ちょっとしたおさわりあり。
フィガロに背後から抱き締められた状態で目を閉じていた晶だが、ゆるくうなじに吸いつかれる感覚に耐えかねて、とうとう声をあげた。
「フィガロ、もう寝るんですよね? それなら、それ……止めてもらえませんか」
今夜は眠いから大人しく寝るとしようと言ったのはフィガロのほうだ。それなのにベッドに入ってしばらくすると晶のうなじに吸い付いてきて、そのままそこをねぶり続けている。
おかげで先程までうとうとと眠りの底に沈みかけていた意識はすっかり浮上して、ゆるいフィガロの愛撫にたまり始めた熱に戸惑うばかりだ。
「フィガロ」
「んー」
気のない声だけでフィガロは止まることなく、晶に舌を這わせて、濡れる肌に軽く歯を立てる。かぷかぷと噛んでいたかと思えば、今度は唇で優しく吸いついてきた。痕が残るほどでもない弱い力がむしろもどかしく、くすぐったくて、晶は逃げるよう身じろいだ。
最初の頃は逃げる晶を捕らえていた腕が、ふと緩む。放してくれるのかと思いきや、手は寝間着の内側に入り込んでするすると肌を撫ではじめた。
「ふぃ、フィガロっ」
「うん……気持ちいいね、賢者様」
うっとりとした夢心地のような穏やかな声は、晶の反応に対して言っているのか、それとも自分の感想を伝えているのか。どうにも判断しかねるなかで、フィガロの指先は胸の尖りを掠めた。
肌をなで回されるうちに、すっかり触れられることに慣れて今か今かと快楽を期待していたそこは、与えられた刺激に歓喜して体を震え上がらせる。
「……ふっ」
ぞくりと背筋を走る痺れを噛み締め、シーツを握って耐えた。けれども不埒なフィガロの手は晶の努力など知らぬように、小さな芯を持つそれを柔く押し潰して弄ぶ。
右では円を描くよう小さな粒をこねながら、左の手が、体の輪郭を辿りながら下がっていく。
止める間もなくするりと迷いなく下着の中に滑り込んだ細い指先が、晶のゆるく首をもたげたそれにそっと絡み付いた。
「んっ……」
ひくりと喉が震えて、思わず声が漏れた。
「はあ、あたたかい……」
興奮して体温が上がった晶の体に触れながら、満足したようにフィガロが甘く息をつく。生暖かい吐息が舐められ濡れた肌を撫でるだけでも、敏感になった体が反応して、それ以上のものを期待した。
緩慢な動きの指先のもどかしさが、いつ豹変するのかと胸を高鳴らせながら待って、待って、待ちわびて。
そして、フィガロの動きが止まっていることに気がついた。
気のせいかと思ったが、胸をいじっていた手も、晶のものを握った手もそのままの状態でぴくりとも動かない。
――まさか。
「……嘘、でしょう。ちょっと、フィガロ? フィガロ……っ」
体を揺すってみても返ってくるのはうなじにかかる健やかな寝息ばかり。晶の大事なところを握ったままの手は離れることなく、それどころか自分の動きによる半端な刺激を受けて体に甘い痺れが走るばかり。
「ねえ、フィガロ。フィガロ、起きてください。お願い……」
強引に引き剥がすことも、腕の中から逃げ出すことも、高められた欲を解放することさえできず。晶はただすすり泣くように、深い眠りにすっかり身を委ねてしまったフィガロを切なく呼び続けた。
―――――
食堂についたフィガロは、空いている近場の席に腰を下ろしてからぐるりと室内を見渡して、若い魔法使いたちと朝食をとる晶を見つけた。
後ろ姿を眺めていると、ふいに彼が振り返り、ばちりと視線が重なる。
いつもはそこで照れながらもとろけるような笑みを浮かべてくれるというのに、今日はさっと頬に赤みがさすとともに睨むような強い眼差しを一度向けられて、そのままぷいっと顔を背けられてしまった。
配膳をしにきたネロが二人の様子を見ていたらしく、フィガロの前に朝食を置きながら首をかしげる。
「あんなふうに賢者さんが怒るなんて珍しいな。あんた、いったい何やらかしたんだ?」
「実は……」
簡単に事の成り行きを聞いたネロのフィガロを見る眼差しが、どんどん険しくなり、全てを聞き終えたときにはすっかり呆れ返っていた。
「そりゃ賢者さんが怒るのも無理ねえよ。早く謝ったほうがいいんじゃないか」
「そうなんだけどね」
「けど?」
「顔を合わせるたびに真っ赤になるし、珍しく怒ってる姿も可愛いから、もうちょっと楽しみたいかなって」
「……」
ごみを見るかのような冷たい眼差しに肩を竦める。
「冗談だよ。この後ちゃんと謝りにいくさ」
どうだかな、とまるで信用してないと視線で訴えながらネロは離れていった。
ネロの読み通り、先程言った「冗談だよ」の前には、半分は、とつく。とは言えあんまりにも長引かせてしまうのも可哀想なので、謝りにいくつもりなのは本当だ。
晶はどうやら、フィガロが暖をとるためいたずらに彼の体を高めたと思っているらしい。実際は触れ心地がよく、夢うつつになりながらつい手を動かしてしまっただけでやらしい気持ちも特に何かを狙ってと言うわけでもない。――まあ、フィガロの体温が低いせいか、熱の溜まる晶の体を気持ちよく思っていることも確かなので、あえてその意図をもって体を撫でまわしたというのもあながち間違いでないのかもしれないが、とにもかくにも寝ぼけていて記憶が曖昧なのだ。
今朝はフィガロが起きるなり、湯たんぽ代わりにしたってあんまりだ、と涙ながらに詰られた。湯たんぽが何かはわからないが、半裸の晶を抱きしめ、しかも握りこんでいるものを見れば、昨夜夢うつつのなかで自分が何をしてがしたかは十分に理解できた。
とりあえず抜いておこうか? 何て言ったら、珍しく馬鹿、と怒られたのだが、なかなかに新鮮で愛らしかったとな朝の出来事を思い返す。
いまだに耳を真っ赤にしている晶を眺めながら、どう謝って、どう昨夜のやり直しをさせてもらおうかなどと考えながら、フィガロは上機嫌で朝食に手をつけた。
おしまい