サンタさんはきっと忙しいからぼくはいい、と。しんちゃんたちと一緒にクリスマスを過ごせればいいんだなどといじらしいことを言うりゅうをどうにか言いくるめ、サンタへプレゼントの希望を書いた手紙を用意させる。そして彼が眠ってしまった後、両親は気づかれないようこっそりと健やかな寝顔を浮かべる小さな頭の隣に置いてある手紙を取り、子供部屋を後にした。
音を立てないよう細心の注意を払って扉を閉めて、二人でリビングのソファーに並んで座り、代理の者として、サンタへと書かれた手紙を開封させた。
内心ではサンタを信じている息子へ謝罪しながら、二人で手紙を覗き込み、控えめな息子の望みを確認する。すぐに顔を上げた真司と岳人は互いに顔を見合わせ、互いに眉を垂らして笑ったのだった。
吐息が真っ白に見える、爽やかに迎えた十二月二十五日の朝。
いつものように岳里をベッドに置き去り、一人朝食を作りに起き出していた真司は大きな欠伸をひとつ零した。
昨夜は夜更かししてしまったせいか、瞼がやや重たい。つい半開きになる目を擦り、フライパン上で焼いているウィンナーと目玉焼きを見つめていると、突然家の奥からりゅうの驚いた声が聞こえていた。
いつもであれば普段声など荒げぬ息子に驚いて、朝食など放り出して彼のいる子供部屋に向かったことだろう。だが今日は誰も見ていないのをいいことににやりと口元に笑みを浮かべ、あっさりと消えた眠気に機嫌よくして菜箸を動かす。
そう間を置くことなく、いつもより荒々しい足音でりゅうがリビングへと駆け込んできた。
「し、しんちゃんっ!」
「おはよう、りゅう」
「あ、うん。おはよ!」
慌てているはずなのに、律儀に挨拶を返すりゅうに首だけ回して振り返る。
りゅうは相変わらず寝癖を派手につけた頭で、その腕には緑のリボンで結ばれた赤い紙でラッピングされた荷物を抱えていた。ふっくらとする頬は寝起きというのに興奮からか色づき、瞳はすでに雄弁に真司に語りかけている。
きらきらと夜空の星をその周りに散らしたような、純粋な輝き。りゅうが大きく息を吸い込んだどころで、今度は後ろの部屋から扉を開けて岳人が顔を出した。
髪がいさか伸びているせいか、りゅうよりもさらに凄まじい寝癖となっている頭を掻きながら後ろ手で扉を閉める。そこでようやく前に立つ息子と、その腕に抱えられたものに気がつき小さく笑んだ。
岳人は腰を屈め、りゅうを抱え込む。そのまま真司のもとまで運ばれ、二人の間に挟まれようやく、興奮を押し殺したような声音を放つ。
「あのね、朝おきたらね、これがまくらのとなりにおいてあったの! サンタさんからって、カードもあった!」
そう言ってりゅうは緑のリボンの下に挟まれていた小さなツリー型のカードを取り出す。それを真司と岳人それぞれに見せた。
「そっか、サンタさんが来たのか。りゅう、いい子にしてたもんな。それはきっとサンタさんからのプレゼントだ」
「おまえ宛てだ、開けてみるといい」
「うん!」
両親に促され、はやる気持ちを抑えながらりゅうは結わえられたリボンを解く。それを調理の手を止めた真司は受け取りながら、幼い手で苦心しながらも梱包用紙を破かぬよう丁寧に剥がしていく息子の真剣な眼差しを岳人とともに見守った。
やがて姿を現した内容に、りゅうの目は増々輝く。普段は抑えて焦げ茶色にしている瞳も、今回ばかりは本来の金色に戻ってしまっていた。
「これ……」
「お? ドーナツの型と、材料と。エプロンと、三角巾、か。へえ、りゅうこれをお願いしたのか?」
「よかったな」
包みの中身には真司が口にした通りシリコンで作られたドーナツの型と、それを使用するためのドーナツ用の粉など。ドラゴンが笑顔でボウルを泡だて器でかき回しているイラストのついた青のエプロンと、無地の黒の三角巾が入っていた。三角巾の端には白い刺繍でりゅうの名前が施されている。
瞳を落としてしまいそうなほど見開いて、りゅうはしばらく驚きにかたまっていた。
両親の視線を受けていることにも気づかないまま、やがてぽそりと口にする。
「……ぼくね、おてがみには、『しんちゃんとがっくんと、いっぱいドーナツたべたいです。ドーナツほしいです』ってかいたの」
俯いてしまったせいで、りゅうの顔が見えなくなる。これまで見せていた反応とは裏腹にやけに静かな声音に、不安になった真司はりゅうの頭上で岳人と目を合わせる。しかしいつも無表情の岳人は、まるで心配するなとでも言いたげにそっと目尻を和らげた。
まるで岳人の予想通りだと言うように、りゅうは続く言葉を真司たちに聞かせる。
「でもほんとうは、ドーナツを、しんちゃんとつくってみたくて。それを、がっくんともいっしょにたべたくて――」
ばっと顔を上げ、満面の笑みを見せたりゅうはまるですべての幸福が今ここにあるよう、手にしたクリスマスプレゼントをぎゅうっと抱きしめた。
「サンタさんすごいね! ぼくのほしいもの、ほんとうにほんとうにほしかったのくれた! すごい!」
手にするものが何もなければきっと、両手を振り上げ喜びを露わにしていたことだろう。岳里の腕に収まってなければ、きっと飛び跳ねていたに違いない。容易に思い描ける姿に二人は笑うと、真司は愛しい我が子の頭を撫でた。
「今日は昼からみんなでクリスマスパーティだったな。折角だし、サンタさんがくれたその型でおいしいドーナツ、みんなのためにいっぱい作るか」
「うん!」
寝癖を梳かしつけ、返された明るい声に満足して手を離す。そんな様子を見つめていた岳人は目を細める。
「味見は任せておけ」
「なに言ってんだ、おまえは先いって飾り付けの手伝いだろ」
「――……」
「がっくん、しんちゃんといーっぱいドーナツつくるから、たのしみにまっててね! いちばんにたべて!」
こっそり落ち込む岳人に気づいたのか、純粋にそう願っているのか。計りかねる我が子なれども愛おしく、片腕にりゅうを抱え直し、真司に続き岳人もその小さな頭を撫でてやる。照れくさそうに、けれど幸福げに笑うりゅうに堪らず真司は岳人ごと抱きしめた。
「メリークリスマス、りゅう、岳里」
「メリークリスマス!」
「ああ」
ぎゅうっとりゅうのふっくらとした頬に真司は自分の頬を押し付け、腕を回しきれない岳人の存在を確かに感じながら、三人はしばらくその体勢でじゃれついた。
おしまい
※この一連の流れの中、岳里はずっとへんてこな寝癖のままです。
2014/12/24