ネルに案内されたのは、城の地下だった。階段を下り、そのまままっすぐに進んだ先。そこでようやく、ネルは頭の後ろで組んでいた腕を解き、足を止めた。
 その目線の先には、いくつもの、俗にいう魔方陣ってものがたくさん描かれた壁があった。陣同士が重なり合いながら、おれの見方が正しければ、全部で大小合わせて八個も描かれている。

「いいかあ、今からおもしろいもん見せてやるからあ、しっかり見てろよう」

 にかりとおれたちに笑いかけたネルは、そっと、その壁に片手を触れた。
すっと息を飲み、瞳を閉じる。

「【我、銀の光に導かれし者なり。青の瞳よ、道を示せ】」

 ネルが言い終えた途端、魔方陣が青く、壁が銀に輝く。それははじめ仄かな光だったけど、ネルがもう片方の手も壁につけた瞬間に、目も開けていられないほど眩く光った。

「――っ!」

 思わずおれは腕を顔の前にやり、光から目を覆う。ふわりと風がそよいだと思ったら、すぐに光は止んだ。
 恐る恐る腕を退かし、うっすらと目を開けてみる。すると、目の前には岳里の背中があった。
 ……さっきまで隣にいたのに、こいつは……。
 あえて何も言わず、光が完全に止んだことを確認したおれは岳里の影から出る。そして改めて現状を見て、思わずぽかんと口を開いてしまった。
 ネルの目の前にあったはずの、いくつもの魔方陣が描かれた一面の壁。けれどそれが跡形もなく消えていた。
 壁が遮っていたはずの先には、少しの間を置いて、長机が縦にまっすぐに伸びている。左右対称に椅子が六個ずつ並び、奥の端には、ふたつの椅子が置いてあった。全十四個の椅子にはすでにふたりが腰かけていて、おれたちの登場に視線を向ける。その中に見知った顔はない。
 ふたりのうち、片方がおれと同い年ぐらいのやつだったけど、そいつが一番険しい表情で睨むように視線を寄越し、おれは、思わず岳里の影の中に戻っていった。
 そんなおれの様子にネルは小さく笑い、岳里は無表情に振り返ってくる。妙に気恥しく、それを紛らわすために岳里の背中を軽く殴っていると、椅子に座っていたふたりのうち、もうひとりの大柄な男の人が、微笑みを浮かべて近づいてきた。

「ネル、彼らは?」

 長身の岳里よりもさらに背が高いのに、声は穏やかで、目元も優しい。おれたちを気遣っているのか、目が合うとにこりと笑顔を返してくれる。おれも返事にぺこりと頭を下げれば、その人はネルに視線を戻した。

「おう、ヤマトかあ。こいつらは今日の議題の主役だあよ。きっと面白いことになんでえ」
「面白いって……」

 けらけらと笑うネルに、男の人は困ったように笑った。

「てかよう、まだこんだけしか集まってねえのかあ? ……早急だあっていったのによう」

 今まで笑っていたネル。けれど突然表情が変わり、目つきがやや鋭くなる。今集まっている人数が不服みたいで、口元は相変わらず笑ってるのに、目が笑ってない。
 ……なんか、悪役みたいだ。今にも、ふははは、なんて笑いだしそうな、そんな雰囲気がある。
 いかにも声のかけずらいオーラを出すネルに、男の人はやんわりと、宥めに入った。

「まあ仕方ないよ。いくら急ぎといっても、みんな今すぐ片づけなければならない仕事があるんだから。王さまがいらっしゃる前には、きっと集まるよ。それより、おれに彼らのことを紹介してくれないか?」
「えー、めんどい。どうせこれからみんな集まればするんだから後でなあ」
「めんどいって……まあそれもそうだけど、そいうわけにはいかないよ。――君たち」

 ふいに、男の人の視線がこちらに向いた。どうやらネルでなくおれたちに話しかけているようで、おれは慌てて岳里の影から抜け出し、その隣に立った。
 改めて対面したおれたちに、男の人は相変わらずほんわかとした笑顔を浮かべる。

