「まあ、じじいとつい話込んでたおれが悪いか」

 岳里とは目を合わせないようにしながら、レードゥは明後日の方向を見ながらははは、と乾いた笑い声を上げる。

「え、話し……あ、いや、別に大丈夫だよ」

 話し込んでたのか、という言葉をおれは直前で気がついて慌てて飲み込み、誤魔化した。
 レードゥが店主と話込んでたことになんて気づかないぐらいに、おれは岳里に集中してたらしい。もしその事がばれたら、なんだかレードゥにからかわれそうでいやだった。折角あっさり過ぎ去ったものを蒸し返されるのは困るし。
 幸いにも、おれの中途半端に区切った言葉をレードゥは気にしなかったようだ。

「ほらよ、バラナンっていう実を絞っただけのもんなんだけど、結構うまいぜ」

 口に合うといいけど、と言いながら、レードゥはその腕に抱えていたものをおれに差しだした。
 それにようやく、飲み物を買ってきてくれたんだと気がついたおれは、王さまからもらったおこずかいを取り出そうとポケットに手を入れる。

「それっていくらなんだ?」

 この世界の通貨についてもさっぱりなおれは、とりあえず全額を表に出してしまおうと仕舞ったそれを掴むと、レードゥが引きとめた。

「おいおい、これぐらいおれのおごりだって」
「ほんと? ありがとレードゥ」
「ああ、いいってことよ。ほら、岳里も飲め」

 苦笑いをしながらおれに木で作られた杯を手渡して、腕に抱えるふたつのうちもうひとつを今度は岳里へ渡していた。
 岳里もなんだかむっとしたような表情を浮かべながらも、拒むことなくそれを受け取る。
 それを見届けてから、おれは手にした底の深い器の中をそっとのぞきこんでみた。
 中に入っているものの色は透明みたいで、木の色がそのまま出ている。鼻に舞い込む香りはどこか嗅ぎ慣れた記憶があるもので、試しに一口飲んでみた。
 すぐに口に広がる甘酸っぱいような味に、やっぱり! とおれは声をあげた。岳里の方を見てみると、ちょうど杯を傾けてごくごくと飲んでいる。おれとは違って、初めて飲むものだっていうのに躊躇いがない。
 さっさと飲み終えた岳里に、おれは声をかけた。

「なあ岳里、これってオレンジだよな」
「ああ、そうだな」

 素っ気なく返された返事が気になることもなく、おれも今度は喉を潤すためにもさっきよりも大きく杯を傾けて中の透明なものを飲む。やっぱり味は、オレンジにとても良く似ていた。それも水を混ぜたような、百パーセントの濃さがなくて飲みやすい。
 色が透明だけど、匂いと味がまさにそうだ。目をつむれば今飲んでるのがオレンジジュースにしか思えない。

「おれんじ?」

 おれの出した言葉に、レードゥが同じように飲みながら小さく首を傾げた。

「うん。えっと、これはバラナンっていうんだっけ? 味とか匂いとか、おれたちの世界のオレンジって果物によく味が似てるんだ」
「へえ、おれんじねえ。それも破裂すんのか?」
「え、破裂!? しない! バラナンってのはするのか?」

 意外な言葉がレードゥの口から飛び出し、おれは思わず聞き返してしまう。
 なんでもバラナンは熟すとその実が破れて種を飛散させるらしい。実は真っ黒だけど果肉は半透明で、こぶしぐらいの大きさだって教えてくれた。
 教えてくれたおれにおれもオレンジのことについて軽く……とは言っても形とか色とかぐらいしか言えなかったけど、あとは岳里の豆知識が助けてくれたから、レードゥもうんうんと頷きながら聞いてくれる。破裂しないっていうところはなぜか少し残念そうだった。
 そんな風に、おもにこの世界とおれたちの世界の果物の話をしながら、少しばかりの休憩をとっていると、突然、ばりん、とガラスが割れるような音がとどろいた。

「――!?」

 それは上、つまりは空から響いてきて、咄嗟におれを含めたこの場にいる全員が空へと視線を移す。
 一体なんだんだ、とおれは唐突に聞こえた大きな音に、驚きで胸を高鳴らせていたけれど、レードゥは違った。

