他のみんなは国の守りに精一杯だ。その中で動ける人は限られるし、エイリアスのもとに行く以上並みの隊員を多く連れて行っても無駄に被害が多くなるだけで。かといって隊長たちを連れて行くこともできない。守りのことに関しても、隊長が一人欠けただけでも兵たちの士気の低下は大きいと予想がつくから。
 だから竜人いう強い肉体を持つ岳里が一人で動こうとしたんだ。
 岳里はエイリアスを、どうにか説得してみせると言った。そしてもしできなかったらその時はやつを殺すとも言った。だからおれに任せろ、と。
 ――隣でそう告げた顔を見上げたけれど、あの時もうすでに、岳里は覚悟していたんだ。
 おれたちは誰もが傷つかない終わりを探した。時間がある限りと、一生懸命に。でも見つからなかったんだ。
 どんなに考えても、おれたち自身が未来に繋がる鍵にはなれなくて。
 そんな、答えを見つけられなかったおれたちに残された道はひとつ。被害を最小限に留められるように最大限の努力をするしかない。そのためにもエイリアスの命は必要なものだった。
 きっと、説得にはのってくれないだろう。それをわかっているから岳里は初めからエイリアスと殺しあうつもりでいる。そう断言されなくても覚悟した顔を見れば嫌でもわかった。
 そんな決意を秘めた岳里の意見に反対する人は誰もいない。誰かは根源のもとに行かなくちゃいけないし、でも一人でも動ける自由と屈強な身体を持つのが岳里しかいないって、みんなもわかってたからだ。きっと岳里が名乗り出なくても、結局話はそういう状況に向かったんだろう。
 そしてもし、岳里さえもエイリアスに敗れれば。残された道は滅びだけだともわかっている。
 向こうがしかける怒涛の攻撃の中、きっとおれたちは守りに徹するしかない。その中で唯一の攻めの手である岳里に、すべてを託すしかないんだ。
 ――だから、そうして話がまとまろうとしてたから。誰もが重苦しく口を閉ざす中、唯一声をあげたんだ。
 おれも一緒に行く。行って、エイリアスと会う。そして話し合う――って。
 当然岳里はおれを止めた。珍しく声音に少しの怒りを混ぜて、連れていけるものかって。でもそんな岳里を宥めるために口を開いたのはおれじゃなく、周りのみんなだった。
 つれてってやれ、と言ってくれたんだ。
 おれの我がままにそれぞれ苦笑して、でもここにいろとは誰一人として言わない。
 ――真司が最も安全な場所は岳里の傍だぜ。おまえだって真司が見えない場所にいる方がよっぽど不安だろ。
 説得するなら多い方がだあろ? どうせ危険なのはどこも変わんねえよう。
 それに真司とて、エイリアスの阿呆に言ってやりたいことはあるだろうよ。ならば、それを思い切りぶつけさせてやらねばならん。
 きみ自身、ろくにエイリアスと話せるとは思わないだろう。だからこそ真司を連れて行きなさい。なに、すべてはきみが守りきればいい話さ。
 岳里一人じゃ心もとないが、真司との二人なら、安心してわたしたちの未来を託せる。
 つれてってやれよ、岳里。
 そう、それぞれの言葉で背中を押してくれたんだ。一人一人が言葉をくれて、全員がおれを援護してくれて。
 そのお蔭で最後には、岳里はまだ渋々といったようでも頷いてくれたんだ。
 そこで完全に話しはまとまって、みんなは国の守りを。おれたちはエイリアスのもとへと決まった。
 でも岳里は未だ、話し合いが終わって解散となった今でもおれをつれていくことを認めきれずにいるようだ。
 おれが諦めないとわかっていても、岳里も諦めきれないんだ。それだけ危険な場所だから。
 向けられた背に近づいて、身体の正面は岳里の方を向けてその反対側のベッドの端に腰を下す。
 おれたちの状況に不穏なものを感じているのか、浮かない顔で岳里の肩に乗るりゅうと目が合った。安心してもらえるよう笑いかければ、垂れた耳が少しだけ持ち上がる。
 それに勇気づけられながら、見える背中に懇願した。