「はじめまして。おれは九番隊隊長を務めるヤマト。君たちの名前は?」

 そう、優しげに問われ、おれも名を名乗る。

「はじめまして、おれは野崎真司です」
「岳里岳人だ」
「……随分長い名前だね?」

 おれたちの名前をそれぞれ聞いたヤマトさんは、ほほ笑みを浮かべながら首を傾げる。その姿を見たネルは、思いきり吹き出した。

「にゃはは! ちがあう! こいつらは、真司にぃ、岳人でいいんだあよ!」
「おれは岳里のほうだ」

 きょとんとネルの話しがわからないようにヤマトさんが瞬く中、岳里がいたって真面目にそんなことを言うもんだから、さらにネルは高らかに笑い声をあげた。

「そういやあ、まだおまえらに言ってなかったよなあ」

 笑いすぎで滲んだ涙を拭いながら、ようやく落ち着きを取り戻してから、ネルはおれたちが知らなかったこの世界のことについてひとつ教えてくれた。
 なんでも、ディザイアにはおれたちの世界にあるような苗字というものがないらしい。だから、名乗る時は呼んでもらいたいほうの名だけを言えばいいそうなんだ。
 王さまに、おれたちはフルネームで名乗ったけど、その時には何も言わずあえておれたちに合わせてくれたのだと、ネルは今さらながらに教えてくれた。
 それだったらもっと早くに教えてくれればいいのに、と思ったものの、王さまやネルの気遣いを感じて、ほんの少し心が温かくなる。
 やっぱりこの世界の人たちは優しい人が多いな、と思っていると、突然後ろから叫び声が聞こえた。

「――ぎゃあっ! ヴィ、ヴィル、おまえここを張ってたな!」
「爪が甘いぞレードゥ! まだまだだな!」

 その賑やかな声には聞き覚えがあり、ヴィルっていう名前も、レードゥっていう名前もまだ忘れていない。

「ちょ、馬鹿どこ触ってんだよ! おいコガネ、見てねえで助けろって!」
「いやだ」
「諦めるのだレードゥ、コガネはわしの味方なのだからのう!」

 うぎゃああ! なんていう悲鳴が再び響く。その声はなんだか荒れているけど、やっぱりこの世界に来てはじめて顔を合わしたレドさんのものだ。
 レドさんとは会って間もないけど、不思議と好感の持てる人物だったのを思い出す。少なくと、この世界で、この場所で、少しでも顔を知っている人物が増えるのは、おれにとって心強いことに変わりない。
 そう思えば無性にあの鮮烈な赤髪が恋しく思え、耐えきれなくなっておれは振り向く。けれどそこには魔方陣の描かれていたあの壁が立ちはばかり、レドさんたちの声ははっきり聞こえるのに、誰もいない。

「え、あれ?」

 おれがいくら首を傾げても、その声ばかりが届く。相変わらずヴィルハートさんがレドさんに何か仕掛けているのか、悲鳴が混じる。
 壁は、消えたんじゃないのか? それに、どうしてこんなにはっきり聞こえるのに、姿が見えないんだ? 壁が間にあるなら普通、もっとくぐもった声になってもいいのに。
 ぐるぐると考えているうちに混乱しそうになり、おれがネルに訪ねようと視線を向く。けれどそこにはさっきまで確かにいたはずのネルの姿はなく、いつの間にか少し離れた場所からヤマトさんと、岳里と一緒に立っていて、おれに手招きをしていた。

「おうい、危ねえでえ?」
「え、あぶな――」
「ちょ、わっ!」

 危ないってどういう意味、と聞くより先に、背後が眩く光る。それはさっき、壁がなくなったときと同じぐらいの輝きで、おれは瞬時にネルの言った危ないの意味を悟った。
 けれど、もう遅い。

「ふぎゃっ!」

 おれは情けない悲鳴を上げ、後ろの重みに突き飛ばされて、目の前に突っ伏し倒れた。

「っ、てて……って、し、真司!? だ、大丈夫か!?」

 うつぶせになるおれの上で、倒れこんできたレドさんが上半身を起こし頭を摩る。それからようやくおれの存在に気づき、慌てて退いて身体を起こしてくれた。
 レドさんに腕を引かれながら身体を起こし、おれは痛みに顔をしかめる。幸い傷はできなかったけど、打ち付けた腕なんかが鈍く痛んだ。

