忙しく日々は過ぎ、あっという間に岳里が隊長に就任する日の前日になった。早朝から王さまから呼びだされ、おれはてっきり明日のことについて話すのかと思ったけど――どうやらそれよりも、もっと大切なことだったらしい。

「三番隊副隊長の件できみに話を聞きたい。以前話したが副隊長は隊長就任と同時に行われる。それは、隊長が選んだ人間が副隊長となるからだ。岳里の場合、まだこの世界に戻って日が浅い。城の者のこともよくは知らないだろう」

 執務室に顔を出して早々、ネルと並び立っていた王さまはそう岳里に声をかけた。その話を聞いて、おれは思わず岳里へ目を向ける。
 副隊長の話なんて、岳里から聞いてもなかったからだ。別にわざわざおれに話さなくちゃいけないことじゃないし、むしろ関係なんてないけど、やっぱりおれのいないところでも着々と話が進んでたんだなあ、としみじみ感じる。
 今回の呼び出しも、実際呼ばれたのは岳里だけだったんだ。でもあいつがごねるからおれも連れてこられたわけで、そういうことがこれまでにも多々あったから、岳里があまりそういったことをおれに話さなくてもそれなりに情報は持ってた。けどさっき王さまの口から語られたことに覚えはなくて、当然ではあるけどおれの知らないところで話は進んでいたらしい。
 王さまは岳里からおれに話があったと思ってるのか、そのことに深く説明はなく、そのまま話は続けられる。

「本来ならば前の隊長に指名された人物をその座に据えるべきであろうが……彼もまた、前三番隊隊長、ハバルラとともに殉職しているため、新たに選ぶ必要がある。そこで、もしきみが副隊長に指名したい人物がいるのであればぜひ言ってくれ。いないようであればこちらから誰か任命する。ただし、たとえきみが指定した人物でも会議に通し、許可が下りなければ副隊長を任せることができないからな。それに加え三番隊の人間から出してほしい。その点に気を付けて、何人でも構わない。いれば名を挙げてくれ」

 好ましいのは、きみに代わり執務をこなせる人物だ、と王さまは言う。
 隊長の岳里の主立った仕事は、戦うこと。だから事務的な仕事はかわりに副隊長がほとんどをこなすそうだ。そうやって隊長と副隊長の武と智の均衡を保っているらしい。
 おれはもう一度岳里を見る。
 誰か、思い当る人はいるんだろうか。岳里はヴィルから剣の指導を受けていることもあって、ヴィルが隊長を務める十三番隊のみんなとはある程度親睦を含めた、と思う。あくまで岳里は岳里だから、そこまで仲がいいとは思えないけど。でも、反対に他の隊の人とはあまり接触ととったことはないと思う。少なくともおれが知る限りでは。
 副隊長っていうことは、仕事上で相棒になるような人だから、そこそこ信頼できる相手がいいだろうけど……岳里は、そんな人いるんだろうか。
 どう記憶を辿っても思い当りそうな人がいないから、岳里はそのまま誰でもいい、と答えるのか。
 そうおれが予想をしていると、岳里が口を開く。けれどそこから出てきた言葉はおれが予想もしていなかったものだった。

「ならばおれはユユを指名する」
「ユユぅ?」
「ユユさんを!?」

 おれと首を傾げたネルの声が重なって、王さまも今にも首を捻りそうな顔をして岳里を見返した。

「ネル、ユユとはどんな兵だ。少なくとも、あまり功績は上げていない者のようだが」
「ユユは主に岳里と真司の部屋の守りをよおく担当してた三番隊の兵でえ。武術はどちらかってえと苦手だったと思うなあ。頭もまあ平均的でえ、キレるってわけでもねえし……かといって、これといった短所はねえなあ。長所は、そうだなあ……敵のない、人のいいところかあ?」

 ネルも正直あまり覚えがないのか、首を傾げたまま王さまに答える。
 ネルの言った通り、よくおれたちの部屋の扉を見張ってくれていたから、ユユさんとは時々話したりする仲だ。そこまでユユさんのことを知ってるわけじゃないけど、ネルの説明を訂正するほどのものもなく、おれは黙って成り行きを見守った。