「皆、建物に入れ!」

 さっきの音に負けず劣らずの声量で声を張り上げられたと同時に、街のあちこちからカンカンと甲高い、鐘を鳴らす音が響き渡る。まるで、警告するように。途端に周りの人たちがざわついた。
 みんなの視線がレードゥへ集まる。おれも振り返ると、そこには表情を引き締めたレードゥがいた。さっきまでの、オレンジの話を聞いていた時の和やかな雰囲気は消え、鋭い剣呑とした空気を纏い、騎士の顔がそこに浮かんでいる。

「どうやら魔物のお出ましらしい。しばらく建物ん中に避難してろ、城の者がいいっつうまで出んじゃねえぞ!」

 そこの言葉に、すでに薄々事実に気づいていたらしい周りの人たちは一斉に動き出した。みんなそれぞれに焦り、恐怖、不安を浮かべて、逃げまどう。大通りは一瞬して大混乱になった。

「ま、魔物って……!」

 以前城の中に入ってきたあの馬のような翼を持つ魔物をおれは思い出す。炎を吐き、一瞬にして辺りを丸焦げにしてしまった、あの魔物だ。あの時はジィグンと岳里が退治したけど、あれみたいなやつが来てるんだ。
 あの時の炎の熱や、嘶き、そして黒い大量の血を思い出して、思わず手にした杯を握る力を強める。
 慌てて人々が逃げていく中、レードゥがさっきバラナンの実の飲み物を売ってくれた店主に振り返った。その人は店を仕舞うためか、店先付近で慌ただしく動いて置かれたものを店の中に移動していたが、レードゥに気づいてその動きを止める。

「悪いじじい、この二人任せられるか」
「おうよ、おまえさんの頼みならどんとお任せあれだ」
「――っていうわけだ。二人ともここで待ってろ、すぐ帰ってくるから」
「おまえら、そこの道に入ったとこに入口がある、そっから中に入れ」

 店主の言葉が終わるよりも早く、レードゥは走りだした。

「っレードゥ! 気をつけろよ!」

 人波をかき分け消えていく赤にその声が届くかはわからないけど、おれは周りの声に負けないぐらいの大声を出す。すると、遠くで、まるで返事をするように空へ伸びた腕を見て、おれはほんの少しだけ安心した。

「行くぞ」

 いつまでもレードゥの背中を見送るおれに岳里が声をかけ、歩き出す。周りはてんやわんやで大騒ぎだというのに、いつも通りの声で、いつも通りの早さで岳里は足を進める。それにおれも慌ててついていこうと身体の向きを変えた時、肩に誰かがどんとぶつかり、思わず体制を崩したおれは転げそうになった。

「わっ」

 ――けど、おれが倒れるよりも前にがしっと腕を掴む手があって、それに強引な力で前に引っ張られる。咄嗟に出した右足で踏ん張って、どうにか倒れずには済んだけど、その手はそのままおれを引っ張って行った。痛いぐらいの力に思わず顔をしかめて呻くが、この声は届かなかったらしい。力は一定に、けれど強くおれの腕を握り続ける。
 てっきり岳里が助けてくれたんだとばかり思った。こういうとき、いつもおれの手を引いてくれるのは岳里だから。けど、どこか荒く感じるそれを不審に思い前を向いて、おれは目を見開かせた。
 目の前にいたのは、おれよりも少し背が高いぐらいの、緑の頭をした見知らぬ男だった。そして、おれの手を加減もなく握っていたのもその男。

「――っ、離せ!」

 岳里じゃない。そう気づいた瞬間に、おれは咄嗟に足を止めて手を振り払おうと腕を自分の方へ引いた。
 ちっ、と喧騒の中からでも十分聞こえるほど大きな舌打ちが聞こえて、ますますおれは言いようのない恐怖に全身が震えあがる。
 男は強引に引っ張ろうとするが、おれも全身に力を込めてそれに抵抗して、岳里の名を呼ぼうと口を開こうとしたその時に、男が振り返った。

