「声を出した方が楽だ。おれしかいないから堪えなくていい」
そう言われたって、恥ずかしいもんは恥ずかしい。女じゃあるまいし、男に迫られて嬉しそうに声をあげたいわけがあるか。
そう、思うのに。閉じることもままらない口からは次々に恥ずかしいと思える声が飛び出した。
岳里はしつこく同じ場所を責めてきて、おれは首を振って訴える。
「がく、りっ! そ、こ……あ、やっ」
きつく根元を閉められたままの前も未だ解放されず。出したいのに、出せない。
もう何もかも耐えられないと、おれは枕に顔を埋めた。鼻も口も塞がって息ができないけれど、その分漏れる声は小さくなる。
ようやく少しだけ羞恥が収まると、その頃になって岳里も指をおれから抜いた。
「っ、ふ」
「ちゃんと息をしろ」
かけられる声に従わずにいると、ひとつの溜息が降ってくる。でも、しかたないじゃないか。
ようやく指を抜いてもらえた後ろはじんと痺れて、力が入らない。正確には、奥の方ばかりぎゅうっとなってる感じがするけれど、入り口のあたりがうまく力が入れずにいる。
さっきいじられたのは、たぶん。前立腺、ってやつだったんだろう。話くらいは聞いていたから知っていたけれど、まさか。まさかあんなものだとは思わなかった。あんな、気持ちいい、なんて。
指を抜かれても、さっきの余韻は消えない。張り詰めた前を自由にしてもらえないからだ。痛いくらい張り詰めてるのに、それは岳里もわかってるはずなのに。それなのにまだ岳里の指はどかない。
刺激がなくても出したいと誇張する自分のものを、けれど戒められているからどうしようもできなくて。思わず膝を擦り合わせるよう動かせば、また岳里が指を入れてきた。
それも、今度は一本じゃない。
「はっ……んっ」
思いの外そう抵抗なく、二本の指がぬるりと入ってくる。その指はそのまま、さっきと同じ場所を狙い動いた。
指の第二関節くらいまで入れ、中で曲げられればまた身体が跳ねる。
そこはやだ、と首を振っても、岳里は手を止めてくれない。
「んぁ、あ、あっ」
勝手に溢れる声に、閉じられない口から涎が垂れて枕を汚す。けれどそれすら気づけないまま、宝種とシーツをそれぞれ握る力を強めた。
頭がおかしくなる。何も、真っ白で。考えられない。
出したい。熱がぐるぐる身体を巡って、苦しい。
絶え絶えになる声を懸命に繋げて、自分でもよく考えがまとまらないままに岳里に手を離してくれと訴える。
けれど岳里は背中に唇を落としただけで許してくれない。それどころか、二本の指が根元まで深く入る。
止められるまで奥まで差し込むと、それまでぴったりとくっつけていたはずの二本を、中を開くように指を離した。すうっと入った空気でさえ、今のおれは身悶える。
岳里は何度か指をくっつけては離してを繰り返し、最後には離したまま引いていく。
「ん、は……」
指先は内壁を押しながら抜かれ、ようやく尻の中に何も入ってない状態になった。
でもやっぱり戒められたままの前がいけないのか、指が抜かれたはずなのに何かが入っているようにじんと縁が痺れる。
もう何もされてないのに息も整わず荒いままだ。
岳里が、おれの名を呼びながら顔を覗き込んでくる。枕に押し付けていた頭をどうにか起こし、身の内にうねる熱のせいで涙目になった目でようやく見えた岳里の金色の瞳を見つめた。
今までシーツを頑なに掴んでいた指先を解けば、強く握りすぎたせいなのか。身体が欲する衝動のせいなのか、小さく震える。その手をおれのものへ向け、そこを戒める岳里の手に重ねた。
もう、限界だ。
「いか、せろ……っ」
力のうまく入らない指先で、燻るジレンマを知らしめるためにも爪を立ててやったその時。岳里が、目の色を変えた。
それはそのままの意味の金色が変わったんじゃなくて、雰囲気というか。とにかく何かが切り替わり、これまであくまでいつも通りの岳里だったのに、それが一気に、熱を持つ。