「悪い、まさかいるとは思わなくってな」
「わしもふざけてしまった。すまぬな少年。痛むか?」

 レドさんと、そして不思議なしゃべり方をするのレドさんにぞっこんなヴィルハートさんが、申し訳なさそうに腕を擦るおれに声をかけてくれる。おれはふたりに首を振り、大丈夫、と答える。本当は思い切り打ったもまだ胸が痛いけど、ふたりに悪気がなかったんだし仕方ない。あっちもおれがいるとは思わなかっただろうし、避けなかったおれも悪かったし。
 でもまさかとは思ったけど、倒れてくるとは……。
 不思議なことに、何故か前にもこんなことがあった気がする。レドさんにつぶされることというか、その衝撃、というか……それがなんでだかはわからないけど、なんでだかひっかかった。

「おうい、でえじょうぶかあ?」

 おれとレドさんの間に何かあったっけ、と思い悩んでいると、ネルが笑いながら歩み寄ってくる。
 せめて、心配するなら言葉と表情を合わせてきてほしかった。というか、もしかしたら毎回同じようにレドさんが倒れて入場するから、ネルたちは避難してたのか? ……だったら一声かけてくれよ。

「まあまあ、そんな睨むなってよう。ちゃんと忠告はしたでえ?」

 おれの心の声が視線に乗っていたのか、ネルは悪びれた風もなくそう言ってのける。これはあれか? 忠告してくれるのは嬉しい。だけど、言うのが遅いって……。
 そうは言えず、ひとりで軽く不貞腐れていると、突然後ろから脇の下に大きな手が差しこまれ、一気に持ち上げられるように無理矢理立たされた。
そんなことをするのはひとりしかいない。確信を持って振り返れば、やっぱりそこには岳里がいた。
 こいつにだって言いたいことはある。さっきからずっと、時には違和感を覚えるほどにおれを助けたりしてたのに、なんでこんな時に限って何もしないんだって。
 理不尽なのはわかってる。でもさ、どうしても思うわけだ。
 なんでこういうときは助けないんだよ馬鹿! と心の中で憤り、おれは情けなくも痛みで涙目になっていることを悟られないように、俯く。無防備なところに大の大人一人に押しつぶされたもんだから、言葉にしないだけで本当にあちこちが痛いんだ。
 その痛みをごまかすためにも、傍らに立った岳里を密かに睨み上げれば、どうやらおれを見ていたらしいやつと目が合う。
 相変わらず表情を表さないまま岳里は口を開けた。

「おれの傍から離れるな」

 その言葉の前には、痛いのが嫌なら、とついていた気がする。それがなんだか気に食わずに顔を背けるも、ふとした違和感が胸の中に残った。
 まさかとは思う。まさかとは思うんだけど、もしかして……これを狙ってたんじゃないだろうな。
 ちらり、と再び岳里を伺う。けれどもう岳里はおれを見ていなかった。
 まさか、まさかと頭の中で繰り返すおれに、レドさんが声をかけてくれる。

「真司、本当に大丈夫か? 痛かったら言えよ?」
「あ……いや、大丈夫です。もう痛みも引いてきましたし」

 本当はまだ、特に右腕がじんじんとしていたし、ところどころ痛むんだけれど、おれは首を振って答えた。どうせ、時間が経てば治まってくるものだ、あながち嘘ってわけでもない。
 大丈夫、そう答えたものの、まだレドは心配そうにしている。でも何も言ってこないから、おれからも特にそれ以上反応することはやめておいた。