「がく――ぐっ」

 悲鳴に近い声で岳里の名を叫ぼうとするが、腹に強い衝撃がぶつかり、突然の痛みにおれは声を途切れさせて呻く。堪らず目を細めた視界に、おれのほうを向いた男の顔が映るが、霞んでよく見えない。
 よろけたおれは、もう一発腹に叩きこまれて一気に目の前が暗くなった。
 ――おれの腕を掴む手はとても冷たくて、そんなに大きいとは思えなくて。岳里の手はと、あったかいあの手とはまったく違う。遠のく意識の中、おれは岳里の手を捜した。

 

 

 

 目を薄らと開けると、見慣れない薄汚れた天井が目に入った。

「……?」

 寝起きのぼうっとした頭のまま身体を起こそうと腹に力を込めると、鈍い痛みが響いて、おれは堪らず小さく呻いた。思わず慣れない痛みを訴える腹に手を添えようとすると、ぐんと何かに腕が引かれて動かない。
 自分の右腕へ目を向けてみると、手首がぎっちりと解けないようにかたく結ばれていて、それは近くの柱へ繋がっていた。左手も同じように拘束されていて、それは大きな木製机の脚へと結わえらえていた。試しに左腕を引いてみるが、机は揺れるばかりで動きはない。
 そこでようやくおれは自分が今、床に寝かされていることに気がついた。床はかたかったけれど、それによる身体の痛みは感じなくて、まだここに寝てそう時間が経っていないことも理解する。ただし、この状況ばかりは飲み込めなかった。

「な、なんだよ、これっ……」

 気づけば上の服は大きく肌蹴て素肌が晒されていた。大きく開いた服からは腹まで覗けて、そこには青い痣ができていた。腹にある痛みの正体に気づいたものの、ますますおれの混乱は深まっていく。
 不意に、こつりと足音が響いた。反射的にその音のする方へ顔ごと向ければ、そこには三人の見知らない男たちがいて。それぞれ似た、意地の悪そうな笑みを顔に浮かべている。

「はは、もう目ぇ覚めちまったの?」

 折角お楽しみの途中で起こしてやろうと思ったのに、と笑ったのは真ん中に立つ緑の頭の男だった。僅かしかない距離を詰めておれの顔を覗き込むと、残念だと言いたげな溜め息をつく。どこか演技がかったそれに寒気がした。
 緑の頭をした男は、おれの脇にしゃがみむ。近くにまで寄った顔に見覚えはないけど、でも、その色をおれは知っていた。

「おまえ……!」

 おれの反応を見たその男は、薄くほくそ笑む。それを見て確信した。
 ――気を失う前に見た、おれの腕をとって走っていたやつだ。

「おい、時間ねえんだしよお、さっさとやっちまおうぜえ」

 ほとんど反射的に緑頭を睨むと、そこへ声が割り込んだ。視線を声の先へ向ければ、三人のうちの右に立ってた青い髪の男が口元を緩ませていた。ひょろりとした身体はしなやかというよりもがりがりとしていて、顔にもくぼみが多く影ができていた。目はじっとおれを見ていて、何故だかわからないけどぞわりとした嫌悪感が全身を駆ける。
 青髪の言葉に、その隣に立っていたもうひとりのくすんだ赤毛の男が頷いた。

「ヤンの言う通りだ。早くしないと嗅ぎつけられる。その前に済まさんとな」

 そう淡々とした口調で告げる赤毛は、青髪とは違って体格ががっしりしていて筋肉質で逞しく、背も三人の中で一番高かった。目も一重で鋭く、威圧を感じる。

「……へいへい。わあったよ」

 赤毛の言葉に、緑頭がため息混じりの返事をした後、ひょいとおれの腹の上に跨ってきた。男は遠慮なしに体重をかけ、圧迫された腹と、そこの傷が痛む。けれど何より、何をされるかわからない恐怖にきゅっと喉が閉まった。
 すっと伸びてきた男の手が、おれの晒された脇腹を軽く撫でた。冷たいその手に、ぞわりと全身に鳥肌がたつ。思わずおれは自由な足をばたつかせた。

