あれから途中で何か布のようなものを被され、次に視界が開けた時には殺風景な部屋にいた。そこで男どもに服を下着ごと無理矢理に剥がれて、そして粗末な麻の貫頭衣を着るように強要をされたのだ。
 全裸にされた羞恥と屈辱に震える暇もなくせっつかれ、そして再び布で視界を隠され、この牢屋に放り込まれたのだった。
 時計も窓もないので、時間の経過が一切わからない。外の音も聞こえないが、ここの住人の声だけはよく響いていた。
 ぶつぶつと一人で延々と呟くものであったり、直人の牢の向かいで今も騒いでいる男のようなものであったり、様々だ。同じなのはそのどれもが聞き覚えのない国の言葉であり、そして恐らくは誰もが正常な精神状態にないということ。
 言葉が通じずとも、自分の身体が傷つくのを構わずに柵に体当たりを続けては笑っている姿や、見えない何かに怯える様子や、石畳みの床にひたすらに爪を立てて何かを書こうとする者など、そんな人物ばかり見ていればいやでもわかる。
 そのうち、自分も彼らの精神にそまりおかしくなるのではないか。こんな場所にいつまでも閉じ込められていたら、いつか頭も変になるだろう。
 膝を抱えて、泣きたい気持ちを精一杯に押し留める。それでも滲み溢れる不安はどうしようもできそうにない。

(どこなんだよ、ここ……)

 何故ここにいるのだろう。
 自分は本当に穴から落ちたのか。何故空から落ちることになったのか。ここはどこだ。どうしてこんなところに閉じ込められなければならない。突きつけられた剣の意味はなんだ。
 ぐるぐると、答えの出るはずのない疑問が不安と恐怖とともに胸の中を渦巻く。
 現状に甘んじるしかない焦燥ばかりが濃くなるが、ふとした時、ちらりとあの赤髪を思い出す。
 腰に届くほどの少し癖のある赤髪は、直人に押し倒されて地面に模様のように散っていた。
 自分の身体を抱くたびに、落ちた時の衝撃で打ちつけたところが痛みを訴える。直人を受けたあの男はさらに落馬までしていたのだから、間違いなく打ち身はしているだろう。
 直人自身も望んだことではなく、回避しようがないものだったとはいえ、彼を巻き込んでしまった。大きな怪我はなさそうに見えたが、今頃赤毛の男も痛みに顔を顰めているのだろうか――。
 ガチャリと解錠する音がして、遠くに意識をやっていた直人ははっと顔を上げた。
 見張りをしていた男が直人の牢の鍵を開け、中に入ってくる。その背後では複数の男たちが厳しい目を向けていた。
 見張りの男の手には縄があり、なにかを怒鳴るように言ってくるが、彼の言葉を理解できない直人は縮こまるしかできない。
 続いて牢に入ってきた男の手には麻袋があり、怯える直人の頭の上に乱雑に被せて再び視界を封じられる。強引に手をひかれ、両手も縛り上げられてから強引に立たせられた。

「お、おれっ……どうなるんですか? ここどこなんですか。日本じゃないんですかっ」

 腕を拘束する縄を引かれ、暗闇の中を歩かされるなか、直人は声を絞り出す。だが誰も答えず、足音と腕を引く力を感じなければ、周りに誰もいないのかと錯覚してしまいそうだ。