「隊長ではあらぬおぬしらがこの場にいるということは、今件は、そういうことかのう?」
「まあ、そういうこったあい」

 静かに沈黙が訪れそうになった時、にこやかにヴィルハートさんが声を上げる。それに答えたのはネルだった。

「――ところで、彼らを紹介してくれないか?」

 ふと、レドの後ろからひとりの男の人が現れた。その一歩後ろを歩くように、ヤマトさんがつく。目が合うとにこりと笑ってくれた。

「あ、悪い。今おれがつぶしちまったのが真司で、そっちのでかいのが岳里だ」
「少し前に会うた少年だな? わしはヴィルハートだ」

 ヴィルハートさんの紹介はすでにジィグンから受けていたけど、それは本人がいないところだったから、人の良さげな笑顔を浮かべてされた自己紹介におれも笑顔を返す。
 次に、この場所ではじめて会う男の人が口を開いた。

「おれはコガネ。二番隊隊長を務めさせてもらっている。それで、こいつは――」
「改めて紹介させてもらうね。おれはコガネの獣人の、ヤマトだよ」

 今まで男の人の一歩後ろに控えていたヤマトさんが、その隣に立ち、ぺこりと頭を下げてきた。
 それまでぼうっと、はじめて会うコガネさんを見ていたおれは、慌ててヤマトさんに返すように、同じように頭を下げる。けれど、上げればまたコガネさんに見入ってしまった。
 コガネさんは、とても綺麗な人だった。髪は驚くほど長く、高く一本に結いあげていたとしても、その毛先はふくらはぎぐらいまで伸びていて、シャンプーのCMに出れるんじゃないか、ってくらい、金色に輝く髪は綺麗だ。それに顔どちらかといえば中性的で、男ってことは声からも体格からもわかるんだけど、でも、黙っていれば女性と間違えてもおかしくはないくらい。それぐらい、本当に綺麗な人だ。背もすらりと高く、もしおれたちの世界にいればモデルなんかやってそう。
 ていうか、女の人でもそうそう素顔でこんな綺麗な人っていないんじゃ……。
 コガネさんは男だから当然化粧なんてものはしてなくて、でもそれでも女の人のように綺麗だから、やっぱり相当なもんだと思う。
 ぽうっと見とれて綺麗綺麗と思っていたら、ふと視界が真っ暗になる。

「――岳里」

 静かに名前を呼べば、そっと、目元に置かれてた岳里の大きな掌はあっさり退いていく。
 完全に影が消えてから、おれは後ろに振り返った。けれど、そこにはやはり岳里の仏頂面があるだけで、言葉も何もない。おれはほんのわずかな間、じっとこっを見つめる岳里と目を合わせただけで、すぐに視線を目の前へと戻した。
 すると、何故かみんながいかにも微笑ましいといった様子の生温かな目でおれたちのことを見ている。その視線の理由もわからないのにどうしてかそれが無性に気恥しく、おれは気付かれないように、岳里の足を思い切り踏んづけてやった。
 やっぱり思った通りの無反応で痛がる素振りを見せなかったけど、でも少しだけ、気が晴れる。きっと内心は痛い痛いと叫んでいるはずだと決めつけて、おれは改めて前に向き直った。
 再び唐突に、壁が銀に光る。

「――っ」

 三回目でもそう慣れることのできないまぶしい光に息を詰め、目を閉じる。次に薄らと開けた時には、少し前に会った、ジィグンをと言い争ったあの強面の男と、それともうひとり、穏やかな笑顔を浮かべる長い灰色の髪のおじいさんがいた。

「なんだ、みな扉の前に集まったりして。何かあったのかな」
「ああ、ハヤテ、アロゥも。ちょっとな」

 レドさんが呼んだアロゥ、という名前に聞き覚えがある気がしたが、それよりも強面の男、ハヤテさんに目がいってしまい、おれは気づかれないように岳里の背に回る。
 別におれが何かされたってわけじゃないけど、ジィグンとのやりとりのこともあり、顔が怖いくせにさらに背も高いもんだから、どうしても高圧的に見える。本当に目つき悪いし……。
 ここにきたということは、ハヤテさんも隊長なんだろう。確か、この人も獣人なんだよな?
 ジィグンの言葉を思い出しながら、岳里の影から様子を伺っていれば、ふとぎらりとした眼光のその男と目あう。思わずおれは、岳里の背中に視線を移した。