「岳里、お願いだ。おれたちは、おれは――まだエイリアスと、話し合えてないんだ。一度も向き合ってなかったんだよ。お互いの気持ちをぶつけて分かり合えなきゃ解決なんてできっこない。逃げてるだけじゃ駄目なんだ」

 このままじゃエイリアスは殺されるだろう。それが敵わなければ岳里が死ぬ。そんな、二つの結末しか用意されてない。
 でも、そうじゃないだろ。
 おれたちが求めてたのは、そんな血なまぐさいものじゃなかっただろ?

「約束、したろ。誰もが傷つかない終わりを探そうって。まだ時間はある、まだ終わってなんかない。それなのにこうするしかないって諦めるのには早い。でできることがあるならそれをして、最後までエイリアスと、諦めず向き合おう。……なあ、岳里っ」
「――――」

 振り向いてくれないどこか、微動にもせず岩のようにじっとする後ろ姿。思わず手を伸ばしそうになって、触れる寸前でどうにか抑えた。
 一度大きく深呼吸をし、一度は荒ぶりかけた感情を落ち着かせ、もう一度口を開く。

「約束、したろ……? おまえに、言っただろ。一緒に背負うって。おれ自身の辛い気持ちも、おまえの苦しい気持ちも、一緒に背負うって」

 過去を知って、ずっと岳里にばかり色々な思いを押し付けてたって知って。
 だから約束したんだ。もう岳里一人だけに辛い思いはさせたくないから。これからは傍におれもいる。だから、痛みは分かち合おうって。
 岳里が大切だから、おれは約束したんだ。
 目の前にある背はおれより大きいはずなのに、ずっと小さく見えて。震えてないのに震えているように見えて。
 伸ばしたくなる指先を丸め必死に拳に変えて、強く唇を噛みしめた。
 ――誰かのためとか、エイリアスのためだとか城のみんなのためとか、もうどうでもいい。
 大切にしたいのは、一番大事なのはそんな大勢のための正義感じゃなくて。そんなんじゃなくもっと単純なもので。
 それをどう説明したらいいかわからないまま言葉を重ねた。

「確かに、おれは岳里に比べたら頼りないよ。してやれることだってそうないさ。でもさ、でもこのままだったら岳里が傷つくだけじゃないか……っ! どっちに転んだっておまえは悲しむよ、苦しむよ! 絶対後悔するだろうよ! それをわかってるから今だって目ぇ合わせないんだろ!? だからこのままじゃ駄目なんだよっ。何でもかんでも一人で背負い込もうとしないでくれよ、おれがいるだろ? おれは、ここにいるだろ……っ?」

 おれはもう、知っている。岳里が超人なんかじゃないこと。
 確かに身体は丈夫だし力は強いし、運動神経も抜群にいい。おまけに頭も良くて、これほどすごいやつ他に見たことない。まるでどこかの物語から飛び出してきた何でもできてしまう主人公のように、強くって。精神的にもずっとたくましそうで、だから完璧なやつのように見えていた。
 でも本当は傷つきやすくて、不安ばかりで、変なところで臆病で。本当に伝えたいことは、泣きたそうな顔をしながらこっちをみるだけで。大切なところをはぐらかそうとする弱虫で。
 それなのに精一杯おれを守ろうとしてくれる。みんなを助けようとしてくれる。
 愛想がなくても、誰よりも優しくて、みんなのことを考えていて。周りが傷つくくらいなら自分がって、犠牲になって。
 だからおれは岳里を守りたいんだ。岳里が自分を蔑ろにしてまで周りを優先しまうなら。無防備なその身体を自分から差し出して、誰かの代わりに傷つこうとするなら。それならおれが守ってやらなくちゃいけないんだ。
 岳里自身がそれをできないならおれがやるしかない。だって、そうしなきゃ他の誰が岳里を守ってやるんだよ。