「ふむ、とりあえずは三番隊の者らしいが……何故彼を指名しようと思った?」
「別に。ただ、あれならばある程度信頼をおけると思った。それだけだ」
「んー? 真司が少しでも懐いてるやつがいいってかあ?」
「そう思いたければ思えばいい。――任される以上、ある程度職務はするが、基本は禍に、こいつのために動く。そのことで副隊長にかかる負担が大きくなるのは目に見えている。有能なやつであればそれに不満を抱き、おれのような者が隊長であることに不服を覚えるだろう。だが、あの男は恐らくそういったことはないと思った」

 こいつ、という時おれを視線で示しながら、珍しく岳里は長く口を開いて、自分の考えを言う。
 ――もしかしたら、岳里は強いて挙げるならユユさん、と思ってるんじゃなくて、可能であればユユさんがいい、と思ってるんじゃないだろうか。
 多分岳里のことだから、さっき言ったことの他にもユユさんの名前を挙げたのには理由があると思う。じゃあ他の理由は何か。そこまではわからないけれど、でなければ岳里がわざわざ説明をしてまでユユさんを推すことはないはずだ。
 王さまは自分の記憶にどうしてもユユさんが出てこないのか、どこか渋そうな顔をしながら頷いてみせた。

「わかった。ユユだな。ならまず本人に確認をとってから、次に――」
「その必要はない。確認はとっておいた」

 その言葉に思わずおれは眉を顰めて岳里を見上げる。
 ユユさんの性格を考えるなら、副隊長になってくださいと言われて、喜んで! とはいかない気がする。むしろ、自分には身に余ると言って辞退しそうな……けれどどんなに岳里を見ても、それが真実であるか、目に映らない。
 まあ岳里なりに説得したのかもしれないし、と思うようにして、不信感を覚えながらも口を噤む。
 ユユさんを知らない王さまは岳里の話を疑いもなく信じたみたいだ。

「話をつけておいてくれたのか。なら早速会議に通そう。昼には結論が出るだろう、使いを出すので再びこの部屋に足を運んでほしい。準備もあるため、出した結論が覆ることはないから覚悟してくれ」

 おれと岳里はその言葉に頷き、部屋を後にした。

 

 

 

 昼になり、岳里とおまけのおれが一緒に執務室まで向かうと、扉の手前で落ち着かない様子でうろつくユユさんと鉢合わせた。
 その姿を確認したおれは、王さまから答えを聞くよりも先に、副隊長がユユさんに決まったんだって安心する。だって、もし違うのなら関係のないユユさんがこの場にいるはずがない。
 てっきり、副隊長という立場に自分が決まったことに興奮してるのかとばかり思っていた。けれど実際傍まで歩み寄ってみて、どうも様子がおかしいことに気づく。
 近づいたことでようやくおれたちに気づいたユユさんは、ぱっと顔を上げた。

「あっ、真司さま、岳里さま! お二人も陛下のもとへ?」
「はい。ちょっと早いですけど、おめでとうございます、ユユさん。岳里もよかったな」
「……なんのことでしょう?」

 おれの言葉に、ユユさんは首を傾げた。

「祝っていただくことなど、何もなかったと思うのですが……もしや、真司さま方はわたしが陛下に呼ばれた理由をご存じなのでしょうか?」

 そういうユユさんの顔は、どこか青ざめていた。まるで、今から叱られるような、そんな暗い雰囲気。不安そうな表情。これから副隊長に任命されることを本当に知らないような、そんな感じだ。
 それにユユさんの言葉からして、なんで自分が王さまのもとへ呼びだされたのか、まるで見当もつかないみたいな気がする。

「ユユさんはこれから、三番隊の副たぐっ――」
「いくぞ」
「むぐぐっ!」

 なんだが嫌な予感がしながらも、とりあえずユユさんに事実を確認してみようと話そうとした時、突然背後から岳里に口を塞がれた。そのまま抵抗する間もなくずるずると引きずられ、片手でおれを抱えたまま執務室への扉を開けた岳里は中に入る。その時ちらりと背後のユユさんに視線を流し、その合図を受け取ったユユさんもためらいがちに後についてきた。
 部屋にはすでに王さまとネル、アロゥさんが並んで立っていて、おれたちを出迎えてくれる。来たな、と王さまが声をかけてくれたところでようやく、おれは岳里から解放された。
 すぐにでも岳里へ噛みつきたかったけれども、王さまの手前そんなことできなくて。ぎっと一度睨んでから、後々責めてやろうと今は口を閉ざす。
 岳里は相変わらずいつもの様子だったから、入ってきた時のおれたちのことについて王さまは言及せず、それよりもユユさんの顔を見ていた。