あまりに突然の変わりように吃驚して爪を立てていた指を離すが、もう遅い。おれの腰に手がかけたかと思ったら、視界が一転する。
わけがわからないままベッドに背が沈み、目の前には岳里がいて。
わけがわからないまま腰の下に岳里の太ももが差し込まれ、奥まった場所を晒す形になる。
ようやく状況を飲み込み出した時には、晒した場所に指が二本突っ込まれた。
「なっ――や、あっ、あっ」
責められるのはあのおかしくなってしまう場所で、容赦なく指で突かれる。宝種を握る手の甲で口元を覆うも声が抑えられなくて、悲鳴じみ喘ぎが飛び出した。
自分の声の合間には指が動かされるたびに上がる音が聞こえ、そこに首筋を吸う岳里が放つものも混じる。耳を塞ぎたいのに、でもできない。せめて自分の声だけでもと思うのにそれさえも無理だ。
与えられるものをどうにか逃そうと、右手はまたシーツを掴んだ時だ。
唐突に戒められていたそこが、解かれた。
散々焦らされたおれは突然の解放に頭が追いつかない。それよりも先に身体が反応して、せき止められていたそこは弾けた。
「はあ、ぁ、あっ――!」
勢いをつけ放たれたものは自分の身体に飛び散ちる。それなのにしばらく我慢させられたからか、すっきりとした感覚はなく、出したはずなのにどろどろと止まらず流れた。
「とま、な……はっ」
びくびくと身体は震え、後引く快感に悶えていると、ふとおれに覆いかぶさり見下ろしてくる岳里と目が合う。目が合えば顔を寄せてきて、キスされて。口の端にだらしなく垂れた涎を舐めとられる。腰の下の太ももが抜かれゆっくりと、垂れた潤滑剤で濡れたベッドへ下された。
それだけでも余韻の抜けない身体は震え上がる。
最後に汗が浮かぶ鼻先に唇で触れ岳里が顔を起こした頃には、ようやくおれも少しは落ち着く。そこでようやく、いつの間にか髪の毛まで本来の色に戻していた岳里に気が付いた。紺色になっていて、毛先も伸びている。
ぼうっと顔に垂れる深い色の髪を見つめていると、おれの出したものやら潤滑剤やらでどろどろになった岳里の手が左手に伸ばされた。そこで掴んでいた宝種に岳里の指先が触れようやくそこに目を向ける。
「宝種を体内に入れる。力を抜いたまま身を任してくれ」
「ん、わかった」
ついにこの時がきた。
おれは一度手にした宝種を握り締めてから、それからそっと絡めた指先を解く。岳里によって宝種はそこから持ち去られ、汗を掻いていた手の平は外気に触れひどく冷えた。
岳里はおれの頭の傍で放られていた枕を掴むと、それを二つに折りたたみ、自分の足の代わりにおれの腰の下へ突っ込む。ぐっと腰が持ち上がり、少し腹に力が入った。恥ずかしい格好をしてる自覚はあるけれど、宝種を入れるために拳を握り我慢する。
大丈夫、うまくいく。そう自分に言い聞かせ、深く息をつきながら目を閉じた。
おれがひとりでやるんならまだしも、やってくれるのは岳里だ。岳里にすべてを任せていけばきっとうまくいく。大丈夫、大丈夫だ。
けれど宝種が後ろに触れた途端に、一気に身体が強張った。それに伴い宝種の触れる縁も拒絶するようにぎゅっと窄まり、力が入る。
大丈夫、これは宝種だ。おれたちの子が生まれてくるための、大切なもの。だから、だから――
どんなにそう自分に言い聞かせても、大切なことなんだと心の中で叫んでも、それでもおれの身体から力は抜けなかった。
さっきまでは散々岳里に弄ばれ、せき止められたものを解放した余波で全身が弛緩していたのに。自分でも力をいれようと思ってもうまくいなかったのに。今度は、その反対のことが起きている。
そんな自分が情けなくて、両腕を交差し顔を隠した。
「っ、は……」
駄目だ、これじゃ駄目だ。
そろりと息を吐いたところで、動悸に乱れだす呼吸を整えることができない。あれほどまでに汗ばむほど上がっていた体温が、下がっていく。
駄目だ、駄目だ。思い出すな。