「なあ岳里、岳里っ。おれはこのままじゃ進むんじゃ、今のまま見える終わり方だけじゃ納得なんかできない。だってこれじゃおまえが傷つくだけだ。そんなの、おれが嫌なんだよ。おまえが楽しく笑ってられるようなものがいいんだよ。このままじゃ、このままじゃ駄目なんだ……もう、一人泣かないでくれよ、いい加減おれもここいるってことに気づけよ!」

 エイリアスのことでも、みんなのことでも、他の誰でもない。
 岳里が傷つかなくていい終わりを、おれは欲しい。
 だって守りたいんだ、守らなくちゃいけないんだ。こうしていつも一人で怯えてる、震えてる岳里を。心を誰の目にも見えないように隠してしまうこいつを、おれが守ってやらなくちゃいけないんだ。
 でもおれは岳里ほど人を守れる器量なんてないから。守りたがっているこの気持ちに気づかずふらふらしてしまう相手のことを守り続けることなんてできない。
 だって、おれの守るは支えると一緒だから。完全に傷つかないようになんてできないから、出来る限りの範囲で苦しい、悲しい気持ちをしなくていいよう動いて。それでも岳里の心が大きく揺さぶられたら、それを隣で支えて。
 そうして助けたいんだ。でもそれなのに岳里は巻き込まないようにと勝手に離れて行ってしまう。岳里が逃げてしまえばおれはそれに追いつけない。どんなに頑張っても、距離は縮まらない。
 岳里自身も寄り添っていてくれないと、おれは岳里を守ってやれないんだよ。
 膝の上で握った拳はぶるぶる震え、思いが溢れるあまりに言葉は喉をつっかえ出てこない。
 歪む視界にみえるりゅうは不安げにおれを見つめていて、でももうそれに笑いかけてやる余裕はなかった。
 届かないのか。
 おれのこの想いは、岳里に届きはしないのか。
 好きだから。だから一緒に、この先ある苦しいものを背負おうとして、それの何がいけないんだ?
 好きだから。だから守ってやりたいと思って、何が駄目なんだ?
 何より大切な人の幸せを願っても、その気持ちさえ認めてもらえないのかよ。
 なあ、岳里。岳里――こっち見ろよ。おれはここにいるんだぞ。おまえと一緒に、すぐ傍にいるんだぞ。
 なあ、岳里。なあ。

「がく、りぃ……っ!」

 耐え切れなくなった涙を溢れさせながら、ありったけの想いを込めて名前を呼んだ。
 そうすれば岳里はいつもおれのところにきてくれた。どんなに遠い場所にいて、離れ離れでも。すれ違ってても。
 岳里はいつだって声に応え、おれを助けに来てくれたんだ。
 そして今も、ようやく傍に戻ってきてくれた。

「――泣くな。泣かないでくれ」

 俯いた顔に映る、震える拳に重なる大きな手。あったかい、岳里の手。
 力を込めるあまりにおれの意思に関係なく解けなくなってしまったそこを、労わるように撫でられる。それを見つめる目から涙が落ちて手の甲に降っても止められることはなくて。

「おれが悪かった。おまえにこれほどまでに想われていても、大切にしたいからと目を背けた。泣かせたくないと思うのに、それなのにまたおれが泣かせたな」

 もう片方の手は肩が回され、向かい合って座る岳里の方へ引き寄せられて抱きしめられる。
 ひどく冷えた身体に温かいその身体の中は心地よくて。解くことができなかった拳をいつの間にか緩まし、気づけば岳里の背に回して今度はぎゅうっと服を巻き込みながらそこを握り締める。
 目の前の胸に顔を押し付けて、泣き続けた。
 なんで涙が出るのかよくわからない。それでもわからないまま流れ続けて、どんどん岳里の服に吸い取られてしみを広めていく。
 頭上から、静かな声が降ってきた。