「気を遣ったつもりだが、鉢合わせてしまったか」

 くすりと笑った王さまたちの表情が、やっぱり結論を物語っている。
 そしてそれを口にするため、王さまは再び口を開いた。

「わかっているとは思うが、この度会議の結果、ユユが三番隊副隊長を務めることになった。他隊長たちから、ユユならば岳里の補助もうまくいくであろうとの意見も多くてな。――ユユよ、これからは未熟である岳里のことを副隊長として支えてやってくれ」
「…………へ?」

 ユユさんの方へ目を向けてみれば、まさにぽかーんと、口を開けて目を見開いていた。

「ユ、ユユさん?」

 思わず駆け寄ったおれが肩を掴んで揺すると、それから一拍おいてようやく我を取り戻し、大いに慌てだす。

「えっ、あの、ええっ!? お、おおおおおおおれが副隊長をですか!? そ、な、ちがえっ、何かの間違え、ではないのでしょうかっ!?」

 半ば素の出てしまっているユユさんの動揺っぷりに、思わず王さまやネルが腰を引かす。けれどそれどころじゃない当の本人は、床に膝をついて頭を抱えるにまで至っている。
 そんなユユさんを哀れそうに見つめる王さまは、岳里に問いかけた。

「……岳里、きみの指名したユユは彼ではないのか?」
「いや、こいつで合っている」

 至って冷静な岳里の声音に王さまは困惑したような表情を浮かべ、それからまたユユさんに視線を戻す。けれどそこにいるユユさんはあまりの驚きからか、口元に薄ら笑みを浮かべていて不気味な表情をしていた。

「い、一体どういうことなのですか? お……わ、わたしが副隊長だなんて。ご、冗談、ですよね、はは、ははは……」
「――っ岳里! おまえやっぱりユユさんに、確認なんてとってなかったんだな!」

 王さまの前だからと堪えていたけど、壊れかけてしまったユユさんを見ておれは岳里に詰め寄った。
 岳里はきっと、ユユさん本人に副隊長になる意志があるか、確認なんてとってなかったんだ。きっと、断られることを予想して。だから王さまの方から意思確認されないようすでに自分が聞いたことにしたんだろう。
 服を引くと岳里はおれの方を見たが、すぐにぷいっと顔を逸らされた。けれど、それが答えだ。
 こんにゃろう。
 ふつふつと湧き上がる怒りを抑え、おれはユユさんに向き直り頭を下げた。

「ユユさん、すみません! これもそれも全部岳里のせいで……実は――」

 おれからの説明を聞いたユユさんはようやく状況を把握したらしく、話し終えた頃には再び魂を抜かしていた。
 けれどすぐに我に戻ると、じわりと涙目になって王さまに頭を下げる。

「で、できません! わたしには到底務まらない大任です、どうか、もっとふさわしいお方にお願いいたします!」

 もう腰から直角に曲げ……それよりもさらに下へ、ユユさんは頭を下げる。やめよ、という王さまの声にも耳を傾けずその苦しい体勢を続け、再びお願いします、と叫ぶように告げた。
 どうしたものかと困り果てる王さまや、どうしましょうねといったように笑うアロゥさん。ネルも面白いことになったとけらけらしているなか、ようやくすべての元凶の岳里が口を開いた。

「結論は覆らない。そう言ったな、王」
「あ、ああ……時間がないからな。本来ならばもっと猶予を持って決めるべきだったが、何分、三番隊隊長の空席もあり、岳里の隊長就任を急いていたものでな。だが、本人の意思がないのであれば――」
「だそうだ。諦めろ」

 ろくに話を聞けないユユさんの状況を利用して、王さまの言葉さえも途中までを利用して、岳里は平然とユユさんに言い放つ。
 恐る恐る顔を上げたユユさんは、やっぱり涙目で。