そう思えば思うほど、あの時が蘇る。今ここにいるはずのない、三人の男の笑い声が耳にこびりついている。痛みが、恐怖が、ひたひたと身体に纏わりつき拘束をする。
岳里の指は大丈夫だったのに、どうして宝種は駄目なんだ。ここまできて、どうして今更。
唇を噛みしめたところで、完全に怯えきった身体はかたいまま、宝種を拒んだ。
だからこそおれは岳里に願う。堪えようとも震える声で、伝える。
「宝種を、中に入れてくれ。おれのことはいいから」
竜人の、あの岳里の持つ膂力ですら砕けない堅固な殻を持つ宝種。なら、多少強引におれの身体にねじ込んだところで問題はないはずだ。
兄ちゃんのことや、今こうしている間にも増え続けているであろう変死体も考えると時間はない。一日でも早く神さまに会わなくちゃならない。こんなところで止まっていられない。
だからこそそう、願った。岳里ならおれ以上に今の逼迫した状況が見えているだろうし、おれの考えも理解してくれるはず。なにより岳里でなきゃできないことだ。けれど、岳里だからこそそれをしないであろうことは、わかっていた。
岳里は軽く押しつけていた宝種をあっさりと退かしてしまう。頼むから続けてくれ、と小さく伝えても聞き入れてはくれなくて。
脇に手を差しいれられ、身体を起こされた。胡坐を掻いていたらしい岳里の上にその身体を挟ませるよう足を開いて座らされ、正面から抱き合う。
おれが下半身を色々な粘液に濡らしているのに、服を着たままの岳里はそれが染み込むのも気にせず、肩に顎を乗せてきた。それに対し、おれはただ自分の震える指先を岳里の背に回し、肩口に額を押し付けるしかできない。
岳里は何も言ってはこなかった。ただ沈黙し、冷えたおれの身体に熱を移して見守ってくれる。
腰辺りに緩く回された手は一定の感覚で軽く肌をあやすように叩いた。それに合わせるように、ゆっくりと気持ちが落ち着いていく。
しばらくしてそろりと顔を起こしてみれば、おれと同じく動いた岳里と目が合う。岳里はそのままおれの頬にキスをした。次に目じりに、瞼に、額に、鼻に。眉根に首筋に、鎖骨に、顎に。優しく触れる。おれもその唇に応えるように、背中に回していた右手を岳里の襟首に沿え、左手は首の根元に置いた。
不意に、それまで腰にあった岳里の手がするりと下に滑った。肌を撫でながらその手は、奥の場所へと指を伸ばす。
「――あ」
おれが思わず声をあげたのとほぼ同時、つぷりと、再び岳里の指が中に入った。縁にも中にも潤滑剤が入り込んでいることも、さっきまで散々そこで遊ばれていたこともあり、拭えない違和感を残しながらも痛みもなく奥へと入っていく。後を追うように、もう一本が足された。
岳里の指なら受け入れるようになったこの身体は、強張るけれど拒絶はなくなる。
目の前の身体にしがみつき、身を委ねた。
わけがわからなくなってしまうような、あの一点は触れられていない。けれどゆっくりと中で動く指に次第に息も熱くなる。
中に入り込んだ二本の指が、狭いそこを広げるように動いた。そしてできた空洞に、ゆっくりと宝種が押し付けられる。
思わず腰が動けば、静かに岳里は諌めるように頬に口づけをしてきた。
「息を吐け。ゆっくりでいい」
落ち着いた声に、おれは言われた通りに息を吐いた。その時、少し宝種が押し進められるも、吐ききると動きを止める。また吐けば少し進み、息を吸う瞬間になると止まり。
それを繰り返し、ゆっくりとおれたちは進んでいく。
「は、あ……」
いくら宝種は小さいとはいえ、岳里の指が二本も先に入っている。指が二本以上は入ったことはなかったから正直きついし、痛みもあった。けれど宝種だけを押し付けられたときの恐怖はなく、耐えられないものじゃない。
そろりそろりと息を吐き出しながら、中に宝種が入ってくる感覚をただひたすらに受け入れる。
少しずつ、長い時間をかけようやく、宝種は完全に体内に張り込んだ。そこまでいくと岳里は一旦自分の指を抜いて、それから押し上げるように宝種の下に指先をつける。