「わかっているんだ。このままじゃ、おまえの言った通りおれは後悔するだろう。エイリアスを討ち果たせたとして、敗れたとして。気分は晴れないままということがわかるんだ。確かにおまえを連れて行けば何かが変わるかもしれない。おれの説得より余程、やつの心に届くものがあるかもしれない――だが、心配なんだ」

 どうにか嗚咽に揺れる身体を抑え込んで、ゆっくりと顔を上げる。視線の先には岳里がいて。ようやく、金の瞳と目が合った。
そこに滲む色は、とても苦しげで。表情が何も語らなくても目が教えてくれて。

「おまえを殺すことに、エイリアスは躊躇いを持たない。話し合うにしても戦うことは免れないだろう。すべての力をかけて挑んでくるやつは今度こそ手を抜かない。どんな術を使ってくるかもわからない中、おまえを確実に守り切れるとは言えないんだ。――殺されかけたことを、忘れたわけじゃないだろう」

 そう言って岳里は人差し指で軽く、おれの胸の中心を突く。それだけ嫌でも思い出される、兄ちゃんを助けるためにエイリアスと対峙した日のことを。
 エイリアスが投げた短剣は、一直線におれの胸へと走った。幸いなことに岳里から貰った鱗の首飾りが盾になって守ってくれたけど、もしそれがなければ間違いなくあの時おれは死んでただろう。
 そのことを思い出して息を飲めば、岳里はじっと目を覗き込むように見つめながら続ける。

「それでも、明らかな殺意ある相手に、おまえを殺そうとしてくる相手のもとに、行けるか」
「……」
「おれが駄目だと言っても、それでも行くのか」
「――ああ。それでも行くよ」

 鼻を啜りながら、涙を流しながら頷いた。
 わかってる。エイリアスが平気でおれを殺せること。一度殺されかけたんだ、この身を持って知ってるさ。
 でもそれ以上に大切なものがあるから。そんな心配で立ち止まれない。
 ちゃんと届いていたおれの声を知る岳里は、短い返事の中でもわかったんだろう。一度目を閉じ深く息をつくと、次の時にはもう、表情を困ったような小さな苦笑に変えていた。

「強くなったな、真司」
「もしそうだとしたら岳里のおかげだ。岳里がいたから変われたんだ」

 正直、岳里が言ってくれたように強くなれたのかはわからない。でも少なくとも、何かがいい方へと変われたのは確かだと思う。
 ようやくおれの方からも笑いかけられるようになれば、いつの間にか止まった涙が留まる目じりを指で拭われた。

「――まったく、完敗だ。おまえが行きたいというならエイリアスのもとへ連れて行ってやる。その代わり、何があってもおまえを守ろう」
「ごめん、でもあんがと、岳里」
「いい、惚れた弱みというやつなんだろう。おれはとにかくおまえとエイリアスを向い合せることに専念する。だから、説得はすべて任せる。それでいいか」

 水気がまだ残る目元に唇を落としながらそう伝えてきた岳里に、今日ばかりは抵抗する気も起きずそれを受け入れながら頷いた。

「やれるだけのことはやってみたいんだ。おれなんかが説得できるか、わからないけど……最後まで、本当の最後まで諦めない」
「ああ、おれももう諦めはしない。おまえが折れない限り、挫けぬ限り、求め続けよう」

 小さな音を立てながら、岳里の口は離れていく。でも目が合えばまた下りてくる顔に。おれも顔を向けて目を閉じようとしたところでふと、つぶらな一対の金の瞳と目が合った。
 それは、ずっと肩に乗り続けていたりゅうの眼差しで。
 ずっと、理解しあえた後の一部始終を見られていたわけで。そして今も見られ続けているというわけで。
 それを理解した途端一気に顔が熱くなり、岳里の身体を突っぱねた。
 さすがにここで拒否されると思ってなかったのか、思いの外あっさりと岳里は離れておれの腕が伸びた分顎を押され顔を反らす。