 無言で歩いていると、不意に誰かがぽそりと発言する。その直後に素足のつま先が何かを蹴った。

「いっ……」

 ぶつかったものはかたく、直人の力でびくともしない。思わず痛みに足を止めて背中を丸めたが、すぐに縄を引かれて咄嗟に一歩踏み出した。
 またこつんとつま先にあたり、恐る恐る壁のようなそれを足先で確かめながら持ち上げれば、ようやくぶつかったものが階の蹴込板の部分であって、目の前に階段が続いていることを理解した。
 さきほど誰かが呟いた内容は、もしかしたら階段があるとでも言っていたのだろうか。
 答えを知る術を持たない直人は、結局は手探りで暗闇を進むしかない。
 ただ階段を登る、だったそれだけのことでも、視界を奪われたなかではとってはひどく困難なことだ。
 歩く速度も周りの男どもに合わせているので、実際は一般的な進みだとしても、いつ障害物にあたるかもわからない今の直人にとっては恐ろしく早いものに感じる。手も拘束されろくに使うことができないので、もし倒れたとしても手をつけるかさえわからない。
 もし直人が危険な状況に陥ったとして、きっと周囲の男どもは助けてくれないだろう。
 さすがに階段では気遣ってくれたのか、それとも転ばれては余計に面倒だと思われたのか、直人の進みに合わせてくれた。
 それでも薄氷の上を歩くよりもさらに慎重になりながら登り続ける。
 いつ終わるかもわからない階段の終わりは唐突で、そこから少し歩いた先でようやく彼らは立ち止った。
 突然頭に被されていた麻袋がとられる。ようやく開けた視界で周囲を窺えば、中央に長机があるだけの簡素な部屋にいて、奥に一人の男が立っていた。
 青い長髪を後ろで一つに括り、右目に片眼鏡を付けている。その奥にある緑の瞳は静かに直人を見つめていた。
 赤髪の男も鮮やかなものであったが、この男も原色のように濃い髪色をしている。そして四十代ほどに見える彼もまた、嫌味なくらいにはっきりとしたその色が似合っていた。
 直人の周りを囲む男たちもそこまでの鮮やかさはないが、紫であったり緑であったりと様々な髪や瞳の色をしている。多岐に渡る彩りは見慣れた景色からは程遠い。
 言語が伝わらないことや周囲の体格や彫りの深い顔立ちから、すでにここが日本でないことはなんとなく気づいていた。だが日本でないからといって、どこの国にいるのかさえ見当もつかず、ますます心細さが募っていく。
 わざわざこの男のもとに連れて来られたということは、もしかしたら日本語がわかるのかもしれない。
 そんな淡い期待を込めて、恐る恐る口を開きかけたその時、縄を引かれて身体が前につんのめった。
 転びそうになる直人に構わずそのまま引きずられ、崩れた体勢のまま中央に置かれた机にうつ伏せに倒れ込む。

「ぅぐっ……」

 受け身も取れないまま打ちつけた身体の痛みに顔を顰める直人を、男たちの手が上から押さえ込んだ。肌に食い込むほどの力は強く、始めから一切の抵抗を奪うことが目的だったと知る。

「な、なに……ひっ」

 ひざ丈の裾が腰の方まで持ち上げられて、臀部が露わになる。
 下着さえも奪われていて何も身に着けていないそこが多くの人の前に晒され、あまりのことに言葉が詰まった。

「――は、離せよ、なにすんだよ!」

 我に返った直人が暴れようとするも、上からの圧力が少し増しただけで痛みに怯んでしまう。かといって呑気に下半身を晒していて平気でいられるわけもなく、きつく唇を噛んで羞恥に耐えるしかない。

『どうだ』
『使用感はありませんが、いかがいたしますか』

 青髪の男が短く何かを言うと、直人の上にいる誰かがすぐさま言葉を返す。

『――念のため中も調べておけ』
『はっ』

 身体の上で男たちが動いているのがわかった。
 次は何をされるのだろうという恐怖に震えるしかない直人は、無意味でしかない抵抗すらも封じられ、無意識に呼吸が浅くなる。
 ぬるりと、なにかかたく細いものが無防備な穴に入ってきた。

「いっ――」

 指程の太さとはいえ、異物の挿入などされたことのない場所からずるずると奥に進んでいく。配慮のない動きに、このまま腹が突き破られるのではないかという恐れが一気に膨れ上がり、ぶわりと脂汗が滲む。

 どこまで入ってくるのか。それとも、このまま串刺しにでもされてしまうのではないか――抵抗したくとも身体は押さえつけられているし、なにより無理に動けば中に入ったもので身の内が傷つく。

(気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い……!)

