
 全十三隊の中で人数も少なく、最も多忙とさえ言われる七番隊の手伝いをするおれは、忙しなく動いている時の方が圧倒的に多い。そんなおれの姿を見てりゅうはその時に合わせて、お腹が減ってても、排泄したくても、甘えたくても。何も言ってはこない。けれど何かしらの合図は見せてくれてるんだ。
 腹が減れば服を舐めたり、出したくなったら忙しなくその場をくるくる回ったり。甘えたかったら、小さく、聞き逃してしまうくらいに短くくるると鳴いたり。
 忙しいながらもなるべくりゅうを気にかけるようにすると、今までもちゃんと見ていたと思ったのに、おれは今まで随分とたくさん、りゅうが出してくれていた合図を見逃していたことに気が付かされた。
 言葉にして訴えられないからこそ出してくれる小さな合図を見つけてやるのは、実際は人間の子を育てるのとそう根本は変わらないのかもしれない。肝心なところは、親が見つけてやらないといけないから。
 そんな、おれを心配させるまでに辛抱強く控えめなその性格をすでに垣間見せるりゅうだからこそ、昼にはなかなか構ってやれないからこそ。その分夜は岳里と一緒に存分に甘やかしてやることにしてる。
 でもどうしても三人揃うのはなんだかんだで夜更け頃で、あまり遅くまで起こしているわけにもいかず、実際のところはあんまり一緒には遊べてないのが辛いところだ。
 りゅうも頑張って起きていようとしているみたいだけれど、どうしても眠気が勝るようで遊びながらいつの間にか寝ているというのが多い。しかも随分眠りは深いようで、一度寝たら多少騒がしくても滅多なことには起きない。その点もおれたちにとってはありがたい話ではあるけれど、りゅう自身は少し不満らしく、いつも起きたらすぐに遊びの続きをしようとすり寄ってくる。それがまた可愛いと思ってしまうのは、まあ仕方ないことだろう。
 そして、あまり長くは遊んでいられないことを不満に思うのはもう一人いる。七番隊の手伝い中もりゅうの傍にいられるおれとは違って、日中ほとんど会うことができない岳里だ。どうやらそのせいで少しむくれているようだった。
 でもそれは仕方ない話だ。時々抜けることも許される、いざとなれば自由に動けるおれとは違い、三番隊隊長としての仕事をしている岳里。おれとはまた別の忙しさを、責任を持ち仕事をする岳里にりゅうを預けるわけにはいかない。いくらりゅうが聞き分けのいい賢い子だとしても、仕事と手伝いが違うように、やっぱりそれとこれとは別の話だ。
 なにより、普段は大人しいりゅうだけれど、おれの姿が見えなくなるとずっと鳴き続けてしまうということもあった。岳里によると、ぴぃぴぃと切なげに鳴いてはおれを探すように動き回るそうだ。落ち着かなくなって、歩き回ってはいろんなものをひっくり返してはまた鳴いて。
 人懐こくてみんなに愛想のいいりゅうは、その真逆に位置する岳里とは似なかったようだけれど。でもやっぱり、そういう反応をしてくれると、おれがこの子の親なんだと少し嬉しく思える。周りのみんなとどんなに仲良く過ごせても、その仲良しとはまた違う絆があると思うと、むず痒くも感じる幸せがあった。

 

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