「……何故だ」

 不満げな声に、怒鳴るような声で返した。

「りゅっ、りゅうが見てんだろ! そ、それなのに駄目だ!」

 答えを聞いた岳里はおれの腕を避け、顔を違和感のない位置に戻してからじっと目線を投げてきた。それでも、そんな目で見ても駄目だと今度はおれが顔をふいと背ける。
 いくらりゅうがまだ赤ん坊で、そういうことが分からないとはいえ。見せていいわけじゃない。
 それは常日頃から岳里に訴えていたことでもあり、おれが曲げないことでもあると知っているはずだ。

「真司」
「なんだ、よ……んっ!?」

 だからこそ、もう諦めたんだと思っていたのに。
 名前を呼ばれ振り向けば、その瞬間がっと頭の後ろに手を回されて顔を引き寄せられる。そのままその先にあった岳里の口と自分のものとが重なり、驚きに咄嗟に声を上げるために開いた唇から無遠慮に厚い舌が入り込んできた。

「ぅ、ん……ん、んんっ」

 りゅうが見てるから、という言葉も出させないというように深く奥まで伸びてきて、舌の根ごと絡みすべてを持っていかれる。
 しばらくすると十分堪能し満足したらしく、ようやく岳里の口が離れていった。その頃にはもうおれの身体は力が入らずぐったりしてしまう。耐え切れず凭れるように岳里の身体へ倒れ込んでしまう。
 荒い息を繰り返すおれに、岳里は息も乱さない涼しい顔のまま言い放った。

「りゅうは見ていない。これならばいいだろう」

 そういって視線で示したのは肩に乗るりゅうで。そのりゅうの顔には岳里の手が被せられていた。

「ただ目は塞げても耳までは無理だ。声は自分で押さえてくれ」
「ばっ……!」

 咄嗟に怒鳴ろうと口を大きく開いたところで、途中にそれは溜息に変わる。

「ったく、仕方ないな……とにかくもう満足したろ、手を離してやれって」
「……もう一度」
「早く離せ」

 渋々手を退ければ、不思議そうにりゅうは瞬きをしておれたちをみた。その純粋な姿に後ろめたさを覚えながら、手を伸ばして小さな頭を撫でる。
 気を抜けばすぐに頭に過ぎる明日のこと。
 危険なのはわかってる。もしかしたら、死ぬかもしれないっていうことも。
 でもおれたちは、死ぬつもりなんてない。望んでいない結末が待っていたとしても、おれたちには倒れられない理由があるから、決して敗れはしない。

「りゅうのためにも、帰ってこなくちゃな」
「――ああ」

 おれたちの子。まだ赤ん坊だ、独り立ちどころか、まだ人間の姿にさえ会えてない。こんな可愛い盛りに別れるなんてできるわけがないし、したくない。
 りゅうも岳里に似て一人で抱えこんじゃいそうだから。この子がそうならないようにも、おれたちは帰ってこなくちゃいけないんだ。
 おれたちはりゅうの、親だから。
 岳里は肩に乗るりゅうを手に移し、胡坐を掻いた足の中に置く。
 ようやく二人の間にこれたりゅうは嬉しそうに鳴いて、おれたちの姿をそれぞれ見つめた。

「ぴぃう、ぴぃ! くるる、くるるるう」

 

 