「っ、なに――!」
「はは、何その反応。この状況でもわかんねえってどんだけだよ。ああ、もしかして初物? ――へえ、久しぶりだわ」

 わけのわからないことをけらけら笑いながら言ったと思ったら、すぐにその目は色を変える。まるで、獲物を目の前にした獣みたいに。
 男の行動と、言葉と、その目に、嫌でもおれは自分の置かれた状況と、そしてこれからされるであろう行為に気づいた。

「悪いな、これも仕事なんだよ。まあよ、おまえが大人しくさえしてりゃそれなりにいい思いさせてやるぜ?」

 するすると緑頭の手はおれの脇腹をなぞり、へその周りをくすぐり、徐々にそれは上に向かっていく。それにただただ嫌悪しか感じられなくて、気持ちが悪くて、身体が勝手にぶるぶる震えた。
 そして、男の手が膨らみなんてないおれの胸をくすぐる。堪らず息を飲むが、それを見た緑頭と青髪は愉快そうに笑った。そしてそこにある突起に指を這わす。冷たい指先に、恐怖しか浮かばない。

「やめろっ!」
「ぅ、っ」

 堪らずおれは足を動かし、曲げた膝が男の背中を殴った。それに小さく呻き目を細めた緑頭だったけれど、すぐにおれを睨むと、手を振り上げる。
 咄嗟に目を閉じ奥歯を噛みしめると、すぐに耳に届く乾いた音。それと同時に右頬が熱く痛んだ。

「おまえ、自分の立場わかってる? 酷くされてえのかよ。あ?」

 頬を張られた衝撃に視界が一瞬白くなる。けど、殴られなかっただけましなんだろうか。
 すう、と顔から表情をなくした男は、傍観する二人に振り返った。

「おい、おまえら突っ立ってないで手伝えって」

 その言葉に、先に動いたのは青髪の男だった。片足が悪いのか、ひょこひょこと歩きながら、近場にあった椅子をおれの足元まで引きずってきて、懐から太い帯のようなものを取り出す。しゃがみ込んで抵抗するおれの左足を掴むと、緑頭の手を借りながら椅子の足へ縛り付けた。そして自分はその椅子に背もたれが身体の前に来るように跨り、おれを見下ろす。

「あーあ、そんなに縮こまっちってなあ」

 可哀想に、なんて口では言うものの、その瞳は愉快で堪らないとでも言いたげな色を滲ませていた。
 緑頭がもう抵抗するなよ? とおれに再び表情の戻った顔で笑いかけると、その顔を胸に寄せてきた。咄嗟にその頭を止めようと腕を動かすけど、そこも拘束されててびんと布が張る音が響くばかりでどうにもできない。
 やめろ、と声でしか抵抗できないおれの意思なんて無視して、男は肌に舌を這わした。妙に生温かくぬめりとした感触に、引きつったような情けない悲鳴がおれの口からこぼれる。けれど男は動きを止めずに、今度はさっき触れた突起を舌で潰すように舐め、もう片方を空いた片手で似たような動きをさせて押してきた。
 不快感しかない男の行動に、おれは唯一の自由を許されてる足で抵抗する。けれど背中を前に倒した男に当たるのは腿ばっかりで、大した衝撃を相手に与えられずにその勝手を許す他なかった。

「いやだ、やめろっ! 離せ!」

 無駄だとわかっていても、それでも抵抗をやめるわけにはいかない。必死に結び目が緩まる可能性にかけ拘束された手足を暴れさせても、ただ肌が布に擦れるばっかりで状況は変わらない。あんなにひょろひょろで軽そうな男でもやはりひとりの人間が乗っているってわけだから、椅子も僅かにおれのほうへ引きずられるだけで大して動いてはくれなかった。
 やめろ、やめろとばかり叫ぶおれの言葉が煩わしかったのか、今まで沈黙していた赤毛がだん、と足で床を叩いた。
 その振動が床に直接寝転がるおれに伝わり、その力強さと恐怖感に手の指先だけでなく足先まで、ぎゅっと丸める。おれの上に跨っていた緑頭は身体を起こすと、じっと赤毛へ振り返った。