ずりずりと、確かにかたいものが中に、奥に入っていく。その度に熱い息が漏れ、岳里にしがみつく力を強めた。
もう指で押せる限界まで、岳里さえ届かない場所まで宝種を送りだしたところで、ようやく指が引き抜かれた。
「だい、じょうぶ、か……?」
「あと少しだ。もう少しだけ頑張ってくれ」
汗に張りついた前髪を払いながらそう言った岳里に、小首を傾げて見せる。
「これから先、どうするんだ? まだ終わってないんだよな。ずっと、宝種は、その……おれの身体の中に?」
「今からもっと奥へ押し込む。それから一晩も経てばおまえの身体に一旦は溶け込むから、宝種自体は一度消える」
とりあえずはこの違和感は消えるようで、一安心する。だが新たな疑問にまたおれは口を開いた。
「もっと奥へ、って。これ以上どうやって?」
もう岳里の指は届かない。なら何か棒でも使って押し込むのかと想像し表情を曇らせたおれに、岳里は首を振った。
けれど答えは教えてくれず、胡坐を掻いた岳里の上から下される。そのまままた四つん這いの格好にさせられてしまった。
どうするんだろう、と不安を抱きながら、子どものために今の体勢も、これから岳里がしようとしていることも耐えようと決意していると、両手で腰を固定される。それから間をおかず、ぬるりとしたものが後ろに触れた。
柔らかく熱いそれに、一瞬思考が遅れる。
「――え、ちょ、岳里……っ!?」
固定された腰はそのままに思わず後ろに振り向けば、肩ごしに見えるのは無防備に晒された下半身に顔を寄せた岳里の姿。口元は穴の位置で、そこには柔らかいものが触れていて。
「や、やめろっ。汚いから!」
おれが制止しようと声を荒げても、岳里はちらりと一瞥しただけで。そのまま自分の舌を、中に押し入れた。
「っ、ひ……や、なにっ」
ただでさえ岳里の、舌がそこに触れているという事実だけでも戸惑っているのに。おれの頭はますます混乱を深めた。
というのも、本来そう伸びるはずのない岳里の舌が、ずるずると奥まで進んできたからだ。わけがわからないまま、無意識に逃げようとする腰を岳里に押さえつけられ、その異様な感覚にシーツを握り締める。
舌は宝種の元まで辿り着くと、指では届かない更に奥へと押していく。その分舌も伸び、内壁を擦った。
宝種はどこまでも身体の中を上がってきて、もう直腸の奥の方にまで入り込んだんじゃないか、というところで岳里の舌が抜けていく。
「ん、ふ……ぅあ」
ずるずると抜けてく感触に、鼻から息が漏れる。指でこすられるのはまた違った快感に耐えていると、ようやく完全に舌が抜けきったようで、岳里が顔を起こした。
腰からも手が退き、ふらふらとする身体をどうにか支えながらおれは身体を枕頭にぴたりとつけられた壁に背を預け座りこんだ。けれどどうしても下半身の濡れそぼった部分が気になって、そこが下に触れないようにしたから少し腰の出た変な格好になってしまう。
けれどそれが一番安心出来て、その体制のまま目の前で胡坐を掻き直した岳里に向き直った。
「な、んだったんだ、さっきの」
舌が、ありえないほど長く伸びていた。おれが知っている限り、岳里の舌は普通の長さだ。あんな、おれの身体の奥深くまで伸びるようなそんなもんじゃなかった。
これまで何度も深く口を合わせてきたんだ、間違いない。
一人混乱するおれを余所に、岳里は事もなしげにあっさりと答えた。
「以前一部を竜化させ翼を生やしたことがあっただろう。それと同じで、舌だけ竜化をさせた。これも宝種に命を宿すために必要な行為で、奥へ向かわせるのも勿論だがおれの体液、つまりは唾液を吸収させるためもある」
「なら初めから言っといてくれよ……」
本当に、何が何だかわからず少しだけ怖かったと素直に、けれど小さく呟けば、悪かったと簡素な言葉が返ってくる。