 頭上では男たちが何か言葉を交わしているが、直人はただ体内に入る異物に身も心も深く傷つくばかりだ。全身から血の気が引いていき、喉の奥から苦いものが逆流してくる。堪らず嘔吐くが、無遠慮な手つきが緩むことはない。
 たとえ直人が傷ついても、この男たちは顔色ひとつ変えないだろうし、ろくに治療だってしてはくれないのだろう。
 中を探るように回される棒のようなものに配慮はなく、強引に動かされる。頭に血がのぼるほどあった怒りもすっかりしぼみ、それよりも自分の身に起こったことが理解しきれず、強い衝撃に感情的な思考ばかりが動いた。

『どうだ』
『――なにもないようです』
『わかった。次を確かめよ』

 何人かの男の手が退いていく。ようやく終わるのだろうか。わずかな希望の芽生えに詰めていた息をそろりと吐き出そうとして緩んだ口元が、悲鳴を上げる。
 ぬめりを纏った厚い皮手袋が、下半身で縮こまる直人のものを無遠慮に握ったのだ。
 急所を掴まれ、喉の奥が引きつる。このまま潰されてしまうのではないかという恐れに抵抗はおろか、拒絶の言葉すら怯えて身体の奥底に引っ込んでしまう。
 荒い手つきで上下に扱かれるも、あまりの精神状態に反応はしない

「ッ……っ、は」

 無意識のうちに完全に呼吸が止まっていて、苦しくなって口を開いたところで布を押し当てられた。やけに甘く匂いは混乱するなかでも嗅ぎとれるほど濃く、噎せ返るほどだった。
 すぐに布は退いたが、直人が苦しげに咳を繰り返すなかでも解放はなく、何重もの苦痛に涙を浮かべる。
 だが、そんな胸の痛みも一瞬忘れるほどの衝撃が直人を襲う。
 明らかな変化に困惑の声が零れた。

「なん、で……っ」

 怯えて萎んでいたはずのものに熱が集い、はちきれんばかりに漲っていた。まるで心から切り離されたかのように、乱雑な手つきに確かな快感を覚えて、意識してから三度ほど上下に扱かれただけであっさり直人は精を放った。
 べっとりと白濁がつく男の手を見た青髪の男は、目を細める。

『やはり精通していたか――もうよい。身体を清めさせなさい』

 身体を押さえつけていた男たちが全員離れて、ようやく直人は終わりを悟る。しかし手のひらに食い込む爪の痛さもわからないほどに握った拳を緩めることはできず、この場から消えてしまいたいという叶わぬ願いを諦めきれず、俯くように机に額を押しつけきつく目をつむる。
 周囲の者たちは直人の受けた衝撃と屈辱を慮ることなどない。
 まるで無機質なものを扱うように直人の濡れた下半身を乱雑に拭うと、再び服を着せて立たせた。
 腰が抜けたのか、尻に入った異物の感覚を忘れたかったのか、直人の足はすっかり力が入らなくなっていたが、男たちは引きずるように部屋から連れ出す。
 それから気づけば、直人は小さな部屋にいた。そこで構えていた女たちに服を脱がされ、小さな浴槽に押し込められて全身をくまなく洗われる。
 細い指先に腕をとられてようやく我に返ったが、女を相手に強い抵抗はできない。ただでさえ激しい動揺に気は乱気流の中のように揉みくちゃにされていて、腰ほどの湯につかる自分の感覚さえあやふやだ。軽く手を払ったつもりでも、うっかり力を出し過ぎて傷つかせてしまうのが恐ろしかった。

(なんで……なんでこんなことに、なってんだよ……おれはただ、穴に落ちただけなのに)

 ここでもまるで人形のように、ただされるがままこの状況に身を委ねるしかない。

『湯をかけます。目をお閉じください』

 柔らかな女の声をともに頭上からお湯がかけられる。一瞬目元が熱く滲んだ気がしたが、それがお湯の熱だったのか、それとも自分の不安の表れだったのか。
 いったい、どちらだったのだろう。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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