「これ、ハヤテ。脅かしてはならぬ。怯えているではないか」

 おれの様子を見たおじいさんが、ハヤテをたしなめる。
 ――別に怯えたつもりはない、と言いたいけど、隠れてるおれは何も言えない。
 ハヤテさんは、アロゥという名であろうおじいさんの言葉に小さく顔をしかめた。

「……別に脅かしてるわけじゃねえ」
「もとよりおまえは目つきが悪い。おまえ自身が注意せねば、誤解を招くのだ」

 アロゥの言葉に、言い返すことなくただ顔を背けたハヤテさんは、そのまま輪から外れて、席に向かってしまう。
 保身になるあまりにこうなると予想してなかったおれは、遠ざかるハヤテさんの背を見送り、岳里の背中から抜け出したあとに、申し訳なく思ってアロゥさんと向き合った。

「すみません、おれ……」
「あやつのことは気にしなくてもいい。常にわたしが口にしていることだから、ハヤテもよくわかっているはずだ。――それよりも、君たちと会うのははじめてだね?」

 優しく微笑まれ、おれはまだ名乗っていないことにようやく気がつく。
 慌ててしゃんとたたずまいを直し、頭を下げた。

「おれは真司です」
「岳里だ」
「わたしはアロゥ。四番隊隊長で、ジィグンという獣人の主でもある」
「……あっ」

 ジィグン、と聞き、おれはぱっと、にかっと笑うあのジィグンを思い出した。
 アロゥ、って覚えがある名前だと思ったら、ジィグンの主だったのか。見知った名を聞き、おれは一気にアロゥさんに安堵感を覚える。
 ジィグンは気さくないい人だった。そんなジィグンの主なら、少なからず、悪い人なんかじゃない。
 それになにより、さっきからずっと微笑んでいるその顔が、なんだか一番落ち着いた。

「おや、もうジィグンとは会ったのかな?」

 おれが思わずあげた声に気分を悪くするでもなく、アロゥさんはただにこやかに言葉を返してくれる。

「はい。王さまのところまで、案内してもらったんです」
「ああ、そうかそうか。あやつは面倒見がいいからな。何かあれば頼るといい」
「ありがとうございます」

 その言葉におれが小さく頭を下げれば、どこか満足げにアロゥさんは頷き、そして次に岳里に視線を移した。おれもその視線を辿り岳里の顔を見れば、アロゥさんに向かって小さく頭を下げる。その姿を見ておれは思わず目を見開いた。
 お、王さまにすら頭を下げなかったのに……。
 なんでアロゥさんには下げるんだ、と不思議に思っていると、ふとアロゥさんもじっと岳里を見つめていることに気がついた。

「おや、そうか……そうか。ふむ、そうか」

 アロゥさんは顎から伸びる長い白ひげを撫でながら、岳里の顔を見ては仕切りに頷き、そうか、そうかと言葉を繰り返す。
 ふうむ、と最後に息をつくと、アロゥさんは視線を一度おれに向ける。目が合うとにこりと微笑み、再びそうかと呟きながら、席の方に向かってしまった。

「……?」

 アロゥさんの行動がよくわからず、ゆっくりと遠ざかる細い背中を見詰めていれば、ぽん、と肩を叩かれた。振り返ればレドさんがいて、気にするな、と笑う。

「アロゥはよくああなるんだよ。あの人は沢山のことを知っているから、考えることも多いんだろう」
「それよりもよう、もうすぐ王さまが来んぞう。隊長どもはさっさと席に着けえ」

 まるで先生のようにネルは手を二回叩くと、近くに立つヤマトさんの尻を軽く蹴る。

「ちょ、痛いよネル」
「ほうれ早く動けえ」

 避難の声を上げるヤマトさんは完全に無視され、それぞれ隊長たちは笑いながら席に向かっていった。
 ネルが言った通り、ほどなくして王さまは光る壁の中から現れる。
 大きく縦に伸びる長い机の脇にところどころに空席を作りながら隊長たちは腰かけ、そして部屋の一番奥の端にふたつ並んだ椅子の、左手に王さまが、その右手にネルが座った。おれたちは王さまの席の隣に並んで立つ。
 王さまが来てからは柔らかかった雰囲気は消え、ピリピリとした緊張感が部屋を包み、誰も言葉を発しない。みんなが、王さまの言葉を待つ。