「だがこれで前準備は終わった。あとは宝種が身体に馴染むのを待ち、それが完了次第ようやくおまえを抱ける」
「――……」
岳里は、今日は抱かないと、あらかじめおれに宣言していた。でも。
ちらりと視線を下げれば、服の下から主張する岳里のもの。苦しげにしまわれたままのそれは、そのままでいいんだろうか。
おれの視線に気が付いたらしい岳里は、けれどそこを隠すこともなく、そんな状況になっているなんていうことを微塵も感じさせない平坦な声で告げた。
「気にしなくていい。どうにかする」
「でも」
「今は抱かない。その代わり、覚悟しておけ」
岳里の言葉に、顔を赤くせずにはいられなかった。
枕元に丸めて追いやっていた毛布をとり、素っ裸の身体を頭ごと包み、辛うじて顔だけだしながらも俯いた。それから小さな、本当に小さな声で、はい、とだけ答える。普通の人ならきっと聞き取れなかったろうが、岳里ならばこれでも十分その耳に届いたろう。
毛布の中で一人茹っていると、突然毛布をはぎ取られた。吃驚しているうちにそのままベッドへ押し倒され、上に岳里が覆い被さる。
「が、岳里……?」
恐る恐る名を呼べば、何故か岳里は笑んだ。それに嫌な予感を覚えていると、すぐ笑みを引っ込ませ、岳里は口を開く。
「今日から毎日解してやる」
「え……えっ!? 今日みたい、なのを、か?」
「当たり前だろう。今の状況で、おれのものが入るか」
とは言われても、なんだかんだでおれはまだ岳里のものにまみえたことはない。いや、どんな逸物なのかはなんとなく想像ができるけどしたくはない。
だからこそ、岳里の言葉に説得力を感じ、口を閉ざした。
そんなおれの顔に唇を落としながら、岳里はいつもの調子で言ってのける。
「おれのものを受け入れるまでに、後ろだけでいけるようにしてやる」
さて続きをやるか、と言うように再び後ろに伸びた手に、顔を青くしたおれの悲鳴は防音の術をかけられた部屋の外に届くことはなかった。
違和感を強く覚える尻を抱え、どうにか気だるい身体を引きずりやってきたのは、アロゥさんの部屋だ。よろよろとしたまま扉を叩いたおれを笑顔で出迎えてくれて、そのまま手を取ってくれて、綿をたっぷりつめた柔らかい絹の袋を乗せた椅子まで導いてくれる。
紳士的なアロゥさんの行動に感動しつつも、事情が筒抜けであると言うわけだから素直に感謝もできず、終始うつむきがちでおれは腰を下す。同じく正面に腰かけたアロゥさんは笑顔を崩さないまま口を開いた。
「昨夜はうまくいったかね。岳里の話によればまず、第一段階の宝種を体内に入れるということだったが」
「――ええ、まあ、その」
歯切れ悪いおれの言葉は、さらに追及される。
「ならば今、身体に?」
小さく躊躇いがちに頷けば、ふむ、とアロゥさんは声を漏らし、机の上に用意していた紙に何やら記入する。
しばらくさらさらと筆を進めると、また視線がおれに向いた。
「次の段階に移った時、また話を聞かせてもらおう。現在は宝種が真司の身体に馴染むのを待っている、というのであっているかね?」
それにも頷きで答えれば、ありがとうと笑みが向けられる。それに、今すぐにでも逃げ出したい衝動をどうにか堪え、おれもぎこちないものを返した。
内心はまた同じ羞恥、いや、これ以上のものがこの先に待っているのか、と思うと酷く憂鬱に暗がる。けれどこれも大切なことなのだと言われてしまえば、断ることもできない。
岳里と、子作りに入る日、つまりは昨日の朝方におれはアロゥさんに呼びだされた。部屋で待っているというアロゥさんのもとへ行けば、率直に今回の件でぜひ国に協力してほしい、と頼みこまれたんだ。
なんでも、宝種について解明したいそうなんだ。宝種とは竜族のみが知りうる、竜人と盟約者とが子を成すためのもの。今まで竜族はその存在は知られていたもののほとんど世間に姿を現すことのない秘境の民とされていて、一切の情報がないに等しい。ただ、竜の血を継ぐ者。混血でありながら心血の契約に縛られない、獣人とは異なる者。人間のように子孫を残すことを許された者、ということだけが知られている。