「さっさと済ますんだろう。遊んでいる時間はないぞ」
「……ちぇ、まあそうだけどよ。折角の初物、ゆっくり味わいたいのになあ」

 赤毛の言葉に、緑頭は面倒くさそうに溜め息をつきながら、がしがしと頭を掻いた。それからずりずりと身体をおれの下半身へ移し、太もも辺りで止まる。
 何をする気だ、とおれが考えるよりも先に、そこが腰に巻かれた帯に向かった。それに、嫌でも悟ってしまう。
 咄嗟におれは身体を捻り、自由な片足に渾身の力を込めて、その上に乗る男の身体を突き上げた。すると男は均衡を崩し、小さく声を上げながらおれの上から転げ落ちる。その時頭を打ち付けたのか、床からかたいものがぶつかる振動を感じた。
 途端に、ぎゃはは、と青髪の大笑いが部屋に響く。

「んにゃろ……」

 立ち上がりようやくおれの視界に戻った緑頭は、目を吊りあがらせおれを睨んだ。そして傍まで寄ると、片足を上げ、おれの腹をためらいもなく踏みつける。
 痣がすでに存在していたそこに圧力がかかり、あまりの苦しみからおれは呻いた。

「ぐ、ぅっ、ぅ……」
「おいタナラ。こいつどうも酷くされてみてえだからよ、今回はおまえに譲るわ」

 タナラ、と緑頭から呼ばれた赤毛は、ふんと鼻を鳴らす。緑頭がおれの腹から足を退け離れる代わりに、その赤毛がおれのところまできて、両膝を割りその間に身体を挟んだ。

「おまえ、馬鹿だなあ。ルイナラの方がよっぽど優しかったろうに」

 けらけらと笑う青髪の言葉がどこか遠くから聞こえる。けれどおれは今、目の前に来た男の威圧に怯えることに精一杯だった。
 おれの倍ほどある太い腕に、それに見合った大きさをする手。そこでおれの唯一自由な右足をがっちりと掴むと、ぐいっと持ち上げられ、連動して浮いた腰の下に男の膝が押し入った。
 中途半端に曲げられた腹に、おれは呻く。

「おいルイナラ、これ持ってろ」
「はいはい」

 赤毛が、これ、と言って掴んでいたおれの足を緑頭に差し出す。素直に言葉を受け入れた緑頭は場所を移すと、立ったままおれの足を掴んだ。引っ張られるように伸びた足が痛くて、おれが離させようと足を引いた瞬間、がつんと衝撃が顔に走り頭が揺れて視界がかすんだ。

「っ――」
「大人しくしていろ。騒ぐんじゃない」

 歪む視界の中、赤髪が感情の見えない声で冷たくそう言い放ち、おれを見下ろす。
 じわりと口の中に広がる血の味と、頬の痛みに、殴られたのだとようやく理解した。さっきの緑頭のように掌でなく、拳でだ。手加減なんてされなかったのか、未だに脳がぐわんぐわんと揺れる。
 ふん、と再び小さく鼻を鳴らした赤毛は、手慣れた様子でおれの腰の帯をするりと解く。そのまま下をずり下ろされそうになったおれは思わず声を上げようとすると、その前に再び男に殴られた。顎に当たったそれは、骨がずれるかと思うぐらいの衝撃で、おれを黙らすには十分すぎる役目を果たす。
 無意識のうちに息が荒くなり、断続的な浅い呼吸へと変わる。それに気がついた青髪がにやにやと笑った。
 血の気が引いていくのが感じられる冷えた自分の指先を掌に食い込ませながら、おれは歯を食いしばる。けれど赤毛は無表情のまま、下着と一緒にそれを下ろされて下半身が外気に触れた。
 赤毛は緑頭と協力して左足だけ服から足を抜かせる。今度は素肌になった足首を、冷たい手が改めて握った。
 おれはもう我慢できなくて、目の前の男たちから顔を背けた。視線が下半身に集まっているのがわかって、青髪の耳障りな笑い声が聞こえる。それに羞恥よりも恐怖を感じて、身体ががたがたと寒さに震えるように怯える。自分の身体を抱いてやりたくても、拘束された腕は今以上に伸びない。
 これから先、男たちが何をおれにしようとしてるのかわかっても、どうやるのかまではわからない。それが、余計におれの恐怖を煽った。
 ぐ、と身体の下に置かれた男の膝が更に進んで、おれの腰は嫌でもそれに伴い上がって、前だけじゃなくて奥まで晒される。
 頬の痛み、腹の疼き、掴まれた足首の冷たさから、抵抗する気力はない。ただどうすることもできず身を竦めていると、ぴとりと、大きくごつごつとした赤毛の拳が直接、何にも隠されていない穴に押しつけられた。
 ただでさえ青かったおれの顔色は、更に失せる。
 男同士、女の人と違ってその穴がないから、そこを使うのはなんとなく予想はできてた。でもまさか、一切解しもなにもせず、しかもそれを使われるとは思ってもいなかった。
 あまりの恐怖に、最早おれに抵抗の文字すら頭に浮かばない。ただただ男がしようとしていることに、呼吸を忘れ息をつめるしかできなくて。