「来られぬ者もいるが、今ここに集えた者たちだけとでも早急に話し合わねばならないことができた。それは、彼らについてだ」

 ついに口を開いた王さま様は、視線でおれたちのことを示す。一気に隊長たちの視線がおれたちに集まり、気まずさからおれは視線を下ろした。
 それでも感じるものに、拳を握る。

「まずはそれぞれ自己紹介をしよう。既に彼らを知っている者もいるだろうが、改めて名乗ってもらいたい。一番隊、レードゥから順に頼む」

 そう王さまが言えば、おれたちから見て左手側に腰かけていたレドさんが立ちあがる。

「一番隊隊長、レードゥだ」

 にっと笑うレドさんに続き、今度はその隣に座るコガネさんが長い髪を揺らしながら、立ちあがり二番隊隊長と名乗る。その隣の椅子は空いていて、ネルが今三番隊の隊長は空席なんだと教えてくれた。
 それから四番隊隊長としてアロゥさんが挨拶をし、次に部屋に入る前から座っていた、おれと同い年ぐらいの男が立ちあがる。コガネさんとは違う、すこしくすんだ金色の髪を揺らしながら、その男はおれたちを睨んだ。単なる見間違いでなく、明らかな敵意を持って。

「――五番隊隊長、アヴィル」

 視線とは裏腹に、平坦な声音で名乗り音も立てずに椅子に座った。
 けれどやはり、その眼差しは依然きつくおれたちを見つめる。嫌でも彼が思うことが伝わってきて、ますますおれは視線を下げるしかできなかった。
 彼の席の隣とその隣、ふたつの席はまた空いていて、順番的に、六番隊と、七番隊の隊長は不在ということがわかる。
 次の八番隊はあの怖い男の人、ハヤテさんで、続く九番隊は、ヤマトさんだった。その隣の十番隊は不在で、続く十一番隊、十ニ番隊の隊長の席も空いていた。だから次に座るヴィルハートさんが挨拶するんだと思っていたら、立ちあがったのは王さまの隣に座るネルだった。

「十一番隊隊長のネルだあい」

 相変わらずののんびりとした口調で名乗ると、そのまますとんと椅子に座る。
 ネルも隊長だったのか。ってことは、獣人の隊長は四人いるって言ってたから、ネルと、コガネさんの獣人のヤマトさんと、あとハヤテさんか。あとひとりは順番的に、今不在の十番隊の隊長さんかな?
 不在の十ニ番隊を飛ばし、最後の席に座るヴィルハートさんが立ちあがる。

「十三番隊隊長のヴィルハートだ」

 ヴィルハートさんで、今この場にいる隊長の全員が名乗り終える。今度はおれたちの番だと王さまは促した。
 覚悟はしていたはずなのに、そろりと顔をあげた先の隊長たちの視線に、どっと冷や汗を掻く。心臓が大きく高鳴る。
 ひとりを除いて他の人にはもう挨拶を済ませたはずなのに、それなのに身体が緊張から強張った。何がそうさせるかわからないけど、どこか心細く、声が喉に張り付く。
 挨拶、しなきゃいけない。でも、おれと岳里どっちから? 
 おれがひとり悩んでいるうちに、岳里はあっさりと口を開く。

「岳里だ」
「……し、真司です」

 おれとは違い、特に緊張した様子もなく名乗った岳里に、どうにか便乗して続く。少し声がざらついたけど、それでも無事言えたことにほっと胸を撫で下ろした。

「改めてわたしも名乗るとしよう。シュヴァルだ――さて、挨拶も済んだところで、早速本題に入ろう」

 王さまは今まで背もたれに預けていた身体を起こすと、机に身を乗り出した。

「彼らのことについて。そして、彼らのこれからの処遇について」

 その言葉に、みんなの顔つきが変わる。

 

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