獣人は、子を作れないと、あの時初めておれはアロゥさんから教わった。同性同士は勿論のこと、たとえ男女であろうと決して命はその間に生まれない。だからこそ、もし竜族と盟約者、その子作りに用いる宝種の謎が解けたなら。獣人を縛る出産についての謎も崩れていくかもしれないと、そうアロゥさんは考えたんだ。だからこれから宝種を使い子を成すことになったおれたちを参考にしたい、という。
そう話を持ちかけられたとき、勿論おれは躊躇った。協力したいとはおれ個人が思ったとして、宝種は竜族のもの。今まで宝種の存在が知られてなかったことを考えると、もしかしたら本来であればこうやって里の外に持ち出すこともいけなかったかもしれない。だから、岳里の盟約者であるという立場だけのおれが簡単に頷けるものじゃなかった。けれど、アロゥさんはその時点ですでに岳里の許可を取っていたらしい。
おれは何も聞いていなかったけれど、話を聞くなら真司から、と岳里は答えたそうだ。自分からは話さない、けれどおれから聞く分には何も問題はないと。だからこそ、おれも安心して今こうして事の成り行きをアロゥさんに教えることができている。
アロゥさんの話によれば、子を成せぬ獣人、男性はともかくとして、女性の獣人は特にそのことについて気に病んでいる人も多いそう。おれたちのことが獣人たちの抱える問題を変える役に立つかはわからないけれど、少しでも役に立てたら、と思う。
正直子作りの内容を言わなくちゃいけないのも、求められるままに詳細まで話さなくちゃいけないことも、恥ずかしいと思うし、いやだ、とも思う。だけどおれは自分の意思でアロゥさんに協力することに決めたんだ。そりゃ、多少顔を上げられないこともあるけれど、その点については了承してくれているだろうし。
それにアロゥさん、城は今回のおれたちの子作りに全面的に協力をしてくれている。その恩を少しでも返す、というものも含めてだ。
「言いにくいだろうが、どう宝種を体内に入れたのか教えてくれまいか」
すぐには返事を返せなかったけれど、息をひとつつき、ようやくおれはアロゥさんと目を合わせ昨夜のことを話した。
といっても宝種をどこから入れるかはアロゥさんも察してくれているし、手順についてならある程度岳里から話があったようだ。だからおれは、アロゥさんが教えてもらえてなかったことを説明する。――どう、宝種を身体の奥まで押し込んだ、とか。
一通り言い終え、用意されていたお茶を一気に煽ったおれにアロゥさんはありがとう、とお礼を言って再び握ったままだった筆を滑らせた。
文字を書きながらだというのに、声をかけられる。
「ふむふむ……ところで、近いうちに岳里のものを受け入れるのだから、しばらくは慣らしていくのだろう?」
「ぶっ……え、ええ、まあ」
思わず胃に収めたお茶をふき出しそうになりながら、どうにか平静を保った振りをして、浅く頷いた。
まさか、アロゥさんがそこまで直接的に聞いてくるとは思わなかったからだ。
内心複雑な思いを抱えながらも浅く頷けば、アロゥさんは筆を止め、懐に手を差しこんだ。そこから小袋を取り出し、そのままおれに手渡す。
視線でこれは何かと尋ねれば、あれだ、と返された。
「除玉(じょぎょく)だ。改めて考えてみれば、昨日渡しただけでは足りないと思ってな。一か月分を用意した。ぜひ使ってやってくれ」
「ありがとう、ございます……」
手にしたものどうしていいかわからず、それを両手に持ったまま膝の上に置いた。中には錠剤程度の大きさの小さな玉が十数個入っているだけだけれど、なかなかにずしりと重たい。持っているだけ、おれの心もどこか重くなるような気がした。けれどこの除玉とはとても大切な、便利なものだから、いらないと断ることも、無下にすることもできず。