「で、ですが、わたしは……わたしはただの兵です、何の功績も上げてはいない。それなのにいきなり副隊長だなんて、無理、無理です……実力が伴っておりませんっ」
「できる。副隊長とはいえ、その役を重りと思う必要などない。できないのなら周りに支えてもらえばいいだろう。おまえならば務まると思ったから、おれはおまえを指名したんだ」
「岳里、さま……」
「それにおまえには、間を取り持ってもらうことになる。おれはこの通りの性格だからな。この国に顔を出して日も浅い。当然部下となる三番隊の者の反発も大きいだろう。おれの言葉など聞かない者も出てくるだろう。それをおまえが潤滑に回してもらいたい。そればかりは生まれ持っての才だ、誰でもできることではない」

 珍しく岳里は多弁だった。すらすらと言葉を並べ、ユユさんを説得にかかっている。
 逆にそれをおれは訝しむが、純粋なユユさんは違和感さえ覚えていないようだった。むしろじいっと、目尻に涙をためた瞳で岳里を見つめる。

「岳里さまは……わたしには、それができると思っておられるのですか?」
「ああ。おれはそう思っている」

 すぐに返された岳里の言葉にユユさんは沈黙し、俯く。
 それからしばらくして、それまでの困惑した表情を一変させて、顔を引き締めて岳里を見た。

「――――……わ、わかり、ました……わたしが副隊長になるのに、わたしである理由があるとするのなら。まだ正直、不安は大いに残っておりますが……全力を尽くさせていただきます」

 ユユさんはその場に片膝をつくと、そのまま岳里に深く頭を下げた。それから次に、王さまの前で同じように膝をつく。

「未熟者ではありますが、謹んで、三番隊副隊長の職を務めさせていただきます」
「――うむ。これからも我らとともに、この国を支えていってくれ」

 頭を垂れるユユさんの肩を屈んだ王さまがそっと叩いた。それに合わせ、ユユさんも顔を上げる。そこには王さまへの憧れのようなものが感じられて、再びその瞳には水気が集まり出していた。
 ようやく話も纏まり、ユユさんも腹を決めてくれて――王さまから、一緒に頑張ろうと言葉までかけてもらえて。その感動がおれにも伝わってきて、じんと胸に何かが響いたその時。
 空気を読むことをあえてしないやつがぶち壊す。

「王。こいつが副隊長になった以上、すべてを話す」
「……なんだと?」
「むしろ当然の成り行きだろう。おれも理解があった方が、安心してこいつにすべてをまかせ動けるというもの」
「――まさか、すべてというのは、選択の……」

 唖然とし、言葉を途切れさせる王さまに対し、岳里の顔色は一切変わらない。
 自分に関わることだとわかっていても、二人が何について無言で見つめ合っているかわからないユユさんは、不安げに交互に二人の顔を見た。
 そしておれも同じように、心配になり二人を見る。
 すべて、というのは、言葉通りすべてなんだろうか。王さまが口にした、選択。つまり、選択の時のこと。でも全部なら禍のことも話すことになるし……。
 岳里の真意が読めずじっと見つめると、不意に視線が重なる。おれは目で何を考えているんだと訴えても、やはり岳里のその瞳は何も語ってはくれない。
 王さまからの返事も、ネルもアロゥさんの返事もないことをいいのに、岳里はユユさんに向き直る。

「これから話すことは、隊長どもの間にしか伝わっていない機密事項だ。他言すれば、副隊長の位だけでなく己の命が危ぶまれることもあること覚えておけ」

 偉そうにユユさんを見下ろしながら、誰も止めることができないまますべてを岳里は話してしまった。
 おれが、この世界の人間でないこと。役割のこと。選択の時のこと。禍と、そしておれの兄ちゃんのこと。
 簡潔に、かつ要点はしっかりおさえて、岳里は短時間でユユさんの頭にこれまでおれがゆっくり時間をかけ理解していったことを叩き込む。
 本当にすべてを聞かされたユユさんは、呆然としたように岳里を見上げる。それから一度王さまたちの方を見て、それからおれの方へ目を向け。

「し、真司さま……ほ、ほほ、ほっほんと、ですか……?」
「お、落ち着いて、ユユさん。全部本当のことなんです。すぐに理解することは難しいでしょうけど、少しずつ、受け入れてください」