 夜が明けたばかり、太陽が顔を見せたばかりのまだ薄暗さが残る早朝に、おれたちは町へと下る階段の手前の正門前へと集まった。
 見晴らしのいいここからは城の周辺を、囲う高い城壁を超えてみることができる。魔物の襲来にすぐに気づくにももってこいの場所だった。
 王さまに各隊の隊長、十五さんとその手に支えられる兄ちゃんに、ディザイアに。ユユさんは三番隊副隊長として隊員たちの指揮を岳里に代わり動いている最中で、今回ばかりは席を外していた。そして七番隊の隊長であるセイミアも戦いの準備に追われ、顔を出せていない。そんな中集まった面々だけで最後の打ち合わせをし、各々の役割を確認し合う。
 一番隊隊長レードゥと二番隊隊長コガネ、六番隊隊長ライミィ、八番隊隊長ハヤテに九番隊隊長ヤマトは十番隊も含め、十三番隊隊長ヴィルハートはそれぞれ各隊を率いて魔物と直接対峙する。
 岳里が抜け隊長不在となる三番隊は副隊長のユユさんと怪我のこともあり万が一のためにと戦線を離れることを言い渡された十番隊隊長ミズキの指揮のもと、城に避難した国民守り、混乱を避けること。そして次々に運ばれてくるであろうけが人の処置をする七番隊の振り分けや手伝いも含まれ色々な隊の補助に回る。
 そして五番隊隊長アヴィルは自身の隊で、万一すべての防壁を潜り抜け国に近づく魔物を食い止める役割を担い、その傍ら街に残った人がいないか最後の捜索をすることに。
 十一番隊隊長ネルは本来の職務である王の警護をするとともに、食事の準備などを集めた街の人に指示することになった。
 そして四番隊隊長アロゥと各国から集められた魔術師たちは城の中心、もっとも守りがかたい場所で結界を生むために動くことになる。
 十五さんは一人竜体となり空を戦場にし、そしておれと岳里はエイリアスのもとへ、直接話をつけるために行く。
 エイリアスの場所はすでにディザイアが特定していて、なんとあいつは五大陸のひとつ、ユグ大陸にいるそうだ。そしてそこにあるユグ国にいるらしい。その国は十四年前ほど前に魔物の襲撃に遭い、滅んでしまった場所でもあった。
 そこで、エイリアスは人間を殲滅するべく魔物を操る。そしておれたちはそれを止めるために、あいつのもとへ向かう。
 幸いなことにそのユグ国とルカ国は以前の話ではあるけど交流があり、アロゥさんの転移術で運んでもらうことが可能な場所だった。アロゥさんが一度行ったことがある場所で、さらに地面に魔法陣を描いたことがあれば転移術は使用できるようになる。だからおれと岳里は今回それでユグ国へと赴く手はずになっていた。
 おれたちはそれぞれ物理的な衝撃に強くなるよう、特別な魔術がかけられた服を着せてもらってある。特におれの場合、着慣れない鎧は返って危険だと岳里が拒否したためだ。少なくとも一太刀浴びるくらいなら服が剣を受け止めてくれて、その刃を肌にまで通さないよう食いとめるくらいの効果があるらしい。
 アロゥさんにこの場で最後の調整をしてもらい、準備はほとんど整う。そこでようやく、おれたちはディザイアへと目を向けた。

「さて、神よ――そろそろお話いただけますか、あなたの手のうちを」

 そう王さまから口に出されると、ディザイアは瞑った目をそのままに口元に浮かぶ弧を深めた。
 ディザイアに任されるのは、この国以外の人が住む場所すべてを守ること。それができるからと、本来は自国に結界を作らなくちゃいけない魔術師たちを借り出すこともできたんだ。でも、未だにどういう方法で守るというのかは聞かされない。
 それをついに教えるべく開かられた口は、それでも笑みを残したままに告げた。

「なに、簡単なこと。すべての場所に一切魔物の侵入を許さない結界を生み出すのだ。無論、最上級ほどの者たちがどれほど群がろうとも決して揺るがぬ、わたしだからこそで創り出せるものを、な」

 事もなさげな表情をしながらも、どうだと言わんばかりに誇らしげに胸を張ったディザイア。けれど結界についてよく知るアロゥさんからあがった声は称賛するものなんかじゃなかった。

「な、んと……我ら人間の魔術師が総力を挙げても決して生み出すことのできない、一切の魔物を阻む結界を――それも、ここを除くすべての場所に張るとおっしゃるのですか? いくら神とはいえ、あまりにも無謀ではありませぬか」