ただ溜息ばかりが溢れた。
除玉の主な使用目的は、体内の、腸の清浄と言ったところだ。排泄物をすべて吸収し、腸内の余分なものはなくして綺麗に保つ、という効果がある。
どういうことかといえば遠征中や、魔物との交戦中なんか、用足しに行く余裕もなければ腹を下してはいけない場合を想定して生み出されたものらしい。除玉をそのまま丸呑みにするだけでいいそうで、おれも竜族の里に向かう際にアロゥさんから受け取って、使ったことがある。おかげで道中快適で、中断することもなくすんなりと物事が進んで随分助かった。
そんな、主として長期移動の際なんかに使われる除玉。それがどうして今手渡されたかというと、それは除玉の応用方法にあるからだ。
除玉は腸を綺麗にしてくれるから、排泄の必要がなくなる。その特性を利用して――夜の営み、の時に役立たせるんだ。
男同士であればもし挿入、ってなったとき、尻が使われるわけで。でも本来そこは入れるための場所でもなければむしろ出ていく場所であって、そういう行為をするうえで清潔な部分とは、到底言えない。それにいざやろうと言っても前準備が必要になる。そこで登場するのが、除玉だ。
本来であれば浣腸なんかして洗浄しなければならないそこを、あらかじめ除玉を体内にいれしばらく過ごしておくだけで綺麗にしてもらえる。多少洗うことは必要だけれど、それでも十分身体に負担も少なく、楽に前準備を終わらせることができる、というわけだ。除玉は三日間効果を持続され、その力を失うと自然と排泄されるため手間もそうない。
除玉は明かり代わりの光玉や水道となる水玉なんかに並ぶくらい一般にも流通しているものらしく、もっぱら旅をする必要のない街の人たちはそういった除玉を夜の応用編として用いているらしい。そしておれも、昨日宝種を入れるために除玉を事前に飲んでいた。
今見たくアロゥさんに除玉を手渡されて。率直な、隠す様子も見せずこの玉の応用方法を教えられたんだ。正直おれはアロゥさんを聖人かなにかかと思っていたらしく、穏やかな笑みを浮かべたその口から出る露骨な言葉たちに赤面する羽目になったのは、あまり思い出したくはない。
そして今もアロゥさんは生々しく話を続ける。
「そういえば、敷妙も用意してあるんだった。セイミアに預けてあるから、後ででも受け取りに行ってもらえるか」
「敷妙、ですか? それでしたら何も特別なものを用意、しなくて――ま、さか」
いやな予感を巡らすおれに、アロゥさんはただにこりと微笑む。
「セイミアに預けたのは魔術をかけたものだ。どんなに大量の水分を吸収したとて、下には通さず敷妙で留めるもの。掃除が大変であろうからな、昨夜のもそうして手配したものだ。実際、役に立ったろう?」
言葉を失うおれに、アロゥさんはその反応が予想ついていたのか。子どものようにくしゃりといたずら気に顔を崩した。
その顔を見ながら、内心では頭を抱える。まさかシーツの方にまでそんな魔術がかかっていたなんて、思いもしなかった。けれど、思い当る節がある。
昨夜は岳里に散々いじめられて疲れ果て、べとべとになった身体をそのままに眠ってしまったけれど。起きた時には身体は拭かれ、シーツも新しいものに取り換えられ清潔になっていた。岳里がやってくれたことだっていうのはわかったけれど、でも今考えてみればあれだけ派手に色々とベッドに液体をぶちまけたんだ。下のマットにまで染み込んでいてもおかしくはなかったのに、それなのに交換された様子はなかった。だけど裏でこうした事情があったとするならば、納得だ。
「岳里なら心得ているだろうが、彼を受け入れるのだからしっかり慣らしてもらうんだぞ。勿論、たっぷりと潤してもらいながら。でないと身体を傷つけかねないからな、寝具への気遣いは無用だ」
未だ絶句の表情でかたまるおれに、アロゥさんはなんてことないようにゆっくりと茶の注がれた茶碗を手にし、僅かに端の上がる口元に傾けた。