 すがるような目で見られても、けれど岳里の話したものはすべて真実だ。ユユさんを騙そうとか、そんな気持ちなんて一切ない、現実。
 逸らされた目は、床を見つめ、項垂れるように肩を落としていた。

「――真司の言う通りだ。すぐに受け入れずともいい。少しずつでいい。今日はもう下がり、明日に備え身を休めよ。明日の主役は岳里だが、おまえの副隊長任命も兼ねているのだから」
「…………ありがとう、ございます。まだ、頭が追いつきませんが……与えられた副隊長という職務は全う致します。今回の、その……選択の時、禍に関してはしばしお時間をください」

 色々な衝撃を受けたらしいユユさんはふらつきながらも立ち上がると、礼儀正しくおれたちそれぞれに一礼し、王さまの許可をもらい一言残して部屋を後にした。
 ユユさんが力なく扉を閉めた後、おれは岳里に振り返る。

「どうしてユユさんに話したんだ? いや、話すにしても、別に今じゃなくても……」
「いつ何が起きるかわからない。明日、もしかしたら今この瞬間にやつは動き出すかもしれない。ならば、今話した方がいいだろう。王という、事実を証明する者の立ち合いがあればあいつもこれが嘘とは思えないはずだ」

 それは、もっともな話だ。今でも禍の動きは掴めていない。わかっているのは、やつが兄ちゃんの身体を使いながら何かしようとしていることだけ。
 確かに、もしこのことを話すのであれば、少しでも早い方がよかったのかもしれない。でも、それでも、あんな話をいきなりされて大丈夫な人なんてそういないだろ。ユユさんみたいな人なら、なおさら激しく動揺するのが予想できたはずだ。
 納得できない、とありありと伝えるおれの表情を感じ取った岳里は、小さく息をついた。おれから目を逸らすと、王さまに視線を向ける。

「もう用はないな」
「ああ、明日のことはもう話してあるから、特にはない」
「なら、部屋に戻る。いくぞ」

 岳里はおれの腕を掴むと、引きずるように歩き出した。
 王さまたちにろくに挨拶する暇もなかったおれは、すみません、っという言葉と軽く頭を下げるだけで慌ただしく部屋から去る。
 しばらく岳里に手を引かれ、ようやくそれが離れたころには部屋までの道のりのちょうど半ばくらいまできていた。
 岳里の背を見つめながら、おれは声をかける。

「なあ、なんでユユさんを選んだんだよ?」

 一度は、王さまが岳里に問いかけた言葉。けれどあれだけじゃなんか納得ができなくて、改めて岳里に尋ねる。
 振り返ることなく、岳里は答えた。

「おれの言うことを素直に聞くが、馬鹿ではない男が必要だった」
「……それだけ?」
「それだけだ。単純だが、大切なことだ」

 きっと、これは岳里の本当に思ってたことなんだろう。なんとなく、それはわかった。でもおれとしてはよく意味がわからない。
 わかるようなわからないような。しばらく頭を悩ましながら歩き続けたが、答えはでなかった。でも、おれはわからなくてもいいんだろう。岳里が、ちゃんと理由があってユユさんを選んだのなら。
 思わずおれが噴き出すように笑うと、怪訝そうな表情を浮かべ岳里が振り返る。その視線が、どうしておれが笑っているのか教えろ、と訴えていた。

「はは、おまえも案外、ユユさんのこと気に入ってるんだなあって思って」
「別に。ただ、おまえが信頼できると思う相手ならば、多少、おれも信用できると思ったまでのことだ」

 岳里は一度小さく息をつくと、いつものように愛想なく言い放ち前を向いてしまう。
 その言葉はきっとは、結局はおれを信頼してのこと、なんだろう。でも、それでもいい。
 岳里はおれの味方を増やそうとしている。おれを、守るために。でもそれが結果的に岳里の味方になってくれるのなら、それでいいんだ。
 いつまでも笑うおれに岳里はどこかむっとした表情で。それが不機嫌を表すのか、それとも単に照れているだけなのか。
 今のおれにはわかる。だからこそ、頬の緩みは収まらなかった。

 

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