「存分に鳴いてくれよ」

 男は無慈悲に、ぐっと拳を押し進めた。
 あまりの激痛に、おれは叫ぶ。

「いっ、ぁあああっ! やっ、痛いっ、やめ……ぅぐうっ!」
「はは、いい声出せんじゃん」

 めりめりとした音が聞こえるかと思えるぐらいに、無理に開かせられるそこが悲鳴を上げている気がした。
 目の前がちかちかとして、自分の上げている声がどれほどの大きさのものかもわからず、ただひたすらに痛みを吐きだす。遠くで聞こえる笑い声も、最早誰のものか判断できない。

「や、やあっ、い、ああっ!」

 身をよじっても、その痛みから逃れることはできず、呼吸が荒くなって無意識のうちに開かれたままになった唇の隙間からよだれが垂れていくが、それすらも気にかける余裕はない。
 あまりの痛みと、恐怖と、情けなさ、ろくに抵抗できない悔しさ。それが、ついにじわりと視界を滲ます。
 なんで、自分がこんな目に遭ってるのかわからない。何もわからない。なんで、なんで。
 ついには遠くになっていく意識で、おれは気づかぬうちに呼んでいた。声には出せない。食いしばった歯の隙間すら通らないこの名前を、心の中で呼んだ。
 ――助けて、助けて兄ちゃん。助けて。痛い……痛い。
 幼い時からいつでもおれを助けてくれた兄ちゃん。どんな時も、一緒に支えあって生きてきた。だからこそ、こんな時に真っ先浮かぶのは兄ちゃんの顔だった。もう何日顔を見てないだろうか。それが経った十数日といえども、こんなに兄ちゃんと離れたことはなくて、無性に今が苦しくて、何度も何度も心の中で兄ちゃんの名を呼んだ。
 ――けれど、おれの名前を呼び返してくれるあの声はない。いつまで経っても、兄ちゃんはこない。
 だって今兄ちゃんとおれは、別の世界にいる。これなくて、当然なんだ。当然のことなのに、それが悲しくて悲しくてしかたない。耐えられない痛みが、心までもおれを犯してく。
 ぐぐっ、とさらに慈悲なく押し進められる拳に、もうおれの声はかすれる。もう呼吸すらちゃんとできなくて、さっきまで聞こえていた男たちの笑い声すら聞こえなかった。もう何も、自分の声も聞こえない。
 そのはずなのに――おれの耳にささやく声があった。それは、この世界に来てからの仲だったとしても、何度もおれを助けてくれたやつの声。いつも揺らがない、強い、そいつの言葉。

『おれの名を呼べ』

 おれはただ、どんどん光を失っていく心の中で、その言葉を聞いた。
 ついにぽたりと目尻から涙が溢れると同時に、おれはただただひとりの人物を思って叫ぶ。

「がく、りっ――!」

 その言葉を最後にふっつりとおれの意識は途切れて黒に染まっていった。

 

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