 珍しく驚きに声を上ずらせるアロゥさんに、ディザイアは閉じた目でその姿を見る。けれどやっぱり変わらない表情には余裕しか見えなくて。
 安心しろ魔術師よ、となんてことないように楽しげな声をあげる。

「いくら力が万全でないとて、我はこの世の神ディザイア。この時のために力を温存してきたのだ、無理な話などではない。もともと攻めるよりも守りの方が得意でな。心配するな。これまで回復に専念させてもらった分、能無しと言われぬよう、神らしくこの世を守護してみせよう」

 その力強い言葉に、みんなの強張っていた顔が少しだけ緩む。それは緊張感を見せない、いつもと変わらないディザイアの雰囲気も影響してるんだろうか。
 そう思っていたら、だが、と言葉が続く。

「かといって、やはり消費されるものは著しい。もって今夜までだ。それまでに決着がつかなければ結界を張り続けることはできなくなり、消えてしまう。そうすれば瞬く間に町々は魔物に蹂躙され挙句に占領されてしまうだろう」
「――アロゥたちの結界もそれほどが目安という。日没までに決着がつかなければ、なんとしても岳里たちが結果を出せなければ。最後を待たずしてこの世界は、人々は終わりを迎えるだろう」

 重く開かれた王さまの口から出る声音は厳しいもので、それから目を逸らさないままおれたちは頷いた。
 するとディザイアが一歩を踏み出し、岳里の傍へと向かう。

「光の者よ。きみに渡したいものがある」

 そう言って宙に手を差しだすと、どこからともなく光が溢れた。その光をディザイアが掴むように出した手で握ると、輝きは弾けて静かに消えていく。
 そして消えた光の中から現れたのは、一本の大剣だった。
 刀身に複雑な、この世界の文字のような、けれどそれとは違うものが中央に彫りこまれている。
 ぱっと見それほど目立つものじゃないけれど、大剣という大きさが持つ存在感とはちがう何かを感じた。それに細部の装飾は細やかで、そういったものの価値が分からないおれでも手の込んだものだということが分かる。
 それを、岳里へ差し出す。
 素直に受け取った剣の持ち手を握り締めながらそれを眺めた後、岳里は視線で、何故渡されたのか、どういう意味なんだと問いかけた。
 それにいつものように笑い、ディザイアは答える。

「それはわたしが長い時をかけ生み出した、純粋なる神の力のみで鍛え上げられたもの。この世にある武器で唯一、影の者であるエイリアス自身に触れるこのできる剣だ。多少形状はきみに合わせて変えてあるからよく手に馴染むだろう」

 浅く頷いた岳里に、満足したような表情を作りながらディザイアはさらに続ける。

「影に触れる剣、その名をシャトゥーシェという。――これならば、影であるあいつを斬れる。それだけで死ぬかはわからないが、少なくとも魔物を操らせぬよう大きく力を削ぐとはできよう」
「シャトゥーシェ」
「そう。さらには魔術さえも断ち、弾くことさえもできる。古の魔術といえども例外ではないから、盾としての役割も十分に果たせるだろう」

 そこまで説明されると、岳里の手に握られたシャトゥーシェは現れた時よりは淡い光に包まれて、それを小さくさせていく。最後には小さな玉に姿を変え、ころりと手の平に転がった。

「使い方は武玉と同じ。必要な時にだけ大きくして使うといい」

 ディザイアが言い終えると同時に、アヴィルの声が重なるように周りに響いた。

「来た……! まだ遠いですが、魔物どもです!」

 その声に一斉にみんなが指さされた方に振り返れば、まだ随分遠くに、小さな黒い影がちらほら見えた。大きさもまばらなそれは森や大きな岩や、雲などの影から、次々に姿を現しては、ゆっくり、でも確実にこっちに向かってきている。

 

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